30 引鉄



「視聴者のみなさん。これまで、巨大異星人ユーテネスから市民を守ってきた守護巨人ガーディウスの正体が判明しました。どこからやってくるのか、山地に潜んでる目撃情報などがたくさん、寄せられてきましたが。彼は、いいえ彼女は、あの巨大きょだい七光ひかりだったのです!」


 光につつまれたガーディウスが、人間の巨大七光ひかりとなった映像に、平川豊のレポートがかぶる。


 事態の重さに気づいた射妻は、マスコミが撮影したデータ押収しようとしたのだが、周囲をみてすぐさま気づいた。野次馬の何人かが、スマホで映像を垂れながし、リアルタイムで発信されていたのだ。組織の圧力が物をいう時代は、とうに過ぎてるのだ。


 ネットから数分遅れて、テレビにニュースが流れる。一般市民は、少年がハダカの女性に服を着せるシーンをノーカットで目にした。女性の開けたホルダーに、ぷるぷる震えるシミラーがる入っていくところも公開された。





 対人外生物異物ホスクラド対処班フリートたちは、隕石集中地帯テイアゾーンの特異地点に置かれた研究棟の2階に場所を移した。隕石回収の指揮所でもある。


「こんな派手な身バレ。陰キャ体質のあたしに、似合わないっス」


 はにかんだような口元が淋しく笑う彼女。誰だ陰キャだと、ツッコむ者はいない。

 卯川は、眼鏡の奥に涙とキラキラ星が浮かべた。鼻息も荒く、欲しいフィギュアをみつけたような怪しい手つきで、巨大をじっくり監察。


「ほ、ほんとに、巨大なんか?」

「ほんとっすよ。ファミリアのシミラーちゃんも懐いてるっしょ?」

「キターああああ! SFとハイファンの融合かっ! リアルで遭遇するって、がんばって生きててよかったああああ! んがッ」

「オタは、どいてくれ」


 興奮の卯川を地面に突伏させたのは恵桐だ。変わらず、武器を携えてる。


「実験だ。人間の身体になっても武器が無効化するか試させろ」

「恵桐さんらしいミリオタ。でも痛いからダメっす」

「3人を回復したのはツールか。技術提供は可能か」

「数少ない親からの遺伝っス。教えてもいいけど地球の科学じゃ不可っスね」

「そうか、それと」

「恵桐君、巨大がこまってるじゃないの。それは引っ込めて、代わりなさい」


 会議テーブルに乗らんばかりに、代わる代わる聞いてくる仲間たち。やってることはアレでも慣れ親しんだ付き合いぶりに変化なし、巨大は、スッと、肩の力が抜けていくのを感じた。だがまだ相崎がいる。


「みんなもういい。話ができないからさがってくれ」

「ほおら」

「エリカもさがれ」

「ええ?」


 いつもの美人秘書は、どこにいったのか。射妻はしぶしぶ、卯川、恵桐に並んで壁の花になった。


「オレ、ここにいていいのか」


 巨大のとなりに座るKATUは、まん丸の目だ。部屋の探索にキョロキョロ忙しい。壁には、札幌豊平地区隕石集中地帯テイアゾーン図があり、回収された軽量隕石ライトテイアの写真と特徴が貼り付けてある。フリート仮本部にあるのと同じ大型パネルは、設置カメラの映像がどんどこ切替わっていく。

 これくらいの男子ななら必ず食いつきたくなる、リアルミッションルーム指揮所である。


「居て。あたしの癒し係」

「なんだそれ」


 いつのまにか専属の服持ちから、寛ぎ玩具に昇格した少年は、現状をよく分かってない様子がありありだ。それがいい。巨大は座りなおすと、目の前の上司になんと言おうか頭を巡らせる。


「……相崎チーフ」


 おふざけの多いこの男を、額面通りにとってはいけない。自衛隊と警察がある国のなかに、まったく別の専門組織フリートを、倭沢と二人で、一から立ち上げたのだ。組織が形になってはらはほとんど射妻に丸投げしてたが、並々ならぬ手腕なのは疑問の余地がない。


 細かなことは得意としないが、大雑把に本質をつかんで孔を穿つ能力はあなどない。その目は巨大のずっと先をみているようで、汗がとまならい。


「巨大化しなければバレることもなかったろう」

「……窮地の仲間を見捨てたら自分を許せなくなるっス」


 本音だ。人間を外敵から守るためやってるのだ。仲間を助けられないならはじめから、慣れない巨大化などしない。


「俺を無視して逃げることもできたはずだ」

「……それ、チーフが言います? いうならばもう隠す意味がないから。スかね」

「隠す意味がないとは、どういうことだ」

「えーと」


 どこからなにを伝えればいい。最初から話すなら母親のことからだが、それは何度聞かされても理解がおぼつかない、劫の時間の因果。はるかな過去からはじまる絶滅のサイクル。分かりやすく語れる言葉が、自分の中に整理できていない。


「ううーーん。そうだ」


 よくある平易な文を借りて、始めることにした。


「むかーし、むかしのことじゃったっす。とある若い惑星にっスね、ひとりの人型♀が降ってきたとか、こなかったとか……」

「なんじゃそりゃっ!」


 ビシッ


 卯川の右手が漫才ツッコみをいれたそのとき、急停車する車のブレーキ音が全開の窓から入り込んだ。誰も通すなと警官に厳命した状況下で、ゾーン中に通される車両は1台。局長を乗せた黒いVIP車だけだ。


 車のドアが慌ただしく開いた音、すぐさま階段を駆け上ってくる足音、間髪おかずに、バンと蹴破るようにドアが開いて、倭沢が飛びこんできた。


「おつ倭沢。お前も加われ。巨大の昔話がはじまるところだ」


 相崎は幼馴染に、軽く手をふった。倭沢は腹に沈んだような低音で巨大を指した。


「なにを暢気に寛いでいる。話したろうが、巨大七光ひかりを拘束しろと」

「拘束ね。者星はどうしたっけ? 今度も間違いかもしれないぞ」


 その者星ハヤトと雁刃先七輝が少し遅れて入室する。者星は「巨大」といったきり言葉を失い、雁刃先は「あららぁ」コントでも楽しむように微笑んだ。


「茶化すな相崎。車載カメラが、巨大化の一部始終をとらえた。軽量隕石ライトテイアを落としてるのはガーディウスだ」

「巨大がガーディウスはわかってる。だが軽量隕石ライトテイアをの推測は、大気圏外にぶっとんでるな。科学的根拠はあるのか」

「ある。私の想像力だ」

「代議士どのが想像力ときたか」

「想像力に勝る科学はない。科学の出発点は疑問。想像力を駆使して実験と検証を積み重ね、定説を築く。軽量隕石ライトテイアなどというバカげた存在に科学が追い付くまで何年かかる。10年か100年か。そんなに待ってる間に地球の生物は死滅するぞ。想像力さえあれば、証拠などいらん」

「だからそれがなぜガーディウス、巨大が犯人というんだ」

「いやしくもフリート隊員の身分にあるものが、これほどの機密事項を黙していたことが証拠だ。私は故郷の悲劇を忘れたことはない。いまでも顔が浮かんでくるよ。あの悲劇を停められるものならなんでもすると彼らの墓に誓ったのだ。命を消すことだってな」


 倭沢の手が、ホルダーの銃をひき抜いた。銃は、自衛用の拳銃でも捕獲網拳銃でもない。フリート隊員が標準装備するのと同じ、対巨大異星人ユーテネス熱線レーザー銃だ。


「しまえよ倭沢。お前、そんなに熱いキャラじゃないだろ」

「政治家の家系だ。人よりも上手く本音を隠せるのだよ。さらばだ害異よ」


 低く構えた倭沢は、ためらいなく引鉄を絞った。


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