29 奇跡とクリプチ



「みていろ」

「何を見ろって言うの」


 相崎を挑むように睨んだ射妻エリカの目に、信じられない光景が映った。もはや命をあきらめた犠牲者に、光の奇跡がふりそそぐ。現在医療技術のおよばない回復劇がおこったのだ。

 研究員の男は、大ハンマーで強打されたようにふくらはぎが潰れたが、時間逆転するように血肉が盛り上がり、皮膚がそれを覆った。

 バックヤード男性は、太ももが向きが九十九折りに曲がったが、正しいカーブの脚にもどtった。

 香暁沙也加の臀部は、肉がえぐれて歪にゆがんでいたが、若い女性らしいふくよかなお尻になった。


 3人とも、はじめから怪我などしてかなったように傷が回復。まるで、太陽のめぐみで立ち直る植物のようだった。


「う……そ」

「……」


 震える口を押える馬宿ばやど。声もない射妻エリカ。




 この隕石集中地帯テイアゾーンの出来事は、テレビ中継されていた。よく通る声の平川レポーターが、目の当たりにした奇跡を賛美する。


「テレビの前の、そして世界中のみなさん。信じられない光景を目の当たりにしています。これはCGではありません。私たちの間の前でおこっている、紛れもない真実の映像です。人類はいま、はじめて宇宙人とのコンタクトをとったその瞬間なのです。私、いま、非常に感銘を受けております。このまま死んでもいい! ジャーナリストのはしくれとして、新人の抜けきれないアナウンサーのひとりとして、人類史に残るシーンに立ち会えたことは、感涙むせび、感極まる、至高にして最上の喜び……」







 テレビ局どころか封鎖任務の警官たちさえ、職務を忘れて、見入っている。ざわつく外野とは反対に、隊員たち内野はシンと静まる。


「チーフあんた、なんで冷静なんだ」


 そんな硬直を打ち消すように、恵桐は冷静に疑問をぶつけた。


「さっき倭沢から聞いたんだよ。ここまでやれるとは信じれられなかったが」

「局長が? ガーディウスがなにをするか知ってたってのか」


 相崎は、奇跡の成し遂げた味方をまぶしそうに見上げた。


「何をじゃない。ヤツが誰か、わかったんだ」

「誰かって……。まさか、ガーディウスは”誰か”なのか」


 寒色の光が消えた。守護巨人ガーディウスは3人の身体を確かめると、包んでいた手を離して立った。それが合図になって、研究員とバックヤードの男性たちが、意識を回復する。


「いてて、潰されてしまっ、、ん? 痛くないぞ」

「う、うーん。オレ、隕石の下にいたんじゃ」


 ほわーっという、感嘆と安堵がまじったため息が周囲からもれる。遅れて、香暁沙也加も目を覚ました。


「……私、なんで土に寝て、きゃッパンツが破れてる!」


 きにかけていた女性が、いそいで上着をかけてあげた。


「ありがとうございます。ど、どうしたんですか怖い顔をして」


 女性は、仲間としても善意もあったが仕事柄の好奇心を押さえられない。目をギラギラさせながら詰問したい気持ちを殺す口ぶりで、訊ねた。


「あのね、香暁っち。あの、生物学的にね。生存していたりする?」

「はあ なんですいきなり? 私、ゾンビなんかじゃじゃないですよ」

「証拠は?」

「ほら、脈がありますよ。手首に触ってみてください」

「……ほんとだ。生きてる。みんな、香暁っち生きてるよ! ほかの二人も生きてる!」


 女性は香暁にだきついてから、拳をにぎった片腕を高くあげた。


「まじかー! おおおお!!!」


 わっと歓声があがる。バンザイが巻き起こり、手を取って仲間の無事を喜ぶ。ひとりが、いまだそこにいるガーディウスにバンザイすると、それがスタンディングオベーションとなった。


 インタビューしようと乗り出した平川たちは、身体をはった警官に「報道のかたはここまででです」と停められてる。


 気を失ってたいた香暁は、下敷きになった記憶をないようだ。恥ずかしさと、事態が飲み込めないのとで、真赤になって頬をふくらます。


「そういえば毎度大怪我をしてるのに、あいつはいつも無傷で登場したな。あんな魔法があるなら納得だ」


 相崎は、腕をくみひとりごちる。


「信じられない。治ったというの? 死んでもおかしくない重体だったのよ」

「チーフ、さっきならなんなんです。説明してくださいよ」


 愕然とする馬宿ばやどに、詰問する射妻。


「チーフ!」「チーフッ!」


 二人は左右から相崎に顔を近づけ、噛みつかんばかり怒鳴った。


「わ、わかってるって。ほらやって来たぞ」

「誰が」


 二人を両脇にわけると、人波を抜けてきた人物に「こっちだ」と手をふった。


「誰かとおもえば巨大じゃないの。つれてきた子は中学生? イケメン好きがとうとう法を犯してしまったのかしら」


 相崎は、とととっと小走りする巨大に、二っと笑顔をみせた。


「巨大。早かったな」

「おわっちゃったんですね。わっ! ガーディウスじゃないですか」


 のほほんと、能天気に突き抜けた声で驚く巨大。


「者星はどうした?」

「センパイ? おいてきちゃいました、あははっ」

「者星は、いつもガーディウスが現れる場所にいないよな。もしかしたらアイツがそうかと、思ってたんだ。懐かしのヒーローを併せたような名前だし。外れたけどな」

「なんのことですか?」

「なあ巨大。マスコミや野次馬を抜けてきたようだが、人込み恐怖症はどうした」


 射妻エリカが、副チーフらしい澄ました顔で、相崎の間違いを訂正する。


「違うわよチーフ。この子は対多数社交不安障害。社交不安障害(SAD)のうち、多数の男性に囲まれると不安を覚える精神障害なの。顔色が悪くなって激しい動悸息切れなどが、特徴です。でもおかしいわね。この前はあれほどまでに怖がっていたのに、平気なの?」


 射妻は不思議そうに、巨大の額に手を充てたが、びっくりしたように手を引っ込めた。


「……あなた」

「あれれー。今日はなんともないですね。天気のせいでしょうか」

「天気ね。ところで、いつもの”ス”はどうした」

「す? ああ。す。えーと」

「それも天気で忘れた、か?」


 相崎は手を伸ばし、いきなり巨大の首をわしづかみにした。か弱い女子へのセクハラ。華奢な巨大は、つま先立ちとなる。


「おいチーフ!」

「狂ったか」


 ガーディウスに見惚れていた卯川と、ガーディウスに銃を向けようか迷っていた恵桐は、おのおの、長の暴挙をとめようとする。相崎は別の手でそれを制した。


「離してください」


 巨大が懇願する。その顔色は平素のまま変わらない。


「離せよチーフ! セクハラどころか障害事件だぞ」


 相崎は応じない、むしろ、より力をこめた。


「苦しいか、巨大」

「それはもう。苦しいにきまってますよ」

「今後のために覚えておけ」

「なんですか」

「人間は、呼吸で言葉を話すんだ」

「……」

「こんなふうに喉をふさがれると、呼吸器官が潰れて、言葉がでなくなるんだよ」

「……そうだったんですね。ご主人さまは教えてくれませんでした」

「違和感があった。口パクして脳に直接語りかけてたんだな」

「そこまで見抜かれていたとは。間抜けなご主人にお伝えします」

「お前はクリプチか」

「呼び方。出来合いの種族名でくくらないで欲しいですね。私たちはファミリアです」


 相崎の手中で、巨大だったものが、にゅるると形を変えた。みるみる、軟体性の小さな生物に縮んでいく。相崎は、両の手でつかんだが、ウナギよりも捉えどころのない冷たい生物は、突起のようなものはない。からやすやすと潜り抜けた。


「えええ?」

「巨大!?」


 射妻は、驚いて息をのんだ。卯川は尻もちつき、恵桐は銃をかまえた。馬宿はどこからかとりだした網をふりまわした。


「生け捕りにしてやる」


 追いまわす彼女だったが、そのクリプチ”シミラー”は、愚鈍な追手など苦もなくかわす。形をウサギに変えると、目で追うのも難しい速さで、砂の地面を駆けていった。逃げ先は主人のガーディウス。


「あ……」


 射妻は自分を抱きしめるように、身体の震えをおさえる。


「いまにわかるって、こういうことだったのね」

「ずっと、俺たちがみてきた巨大は、クリプチだったってのか」

「それもちがう」


 背景がにぎやかだった。バックヤードたちは駆けつけたメンバーも加わって、無事帰還に歓喜。奇跡に酔っていた。病院で検査をしなきゃと説く研究員をばっさり無視。お祝いムードに渦に、3人はもみくちゃとなった。


 まるで聞こえていない風の相崎は、ガーディウスに手をふった。


「なぁガーディウス。いや、巨大七光ひかり


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