10 局長とチーフ
者星たちは、ひとまず外のことを論から外し、会議に集中していた。ひととおりした反省は、前向きに転換しないといけない。とりあえず、どの位置で、誰と一緒に、何を、他のメンバーとの距離。あのときの行動を思い起こし、互いの動きを3次元的に記していく。
者星は、
組織の前評判はひどいものだった。宇宙怪物の討伐とか、隕石拾いとか。新設される組織は、国民へのパフォーマンス部隊とか。マスコミ、SNS、知識層。子供からお年寄りまで。一部のマニア以外、ここまで国民の意見が一致したことはなかったのはないかと、表彰したくなるくらい、悪評がすさまじかった。
そんな状況で、世間体を気にする公務員に人気があるはずがない。警察と自衛隊から募った希望者はゼロ。成り手がいなかった。
者星を呼び出したのは、自分を毛嫌いする上司だ。『警察から、数名の
嫌も応もない。強制的に移されたのだ。射妻エリカが警部補。恵桐万丈が巡査部長。卯川玄作が海上自衛官三尉。ほかのメンバーも似たようなものだったろう。
フリートは、信じられないくらい気楽な組織だった。水が合うというのだろうか。警察で上司にも部下にも馴染めず、孤立していたあの頃。うそのように、隊員との距離が近いのだ。者星の普通が、受け入れられている。表情筋の訓練をしなくても、笑いたいときに自然に笑えるのがうれしい。
メンバーは、性格も経歴も違って、同じものはいない。
「
チーフの相崎善行。元は自衛官1尉。フリート立ち上げに奔走した、立役者の一人だ。
この人のフリーダムさが、いまのフリートのカラーといって差支えない。ボヤキが多い、不平を語ってないといけない病という疾病があるのではないかと、医学書をめくったこともある。
不平の大半はフリートのことだ。現状に満足することなく、良くしていこうと常に考え。ただちに行動に移す。悪い点が見つかると言葉にしてしまうのは、記憶に刻みつけて修正しようとする。者星はそう思ってる。新組織ということもあるが、日々の変化は、働いていて楽しい。昔の職場をふり返ってる暇などない。
「チーフ。私はもっと現場に出たいんです。情報収集役も、交代制にしてください」
サブチーフ、射妻エリカ。元警視庁警部。
冷静沈着なクールビューティで、浮足気味の相崎を冷徹にフォローする。高学歴でスキのない美人、あまり笑わないが、ときおりみせる笑顔は魅力的だ。
紙にこだわるのは、書道家だからだ。祖父が押し付けたというが、毎年のように個展を開てる。スタイルは筆に留まらない。シャーペンで200のフォントかき分ける特技は、単純にスゲーと感嘆する。表計算やワープロなど、PC処理もぴか一。
フリートに移籍したのは、本人は隠してるつもりだが婚活だ。警察以上に、体育会系の組織なら、少ない女性はモテモテになるという魂胆だ。巨大の存在をどうみてるか。ちょっと聞いてみたい。
「エリカっちよ。あんた以上の適任は、ここにゃあいないぜ。必要な情報を、必要なタイミングでくれるって。ありがたくて、いっつも東にむかってお辞儀してんのよ」
卯川玄作 27歳 元海上自衛官三尉。
眼鏡でデブ腹。まわしが似合う相撲取り体型だ。コミケにいそうなヲタク体型を連想するし事実そうらしい。たまに「男なら筋肉で語れ」と、者星をどついてくるが、意味が分からない。
海に嫌われた海の男だ。海に憧れて海自にはいったはいいが、船酔いが解消されることなく、陸上勤務となった。誰にでもため口。話しかたから想像できないが、気の良い兄貴分だ。者星や巨大にとって良き相談役でもある。
「4時半か。外まわりして直帰してもいいですか?」
恵桐万丈。元巡査部長で25歳。ロン毛の無口で頭はキレる。現場で迷ったときは恵桐に伺えば間違いない。指示は、オリジナルのハンドサインと23の単語による。とっつきにくいんだが、対処能力は抜群。者星だけでなく相崎ほかのメンバーも頼りにしている。
結婚して子供ができたばかりなので、定時帰宅が目下の信条。ほかのメンバーと同じく、自宅は東京。札幌の
恵桐は、射妻エリカの元部下でもある。狙っていたという噂もあるが真実は不明。無口が似合ってカッコいいのである。
ぱぁっと、室内に光と一緒に男が入ってきた。暗がりに灯りをともす甘い笑顔。男でもふり返るマスクは、地味な黒メガネくらい遮断しきれない。
「局長!」
諸星が立ち上がり、直立不動の姿勢で敬礼する。射妻エリカ、卯川玄作、恵桐万丈、もならう。倭沢は仕草で座れと合図、4人が席に座りなおした。
相崎が口を開いた。お礼の言葉をかけるのか。
そう者星は思ったが、吐いたのは文句だった。
「おい。若手の女子隊員だぞ。ていねいにあつかえ」
そういうと介抱のつもりか、額に手をあてる。
「抱きつかれたから反射でぶんなげた」
「おまえ、パワハラ議員とか言われてないか」
「記憶にない。会議は……終わったみたいだな」
「ったく。終わった。参加したいっつー要望をきけなくてすまなんこった」
「してやったり顔で、すまん言うな」
相崎が、巨大の頬をペチペチたたく。目を覚まさない。
よほどの悪夢なのか、汗でびっしょりだ。肩を掴んて上半身を起こし、揺すった。
「にへへ、いっけめーん……」
失神中なのに妙な笑顔。口からヨダレが垂れた。思わず相崎が手を離した。
巨大は自由落下で、ソファの角に後頭部をぶつけた。
チーフも局長のことを言えないな。者星が心中でつぶやく。
「おふたりとも。扱いが雑です。女の子なんですよ。いちおう」
簡易ティーコーナーの射妻エリカが、コーヒーを淹れながら横目で睨んだ。
「こいつ図太いんだか繊細なんだか……マスコミから救ってくれて助かった」
「おかげでせっかくの会見を雁刃先にとられた」
「会見好きだよな。昔は目立つのが嫌いだったくせに。選挙に出馬したときは、おじさんの後をしかたなくついだか思ったんだが」
「あのときは伯父に殺意を覚えたよ。けども、やってみて性に合ってることに気づいた」
者星はやや声をひそめて、卯川にたずねる。
「古い知り合いとは聞いてましたが、なんかすごいやり取りですね」
「幼馴染らしいぜ。竹馬の友っていうのか」
「遠慮ない関係っていうとこですか」
倭沢が一人掛けソファに腰をおろす。
射妻は、アイスコーヒーを手渡す。
「局長。あらためてお疲れ様です。会議の議事録です」
飲みたいヤツは自分で準備。フリートはセルフがモットーで、チーフが、前時代的な女の役割を押し付けてるわけじゃない。やるとすれば、こういうのは下っ端の仕事。自分か、巨大がやることだ。射妻はお茶くみを率先しておこなう。
者星の知るところではないが、射妻は、結婚した友人に言われたのだ。婚活の第一歩は手を抜かないこと、だと。倭沢は独身。恵桐以外の男もみな独身。全員が全員、ストライクゾーン圏内にいるとなれば、女子力をみせつけるのは、やぶさかではない。好印象で、別の縁が生まれる可能性もあるのだ。
「うまい」
倭沢が、うなずいてアイスコーヒーを飲む。好みにあったようだ。しっかり味わってから、手近な机にコップを置いたところで、射妻が書類を渡す。タブレットではなく紙。射妻の趣味に異論を唱えるいこともなく、パラパラめくって斜め読みする。
「議事録と行動表か」
「そう。俺たちの行動を時系列で追った記録だ。誰がいつどこで何をしてたか一目だろ。バラバラで、連携できていないってことがよーくわかる。反省点だらけだが、こいつをたたき台にして戦術を考えるってわけだ」
相崎が説明する。自嘲気味になるのは、反省があまりに多いからだ。
倭沢の眼が書類と隊員とを往復する。反射した眼鏡が光った
「者星ハヤトが、途中から欠落してるが」
者星は指摘をうけて起立する。警察仕込みの直立不動で、状況を簡潔に話す。
といっても、たいしたことではない。
「はッ! 破壊された建物の間で意識を喪失しており、警官に助け出されました」
「
「はっ お気遣い感謝いたします」
生真面目に敬礼し、倭沢がそれに答礼する。とくになさそいうなので、着席する。
相崎が、頭をかきながら
「わかってる。戦術を組んだところで、バケモノを相手に、けん制にもならんってことはな。フリートの装備はしょぼいし。
そう言ってあおったアイスコーヒーに顔をしかめた。たしか20分ほど前に作ったはずで、とっくに氷は解けてしまってる。もはやコーヒーの色のついた水だ。
者星は、口の中にぼやけたコーヒー味がひろがった気がして、ペットボトル茶ですっきりさせる。
「相崎」
「なんだよ」
「無駄なんて言うな。口にすれば現実になる」
「哲学か。無駄に無駄な哲学。
妙に言い訳がましいムダを連発しながら、手は忙しく何か紙に書き連ねる。
気を利かせてアイスコーヒーのお代わりを作ってもってきたサブチーフが、のぞき見て、目が点になった。
「チーフのフォーメーション。斬新ですね」
斬新という響きに、者星も見に行く。卯川がどらよと、続いた。
それを見た3人は無言で、眼で会話する。
(本気なのか、このチーフはよ)
(僕はしりませんよ)
(私。警官にもどろうかな)
『少人数で巨大生物を追い落とす考察』と銘打った、怪物対策図にはこんなことが記してあった。
タンク
怪物 < アタッカー 魔術師 回復術師
タンク
不敵に笑うチーフ。張った胸には自信があふれている。
「無駄と知ってもやるのがお前だろう。安心しろ。少なくとも武器は提供される」
なにもかもお見通しだとうなずく局長に、者星は不安になる。
まだ対策図をみてないのだ。
(ぷぷ。武器の提供だとよ)
(わ、笑っちゃだめです。盾や剣ということでしょうかね)
(言うなばか、腹が……)
(魔術の武器はなにかしら? きになるわね)
(……ぷッ!)
サブチーフの真剣な想像に、二人の笑は限界を突破。マジメな局長とチーフの会話に水をさすわけにいかず、後ろを振り向きうずくまり、口を腹を抑え込んでのたうち回ることとなった。
「武器提供の承認? コブラが搭載してる20mm機関砲やら70mmロケットポッドをくれるってのか。ははは。神マジメな倭沢にしては、うまい冗談だ」
「冗談ではないぞ。その件でここにきたのだ」
二人の会話に口をはさむ者はいない。
少なくとも表立っては。
(よ、よ、よかったな少なくとも現代兵器らしいぜ)
(じ、じ、じゃ、あの書込みは)
(たとえにきまっているわよ。タンクならシールド、アタッカーならMG。魔術師は遠距離から火力支援ね。
「……マジ?」
「マジだ。見ろ。」
視線で、大型ディスプレイを示す。雁刃先七輝が、記者に応じる姿が映っていた。インタビューまたは会見スタイルなのが、プレゼンテーションにしかみえない。それもかなり一方的な。
「雁刃先がいうとおり政府が承認した。班だったフリートは今日をもって、対人外生物異物対処隊となり内閣府に組み込まれる。俺は対人外生物異物対処隊隊の初代隊長。局長から労せずして大臣となった」
「………………えらく急だな」
「海外を飛びわってるのは、なんのためだと思ってる?」
倭沢平蔵は国会議員で、もっとも
エネルギー問題について、即効性のあるファクターだと説いて回った。カネになる。支持者が増える。選挙に有利に働くとなれば、同調する同士が増えないはずがない。経済界と世論を巻き込み、政府も無視できない地位を占めるにいたってる。
「なんのためって。税金で海外旅行?」
「アイスコーヒーで頭を冷やそうか」
「やめれ」
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