15 2体目


『緊急連絡! 緊急連絡! 市内に軽量隕石ライトテイア落下。監視衛星と突入震動波から予測される規模は中。隕石生物メテオクリーチャーと推定される。全ての隊員は、待機、位置が判明するまで現状を維持せよ 』


 車内スピーカーが、無機質な女性の声で繰り返される。

 やかましいアナウンスを切り、巨大は仮本部にスマホで通信する。


「こちら巨大! 目の前っス。隕石生物メテオクリーチャー視認中っス。らじゃー?」

『へ? らじゃ……うあ、そこにいるのか? こ、個体特徴を示せ』


 意外にも、この、戸惑ってる相手は射妻エリカではなかった。フリートの裏方。バックヤード部隊の長、馬宿 詩斬ばやど しきるだ。


「了解っス。サイズ、宅配トラック大、カラー基調は暗い茶色、股、30センチの短脚が……6本、昆虫のような複眼が見える範囲に2つ、触覚2本、写真送ります」

『受信した。中途半端に丸まったダンゴムシだな。マニュアルに従って、住民の避難誘導した後、行動を阻害せよ。東区の射妻・諸星を向かわせる。くれぐれも慎重に』

「りょぉ解っ」


 馬宿ばやどのハスキートーンが心地よく耳に残して、通話を切る。

 幸い、警察には不自由してない。避難誘導をしながら無線で増員を要請していた。自衛隊にも呼集要請がかかっただろう。30分を待たず出動可能となる。


 待つつもりなど、毛頭ない。

 車内から銃を2つ取り出した卯川が、一丁を渡す。


「ったく、銃だ巨大!」

「30発ぜんぶ撃っていいんスよね」

「まて。敵は友好的かもしれんぜ」

「宇宙から来たデカブツは右ならへで侵略者に決まってるっス」

「か、過激だな。だが忘れんなよ。俺たちには、使用済み薬莢を回収する義務があるってことを……」


 卯川の目が、ビルのはるか上に浮かぶ雲を、眩しそうにみつめる。

 前回、弾倉三つを空にした計90発の薬莢探しが、まぶたに蘇ったのだ。瓦礫にまみれて半日以上かけて捜したのだが、66個で日が暮れてついにあきらめた。1個つき1枚。合わせて23枚の”不明弾丸使途理由書”は、あと6枚も残ってる。


「同じ理由じゃ受理できんだと! ったりめーじゃねーか同じ敵に数秒で撃ったんだからよ。無理に理由をつけたら、そっちこそでっちあげだろうがよ!」


 バックヤードと呼んでる後方チームは、エリートだ。フリートの下部組織であるが法務、人事、運営、研究等、捕物以外のあらゆる活動をこなす。内角府と渡りあう胆力があるいっぽう重箱の隅をつつく細やかな芸当も併せもつ。


「荒れてますねー。実戦でやっきょう拾い。無くなんないんスか?」

「……昔のPKOのころから煩かったらしい。役所ってヤツは頭がかてぇんだ馬宿ばやどめ」


 卯川も役人の一人なのだが、人種が異なる認識らしい。


「あ! ”半ゴ虫”に怪しい動き。撃つべし!」


 ほんの微か隕石生物メテオクリーチャーが動いた。巨大の銃が反応。


 ずががッ、ずががッ と短連射を2回。弾はみごとに脚を一本ずつ射抜いた。

 理由書を微塵も恐れてない巨大に卯川は、すげぇと舌をまいた。


 世界中の物理学者生物学者が、宇宙生物の研究に心血を注いだ結果、個体差はあるが、地球生命との共通点もあると判明してる。痛覚らしき神経も確認されており、痛みを感じる異敵もいる。


「ホワッツッシヤヤヤァァzz」


 鳴声とも息ともとれる怪音をあげた隕石生物メテオクリーチャーが、道路にごろりと転がる。あらわとなった脚部が左横から上、右横へと移って、電柱と自販機を巻き込むと、転がった勢いでむっくりおきあがった。複眼と目が合った気がした。ヘイトはとれたようだ。


「やたッ足止めっ」

「……できてねーよ!」


 横倒しになった自販機は冷えた缶飲料を、がらんがらんと、吐きだしていく。”半ゴ虫”が、不釣り合いにデカいボディ部をかしげた。体の横に孔ができたと思うと、そこから舌じみた長い器官をにゅるっとつきでた。缶をどんどんなめとって取っていく。まるでアリクイだ。


「気色わりぃ。なにをする気なんだ」

「喉の乾きを潤してるんじゃないスかね」


 一瞬も目が離せない。抱え銃で銃口は向けたまま。


「喉はおいといて、缶ごとかよ。タマゴ丸のみする蛇かっつーの」

「消化能力が高いんスよ。きっと」


 本命の口が大きく開かれる。頭に噛みついてくるのか。さらけ出した口内に歯はみあたらないが、地球自分の常識で測ったりしない。そもそも虫の死骸や枯葉を食べるダンゴムシの口はクワガタのような横型。目のある頭部の上が開くなど、常識の外なのだ。それをいうなら、横孔の時点でアウトだが。


 ぺっ!


 硬い異物を吐き出した。


「……」

「……」


 間抜けな攻撃にそぐわず鋭い速度。二人の間を通り抜けた異物は、後方のパトカーのウィンドウを突き破った。


 ずッツが~ん!


 警察の、避難しろとの忠告に従わず、遠巻きに事態を見守っていた野次馬たち。目を白黒させて散っていく。数人は腰が抜けて縁石に尻もちだ。異物はよく知ってる飲み物だった。


「俺のエメマンが! なんつーことしやがる!」


 卯川の物じゃないが、缶コーヒー好きの憤怒が書類を越えた。64式の引鉄を絞る。

 頭、いやボディは岩のようにかたい。外被は砕かれ粉粒のようにばらけるが、弾はあらぬ方向に弾かれる。洋装店のガラスが割れた。巨大の銃先は下方だ。


「足っ 行動不能にしないと」

「なるほ」


 弾倉は2個から3個へ。2丁の銃は”半ゴ虫”を地面に這いつくばらせた。慎重に寄ると、舌で威嚇してきたが、起き上がるには勢いが足りないないようだ。


 さらけだされた横部の孔にも銃弾を撃ち込むと、敵の動きは止まった。息の根は定かでないが、行動不能とした。


隕石生物メテオクリーチャーはこうでなきゃな。薬莢も安心して拾えねぇ。やったな!」

「……卯川さんフラグっぽ台詞、言わないでほしいっス」

「ふらぐだ? んなもんあるか。ラノベ読みもたいがいにしろ。報告すんぞ」

「りょーかい。ほんぶ?」


 スマホで任務完了を報告。行動不能にした隕石生物メテオクリーチャーの画像を転送し、研究班による調査とバックヤードの回収も請う。軽く見積もってもトンはある。吊り荷重の数倍もあれば、クレーンが折れる。ピックアップ車の積載オーバー以前だ。どこがライトなのか。


 緊張の空気が緩み、避難誘導の警官たちが、安堵の声を漏らした。

 アパートの影で見守っていた、大家、斉木かおりがほっとしてるのがわかる。KATUは無表情だが、似た心境だろう。


「後片付けか。やれやれだ」

「楽しい楽しい。書類つくりも待ってるっス」

「くそ。ほれ見失うまえに拾おうぜ」

「わたしは32発。早いもの勝ちっス」

「んなわけあるか。俺の68発と合わせ技だ」


 そらじゅうに散らばった薬莢を、眼の色かえて二人で回収していく。

 緊急要請は取り消された自衛隊だが、時をおかずに出動してくる。災害派遣という後片付けだ。巨体が暴るよりはマシな状態だが、3棟が直接破壊され、電柱が倒れたせいで、さらに5件が被災の憂き目に。先日の北区も復興はこれからだ。猫の手も借りたいだろうと、元自衛官の卯川は合掌した。


「あがッ?」

「また!」


 衝撃がおこったのは、卯川が自販機の下に手を突っ込んだときだ。いましがたの震動など赤子の戯言といわんばかりの衝撃。足を拒絶ような地の挙動に、屈みはいつくばる。

 明るさのコントラストで影がいっそう暗くなった。軽量隕石ライトテイアが、目前の2階建てドラッグストアに直撃した。


『緊急連絡! 緊急連絡! 市内に軽量隕石ライトテイア落下の模様。先刻とは別個体。監視衛星と突入震動波から予測される規模は、……と、特大だと!? 巨大異星人ユーテネス……避難警告だ!』


 事態を告げる車内スピーカーが途切れ途切れの悲鳴をあげた。


 特大のデスドリアン破壊外来種が、小山のような巨体をあらわす。すぐそこに。見上げるような大きさに目を疑った。身長は4階建てマンションよりも低い。10メートル以内だろうが、8も12も、人間からすれば過剰な意味で誤差だ。


「……そうそう出ないんじゃねーのかよ。そろそろ確変終わんだぞ」

「よ、よゆうっスね。なら責任とって立てたふらぐ回収してほしいっス」

「偶然だ。フラグがあってたまるか」

「迫力パないっス。最前列で観る怪獣映画」

「お前こそよゆーじゃねーか」


 住民避難は完了してるのが不幸中の幸い。そこに転がる小型怪物の功名といえよう。

 3メートルある重い看板が4つとも剥がれると、店舗の壁が歪んで崩れ落ち、それから爆発したかのように吹き飛ばれされた。身振りで、警官たちを下がらせる。

 

 基本的な形状は爬虫類。足が4本、手が4本。外被は硬質。ここからわかるのはそこまでだ。卯川は、銃を引き寄せると冷や汗を首を流しながして立ちあがる。なんでこう宇宙からの生物ってやつは黒を基調にすんだと、午前9時の太陽を黒く反射する外敵を見上げた。


「空だ。弾は……クルマに」

「わたしは28発と一個」

「わり。後退、補充してくる。刺激すんなよ」

「……かいっス」


 怪物が銃というものを理解してるか疑問だが、それをいうなら、人間をどう認識してるかも考察しなきゃいけない。熟慮には不向きな場面だ。怪物と、怪物にむきあう巨大の背を目に治めながら、じりじりさがる。たどりついたピックアップ車のシート下から弾箱を引っ張りだし、空の弾倉に一弾づつ詰め込む。建物に隠れた巨大が数秒だけみえなくなる。


「まってろよ……って、俺が行ったってどうなるもんじゃねーがな」


 自虐的に、遊底を引いた銃に弾倉を押し込み、足速に戻る。20メートルそこそこがとても遠い。建物を見下ろす悪性生物に近づくなんて、とんでもドM職務だと嗤い、恐怖を封じ込める。


 動かず微動だにしない敵の威容は、遠くに霞んだ手稲山こそが攻撃ターゲットで、這いずる人間など眼中にないと言いたげで癪にさわる。撃って1ミリでも力をそぐべきか、藪を突かないよう現状待機すべきか。迷う。


 微弱という言葉ではまったく足りない戦力行使に思いとどまってるとき、車の音が近づいてきた。すでにパトカーさえいない。やってくるのは自殺志願者かフリートの誰かで、99%で後者だろう。誰だ。ふり返りたい衝動にかられたが、10メートル先の強大な侵略者から、視線を外すのは短時間でもマズイ。


 ブレーキ音。停車。ドアが開く。


「ひさびさの現場だからね。大切に援護したいわ」

「左にまわりましょうか。小銃で」


 射妻エリカと諸星ハヤトとわかった。小声を張り上げるという喉が器用。援護に大切にクソもないが、こちらが分かるようにとの計らいは、ありがたい。


「めずらしいコンビですね」

「だが小銃っきりなのが頼りねぇ。12.5㎜の提案も間に合ってのは知ってるが、ダネルMGLもねぇのか」

「あれはさらに例外です」

「ねぇモンはしゃぁない。俺らは右だ」

「りょ」


 数歩、巨大に先んじて動く。間隔が3メートル開いたとき。何か太い塊が絡まりが降ってきたのを、上に感じた。腕が降り下ろされたのだ。卯川は反射的に体をひるがえして数メートル離れる。身を低くして銃を上にむけると、握把をにぎる指が自然に力んだ。


 ズガガガガ。ズガガ。


 破裂音が鼓膜をつんざく。軌跡を描いた曳光弾が数発命中した。肩ごしにふり返る。


「きょだい!」


 デスドリアン破壊外来種が、ドラム缶を繋いだような腕をひっこめる。そこには、拳の形にくぼんだ、ヒビ割れたアスファルト。デスドリアン破壊外来種が動き出した。めり込んだドラッグストアの中を、プールの水をかき分けるように進み、積み上げたオモチャのブロックけちらす幼児のごとく、面白を半分になぎ倒した。


 建物だったものが弾き散らばる。卯川はたまらず、全力で逃げる。


「ぐぐ、巨大!」


 叫ぶが返事がない。左方で撃つ射妻と視線が交差。サブチーフはかぶりをふる。

 空弾倉を2秒で入れ替え撃つ。被筒は熱をもちはじめていた。


「きょだいッ」

「巨大!!」


 叫ぶ。向こうで者星が声を張り上げた。

 無駄だと理性ではわかってる。手というには暴力的で大雑把な物体にに潰されたんだ。生きてるはずがない。何も見当たらないのは、欠片も残さず霧散したから。ドラッグストアが瓦礫になってしまったように。


「呼びましたかーぁ」


 気合のない間抜な声がした。潰れた地面と関係ない卯川が背にした裏から、いまだ少女っぽい19歳が姿をみせた。ひょっこりと。


「……無事だったかっ。つかなんで無事だ」


 信じられなかった。ダチョウのタマゴも人のみにできそうなくらい、卯川の口が開かれた。目を離した一瞬、こいつは黒い上枝の餌食になった。視界を遮るものは放置自転車。身を隠す場所の道の真ん中で。

 消えた人間が現れた、としか思えない。空間転移ワープ瞬間移動テレポート。脳裏をよぎったのは、宇宙生物来訪時代にたどりつけてない現象だ。


「失礼ですね。それより、よけないと危険ですよ」

「きけん? のわぁッ」


 あっけらかんと言われて見上げる。思わず頭を抑えた。熱い銃で頭が火傷しそうだが、それどころではない。黒の隕石生物メテオクリーチャーがぶっとんでいったのだ。


 それをやってのけた隕石生物メテオクリーチャー。見覚えのある巨体。デスドリアン破壊外来種に対して、守護巨人ガーディウスと名づけられた、白い巨人だった。

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