12 隕石の降る日常



『者星くん。隕石集中地帯テイアゾーンから外れた位置に軽量隕石ライトテイアが落下。ほかのメンバーは手が離せないの』

「手が離せない……ほんとにですか」

『本当らしいわ。そういうことだから、わるいけど回収お願い。間に合ったらでいいわ。場所は環状通り側。位置を送信するわね』

「了解。あと3分少々で着きそうです」

『巨大GPSが君に連動してるんだけど。まさか同乗してるの?』

「ええ。ついてきました」

『はぁ……チーフは休めとおっしゃったのに。いいわ。半日休は取り下げておく』

「そうしてやってください。”お手間かけまース” って騒いでます」

『デコピンしてやって』

「イエスマム」


 対人外生物異物ホスクラド対処班フリート、通称フリートは、多忙ど真ん中にあった。

 主な業務は、軽量隕石ライトテイアの回収。隕石集中地帯テイアゾーン内でも外部でも、落下した隕石の全てが管理対象になる。


 とはいえ、テイアゾーンの内と外では対応が変わる。

 内部にはフリートのほか、大学の研究チームや保健所、バックヤード、自衛隊など、複数の班が待機。素早いシステムが整っている。


 突入すると同時に、クローラ―運搬車がうなりをあげて発進。たちまちのうちに回収され、研究員たちの手による解析がはじまる。エリア内は囲まれてこそいるが、平地どころか更地ですらない。山あり、川あり、マンションあり、住宅あり、神社あり。もともと市民が住んでいたのを買い上げた地域なので、埋まった落下物の回収は、上物破壊からはじまることが多い。


 落下した場所がテイアゾーンの外だと、ひと手間かかる。地権者との話しあいが必要になるのだ。ゾーンのすぐ外もそれなりに危険なので、住民のほとんどは、落ち着ける安全圏まで退避してる。人が住んでない住居に落下したときでも、隕石は早急に回収される。

 家主には、判明してからの事後承諾となる。手続きが煩雑なのと、ごねる家主がいたりするのが面倒なのだ。


「テイアゾーン外の落下は希っていうスけど。結構落ちてるっスよね」

「マレなんだろうな。政治的に」


 数日に一回は、決して少なくない。下は30cmから2階家大の9mまで。軽量隕石ライトテイアそのものが異常なのだが、それをいってははじまらない。


 直径1.2㎞、緩衝緩衝エリア50mの1.3㎞が政府の認めたテイアゾーン。者星としては直径を1.3㎞にして緩衝と合わせて1.4㎞にしてもらったほうが助かるし実際的だが、政府にもいろいろ都合があるらしい。避難命令には退避所を確保しなけえればいけなくなる。自主退避は費用を低く抑えられる。半径が100メートル広がれば、予算が増える。


 フェニックスの事例が根拠として1.2㎞は、かたくなに守られている。緩衝域のほんの外は、バカにならないようだ。



 すべての隕石は、地球に突入するはるか上空から監視されてる。落下地点も数キロ以内に特定できた。だが軽量隕石ライトテイアに関して、あまり意味がない。特定する落下地点の誤差は数キロ。実際のところ正確な位置は落ちてみないと分からない。直径1.2㎞とわかっているテイアゾーンのほうが正確に近い。


 だが、たいていの場合、フリートがそれを回収することはない。待ちかまえる業者が、買い取ってしまうからだ。


 優先権があるのは国。フリートにあるのだが、拾得物に関する法律も適用される。結局、個人でも業者でも誰でも最初に拾ったひとが、地権者と交渉できる権利を有すわけで、ひとつのことがらに複数の法が適用できるのは、いかにもこの国らしい。


 買い取り金額は予算の限られる国よりも高いうえに、ブッキングすれば、互いに譲らない。3倍以上の値をつけるのが普通。より貴重な未確認生物クリプチとなれば、10倍を越える高値になることも。一件で豪邸が建つ。どちらを地権者が喜ぶかは、いうまでもない。


 落下の衝撃が合図。よーいドンで、現場にかけつける。

 近いか遠いか。先に駆け付けられるかは、運だのみだ。


「発見した。こんな目立つのに、業者いないな」

「みんな篠路のほうに集まってるとか」

「かもな、それとも地権者が役所とわかって諦めたとか」


 豊平区の環状通りは、一部、封鎖されている。道路の管轄は国道なら国。それ以外は自治体で、札幌なら道か市になる。中央分離帯の街路樹にのめり込んで、軽量隕石ライトテイアはあった。


 走る車のいない3車線のアスファルト。林檎の木が並んだ分離帯に寄せて、ピックアップから降りる。


「42センチの80キロってところか、”電子レンジ大”だな」


 四角くない。どちらかといえば球体なのに電子レンジとはこれいかに。記録にあたって

 サイズの例えが決められてる。電子レンジ大、冷蔵庫大、乗用車大。初めての観察記録した人物が身の回りの家財品に例え、以来それを踏襲するならいとなった。冷蔵庫などは、ホテル据え付けの30リットルからダブルドアの500リットルまで、バリエーションが豊富なのだが、そこの統一は図られてない。ちなみに最大が住宅大。


 コンベックスを当てて写真を撮る。表面温度の計測、現状の色、形状、めり込み状態からの突入方向読み取り。規定にしたがって観察した内容を電子ボードに入力していく。


「センパーイ。いいスか?」

「いいぞ」


 軽量隕石ライトテイアは重い。名前こそライトだが8割は鉱物の塊のため、100キロ越えがふつうだ。フリートの車が、役所にありがちな黒塗り車でも運搬に便利なバンでもなく、ゴツイ車両を採用するのはこのためだ。ピックアップトラックには、人に持ち上げられない重量物でも吊れるよう、改造が施されてあった。


 巨大は、トラックのアウトリガーを張り出し、クレーンのブームを伸ばす。二人で、手際よく地面を掘り起し、耐熱帯をかけて吊り上げて荷台におろす。重さでサスペンションが収縮、タイヤハウスと後輪の幅が狭くなった。揺れて転がらないよう輪留めをかけ、 レバーブロックで固定すれば回収は完了だ。


「センパイ。これ未確認生物クリプチですよね」

恩恵隕石バフメテオじゃないか。青いが重いぞ」

「青だけど明るいからダークブルーってとこじゃないですかね。触るとちょいプニプニ」

「堅そうだけどぷにぷにだって? ……ほんとだ。わずかに弾力がある」


 ぶろろろ。キーッ


 そこに、盛大な急ブレーキ音を軋ませて、軽トラックが停車した。ドアには、イエローヘルメットを被った子供のロゴ。地元じゃ知られたレンタル会社の車だ。ブランド物スーツ着こなした男が降りてきた。


「君たち。その未確認生物クリプチ、ぼくに譲ってくれないか」

「はい?」

「東京に販売ルートをもつ僕なら、でかく売りさばくことができる。こんな田舎の街よりよっぽどね。もちろん礼ははずませてもらうよ」


 長め前髪をパサリと跳ね上げるとは、いまや死滅した昭和の気障男の仕草だ。イケメン好きの巨大は、しらじらしさにひいた。だが、”判定無罪”の弁護士団のように、持った計算機を見せつけらると、提示額の大きさに目を丸くする。


「ちょっとセンパイ! いいお話じゃないスか。屋敷のリフォーム資金に」

「アホか。あなたもバカなことおっしゃる。私たちを知らないわけじゃないでしょう」

「当地タレントかな? そのコスきまってるよね。田舎の有名人に疎くてね気を悪くしないでほしい」


 者星はあきれた。世界の諸問題のうち、トップレベルで騒がれてる軽量隕石ライトテイア。国内最高機関のホスクラド対処班フリートは、子供でも知ってる。極力顔出しを避けているが、6人しかいない隊員は、否も応もなく有名になりつつある。


 個人以上に知られてるのが制服とロゴだ。仮にも隕石に関わるという者なら、覚えてないほうおかしい。強盗が警察官の制服を知らないようなものだ。


 者星は取り合わず、目を円にしてる巨大を車に押し込み、自らも乗り込んだ。だが男は閉めようとするドアの間に膝を挟んできた。強引な新聞記者の手口だ。


「足をどけて欲しいんだけど」

「気取ってんじゃないよ。言い値で買い取るって頭を下げてるんだ。とっとと渡せよ」

「そう言われてもね」

「なるほど値を吊り上げる魂胆か。じゃあさこの金額ならどうだい? 金ほしいよな?」

「公務の邪魔をしないでいただきたい。それだけです」

「分からない男だな。仏の顔もサンドイッチ! こいつはもらっていくからな。邪魔をすれば痛い目みるぞ」


 ドアを締めた男が、荷台のレバーブロックに手をかけた。未確認生物クリプチを奪うつもりなのだ。者星は阻止すべく降りようと動くが、こういうときは巨大が素早い。座ってシートベルトまでかけていたのが、もう席にいない。いつの間にか、男の背後にまわっていた。


「脅迫はいりましたー。逮捕します」


 ガチャリ。男の手首に手錠がかけられる。


「な、ななにをしやがる。ふざけんじゃねーぞ。こんなオモチャ……外れねー!」

「そりゃ本物だし。罪状は公務執行妨害。強盗未遂。贈賄。挙動不審。立ち入り禁止区域への侵入。それからえーと。あと、なんでしたっけ」

「ぐっ、いてて、は、放しやがれ」


 腕を逆にとり、うつ伏せに地面に抑え込んで、その背中の上に座す。大の大人でも起きあがれるものではない。


「あとは警察の仕事だ。――福住さんでしょうか者星です。回収を邪魔する男を捕らえました。またすみませんがお願いします」


 逮捕権はある。拘留所はない。手錠をかけて野ざらしにするわけにもいかない。連絡から数分後にかけつけた、フリート担当をする警官に、暴れる男を引き渡す。男は最期まで、ふざけるな、殺すぞを連発していた。


「疲れた。本当にフリート俺たちを知らないとは。公共広告を増やすよう具申しないとだな」

「こういうの卯川氏とかキラいっぽいですよね。来たがらない気持ちがわかります」

「そういうなって。ん?……ななっ! 巨大お前、肩のそれっ」


 震える指で、右肩の少し上を指さした。


「……ぷぷ。せぇんぱぁーい。そういう古典的な脅かしがダメっなんスよ。いつまでたってもイケメン度65から卒業できないすよ」

「ぷ、ぷ、ぷにっとした、黒カメみたいなの……」

「か亀って言った? 女子にむかって亀。それも黒い亀って! せせ、セクハラの重罪現行犯っスよ」


 巨大は、太ももをモジモジさせて胸をおさえた。


「ちちちがう。肩に黒いクリプチが乗ってるって言ってるんだ。亀のクリプチが!」

「は? え、あ。はぁ~……。さっきから首のあたりがわさわさしてたけど、これかぁ」


 首を回して、肩に乗ったそれを注視して、納得する。


「勝手に解凍したようだな。外観が青だったけど黒。そういうこともあるんだな」

「あるんスねー」


 荷台では軽量隕石ライトテイア消え、抑えていたレバーブロックも緩んで外れていた。外被が融けて、中身が出現、またはなくなる。”解凍”という表現があてがわれてるものの、氷が融けるのとは違う現象だ。クリプチにおこる、解明されていない現象だ。


 巨大は大人しいそれを抱きかかえる。そっと頭をなででやると、気持ちよさそうに目を閉じた。


「可愛いぃい。飼って良し売って良し優良生物。この子連れて帰ってもいいスか。」

「良いワケないだろうが。デポに引き渡すから、そのままかかえとけ」

「……へーい」


 巨大はじつに残念そうに、返事した。



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