14 再会


「ここかぁ。軽量隕石ライトテイアが堕ちたって通報してきたアパート。運がねぇよな。日頃、よっぽ悪どいことばかりやってやがんだろう」


 通常は8時の出勤だが、非常事態下の担当部署に定時などという建前は霧散する。

 警察の交番勤務が週に38時間45分。仮眠と職務がキレイに分割されて、慣れるまでは起きてるのと寝てるのとがあいまいになるうえ、急な事態で仮眠が潰れるのが日常というちょっと想像できない勤務形態。


 いっぽう自衛隊いたっては365日24時間勤務だ。いつでもどこでも出動オーライという、地獄のような職務時間が法律で保障されている。有事に眠いとかトイレとか言ってられないとはいえ、惨いことである。もっとも、自衛隊の有事とは、海外派遣や災害派遣のこと生涯のうち数度と巡ってこない。通常勤務はきっちり1日8時間週休2日。安定の公務員であった。


 対人外生物異物ホスクラド対処班フリートの勤務体型は、警察と自衛隊、どちらかといえば自衛隊寄りの、両方のいいとこどりであった。


 有事がなければ、8時間の週5日。あるときは、交代の泊まり込みで24時間体制。


 いまはまさに有事のまっただ中。夜は二人がコンテナの仮眠コーナーで仮眠し、事態に備える日々が続いてる。それをいってしまえば、24時間体制で落下物対処する隕石集中地帯テイアゾーンの内部勤務は、より大変であった。数十人が部署ごとに交代するので、疲労はそれほどではなかったが。


 というわけで、卯川玄作は不機嫌であった。泊まり込み開けで、7時前に出動してきたことで、いつもより、とてもとても不機嫌になっていた。


 巨大は、疲れを感じない体質っスとよく言ってるが、おそろしい早起きで、6時半には事務所に着いていた。仮本部には二人だけ。卯川は巨大を連れて、隕石落下の急報に出動した。


 フリートは、つま先がアクセルにギリギリつく小さな巨大に、運転をさせないようにしてる。だが、今朝は巨大がピックアップを運転した。そこらの電柱に八つ当たりしかねない卯川から、ハンドルを奪ったのだ。


 現場には、通報したと思しき女性たち、少年やアパートの住人、近所の野次馬たちが大勢いた。交通整理にあたった警官のひとりが、なにかを説明してる。立ち退いた事例やこのあと駆け付けてくる、市のサポートといった定形情報だ。


 そこに案の定というか。卯川の悪態が出動したというわけだ。


「しーっ! 声が大きいっス卯川さん」


 巨大が停車させたのは人の群がりを避けた場所だった。卯川の声は雑音に消されることなく、聞こえてほしくない人にも届いた。


「わーるかったね。あたしが悪どい大家です! あんたたちがフリートって役所かい。小市民のライトテイア天からの恵みをかっさらってく泥棒だってきいたよ。この前なんか、あれ、怪獣にいいようにやられて宇宙人に助けてもらってたっしょ。駆除くらいまともにやってもたいたいよ。たっかい税金払ってんだから。あ。ノロそうなデブに駆除なんかできないね。ごめんねー」


 あーあと、巨大は天を仰いだ。完全に相手の怒りを買ってしまった。域外に落下した軽量隕石ライトテイア。自然現象なのだが、被害者はそうみない。隕石集中地帯テイアゾーンがあるのに、はみ出るのはオカシイと。フリートの管理責任を、怒りにまかせて突いてくる住人は珍しくない。


 だからこそ慎重に対応しなければいけないのだ。とくに初動の印象は重要で、悪い心証は問題をおこすものだ。後の対処のこじれが倍増しなると、経験が言ってる。具体的には、後をひきうける自治体から、旧来の百科事典をこえる厚さの苦情が届くという形で顕現し、それに倍する理由書と始末書の作成に、数夜の睡眠をささげる羽目になるのだ。


 初動の印象は大切。絶対にだ。


 だというのに卯川はやっちまう。シプナスの0.1パーセントが後悔メッセージを拡散させ、それに応えて、2パーセントの筋肉が硬直という反応の自制をよびかける。が、覆水は盆に返らないものなのだ。


「んなんだとぉ!」


 誰でもいいとめてくれーと、心で叫ぶ卯川だが、自分で自分を抑えられない。


「すとぉーっぷ、ケンカ売ってどうすんスか。すいません大家さん。卯川さんも誤ってください」


 よくぞ止めてくれた巨大! 卯川は心の中で最敬礼する。

 だが、動き出したエンジンの回転は止まらない。

 続いて口からでたのは、買い言葉。


「だぁれが謝るかよ。こんな口の悪いおばはんに」


 こいつ何を言ってんだ。俺の口を動かしてるの俺じゃない。

 きっと闇のなかの俺様が、この体を乗っ取ったんだ。

 なに考えてんだオレは。

 心技体。心が体を、口を制御できない。


「口の悪いはお互いさまっ !!!!」


 そして相手も負けてない。自宅アパートが破壊され、部屋にいられなくないから、朝だというのに着の身着のまま仕方なしに外に立ってる。そんなことみればわかる。この女性も、疲弊で感情が抑えられないのだ。


「やめてくださいって! すみません。この人、思ってることと正反対のことしかいえない病気なんです。キレイなお姉さまに、緊張して舞い上がってしまってるんです。なるべく鑑定はそちらの優位に判断しますので、許してやってください」

「きょだい、てめっ……むごむご」


 大家は腕を組んで考えた。ぎこちなく口角をあげ、卯川と巨大を見比べる。


「優位に? たとえば。このアパート新築なのよっていったら、その方向の賠償額を保険屋に働きかけてくれるってこと?」

「…………新築にというのは……関係書類には建築年月日が明記されているので不可能でしょうが……査定を甘くするくらいの裁定なら」


 相崎。というより射妻エリカは激怒するだろうが、始末書連徹より100倍もマシだ。この隊の予算は充実してる。しかも先日の未確認生物クリプチ売却益だけでも、隊員6人を合わせた年収をはるかに上回る。収益を上げる公共団体はそう多くはないから、金前面の融通は利くのだ。


「それなら手を打つってもいいか。ただし。その男が地べたに這いつくばること。これは譲れない条件」

「だ、だれが」


 まあ願ったりか。土下座で済むから安いもんだ。

 口じゃ反対してるが、理性は受け入れてるぜ。喜んで! と。

 巨大が、間髪いれず叫んだ。


「喜んで!」


 心はひとつ。

 巨大は、卯川の首に手を回し、その体のどこに隠してたのかというパワーで、その頭をぐいと、地面にこすりつけた。憤りはあるが、暴走はとまった。


「ぎ、ふ」

「交渉成立っ」


 堅い握手をかわす大家と巨大。まわりから暖かい拍手が送られた。

 警官の拍手がひときわ熱いのは、なぜだろうか。


 朝の市道に渋滞が発生していた。3台のパトカー。念のために呼ばれた消防車と救急車に、フリートのピックアップ車。写メを撮りたくなる構図であるがだめだ。運転中の携帯電話操作には「6ヵ月以下の懲役または10万円以下の罰金」が適用される。速度を緩めてスマホを構えた車を、最寄り交番の警官が停車させた。


 好奇心の代償は高くつくものだなぁと、現実逃避してた卯川が我に返ると、話は次のラウンドに進んでいた。


「それでーー隕石なのかどうか……私の部屋を空からなにかが貫通したような穴が……」

「まってください。……ふぅーーーーーーーー」


 話しかけてくるべつの女性の言葉をさえぎり、巨大は息を吸いなおした。


「はぁーーーーーーーーーー……それで。あなたの部屋か」


 大きな一息を挟んで、わざわざ聞き返す巨大。

 発する言葉を選んだようであるが、卯川には違いがよくわからなかった。


「……ス? あ、はい。斉木かおりです」

「わたしは、対人外生物異物ホスクラド対処班フリート巨大きょだい七光ひかりです」

「巨大、さん?」


 斉木が、不思議な生き物を視るような目で、巨大を上から下まで見直した。みためは小さくかわいらしいのに、名前は巨大デカいヒト。初対面の人は驚くか、ふふふと笑顔になる。テッパンのリアクションだ。


「あ、ごめんなさい」

「気にしてないスから。身長は個性。べつに気にしてないスよ。いつものことっス」


 巨大は、小石をつま先で蹴った。


「ほんと、ごめんなさい」

「それで軽量隕石ライトテイアが堕ちたと。怪我がなくてよかったスねー」

「……そう、ですね。怪我がないのがなにより。あはは」


 ここで卯川が再起動する。砂つぶのついた額をあげて、大家の女性に深々と目礼して「私こういう者ですが」大家と女性に取り出した名詞を渡す。いきなりの方向転換に二人は面食らう。


「んじゃさっそくつーか。部屋ん中からみせてもらいましょうかね」


 さっきのことが無かったかのようなふるまいに、目を丸くするふたり。巨大が「こーゆー人っス」と、フォローぽいことを言った。


「そ、そうねぇ。いいよね斉木さん」

「部屋……いえあの……できれば外からでお願いできますか。中は散らかってるし、ショックをうけた家族がいるもので」


 斉木かおりと名乗ったこの女性はどこか、歯切れが悪かった。理不尽な事故に憤るでもなく、詰め寄ってくるでもない。こういう時の人はなにかしらむき出しの感情をさらすものなのだが。困っているのはそうなのだろうが、諦めを受け入れたような顔つきだ。


「そりゃあ建物が壊されたてんだから散らかってるってのは仕方ないし、当然っつー気がするんで、気にしないですけどね。でも、後からにしてほしいってんなら、こっちはかまわないですよ」


 がさつな口調に不得意な敬語をむりやりに当てはめた妙な言葉まわしで、卯川は了承すした。


「ところでフリートって、ずいぶんと軽装なんだね」

「こんなんでも防刃で丈夫っスよ。ヘルメッドもあるし。動きやすさが信条っスね。生物を追ったり逃げたりする隊なんで」

「防護服とか着なくてもいいの? 隕石には放射能があるって、誰かにきいたんだけど」

「あー放射能。あることはあるけど微弱っス。軽量隕石ライトテイアなんか微弱ですらないっスよ。放射能カウンターも備品にあるけど、一回だけ使ってそれきりっス」

「そういうものなんだ」


 そんな風に、大家の案内で検分がはじまった。





 アパートをぐるりとまわる。地上3メートルの高さに50センチくらいの穴ができていた。裏にまわって昇りハシゴ――ラダーという建物に垂直に取り付けられたハシゴ――で屋根にあがる。屋根の上には80センチくらいの大きな穴。下を覗くと、暗い底に地面がみえた。ハシゴを降りて一階の部屋に入る。天井と床を破壊した穴をじっくり検証する。


 卯川は、10インチタブレットの専用アプリに、写真と所見を記載。巨大は用紙に壊れ方などといった被害状況を書き込んでいった。記録紙の考案とデザインは、もちろんサブチーフだ。


 微に入り細にいり、ぬかりなく調べてこと1時間。


「屋根と、2階の天井と床、そして一階の床下まで一直線に貫かれている」

「それは間違いないっスね」


「こりゃあ、フローにいれるまでもねぇな。隕石の痕跡もねぇし。まぁ未確認生物クリプチが歩いていっちまった……なんてこじつけはできなくもなぇが。穴がなぁ」


 巨大は規則にしたがって、集めた状況をアナログなフローチャートに落とし込む。想定突入角度、規模、穴の状態、破損物の状況、残留物。散らばった要素を集めて総合的に判断する。アパートの損傷は軽量隕石ライトテイアによるものではない。


「だいいち、破壊の方向が妙すぎ。どうみても外からじゃないっス」

「上下と水平方向を中から破壊……恐怖じゃねえか」

「‥‥」

「破壊力は隕石なみだが、隕石じゃねえーーー壁ドン。クマでも飼ってんのか?」


 巨大は口に手を当ててなにかを考えてる。


 2階建てアパートの屋根から床まで内側から貫く衝撃が、想像もできなかった。上に向けた無反動砲を一階からぶっ放せば、逆噴射で、穴もあく可能性はあるだろうが、平和日本で平凡女性が入手できる物ではない。残留物に兵器の形跡がみあたらない。


「で、どうするよ」

「どうするって。あたしが?」

「おう。善処するって言っちまったろうが。どう計らうつもりだ?」

「な、中をみてからってことで。違う発見があるかもしれないっスから」

「……始末書確定かよ」


 中階段を昇って、最後にやっと二階の部屋に通された。


「フリートの人たちが部屋をみるから」

「外に出ようか?」

「いていいわよ。よけいなことは言わないでね」


 部屋の奥で斉木かおりが誰かに話をしてる。ショックをうけた家族がいると聞いたが。少年の声は弟のようだ。玄関に斉木が現れた。


「どうぞ」

「おじゃまします……」


 招き入れられた室内は、予想どおりに散らかっていた。現状を維持してくれたのだと、善意に考えたい。これまでの同じ穴が、天井と床と壁に確認。卯川はタブレットで写真を撮っていく。兵器の痕跡はやはりみあたらない。


「ひっでぇ穴ぼこだな、どうなったらこうなるんだぁ」


 椅子にちょこんと腰掛ける少年がいた。斉木は「落ち着いた?」と気づかわしげにそのほほに触れた。


「き、キミは75%少年!」


 巨大が、ひっくりかえった声をあげた。


「知り合いか、巨大」

「このあいだ、危ないところを助けて、いただき、いただいた、です……っス」


 卯川はびっくりする。この新人の、ここまであからさまな動揺は初めてだ。

 隊の連中との付き合いはせいぜい1年。巨大にいたってもっと短く数カ月しかないが、斜めから一刀しマイペースを地で行く性格は、三日で理解した。着任初日から隊を掻きまわし続けてる彼女の狼狽えぶりは、すこぶる珍しい。


「そうなのカツ?」

「ああ……すっぽんぽ」

「言うなあ!」


 斉木かおりを押しやる形でKATUの口をふさぐ巨大の頬と耳が、ピンクに染まっていく。おもしろいものを観たな。卯川は笑い、巨大の肩をぽんとたたく。


「あーーなんだ。イケメン好きの趣味をとやかく言わんがな――


 声をひそめて続ける。


 ――青少年保護育成条例に触れるようなマネぁ、ひかえたほうがいいぜ」


 かあああああ――っ。沸騰音がしそうな勢いで、顔の紅みが濃く染まる。


「なな何を言ってすんで進巣sう化ですよ!」

「真赤な顔で否定すんな。説得力ねーぞ。言葉、文字化けしてんじゃねーかッ 」


 卯川が腹を抱える。ついでに持っていたタブレットでばしばし巨大を撮りまくり、フリートのサーバーへアップロードする。思った以上の収穫。

 ダメっス! 巨大はタブレットを奪おうと追いすがってくるが、バンザイ手に届くことはない。取ろうとぴょんぴょん跳ねるのが面白く、卯川は、やーいやーいと、子供っぽくからかった。


 じっと観ていたKATUが、真剣な面もちでつぶいた。


「オレ、オヤジと笠川のアニキしか、大人の男をしらないけど。ほかはこうなのか?」

「例外だから、反面教師だから」

「男も、女も、いろんな人がいるってことよ。勉強になったね」


 少年は、ひとつの経験で積み重ね。大家と斉木かおりは、それまでの人生に照らしてうなづきあった。


「もお」


 ようやくタブレットをひったくった巨大は写真を消去。壁の穴をのぞきこんだ。付着物をみつけるとピンセットでそれを採取。シミターのいるのとは別のホルダーに保管した。


 そのとき、突きあげるような震動が発生した。


「地震!?」

「カツ! テーブルの下に!」


 瞬間的な揺れは3秒足らず。でも地震なら次がある。可能性にみんな身体を硬直させる。 が、なかなか来ない。


「……これ。地震にしちゃ一瞬だね」


 少年が、なにかもっと別のものだと言おうとした。巨大と卯川が部屋をとびだす。

 卯川が戸口でふり返ると、口早に告げた。


「アンタらも来い! 見渡せてすぐに逃げられる場所がいい。急げ」

「地震なら」

「地震じゃねぇ」


 背中の見えなくなった卯川の言葉尻をKATUが引き継いだ。


「……軽量隕石ライトテイアだ……それもとても大きな」


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