08 コンテナ会議
相崎は、ある程度実務をこなすと、バックヤードに雑務の指示を残して、本部まで引き揚げた。おざなりな仕事にみえるかもしれないが、残る仕事は被災の対応となる。避難者のケアや、瓦礫の撤去、復興計画。軽く並べただけでも、1000を越えるきめ細やかな対応が要求されるが、それらは国、自治体、警察や、自衛隊のお仕事だ。
フリートの出番はなく、邪魔者あつかいされて、引き上げるしかない。
席についたメンバーは、疲れきっていた。
卯川玄作は手枕で突っ伏。恵桐万丈は目を閉じて腕組みし、諸星ハヤトは隈の浮いた眼で小銃の手入れだ。巨大七光。こいつだけは違って、貰った仮の制服の閉まらないジッパーに、ぶつぶつ文句をつける。
射妻エリカが、いつものように今日も、PCに表示させた情報を、紙にメモッてる。
相崎は、ハードコピーでプリントアウトすれば一発だろうと言おうと口を開く、が、睨み返されて言語化をあきらめた。彼女には、触れてはいけないポリシーがある。親が製紙会社の社員なのかもしれない。
開いてしまった口から、どうでもいいセリフが吐かれた。
「そ、外が騒がしいなぁ」
騒がしい理由。相崎が知らないわけがない。
今日もいい天気だなぁ、というのと似たようなものだ。
こういうときの返事は、そうね、や、そうでしょうか、だろう。
PC凝視を再会した射妻はそっけなく、それでもきちんとした答えてくれた。
「各種メディアが押しかけてますからね。TVに新聞。ラジオ。個人配信のニュースサイト。海外メディアもちらほら」
そのとおり。30台ほどの駐車スペースは、余すところなく人と取材車で牛ぎゅう詰め。こっちは少ない予算から捻出して借りてるのに、無断と無料で押しかけるとは何事ぞ。
『無断駐車はレッカーの上2万円頂戴します』と張り紙しておけば予算の足しになったかもしれない。
「これでも静かになったのですよ」
「なにをやった?」
「会議終了後、記者会見を開くと伝えました」
「へぇ会見を。君が?」
「チーフが」
「俺かよ!?」
「はい。
元警部補のクールビューティは、ニッコリ微笑んだ。
押しかけたマスコミはコンテナを囲み、”コメントを一言!” とマイク、ボイレコ、カメラを構えてる。一歩でも外に出ようものなら、誰であれ、もみくちゃにされること請け合いだ。
チーフとサブチーフ。相崎と射妻エリカの掛け合い。普段なら、あきれた笑いがおこる
本日のリアクションは休業である。
チーフサブチーフを除いた4人の机にあるPC。いまはデスク内に収納。慰労をこめたお菓子や飲み物の山があった。だが誰も手をつけようとしない。
各自おのおのな疲れっぷりにも、この組織の意思疎通不足がよくわかる。急造チームのせいか、唯我独尊主義者の集まりなのか。会話が少ない。横のコミュニケーションは薄かった。だからかえって、相崎は感心する。現場では、まとまりある行動のとれることに。
ふぅーっ。
相崎善行はためた息を鼻から逃がすと、ペットボトルコーラのキャップを外し、一息に飲み干した。それから。
「げふぅ~」
「ぶぅ~ぅーっ!」
ゲップと放屁を同時に射出した。
「おわっ! うるせーし くっせー!」
「外でやってくださいよ!」
「……汚臭」
「チーフぅ」
卯川は起き上がり臭そうに手をパタパタ、射妻は焼き殺せそうな視線を放ち、恵桐は目を開き、諸星は臭いが移ってはたまらないと銃を机の下に隠した。巨大はジッパーとの格闘を休戦した。
相崎は腰に手をあてて。集まった視線に高笑いする。
「わあーっはっはっはっ! 思い知ったか!」
バンッ!
一転。机を両手で思い切り叩くと、アゴを引いて全員をにらみつける。
気を抜けけば瞬殺されそうな殺気に、隊員達はみな息を飲んだ。
何をするつもりか。見当もつかない。目を離せば拳が飛んできそうな鋭い視線に釘付けされた。
「おまえたち!」
返事ができない。常にため口の卯川でさえ、口を開くことができず、でっぷりお腹に汗を溜めるしかなかった。
「あーーーー この度は、まったくもってご苦労さんだったな。想像を絶するロクでもない敵のオンパレードによって、北区篠路の新興住宅地はズタズタになった。なったんだが、”強敵はいなくなった”ってことで、会議の前に、まずは追い払うことができたと喜びたい」
「???? …………はぁ~~~」
全員の、張っていた肩の力が抜けていく。それから、なにを言ってんだコイツという疑問。緊張から疑念。メンバーたちの表情が忙しい。
巨大の関心はジッパーへと舞い戻る。やっぱり予備の制服は胸のサイズが合わない、とうなだれてる。
卯川がやっと手を菓子の山に伸ばした。高級チョコポテチを、八つ当たり気味に、バリバリおおばった。恵桐と者星も、お茶で喉をうるおす。
「ん喜びぃ? んなのがどこにあったてよ大将」
「……」
「そうですよチーフ。ぼくはあまり戦力になれてませんが、ひとつとしていいところがありませんでした」
「結果オーライだ! あんな規格外バケモノ相手にして俺たちは生き残ったんだぞ。誰も死んでないのはスゴイことだじゃいか。喜んでいいんだ」
「能天気でいいな、チーフ様はよ。羨ましいぜ」
「”能天気”はチーフの取柄です。天が与えた”ジョブ”といってもいいでしょう」
射妻エリカが、すかさず注釈する。
「そうだ。レベル20まで育てると賢者に転職……できるか!」
「ノリツッコミ……漫才かよ」
「いいから喜べ。敵の弱点がみえたんだぞ。小銃では勝ち目はないが、ランチャークラス、機関砲クラスならダメージを与えられることが判明した。これが吉報でなくてなんだ?」
相崎は力説する。トライアンドエラーと言いたいのだ。失敗は成功の基。だが、トライのチップは隊員や市民の命だ。これからさきも無傷であるはずがない。楽観の要素がないのだ。
「ま。あんなのは、そうそう出ないだろうがな」
相崎の机の上でスマホが鳴った。曲はフクロウのようばお化けと仲良くなる国民的アニメのオープニング。「メールだ」と、タップして中身を開いてテキストを一読。おもしろくなさそうに、ぽとりと置き、内容を告げた。
「
「ま、待たなくてもよろしいのです?」
「大将。仮にもトップだろうが倭沢平蔵氏はよぉ」
「俺が行くまで待っとけなんて。どこの政治家だ」
「いや政治家だし」
「根性が気に喰わん。始めるぞ。射妻?」
「チーフがそういうなら」
射妻がキーボート操作で、メインモニターの100インチ有機ELパネルに、複数の動画をビューイングした情報があらわれる。
大きく映し出されたのは札幌のこの地。
カメラの視点は、上空のヘリと地上からの遠方。近目と遠目。スマホで撮影した投稿動画も加えて編集。複数の視点からなるリアリティ映像の迫力は、総CG映画を凌駕した。テレビレポーターの実況つきだ。
「すごいものだな。特撮ヒーローモノだってここまで作り込めない」
「本物ですからね、つい編集にも力がこもりました。〈デスドリアン〉と
「胸がきついっス」
「こんな暴れてたんですね。住民を逃がす警察の手際がいい。死人ないはずです」
「お、俺たちが来た。小銃うちまくってるが、逃げ腰ってのがよくわかる」
「もうちょっと……じっぱ」
「チーフのデカいピストルが、当たった! 傷を負わせたんですね」
「ダネルMGLな。ヘイトは取ったが、車で逃げるのが精々いっぱいだった」
「ゆ指、挟まった!」
「はじめから勝ち目ないって感じです。……ここで例の白いヤツ
言葉が出なかった。攻撃は一方的。
黒い
蹴って蹴って、踏み倒して。地面にのめり込ませて終了。
戦いにさえなっていない。
勝負がついたそこに自衛隊の攻撃ヘリ2機がやってきた。コブラ兵器が火を噴く。
12.5ミリ機関銃が手傷を与えることに成功。腕をもぎ取った。
レポーターが叫んだ。
『ああああ!! 敵の敵は…………敵になってしまうぞ! お前! 責任とれんのか!』
航空攻撃は効果的だった。
コブラの自衛官も、倒しきれると信じたに違いない。
だが
優勢だったヘリは回避行動も取れずに鷲づかみ。
隊員は地上に振り落とされ、ヘリは破壊。
「ふぅ……こうして客観的なると、いかに危険な状況にさらされていたか、わかる」
「ああ。あそこにいたってことが信じられねぇ」
「チーフが喜べって言った意味が分かりますね。よく生きていたものです」
動画は光のなくなった破壊の町を映して停止。
室内に満ちた空気は、沈痛と安堵だった。
「会議っていうより反省会。いや、現実味がなさすぎて鑑賞会だ。ところで巨大。なにか意見がないか」
「意見スか。制服オーダーしたいっス。いだだだだっ」
相崎の拳が、巨大の頭をぐりぐり締め付けた。
巨大はたまらず、のたうちまわる。
「さっきから、ジッパーだの制服だのと。少しくらい真面目にしろ」
支給制服のジャケットは前開きジャンパータイプ。防風デザインで首元まで上がるジッパーを、鎖骨あたりまで上げて着るユニフォームだ。既成制服は胸まわりがせまい。胸の下で止まったジッパーのせいで、強調された大きめバストが揺れた。
「マジ、息できないくらいキツイんスよ。窒息したくなんで、オーダー制服が出来上がるまで、このポジっス」
ジッパーを調整してもまだまだキツイらしく、しきりに肩を上げ下げ。胸がそのたびポヨンとはずむ。射妻エリカはジト目。免疫が少ない卯川と者星の目が泳ぐ。
「行方知れずになったうえ。オーダー制服を端切れにしたんだ。ガマンを覚えろ」
「その節は、あれこれ、マジ申し訳けなかったっス。お詫びは出世払いということで!」
「お前の辞書に出世の文字はない!」
「ががーん!」
「反省する気があるならば。そうだな。会議の飲食代。おまえがもつんだ」
「いースよそれくらい」
「あとから出前も届く。腹が減ってるだろうと注文した。射妻ご要望の”スゲア”スープカレーを8人分。合わせて給料から天引きな」
「ががががががががーーん!! パワハラっス。セクハラっス。マネハラっス。最大の功労者に対してこの仕打ちはなんなんスか」
「こーろーしゃ? 耳がおかしくなったかな? 功労者と聞こえたのだが? ……サブチーフ。どう思う?」
「はい。どの口がいうのか理解に苦しみます。ですが功労者を語るのであれば、相応なふるまいをしていただきましょう」
「意見合ったな。功労者巨大七光に
サブチーフは、やや焦った。
「あ、それは違うかと。会見はチーフの役目ではありませんか」
相崎は応じない。逆によい考えを思いついたと、ハハハと笑う。
「役目の一部を委譲するのだ。恵桐者星」
「承知」
「はい」
恵桐と者星が、すくっと立ち上がった。
巨大の右と左に、迫った。
「なな。なんなんスか?」
逃げようとしたが、回り込まれて腕を抑えつけられる。
巨大は、逃げられない!
「巨大に特命。メディアの餌食となってこいっ。外へ摘まみだせッ」
「待ってください!」
懇願する射妻。相崎は訊く耳をもたない。
「無罪ス! 事実むこんっス! 罰がかじょうっスぅぅ……ぅ……」
古いコンサートホールさながらに木霊する、嘆きの残響。
アルミ製の扉は開かれて、巨大はむなしく表へと放り出された。
「では会議を続けよう。射妻。回収できた
「やりすぎです」
そう言いサブチーフが配ったのは、いつものメモだった。紙にあった図表と説明書きは、それは美しく整ったペン字。
「…………。」
「なにか?」
「手書きメモなのな。タブレットとかモニターとか。せっかく揃ってんのに。メインモニターに表示させてもよかったろうに」
「紙にまさるチェック書類はこの世に存在しません」
「紙代が」
「A4用紙500枚は税込み298円。最安値の通販サイトの担当者に直に大量注文することで、10パーセント値引きさせてます。1枚のコストが0.536円。経理も圧迫せず、秘匿事項を明記しても漏れない万全なセキュリティ。苦言の余地はないのでは」
その安いA4コピー用紙とやらは段ボールで10箱。コンテナの限りあるスペースを圧迫していた。紙にかける熱量を他のことに、と口走りたい気持ちを控える。”他”を完璧にこなすクールビューティに死角はない。
「続けますね。疑問は払拭できたようなので」
コホンと咳払い、涼し気な表情で、ふふふと流し目。
男どもよ私に注目しなさい。妻帯者である桐万丈は除外。
卯川玄作と、諸星ハヤト。二人にとくに念入りに。
射妻エリカ。サブチーフ。元警部補。27歳独身。
ただいま彼女は絶賛婚活中であった。
男たちの背中に、冷たい汗が流れた。
会議は進む。
「今回、回収できた
「解析は北大研究チームに丸投げか。これまでどおりに?」
「はい」
「6点の中に、有用そうなものは?」
「実戦に使えそうな物という意味ならノーです。皮膚は
いつもの確認だ。相崎もそれほど期待してない。
攻撃や防御に明日から利用できる物体。そんなものが都合よく落ちてるはずもない。
「そうか……。んじゃ巨大の対応をみてみようか。外の様子を映してくれ」
「札幌のローカル局が、ネットでライブ配信してます」
メインモニターの篠路の町並み上に、外部カメラ映像と、ニュース番組のライブがビューイング。そこには、多くの報道陣にマイクを突きつけられた、小さな巨大だった。
身長が低すぎる彼女は、囲まれているというより、人に埋没していた。
仮本部に群がってるのは、30人を越えるメディア関係者。数日後に開催される国際大会に合わせて来日していた各国の報道関係者も、少なくない。ズラリと並んだ脚立にまたがったカメラマンたちは、コンテナハウスのドアをロックオン中。
そこに、コンテナからつまみ出された巨大だ。
「フリート隊員の方ですね!?」
待ちに待った貴重な獲物に、はぐれ小鹿を狙う肉食獣のごとく、狩りの集中砲火を浴びせる。
「《ガーディウス》をどう思いますか?」
「ライトメテオ専用部隊が、戦いでは自衛隊の足を引っ張ってると意見がありますが」
「存在意義を疑問視する世論については?」
「アピールだけの組織は税金の無駄使いと思いませんか?」
「アメリカ2500人組織シテマス。ジャパン、ワズカ6人。不可能シテマース」
胸元が強調された制服姿は、さしずめ小学生のコスプレだ。
愛くるしい容姿。でもマスコミは、容赦しない。
「あ、わ、わっ ガーディ、6に、ぜいきん、いぃ……」
順序も中身もバラバラの、いきなりされた質問攻め。応えるどころではない。
人にうずもれて見えない少女を、脚立のカメラマンが真上から狙い撮る。
少女が、半ばパニック状態に陥ってる。素人目にもまるわかりだった。
「驚いた! もしかしてあなた、巨大
ひしめくメディアの中に、平川豊という地元テレビ局のレポーターもいた。主にスポーツとアニメ番組を担当し、北海道では顔の知られたアナウンサーだ。
ヘリから戦いを実況し、地上波から避難を、ネットから喝さい浴びた。一躍、世界に顔を知られることになった男である。
「ローカルは引っ込んでろ」
「それ関係ないでしょう!」
人波をかき分けて最前列に出ようと頑張った平川だが、功名心ではるか上を行く有力局らに力負け。ガタイよい海外勢にも押され、輪の後方へとはじき出されてしまった。
巨大の目の前にはマイクやボイスレコーダーだ。生贄をつき刺すかのように、突きつけられていた。
「おいおい、巨大、おかしくねぇか。」
「いつものアイツじゃない、いえ、あの状況ではぼくだっておかしくりそうですが。それにしても、尋常な様子じゃない」
「……これは、ヤバいのでは」
「うーむ。マスコミくらい煙に巻くだろうと出したんだが。いつものしゃべり児童と思えないな。え? 有力投資家の娘?」
「児童て」
青い顔で、うつむいて、ぶるぶると震えている巨大は、明らかに変であった。
イケメン大好きで、人の目なんぞどこ吹く風のマイペース少女。
さっきまでの元気な面影は、どこかに消し飛んでしまった。
「チーフ。彼女のプロフィールをご存知ないのですか?」
「履歴書か。一通り、全員のを目を通してるが、なにかあるのか」
「知っていて放り出したのかと」
「? なにを?」
「あの子は、対多数社交不安障害という、精神障害もちなんです」
「なに!? 社交不安障害(SAD)てのは知ってるが。対多数社交不安障害?」
「一種のパニック障害とか。医者に確認したところ、大勢の前に出ると様子がおかしくなるそうです。5人までなら普通に接するのですが、6人を越える状況に相対するとパニックになってしまうと。これが診断書です」
「……本当だ。救出しなきゃ」
獲物の匂いを嗅ぎつけたサメのような取材集団。渦中に置かれてしまった部下を助けにいこうとする相崎に、射妻が立ちふさがった。
「もう遅いです。いまチーフがいけば攻勢が激しくなって、さらにヒドイことになりかねません」
テレビのニュース番組に巨大が映っていた。記者やレポーター、カメラマンたちに、完全に包囲され、身動きがとれないでいる。
口もとを隠した両手のグーが小刻みに震えてる。恐怖してるのが明かだ。
「俺のせいで巨大を見捨てろってか!」
「その必要がないと言ってるんです。よく見てください」
外に設置された監視カメラの映像。射妻はそのうちの1台を拡大した。
それは、黒塗りの車が到着したところを映していた。
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