11 巨大の家



 西区は丸山地区。急角度の道をピックアップトラックが行く。山を登る道はゆったりした2車線。雪の多い地域ゆえの広さで、真冬となれば、譲りあっても交差できないと聞いても東京育ちの者星はピンとこない。左右の住宅は、敷地こそそこそこなれど、デザインにこだわった建築ばかり。家々の駐車スペースに留まる車は坂道らしく4輪駆動車で、高級車ばかりだ。


「なんでセンパイが着いてくるんスか。自力でかえれたのに。そこ左っス」


 サイドシートの巨大きょだい七光ひかりが、腕をあげて、けだるそうに指先をまわした。


「送ってもらう恩の言葉がそれか巨大。局長が送れっていうんから送るしかないだろう。だいたい、直前まで気絶してたおまえがどうやって運転するんだ」

「そこはセンパイ、可愛い後輩のために、平蔵さまが送るように食い下がるとこでしょう。テンションさがっるっスよ。イテっ」


 巨大の額をデコピンが襲う。


 「オトメの額が割れたらどうスんですか」と口ではごねてるが、本調子ではない。元気のない証拠に、いつも前のめりに座るのを、シートにぐだんと体を沈めている。対多数社交不安障害といった。人に囲まれるのが苦手というのは、本当のようだ。


 住宅街を車はゆっくりと進んでいく。



 フリートが所有する車のナビには、関係各所や所属隊員の住所が登録してある。加えて、個人が立回りそうなレストランや、飲み屋、サウナ、ゲーセン、スイーツ店なんかも、運航履歴から割り出して網羅して、隊員別にフォルダ分け。持たされたスマホのGPS機構で24時間位置を追跡してるのに、そこまでやったのは、射妻エリカだ。


 者星があきれるのは、立ち寄りそうなあらゆる場所を抑えてあることだ。前を通ったことはあっても、一度も寄ったことのない店。できたばかりで存在すら知らないショップさえ、先回りで登録してある。たしかに行ってみたい店ばかりで、最近では、ナビ情報から選ぶことが増え、ネットで行き先検索をする手間もいらなくなった。


 情報番組で扱った手芸が楽しそうだと思ったことがある。ナビの登録にその店を見つけたときは、背筋にが氷った。


 あきれを通り越して恐ろしい。どうやればここまで掘り下げて探っているのかと聞けば、射妻エリカ、さあねと笑うばかり。このノウハウは売れる。WEBの追跡広告あたりが高値で買い取ってくれそうだ。書籍化すれば、ワールドワイドなベストセラー間違いなしだろう。


「あそこ。そろそろ自分の屋敷ス」


 巨大が地元名士のお嬢様。北海道出身とは知っていたが、本日判明した事実に驚いた。 者星は東京の、23区ではない市の生まれ。4人家族で、変哲のないマンション住まい。


 さぞかし、度肝をぬくような屋敷にお住まいで、あろうと、興味津々でもあった。

 とうてい、掃除ひとちとっても、数人の家族では維持できないので、執事をかかえ、メイドを抱え。などと想像してみる。


 住宅はなくなり、200メートルもあろうかという石塀が続く。に到着しましたと告げてナビが終了したのは、映画のマフィア邸宅にありそうな玄関だ。ついに到着。ここが屋敷か。どれだけお姫様なのかと震え、アクセルを緩めると、「まだっスよ?」と巨大が前進を指示。


 すこしほっとして進んだ。塀がきれて現れたのは、とても古いのアパートだった。

 アクセルの足をブレーキに移して、今度こそ停止した。


「……屋敷っていうのかこれ」

「なにがっかりしてるんスか。こんなイケてる屋敷はなかなかほかにないっスよ」


 2階建ての古いアパートは、由緒だけはありそうな家であった。雰囲気のある古民家。という意味では間違ってない。築50年。いや70年は経っていると値踏みする。


 雰囲気ある作りで客が呼べる建造だ。アパートというが、デザイナーショップ、パフェ、レストラン。アパートとしても使えるかもしれない。キチンとカネをかけ、古さを活かしたデザインでリフォームすれば、だが。


 よっこらと、女子らしからぬ声で降りようとする巨大が、見た目以上に小さくみえた。


 お嬢だったのは過去のことか。没落した名家。金に苦労していそうだ。巨大は安定の公務員になった理由はそこらへんか。質問した記者も十分に知っていたが、本人の口から聞いてみたかったというところか。下劣だな。


 それにしてもこれは。


「俺の気のせいか。歪んで曲がっているような」

「傾いているっスよ。分度器あてて南西に11度っス」

「それに屋根。一部がないような」

「去年の台風でどっかいったっス。雨漏りはないっスよ。内にブルーシートなんで」

「あと外壁。黄色っぽい石の壁が崩れてるが」

「札幌軟石っていうんス。風情ある石積みスよね」


 地元では有名な石であるらしい。南区で切り出される溶結凝灰岩で、軽くて、加工がカンタン。耐火はとうぜんとして、保温に優れた天然の石材で、開拓時代にもてはやされた建材だ。現在の加工業者は1社のみだが、焼き窯などの製作、リノベーションに活用されてる。札幌・小樽には、それぞれ300棟の建物が現存するとか。


「住んで、何年になる?」

「ううーんと。生まれたときからっすから19年」

「親も一緒に住んでるのか」

「親はいないス。ほかの住人に管理人さんも住んでるんで、にぎやかっスね」

「そうか……俺に任せろ」


 おもむろに者星は、スマホを取り出した。


「どっかに電話っすか。んじゃ着替えてくるっす」

「あーー、危機管理対策室危機管理対策部危機管理対策課ですか? いまにも倒壊しそうな建物があるんですが。住所は西区の」


 巨大はあわてて、しかも素早く、かわす者星の手からスマホを奪いとった。

 ボタンをタッチ。通話アプリを強制終了させた。


「ま、まいスイートホームを危険物件あつかいしないでほしいっス」

「どうみても危険だろうが。隕石集中地帯テイアゾーンのど真ん中にいるようなものだぞ。命しらずか」

「す、住めばどこでも都。古い味わいすてきだし、この100年、一度も倒れたことはないってみんな言ってるっス」

「ひゃく……昨日建ってるから明日も建ってるなんて、間違った3段論法やめろ。いちど倒れたらそれが最期なんだぞ」

「た、倒れたときは、がんばって戻せばいいんス」

「生きてればな。寝てるときだったらどうする」

「夜は、外で寝るっす」

「あほか! 引っ越せ。どうせ住人もロクなもんじゃないだろう。市に、まとめて強制退去することを要請する。引っ越し先もだ」


 巨大は、あわあわと、言い訳に近い屁理屈で、アパートを擁護する。

 者星は、真剣に心配になった。常識の押し付けといえるが、危機は近日中にも発生する可能性がある。

 スマホを奪い返し、トラックの荷台に上がった。

 巨大から距離をとってスマホ画面をタッチ。

 「だめっす」と、巨大も荷台に上がる。

 かわして、キャビネットの天井に跳び移った。

 巨大が追いすがる。者星が地面にとび降りる。それに巨大も続く。


 ピックアップトラックを中心に、逃げる追う。くるくる、追いかけっこがはじまった。


 セミが押し黙った札幌の辺境。

 山間ののどかな高級住宅地に、男女の声がこだまする。

 開けっ放しの夏の窓から、住人たちが、次々と顔をだした。


「うるさいなー。作品に集中でき……なんだ、ひかりじゃないか」

「ひかりちゃん? お仕事は早じまいなの?」

「おねーちゃん。なにやしてんの。あ。テレビみてたよ」

「帰ってきたか大家ちゃん。 飯でもくわんか? お腹はすいてるだろう?」


 者星は、追いかけっこのさなかで、住人を見上げた。まず、部屋が埋まっていることにも驚いたが、それ以上に、住人たち見栄えの良さに驚いた。


 廃墟寸前の安アパートに住む人間は、物好きや変わり者で、家賃の支払いに四苦する連中吹き溜まと決めつけていたのが、どいつもこいつも、見目麗しい美男に美女だったのだ。


 気品ただようご婦人。大企業の若手幹部。今風のファッションコーデした少年。レストラン支配人を引退したような老人。実態は不明なのだが、顔ぶれからうけた印象は、先入観とは真逆。


「みた! イケメン好き巨大のルーツをみた!」

「……はあ~~……もう良い。疲れったす。好きにすればいいっス」


 巨大の身長が致命的に低い。どう頑張ってもバンザイされたら、手が届かない。

者星からスマホを取り上げるのを諦めると、ぷんすか怒って、傾いた歴史建造物の中へといなくなった。


 邪魔のなくなった者星は、市の担当者に電話で事情を話すことができた。

 窓辺に腰掛けた住人たちと目が合い、非難を浴びせられるかと身構えた。ため息を漏らして、ほとんどが顔を引っ込めた。


 一人だけ残ったのは、一階に住む男。飯を食わんかと誘った70代くらいの老人だ。

 車の乗り込もうとした者星の背を引き留めた。


「あんた同僚さんかい? 役所に電話したようだが、無駄な手間をかけさせたね」

「”手間”というのは、どういうことです」


 よけいな”事”と言うならわかるが。


「市がいつまでも黙認するはずないんだよ。こぉんな古ぼけた建物の居住をさ」


 そう前置してからアパート《ほしふるさと館》の行く末を教えてくれた。

 今年中に市に贈与することが決定してる。住人たちは今年中の退去が決まってると。


 大正時代に建てられた札幌軟石の建造物には、歴史的価値がある。市内を一望できる山の上の方あることも貴重。古く壊れかけているのも事実で、いくら気に入っているとしても、人が住まうのは限界だった。


 壊すのが忍びないと判断した市は、無償譲渡を条件に、リフォームを提案してきた。建築デザイナーにリフォームで、夜景のみえるカフェ兼博物館に変わるそうだ。


「はぁ? じゃなんで、彼女はあんなに抵抗したんですか」

「ここはひかりちゃんお気に入りだからね。電話で、退去が早まることを心配したんじゃないのかな」

「そうなんですかね。そういえばさっき、巨大のこと大家って呼びませんでした?」

「そうさ、大家。オーナーだ」


 資産家の娘の最後の砦。者星はこのアパートをそう納得した。


「みんな出ていくってことは。彼女もですよね」

「そうなるな。みんな散り散りだ。住み慣れた家がなくるのは寂しいもんだ」


 東京に戻れば寮もある。自分や巨大、妻帯者の恵桐万丈を除いた皆に与えられた1DKマンションだ。便利な店、しゃれた店が、近所にはあり生活の拠点として住まいとして申し分ない。

 しんみりした老人の呟きに、両親の居るマンションを想った。生まれたときからのニオイがしみついた実家。巨大の帰る場所。札幌の故郷は永遠に失われる。





「やっぱり、オーダーサイズは良いっすね」


 支給されてる制服は2着。ひとつが破れても予備がある。3着目が制服ができあがるまで替えはなくなるが、ボディにあわせた制服に着替えた巨大が緩ませた顔でニッコリ。



「ひとりで戻るつもりだ。今日はもう休め」

「寝ぼけてんスか。仕事はいくらでもいっぱいあるってのに。んじゃ、みんな行ってくるっス!」


 老人に手をふっり、車に乗り込んできた彼女は元気であった。


「ご飯はいいのか?」

「また今度、ご馳走になるっス!」

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