13 21日目



「大家ちゃーん。食事いかんかー?」


 屋敷という老朽化アパート。大家が住まう部屋をノックしたのは、おなじ一階に住む老人陣野。先日、者星を食事に誘った人物だ。


 ノックを3回。その音で廊下の天井についた埃がおちてくる。これも古民家の味のうちなんだよな。陣野は、数カ月後に迫った退去を残念に思った。


「はいはーい」


 扉が開いた。立っていたのは女性、というよりは少女だ。19歳という年齢に似つかわしくない小さな身長に幼さが滲みでている。部屋の住人で大家の巨大きょだい七光ひかりだ。


「神野さん。シミラーくんで、手が離せなくて」

「しみらー?? 立て込んでるなら食事はやめるかい」

「ごめんなさい。食事はいきますよ」


 なんだかしらないが、バタバタ奥へと引っ込んでいく。

 ばさばさと羽音がすると思えば、天井伝いに鳥が飛んできた。


「んがッ!? カラス?」


 黒っぽいく見えたし、ハシボソガラスくらいの大きさがある。でもカラスの特徴はどこにもない。頭部はリスのようだし、脚はラッコに似ていた。羽根こそ鳥のモノだが総合的に、なんの動物にも当てはならない。


 陣野の頭をかすめ廊下に飛びだした。「逃げた?」と思ったが、”鳥”は行き止まりの壁をキックした反動でとってかえした。巨大のいる奥へと帰っていった。


「ひ、ひかりちゃん。鳥なんか飼ってたっけ」

「いつものファミリアですよ。いまは未確認生物クリプチっていうそうですけど」

「ファミリア? お父様から譲り受けたヤツ? 猫じゃなかったっけ?」

「なんにでもなるんですよ。いまは鳥っぽいけど。入って待っててください」

「はあ。じゃまするよ」


 アパートの仲間をよく招く娘だ。陣野も慣れていて、女子の部屋であったが、気兼ねなく入室。よく片付いてる。大家だけあって部屋の数は多い間取りは3DK。飲み物で歓待する素振りもないのがさびしいが食事前だ。


「シミターくん」


 巨大は、黒い円筒の筒を取り出した。蓋をはずして持ち上げる。すると、無我夢中、我関せずとばかりに飛んでいた鳥の挙動がかわった。

 なんと筒の上で停止した。ドローンかようにホバリングしたのだ。ハチドリのような小型の鳥ならわかるが、あの質量でありえないと、陣野は目を見開いた。


 鳥はくんくん臭いをかぐと、筒のなかに首をツッコんだ。じゅるりっと吸い込まれていく。頭部より一回りちいさな筒。納まることは物理的にありそうもない。それを見せつけられた。


 その円筒の筒。フィルムケースより一回り大きいリングの付いた容器は、巨大の腰に飾ったベルト穴にちゃらっと吊るされた。


「すごいな。変身できて持ち歩ける? 私も飼ってるが懐かなくてね。放しでもしたらきっと帰ってこないよ」


 ツッコむところが違うだろうと内心あきれるが、ついて出たのはそんな言葉だ。


「懐くのには時間が解決してくれますよシミターくんは父のころから家にいるので、家族です。携帯できるのは父がくれた軟鉄ホルダーのおかげです」

「そういうものかね」


 ファミリア=クリプチは20cm以下の小型生物だ。落下直後は硬質なゼリーに覆われて、解凍から半日ほどでぷるぷるな生物になる。90%はゼリー型だが、まれに地球の生物に似たいきものに変化する。害なすバケモノと化してしまうケースもあるが、色で判別できる。赤系は有害で青系が無害。横断歩道みたいだ。


 珍しい生物だ。地球上の全個体を合わせても、100体いるかどうか。知性がある。懐けば意思疎通もはかれる。何かしら特殊能力をもつこともある。エネルギーは空気中の水分や空気を言われてる。つまり、けっきょくのところ、正体についてはほとんどわかっていない。超高額ペットとして認知されているが、宇宙からの怪しい生命体を市民にが飼う危うさを指摘する声は多い。


 金持ちの陣野は、伝手から不動産を数軒抵当にいれて購入資金を工面、ようやく手に入れたほどだ。運と偶然が重なってどうにかゲットできたのだ。金を積めばいいという代物ではない。


 壁際に部屋に似あわない大テーブル、大きな水槽が載っていた。縦横1メートル、高さ30cmくらい。中には30センチほどのドールハウスと、軟鉄ホルダーが置いてある。なにに使うのか。陣野は首をかしげた。


 この軟鉄ホルダーとやらも貴重だ。彼女以外、持っている人間を知らない。恩恵隕石バフメテオには軟鉄や鋼糸という地上の常識では推し図れない物体があるが、それにしても、大きな生物が不自然納まる容れ物を造れるものだろうか。それとも、シミターくんというファミリアが、縮小しているのだろうか。


 好奇心がむくむく湧いてくる。


「そのホルダー便利そうだね。お父上はどこから買ったのか聞いてる」

「闇と光の交わる世界で手に入れたと笑ってました。頭オカシイですよね」


 これだ。おおらかな性格なのだが、いつもはぐらかしてくる。

 しょうがない。陣野はあきらめ話題をかえた。


「……ふむ。ところで、大家ちゃんのしゃべりっぷり。同僚といたときとずいぶんちがうね。私に無理していないかな」

「しゃべりっていうと ”この前の昼間のあれっスね” 仕事用です。外ずらの社交辞令なので、あっちのほうが疲れるんです」

「そ、そういうものなのかい。蓮っ葉な荒い言葉が社交辞令とは驚かされるよ」

「へへへ。どこにいくんです? 決めてないならバーガーショップがいいです。ユー君一家も誘って」

「ディナーにハンバーガー? まあそれもいいか。ちょうどいい店がある」




――



 消えそうな蛍光灯で、シルバーに反射する黒髪。

 二つに折った座布団を枕に頭をのせたKATUは、骨の浮いた腹をなでた。


「……腹減った」

「やきそば食ったばかりだろうが大食漢が。だいたいてめえが、しくじったからひもジィんじゃねーか。隕石生物メテオクリーチャーの欠片をもってきりゃよ。笠川のアニキ、涙ながして財布ごと渡したぜ。まちげぇねぇ」

「口ばっかだろ、あのひと」


 立ち上がり、なにかないかと冷蔵庫を開ける。牛乳パックが2本あったはずが、ない。


「飲んだな、オヤジ」

「正司さんだ。てめえ、自分で飲んじまったんだろうがよ」


 育ての親である月島が飲むのはアルコールか水。KATUは飲んだことを忘れてしまってた。がっかりしたせいで、腹の虫が反乱。水道の水で空腹感をまぎらわし、寝床にもぐった。


「まてぇや。てめぇ……疲れたツラしてんな」

「……つかれてない」

「ウソつくな。寝るなら外へいけ」

「……」

「哀れなツラしたって聞かん。てめえの寝相ぁシャレにならん。朝まで帰んな」


 月島がこういう時は、女が遊びにくることが多い。たいていは付き合い始めで、しっぽりうまくいくか盛大にふられるかどちらかだが、今のようにKATUの顔色をみて追い出すこともある。とにかく、出ろというなら出るしかない。篠路以来の薄着のままで、穴のあいたスニーカーを履いた。


「朝はシノギだ。9時前にここにいろ」

「……ああ」


 温暖化の余禄からか、夏夜の寒い北の都市でも、すこしだけ地面は暖かい。寝床になりそうな場所をみつくろうべく、街のほうへ足がむく。いつもの公園は、高校生たちが花火大騒ぎ。橋の下は草が茂りすぎて大量のブヨが湧いていた。


 1時間ほど彷徨って、どうにか妥協できる寝床を発見できた。


「……ここにしよ」


 人通りのほとんどない裏手の自販機の間だ。飲み屋ビルの狭間にあった汚れた段ボール箱を引っ張り出し、そこに体を押し込んだ。頭にも段ボールを被る。虫と客をよせる灯りはシャットアウトできた。冷蔵モーターの震動がうるさいが、さいわい、デリケートな体質ではない。気まぐれな通行人がおこしてもしない限りは、夜明けまでグッスリが保証される。


「おやすみ」


 だれにいうでもなくの言葉が口をついたとき、


「こらッ」

「……」


 被った段ボールをはぎ盗られた。自販機蛍光色がまともに目を突かれ、眩しさに目をしばかせる。酔っ払いか。それにしては、声に迷いがない。月島か。いやあのオヤジが捜しにくるわけがない。そもそもこんなかん高い声ではない。ビルの管理人。たぶんそうだろう。浮浪少年か不労少年か知らんが、めんどうはゴメンだから他所へ行けと。


「KATU! あんた。こんな夜中にこんなところで」

「……かおりさん」

「姉さんって呼びなって」


 斉木かおりだった。月島の元カノで5年ほど一緒に住んでいた女性だ。姉ではないが、親身に育ててくれたひとだ。月島もそのようなものなのに、父親と呼ばれることを嫌ってる。かおりは数年前アパートを飛びだし、夜の仕事と塾のバイトをして暮らしてる。


「かあさん呼びでもいいわよ」

「それはちょっと」

「月島に追い出されたんだね。あいつったらもう」

「いいんだ。七転び早起きだから」

「わけわからないことを。うちおいで」

「でも仕事は」

「夜のは終わったところよ。しつこい客をふりきったところに、あんたがいたってわけ」


 かおりは、汚れた頭をガシガシ、なでまくる。


「髪、ごわごわじゃない。お風呂にはいってないでしょ。せっかくシルバーに光る黒髪なのにもったいない」


 KATUの脇に腕を背にまわすと、抱えあげるように立ちあがらせた。


「シャワーも浴びていきなさい」

「めいわくかけるし」

「子供がなにを遠慮してるのよ」

「……でも」

「牛乳があるわよ。なんとタカナシ4.0」


 KATUの目が輝きだす。


「たかなし。傘下の足柄乳業製造のスタバカフェラテなどで知られる横浜のある大手乳業企業。北海道4.0牛乳は、浜中町農協と生産者の協力を得て、特選規格・乳脂肪分4.0%以上の生乳だけを選んでつくった成分無調整牛乳。その浜中町は、全国で初めての町内に酪農技術センターを設立、土壌・飼料・生乳の分析を行い、データに基づいた高品質の生乳の供給に力を注いでる。の、飲んでみたい」


 広告ページな情報を抑揚のない小声で熱く語る少年。ネットどころかスマホもない生活のどこで聞いたのか。牛乳好きのかおりは、美味しそうな牛乳があれば取り寄せても飲む。ともに暮らしたKATUに性分が遺伝したようだ。ぎゅうぎゅうに濃縮還元されて。


「さすが私の子わかってるじゃない。がんがん、飲んでやせっぽちを解消しなさい。せこま定番のトヨトミもあるわよ」


 そこから歩いて15分ほど。かおりは、築10年ほどの小ぎれいなアパートの2階に、一人で暮らしていた。KATUは、何度か連れてこられて、場所をよく知っていた。今夜も、かおりの部屋を訪ねるという考えがよぎったのだが、甘えることが情けなくて、頼るのをやめた。一夜の宿。それですむなら悩みはないのだ。






 どん! ばぎっ! ばぎばぎぎ! がが、ぎぎぎ……ぎ……


 翌朝。活動には早い、太陽が昇り始める時間。

 派手な破壊音と、身をゆるがす震動で、斉木かおりは起こされた。


「な、なに、地震!」


 タオルケットをはぎとり、転げるようにベッドから這い出る。

 急速に覚醒した意識を凝らす。部屋はむざんなことになっていた。

 正面の壁には穴があいていて、道路のむこうに建つマンションがよく見えた。慌てて立とうと床に手を突けば、着いたはずの手が吸い込まれた。大穴は床にもあいていたのだ。よく見れば、フローリングに敷かれたフカフカ綿のカーペットも塵まみれ。千切れた板と布と、石膏がぱらぱらと、散らばっていて、足の踏み場もない。


「なにか堕ちたの? 隕石? KATUは」


 捜す息子は、すぐ横にいた。


「……よかった無事ね」


 ほっと息を吐きだすが。彼はしょんぼりとうつむいてる。

 その様子に、かおりはわかってしまった。惨状の原因がにあるかが。


「姉さん。ごめん……」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る