31 雁刃先



 倭沢の撃ったレーザーは、巨大の胸を直撃した――ように見えたが、わずかにKATUの動きが勝った。巨大をかばい、以前、巨大異星人ユーテネスの腕を切り落とした光を射出、レーザーを弾き返したのだ。


「ばっ……」


 威力は減失した。だが跳ね返った熱線は、倭沢の袖に黒い孔をあけ、後ろにいた雁刃先かりばざき七輝ほくとの横腹部を横一文字に貫く。さらにドアの蝶番を焼き斬って消失した。


 一瞬のこと。何がおこったか理解がおいつかない。曲芸的な反射をみせたKATUも、驚いてる。雁刃先かりばざきが横によろめいた。血がしたたる。蝶番のとれたドアがキィと傾いた。


「班長補佐!」


 倒れそうな雁刃先かりばざきを者星がささえる。射妻はハンカチを取り出した。止血しようとしたが、焼かれた傷からあふれ出る血の量に、ハンカチは小さい。


「どうすれば」

「これを使え。少しはマシだ」


 恵桐が、常用のサバイバルキッドから応急包帯を取り出して渡した。受け取った射妻は、腹をぐるぐる巻きに押さえたが、白い包帯は赤く染まっていくばかり。


「救急車だ! 頼む! 急いでを呼んでくれ!」


 壊れたドアを蹴破った川が、二階外から下で警備する警官に怒鳴った。倭沢が遅れながらも事態に気づく。


七輝ななっ。くそっ」


 ふり返りながら銃の狙いはKATUへとシフトした。無戸籍をのぞけばどこにでもいそうな少年を脅威と認識したのだ。


「焦ったな倭沢。すこしでも彼に注意しておけば防げたかもしれない」

「コイツに、気づいてたのか!」

「巨大になった巨大(ぶぶ)の速さにくっついてきたんだ。タダ者のわけがないだろ」

「言えよ、お前は!」


 レーザーの跳弾による被害は、事故ともいえるし故意の傷害ともいえる。通常は警察が調べ、裁判で確定される案件だが、コトは平時常識がおよばない域にあった。倭沢の罪を問うなら、傷害致死ならぬ殺害未遂致傷害罪か。

 ギリリと歯ぎしりした倭沢。銃を握る手が小刻みにふるえる。自らの落ち度と、事態を俯瞰する相崎の態度に、腹が立った。


・ 対人外生物異物特別法 6条

   その他。危険生物の捕獲。攻撃および殺に関すること。


 ちなみに1条は、軽量隕石ライトテイア未確認生物クリプチ隕石生物メテオクリーチャー巨大異星人ユーテネスの定義だが、権利について検討されたことはない。未確認生物クリプチを虐待して動物愛護管理法を適用された判例はある程度だ。いまのところ異星人に人権はない。


「補佐! 救急車がくるまでじっとしてください!」

「平気よぉ。これくらい、かすり傷。救急車もいらないわよ」

「重症なのに、なんで動けるんです」

「ありがとう。君の腕の中にいたいけど、それは、こ・ん・ど・ね」


 者星が床に寝かせようとするが、雁刃先かりばざきが間延びした女声で拒否。


「ナナ! 大丈夫なのか」

「へいきへいきの平蔵ちゃーん、なんてね」


 雁刃先かりばざきは、者星の腕から逃れながら、唇をすぼめて投げキッス。何事もなかったように真っすぐに立ち、焼かれた腹に手をあてがった。


「補、佐……?」

雁刃先かりばざきさん、傷が」


 しゅるると、甘い香りの煙があがる。床にこぼれるほどだった血が止まると、雁刃先かりばざきは包帯を外した。焼けた傷がみるみるふさがっていく。


「信じられない……いや、”隠す意味がない”は、こういうことか」


 相崎は立ち上がり、場所をあけるように壁に移動した。


「はーい。ここからは、私たちの話。現地人はひっこんどいて」

「な、な……?」

「平蔵ちゃんもよぉ」

「だが」

「ひっこんどいて、ねっ」


 どんっ。

 軽く踏みしめただけなのに、床に穴ができた。傷は完全に消えていた。


「わかった」


 倭沢はひきさがり相崎の横に並んだ。囲んでいた3人も壁にさがる。救急車をキャンセルだな、と卯川がつぶやいた。


 雁刃先かりばざきは、相崎が開けた椅子に座って腕をくむ。じっとKATUをみつめ、恨みがましくぼやいた。


「やってくれたわね。私、回復は得意じゃないのよ」

「ふ化総力だ!」

「不可抗力!」


 巨大は、立ちあがろうとするKATUの肩を座らせた。雁刃先かりばざきの腹を指さす。


「それ。ウソっすよね」

「うっそよーん」

「ひかり、こいつ」

「座っていて」


 威圧する性別不明のナイスボディ。巨大は小首をかしげて微笑む。三つ編みが揺れた。


「こうして話すのは始めてかもです。いまさらはじめましてもないっスけど」

「いつ、気づいたのかしら」

「ソルトレイクの時に。親が教えてくれました。その時はなんのことかわからなかったけど。こんな時がくるなんて。手がふるえがとまりません、ってやつっス」

「親? あーっカカシレポート! あれってあなたの親の仕業だったのね。未来を担ってくれる子供たちの誕生をはばむのって、無粋にもほどがあるわ。おかげで、ふ化は大失敗。あなたが子供だというなら、責任とってほしいわ」


 壁の花AとBが、もとい。相崎と射妻が外野でつぶやく。


「ソルトレイク、カカシレポート。エリカ。なんの話をしてると思う?」

「さあ。どちらも軽量隕石ライトテイアのに纏わるってるけど。繁殖はわからないわね」


 壁に巨大が返答した。


「話しますよ。昔話の続きだし。でもその録音アプリは停めてほしいっす」

「ダメか? ビデオも撮りたいくらいなんだが」

「世界が混乱して収拾がつかなくなりますよ。急速な拡散はナシって約束できるならかまわないっスが」

「私は拡散大歓迎。この子みたいなケチくさいこと言わない。む・し・ろ 混乱させてあげたいわ♪ 平川だっけか。あの面白いレポーターを呼んでね」


 しゅどっ!


 巨大が拳をふるった。恵桐が停めようとしたが遠く、拳は雁刃先かりばざきの頬に突き刺さる。


「あらららららー。手が早い子ね。暴力はいけないって親に教わらなかった?」


 体重をのせた拳を雁刃先かりばざきは顔でうけとめてみせ、拳をつかんだ。頬が陥没してるが、平気な顔で恵桐にVサイン。

 巨大の息が荒い。つかまれた拳をひきぬくと、椅子を蹴り倒して距離をとった。一緒にひっくりかえったKATUは、後ろ周りにくるんと立った。


 敵意をむき出して巨大は吠えた。


「出ていけ。いますぐ地球から出ていけ! 繁殖したいなら生物のいない別の星でやれ! あたしの星からいなくなれ!」


 いつものふざけた調子はない。噛みつかんばかりの形相は、熊から仔を守る親狐のようだった。


「ひかり……?」


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