09 会見
地元アナウンサーが言った”巨大”という珍しい苗字の隊員。
急いで調べた記者たちはニタリとなる。少女にしか見えない人物が、思わぬ立場にあると知り、ちょっとしたネタになると喜んだのだ。
「裕福な生まれのあなたが、
「ななひかりさん。コメントお願いします。黙っていますが、なにか言えない事情でもあるのでしょうか?」
「なにかあるでしょう。ぜひお聞かせください。国民は知りたがってますよ」
悔やんだのは追い出された平川だ。名で呼んだのは失策だ。知らなければ、追及はフリートの案件内に納まった。むき出しの個人追及にはおよばなかったはずだ。
”なにか言えない事情が?”は、テレビメディアの常套句だ。発された質問は編集でカットされ、オンエアされることは、まずない。
放送する側にとって、コメントはあったほうがいいが、最低、画さえあれば良しとする。相手が何を言おうとまわないし、言わなくてもかまわない。表情に被せて、秘匿したい事情でもあるのでしょうか、などと思わせぶりな台詞を言わせることで、ニュースに仕上げる。
”別になにも” ”そうですね……” ”……”。
何をどう語ろうと、黒にも白にもグレーにもなる。
テレビ局の匙加減ひとつで、味付けは自由自在なのだ。
巨大はうつむいて、ぶるぶる震えてばかり。
「大人げない。ヤメてあげなよ」
「うるさい。面白ければなんでもいいんだよ」
かばった平川は、円の外野に押し出された。
同じく円の外で状況をレポートしてるライバル局の女性アナウンサーは、現しながら、冷ややかな一瞥を投げる。その目は、お前が言うなと語っていた。
「コメントを!」
「あ……う」
「なにか一言!」
「え、あ」
「巨大さん、胸大きいですね! なにか秘訣でも?」
「そ、えと」
「黙っていないでさぁ」
矢継ぎ早に繰り返される質問。
接触といえるくらい口先に寄られたマイクやボイスレコーダー。
鼓動音さえ拾いあげそうだ。
巨大は、耳をふさいで、目をぎゅっとつむる。
何も聞きたくない。何も見たくない。こわい。
「公務員の給料は? あなたのポケットマネーならお小遣い程度でしょう」
そうやって暗い底にじっと閉じこもって待つ。
怖い嵐が過ぎ去るのを。
無意識にこころを守る。
「金持ちの”ななひかり”さんが、特殊な公務員になって血税をもらうのは、どんな事情なんですかねぇ。国民のひとりとして気になるんですよ。そこんとこお願いします」
「亡くなったお父様は、娘の就職をどう思われると? 喜ぶ? それとも嘆く?」
だが嵐は去らない。
なくならない。
数年ぶりの超特大低気圧のように居座り、勢力を増していった。
「札幌の不動産の45%が巨大家の管理下にあるといわれてますが、そこは?」
「フリートには、
「………………ぶさいくれべる1000ぱーせんと」
「なんです? はっきり聞こえるように!」
ぷちん。
低背の少女は顔をあげ、見下ろすカメラをじっとみつめる。
取材陣のうち、一番うるさい、いや顔の作りが好みでない男を見据え。
光の消えた19歳のまなざしには別の、暗いものが浮かびあがる。
口元にあったグー。だらりとおろした。無意識の防御。
男のアゴをロックオン。握りなおしたグーが動いた。
そのとき。
取材の輪にメディアとは違う雰囲気の二人が、やってきた。
ひとりは眼鏡をかけた30歳くらいの中肉男性。ひとりはスラリ長身な美人。
ベンチャー企業の社長と秘書。そんな間柄にみえる二人。
「会見がはじまってるのか。待てと伝えたのに」
「違う。会見じゃないわ。眼の色かえた亡者たちが子羊に群がっているカンジぃ?」
「子羊? ディナーはジンギスカンで頼む」
「のんきなこと」
新顔に驚いたのは平川豊だ。
あきらめていた取材魂が再燃。握ったマイクを眼鏡の男にむけた。
「
「コメントですって、平蔵ちゃん」
「当たったろ。コメントつまり会見だ。会見は大好きだ」
平川の声に反応し、マスコミ衆がふり返った。
「倭沢平蔵だって!?」
「本当だ! 倭沢さん。なにか一言!」
「君たち。俺のために集まってくれたんだな。ではとっておきの情報を……ん?」
倭沢は笑顔を浮かべた。喜んで話をしようとした。取材の囲みが緩んで、見知った少女をみつける。
「あれ、巨大じゃないのか?」
「だからいってるじゃないの子羊って」
人垣の輪がふたつに割れた間に倭沢がはいった。
倭沢はイケメンだ。ぶさいく指数がうすまると、術の解けた催眠被験者のように、巨大は正気に返った。
「……? ん? あたし、いったいどうして……こんなひでーかおの人だらけ……」
見つめてくる眼はほぼなくなったが、人の密度はたいして減ってない。
ぶさいく数に、再びひるんだ巨人。顔色を失って、今度はその場に崩れた。
倭沢は、地面に落ちる直前の巨大を受け抱きかかえる。
みためにそぐわず。力が強い。
「仕方ない。俺はコイツを運ぶ。会見はまかせた」
倭沢はそう言い残し、コンテナの中へと入った。
「ったくもう。私こういうの苦手なんですけどぉ」
それでも残されたスリム美人は、ちゅうーもーく! とパンパンと手をたたく。
「コメントもいいんだけど、決まったばかりの政府方針のほう、訊きたくなぁい? そっちのほうが興味があるでしょぉお?」
「政府方針!? 事務次官の
「じゃあ。
「おおおお!」
「そのまえに……東京遊興放送のあなた」
「お、当社をご指名? 個別なコメントですか! ではあちらへ」
「みてたわよ。ずいぶんと、うちの子をイジメてくれたわね」
「……イジメ? とんでもない。見解の相違ってですよ」
「それと先週の記事。私が玉取り男ってヤツ。あれもあなたでしょ。世界的に性の多様性の権利保障が叫ばれてる時代に、バズリ狙い根性とか。東京遊興放送の翌針さん」
「は?」
名前をしっていたわけではない。
「翌針のりひろ。電話○○○○-××××-△△△△、メルアド○○@××.jp」
「ええ? ななんで?」
翌針は慌てて登録票を隠す。各社のカメラが回る前で、個人名、社用とはいえ電話番号やメールアドレスを明言だ。身元を隠してるわけではないし、カメラに写り込むこともある。だが公然に宣言されるのは別だ。
安全な裏方からインタビューテクで斬り込むのが、翌針の仕事。裏から表に引きずりだされのは想定外。身元が全国にさらされ、反射的に怖気づいた。
「七輝と書いて、ホクトと読ませるわたしが、訂正しておく。
あの子は
有力資産家の娘って紹介してたようだけど、
公の場で個人情報を高々にさらすのは、いかがなものかしらぁ。
電話○○○○-××××-△△△△の、翌針のりひろさん?
これって、東京遊興放送の方針なのよね? だとすれば残念だわ。
不確実な情報を調べもしないでバラまくことが社の取り決めだなんて。
社会人として大切なことをわきまえていないとか、東京遊興放送の底が知れるわ。
ね。メルアド○○@××.jpの翌針さん」
「え? ……あ。」
「それと、カメラマンが端鐘さん。電話は○○○○-××××-△△△△」
「……オレも?」
「ほかの局のカメラさんたち? しっかり放映してるわよね?
ところで彼女、有力資産家らしいけど、そういうのって、横にもつながってんのよー。
スポンサーとか。一考するかもしれないわねー。
私のほうでも、今後のぶら下がり取材の顔ぶれ、考えておくからー」
「こ、こ、ここれは、威力業務妨害では」
ふふん。雁刃先は鼻歌まじりで側によった。耳元にキスをすると、ぞっとする低音でささやいた。
「訴えるか。それもいい。行くとこまでいく覚悟で、やってみるがいい」
「……も、ぬ」
途中から、言葉が耳に入ってこない。語句も継げない。
翌針は怖じ気づいた。経験のない圧力にねじ伏せられたのだ。
カメラマンもたじろいだ。ブレの補正機構。越えた手振れで画像が揺れた。
背後からディレクターが怒鳴る。バカ! 退がれ! 硬直する翌針をひっぱった。醜態を演じた東京遊興放送は、取材を停止せざるを得なくなった。
雁刃先はつぎに、女性記者に目を転じた。
「東北岩切チャンネルの島本さん。電話番号は……メルアドは……」
税金の無駄使いでは? と質問した記者だ。
同じく情報をさらけだしたが、記者はめげない。むしろ闘士をあらわにした。
「ご紹介いただきました東北岩切チャンネルの島本です。お見知りおきを。こほん。フリートに税金をつぎ込むのはお金をドブに捨ててるといった意見があります。事務次官として、雁刃先さんの意見をうかがいたいのですが?」
事務次官がカメラの前でプレスを攻撃した。
高官が、あからさまにメディアを退けるなぞ、あってはならないこと。
法の下の報道の自由が阻害されたといっていい。
こうした場合、視聴者は、マスコミの応援にまわるものだが、今回の反応は違った。
閲覧すればわかることだが、SNSではフリート寄りに意見が傾いていた。
理由はカンタン。言葉に詰まる巨大への取材攻勢が、かよわい少女に牙をむいた野犬にみえたためだ。事務次官の口撃を正当防衛を好意的に受け止められた。
メディアは現金だ。取材陣は、ウケるケンカを逃さない。
雁刃先と島本の両者に、期待のこもったカメラが向けられた。
島本は、どのように返す?
メンタルは翌針より強そうだが。
反撃されたとき雁刃先は折れる? それとも再追撃?
国代表 雁刃先 VS メディア代表 島本
視聴者が、両者をみる眼はイーブン。
カーン!
『2回戦のゴングが鳴りました。さあて両者にらみ合い。最初に動くのはどちらだ。地元テレビの平川豊の実況でお伝えします!』
「東北岩切チャンネルさん。理事の独りが投資に失敗してましたよね。実体験からのアドバイス、心にしみるわー。たしかにお金をドブに捨てるのはやめたほうがいいわよね」
『おぉーッと、雁刃先のジャブ。いきなり重く、狙いはボディだ』
「う……そうですね。ですので税金の投入は慎重に進言したく……」
『島本は守りをかためた。スキを伺う籠城か!』
「株価が急落したわねぇ。それで終わればよかったけど。外資M&Aも懸念されちゃってるし。あなた、おしごとしてる場合じゃないでしょう?」
「はん! は初耳だわ。フェイクだわ! ゆゆゆ、言うにことかいて出まかせ?」
『外資M&Aは事実か? 島本の汗がものすごい! フェイクなら自刃ものだが?』
「危機を回避しようと、安全なホワイトナイトに身売りする動きがあるわね。つかんだ情報じゃ、ネット通販で有名な国内企業が名乗りをあげてる。腐ってもテレビ局。メディアって人気が高いのねぇ」
『島本、雁刃先に防戦一方だ! 口先三寸だとしても効いてる! 島本どうする?』
「そんなこと…………電話?」
白熱するリング。島本のスマホが鳴り響いた。
通信の相手はなんと東北岩切チャンネル。それも上層部。
『おっと! セコンドからのアドバイスか。起死回生の策があるのか?』
「もう、こんなときに」
「上司なら、受けたほうがいいんじゃないかしら? 待ってあげるわよ」
「…………島本です……は、はい。は?」
スマホの内臓スピーカーは、音質がすごく良かった。
スピーカーモードじゃないのに、電話の音声は、駐車場内に余すことなく届いた。
”全国ネットでなにをやっとる! わが社の不都合をさらけ出すな!”
「申し訳ありません! 理事! 弊社から質問は以上です。し、失礼します!」
『タオル! 島本セコンド。タオルを投げたあ! 勝者、雁刃先ぃー!』
カンカンカンッ!
平川アナウンサーが狂喜乱舞。行政取材のノリではない。本来目的を忘れたきったこの同時配信された動画は、世界中で閲覧され、3800万ビューを越え、地方テレビ局の一回の配信の記録を塗り替えることになる。
島本は汗だくで、スマホに頭をさげた。赤かった顔は、真っ青だ。
呼吸はぜぃぜぃ。おぼれて酸素不足となった肺が、空気を要求する。
「か、帰るわよ」
八つ当たり。脚立に立つカメラマンの足をどつく。思いのほか強く、カメラマンはバランスを崩してひっくりかえった。数人を巻き込まれた映像も、テレビに垂れ流し。カメラマンはとっさにカメラを抱え、破損を防いだ。身を挺した姿に多数の『いいね』がついたことは言うまでもない。
「すこしだけスッキリしたわね。それでは、記者会見を始めるとします」
ふっふっふ。と、口が裂ける笑顔をつくった
「フリートに税金を投じるより、社会保障や子育てといった、福祉を充実させるべき。そうした意見はあることは、100も承知しています――」
過去にも、必要でなくなったり。不要と決めつけられて、予算を削られたり撤廃された事業は数知れない。宇宙開発。医療。あらゆる基礎研究が、予算が足りない、すでに世界水準に達いるなどの理由で、予算を削減されたり中止に追いこまれた。
その結果どうなったか。自国でも可能であったことができなくなる。莫大な予算を投じて、海外から輸入せざるを得なくなる。大きなところではワクチン開発で、感染症はもうないから、細菌やウィルス対策研究などいらないと、予算は応用研究主体にされた。
疎かにされた基礎研究は立ち行かなくなり。自国開発ができなくなり、ワクチン開発は大きく後れを取った。例の感染症対策において、海外に頼らなければならなくなったことは、記憶に新しい。
歴史の正しさはふり返ってみなければ、分からないもの。
目先の収益に目がくらみ、将来的な基礎研究が後回しにするのは、愚の骨頂。選択は重要だが、あらゆる危機に備えることも、大切である。
「フリートを廃止するというけど、同様にいえるわね」
先例では、
研究も後退し、多額の税金を支払って他国の成果を購入することになる。この方面でのパワーバランスが、地に落ちるということだ。
絶対にフリートは存続すべきだ。いはまだ黎明期。今のうちから、独自の取得成果を研究を独占しておけぼ有利になる。民間なら高額で取引も可能だし、外交にも活かせる。よほど国益にかなう。
「危機が迫ったときに、対処する術がないのはね、病気になっても治療する医者がいないの同じこと。津波などこないとタカをくくって堤防を低いままにしておくのと同じこと。とっても危険なことなのよ。言わなくてもわかることよね?」
何人もが顔を見合わせた。感染や自然災害に縁のない人は、この国には一人もいない。
「明日にも公式発表されるんだけど。縮小も廃止もしません。内閣が承認したの。
どよどよどよ。
記者、アナウンサー。レポーター。全員がそれぞれ急ぎ、自社へと連絡をいれる。
じゃあね。と、雁刃先は手をふってドアの方に翻ろうとして止った。
「これだけはいっておくわ。これからも会見はあるでしょうけど、私のことはナナちゃんって呼んでね。
ぱちりと、片目をつむる。
「それからふざけたあなた。お話があるわ」
カメラにピースする平川が、呼ばれた。
震え上がる実況レポーターを引き連れ、雁刄先は、コンテナの仮本部に入っていった。
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