07 事後処理


「君! だいじょうぶか!?」


 二人の警官が、倒れている若い男がを発見した。

 肩をゆすって問いかける年上警官に、若いほうが意見した。


「頭をぶつけてるかもしれません。動かさないで医者をまったほうが」

「この感じは単なる気絶に違いない。揺すったところで問題ない」

「感じで断定できるなら医者はいりませんて。医療班に報せて」

「……う、うーん」


 揺すらせた刺激のせいか、倒れてる男の目が開いた。ぼんやりして焦点があわないが、意識はあるようだ。


「ほれみろ。起きただろ」

「起こしたんでしょうが」

「その制服、フリート隊員だな。この指は何本だ? 名前はいえるか?」

「指は……2本。僕は……諸星ハヤト」

「ほれみろ。ただの気絶だったろ。これでもダメなときは頬をたたく。覚えておけ」

「冬山遭難ですか……これだから脳筋は」


 ハヤトは上半身をおこすと、意気をはっきりさせた頭をふった。自分がいるのは崩れたマンションの狭間だ。仰向けで気絶したところ、心配げにしてる制服警官たちが発見したものらしい。巡査長が豆だらけの手を差しだす。握るとぐいと力強く引っ張られて、狭間から引き上げられた。


「助かりました。ありがとうございます」


 礼を言い、カラダ中についてる埃をはらい落とす。体の下敷きになってた64式銃を拾いあげ、ショルダーベルトを肩にかけた。この持ち方。自衛隊では”担え銃”という。


「助けたってほどのもんでもない」

「むしろ容体を悪化させた心配があります。精密検査したほうがいいでしょう」

「そうそう悪化させて……ないっつーの!」


 クセで階級章に目が行く。巡査長と巡査だ。気さくな巡査長が先輩。言葉に衣を着せない巡査が後輩。気の置けない関係はほほえましい。などとほっこりしてると、周囲がやけに静かと気づき、気絶直前の状況がよみがえった。暢気なコンビを評価してる場合ではない。


「警察の任務は、市民の避難誘導と交通封鎖。危険区域への立ち入りが禁止されているのでは。巨大異星人ユーテネスへの対処は我々フリートの責務で、いやいや、その巨大異星人ユーテネスが見当たらないのはなぜ!?」


 混乱に血走った眼。者星は、飛びかかる勢いで巡査長を問い詰めた。


「びっくり豹変だぜ! 危険なら去ったよ。我々は、逃げ遅れ市民がいないかの確認で、怪我人があれば救護を呼ぶ。そういう職務の真っ最中だ。それで納得できたか」

「言葉がたりませんけどね。暴れた怪物は倒されたってことです」

「倒された? 倒したんですか? 僕らが手も足も出なかった黒い巨大異星人ユーテネスを? 警察ですか自衛隊ですか」

「どっちでもないな。白い巨大異星人ユーテネス守護巨人ガーディウスと呼んでたかな。突然現れたそいつが黒いのを蹴りに蹴って、地面の中へ葬ってしまった」


 頭の中に図式を描いてみる。黒いヤツは凶悪だった。巨大さ、破壊力。過去、登場した巨大異星人ユーテネスとデータ比較するまでもないほど、圧倒的な凶暴性。フリートの小火器程度じゃ手も足も出ないほどに。一体でも手に負えなかった怪物を倒した巨大異星人ユーテネスがいる。危険極まりない。


「その白いヤツ。それはどこに行ったんです?」


 急いで見渡したが、壊滅的な状況ではあるが、町は閑かそのものだった。喧騒を失ったこと自体が事の大きさを表してるいえるが、ともかく、暴れまわる巨体は見当たらない。 警官は顔を見合わせる。


「光となって消えた……な」

「光と消えた? なにかの例えですか」

「そのままの意味です。眩しい光のうちにいなくなった。消えたとしか表現できません」

「物理的におかしい話では。ユーテネスは実は光粒子だったとでも? どこか身を隠せる場所があったはずです」

「さあな。テレビでも観て検証するんだな。繰り返し放送してるはずだぜ。例の教授の解説付きで」

「意味がわからない」


 道理がとおらない。光とやらに紛れて高速で飛んだ。立ち去る。隠れた。そう考えるのが妥当だ。巡査たちは混乱してるってほうが、辻褄があう。コンテナ本部に帰り状況を整理しよう。取り出しそうとしたスマホがバイブした。


「こちら者星! 本部……あ。サブチーフですか。えーユーテネスが……はい僕は大丈夫です? 巨大がいない? あいつめ……わかりました。見つけて連行します。では」

「巨大なのを捜すのかい? フリートは大変だな」

「あ、いいえ、巨大っていうのは後輩の名前なんです。迷子になったようで。あれ?」


 別ポケットで何かが震動した。またバイブレーション。私物ガシェットは持ってきてない。気味が悪い。取り出すまでもなく、別のスマホだ。一般男性イケメンの顔写真がゴテゴテ張られた物体に、警官ふたりがあとずさる。


「そういう趣味のひとだったのか……いや趣味はひとそれぞれ。うん」

「先輩、職務を遂行しないと」

「そ、そうだな」


 本人には無許可で作ったであろうイケメンシール。

 見間違いようがなく巨大のスマホである。


「違いますって。その女性後輩の所持品なんです。なんでポケットに……」


 画面に表示された発信者は”うがっち”。隊員の卯川玄作のことだ。貸与された官品に保存するアドレス名にしては馴れ馴れしい。者星は、自分のアドレスにつけられたニックネームを想像しそうになるのを、身震いして振り払った。


「卯川さん? こちら者星、巨大はスマホだけ置いてどこかに消えました。これから捜して、みつけしだい合流しますので位置を……はい……では」

「捜索なら本分だ。フリートの活動にも興味がある。協力するぜ」

「助かります」


 道路も公園も庭も一緒くたになった町を行く。




「そこの人! ここは立ち入り禁止です。すぐに立ち去りなさい」


 しばらく行ったところで巡査は、男と少年の二人組に呼びかけた。親子だろう。後ろ髪を引かれるようにふりかえり振り返り、被災地から遠ざかってていく。その背中をみつめながら、巡査長がぼやいた。


「あ隕石拾いの連中だな、あれは」

「え? 迷い込んだ住民じゃないんです?」

「僕にも見覚えがあります、豊平の周りでみかけました」

隕石集中地帯テイアゾーンからの出張かね。こっちの仕事を増やしてくれるぜ。最近はそんなのばかりが増えちまってる。危険だってわかってないんだな」

「たった一個で家が建つ優良物もあるとかいいますからね。目の色も変わるのも仕方ないです。そして認定前なら所有権は取得者に。でしたよね?」


 巡査の言い草に、苦笑いして同意する者星。


「彼ら。僕ら対人外生物異物ホスクラド対処班フリートを、毒虫みたいに毛嫌いしてます。国に所有権が発生するのは認定してからですからね。はじめから隕石全部を国の所有って法にすればよかったのに、なんでこんな面倒な法律にしたんだか」

「与野党のすり合わせってやつ? ま。嫌われる商売ってことだな。おたがい」

「笑えないですよ。僕も警官だったし」

「へー。階級はなんだったの」

「いちおう、警部補」

「け警部ぉ――――……その若さで! しっ失礼しましたあぁっ!」

「失礼しましたっ」


 警察関係者は誰でも知っているが、若くして警部補なのは将来の幹部候補、いわゆるキャリア組だ。フリートに籍が移ったということは、昇進の道を閉ざしたにほかならない。キャリア崩れというわけだ。ビシッと固まって敬礼してくれる巡査二人も、それはわかってるはずで、者星は、申し分けなく頭を下げた。


「あーーいいですよ気にしなくて。いまは対人外生物異物ホスクラド対処班フリート。組織を移って真っ新にやってますし、かたっ苦しさゼロな集まりですから」

「あなたのような警部補もいたんですね。ほら我々にとっては、分かりやすい雲の上の人ですから。フリートって、いまからでも移れるのかな。堅苦しいのって苦手なんですよ」

「ぜひぜひ。警察官・自衛官なら即採用だよ」

「でも隕石集中地帯テイアゾーンあるところ、どこにも赴く職務だよね?」


 人材はいればいるほどいい。どこかのんびりした巡査は、慌ただしいのが苦手とみた。勧誘の口説き文句を投げかける。


「忙しいけどじき終息するはず。日本に隕石集中地帯テイアゾーンなんて事体が二年ぶりですしめったに起こるものじゃないし。残務処理して、あとは、札幌を離れて本部の東京でヒマな日々だね。軽量隕石ライトテイアの対策と研究。それに自己鍛錬の毎日――」


 職務をかいつまんで説明する。いつでも実戦に備える組織であるものの有事のスパンは数年。オリンピック選手だって様々な大会で経験と自己を磨くのが、それすらない。閑職といえば閑職。張り詰めるタイプの人間には向かない仕事だ。


 フリーダムに話す若者たち。対照的に、巡査長は敬礼したまま姿勢を崩さない。汗をダラダラ流してるは、暑さのせいばかりではない。目もうつろに、口の中では「まことに、まことに……ご無礼を」と小さく繰り返していた。巡査は横目であきれてる。


「東京かあ。遠いですが考えてもいいかも。ん! 誰かいる。また隕石拾い?」


 巡査が人影をみつける。無事な造園屋まできたところだ。銃ホルダーに手をかけ警戒しながら近づいていく。人影は小さかった。


「子供じゃないか! キミ怪我はないか避難所まで歩ける? 救難ヘリを呼ぶか?」

「こう見えて子供じゃないっス。逃げ遅れた住人でもないっス」

「どこかで見た顔……お前っ! 巨大か!?」


 子供にみえたのは巨大 七光きょだい ひかりだった。まだ造園屋にいたのだ。


「せーんーぱーい! あたしを見忘れったっっていうスか! この人でなし!」

「いや、こんなところにそんなラフな服装でいれば……制服はどうした」

「破れたっス。パンツもやられたっス」


 ランウェイを折り返すモデルのように、くるりと回ってひらひらぶりをアピール。


「戦闘に絶えられる丈夫な制服なのにか。え? パンツもって言ったか……てことは」

「……」

「……」


 Tシャツ下からのびる健康な太もも、そこに男三人の視線が吸い寄せられた……のは一瞬。警官&元警官は強靭な意志によって、俗物な視線は空中の浮浪雲にへスイングし、挙動不審に宙をさまよった。男どものカラダは正直であった。者星と巡査。若いふたりの姿勢は前かがみへと移行。無様な姿を回避できたのは、妻子持ちで経験豊富な巡査長だけだった。


 背をむけた者星は、不格好な角度でスマホを取り出すと、巨大へ手渡した。


「これ。お前のだろ」

「あーーーあスマホ! うれしー! 失くしたと思ってたんっス。ハグしてあげるっス」

「ば、バカ!」

「うっひぇー! 照っれてる♪ 照っれてる♪ 貴重ぉーなエロセンパイをパチリ。撮ったどー!」

「いいから戻れ! 卯川さんに連絡すれば車で本部まで送ってくれる」

「へいへーい」


 巨大は指先でTシャツの裾を抑えると、端材の散らばる道を危なげなく裸足で走っていった。


「あの子もフリート。堅苦しくないってのは本当なんだな」

「わかってもらえて嬉しいよ」


 者星はうなだれた。せっかくの勧誘が台無しになったかもしれない。


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