第６のネフィリム ～あたし巨大ヒーローっス！～

０３ 緊急走行

　札幌市の北区篠路は、畑が広がるのどかな農村地帯だ。近年は、開発の手が押し寄せ、宅地やマンションなど発展著しい。名物でもある玉ねぎ畑は、住宅の合間に点々と残るのみとなってる。北海道らしい広大に広がった畑に深呼吸したいなら、隣の、同じ地名をもつ篠路町まで足を伸ばすしかない。

　その北区篠路の景色が、テレビで流れてる。

「チーフ！　ライブ映像です……これって……」

　射妻エリカは、メインモニターをテレビのニュースに切り替え、自分が出した映像に息をのむ。4局すべてが同じニュース。映像を空、遠距離、中距離と、別の角度から放映してる。キャスターは、これは映画ではありませんＣＧでもありませんと、異口同音に繰り返していた。対人外生物異物（ホスクラド）対処班（フリート）は現場にきていません、とも。

　それと別に、射妻がハックした監視カメラ映像も表示する。画素は荒いがリアリティはテレビ以上だ。そこでは怪獣が大暴れしていた。射妻の手が停まる。相崎はうなだれた。

「よくできたＣＧだったらよかったのにな」

　相崎は、髪が抜けそうなほど頭を掻きむしると、椅子のジャンバーをひっつかんだ。

「チーフ、篠路にいくのなら私も同行します」

　射妻エリカも席を立とうとする。それを相崎は制した。

「射妻は残れ。集まった情報を精査して適宜報告だ。頼んだぜ」

「私だけ居残り？　もう……カーナビに、篠路までの最短コースを送信します」

「助かる」

　コンテナ指揮所の重い扉を抜け、数段の階段をもどかしく跳び下り、月契約の駐車場に隅に停めたハイゼットトラックジャンボに乗り込み、イグニッションとサイレンを同時に回した。レッドの光が回転しけたたましい緊急音が鳴らす。驚いた通行人が、何事かと足を止めた。

「とうとう、こいつを使う日がきたか」

　シート背後を目の端で見やり、相崎はアクセルを踏み込んだ。

『チーフ！　諸星ハヤト巨大（きょだい）七光（ひかり）、現場に到着しました』

「もうか？　早いな！状況は？」

『状況もなにも……警察が住民を避難させてますので我々も』

「バカか！　闘うんだよ！　俺たちはそういう組織だ」

『闘うって……こんな怪物。これまでの軽量隕石（ライトテイア）のどのタイプとも合致しません。異物すぎます！』

　抑揚のない声が、現場の緊張を鮮明にした。

　軽量隕石（ライトテイア）は、従来の隕石と異なる隕石だ。地球突入時の状態を保ったまま大気圏で燃え尽きることなく、地表に到達してくる。地上になかったエネルギーや好物や生命を運んでくる。恩恵はある。あるが、同じだけの害厄を内包する。

『自衛隊を待つしか』

「国の攻撃承認を待っていたら日本は焦土になるぞ。俺が許可する。武器を取るんだ者星ハヤト。闘え！」

『は、はい！』

　その声に『いいんスか？』という異音がかぶった。

　最短ルートは３６号を突っ切り札幌駅の西から北大の表通りを抜ける道になる。東京などに比べればかわいらしい渋滞だが、とうぜん混雑は免れない。射妻のルートは、大回りになる米里を通る道を示した。遠まわりのようだが、流れはスムーズだ。

　相崎の右脚が、交差点でアクセルを緩めると、カーナビの地図が射妻になった。

『チーフ、そのまま！』

　赤だった信号が、青へと変わる。

「どんなマジックを使った」

　そこに右から、信号とサイレンを無視したミニバンが侵入してきた。ドライバーを見れば、その視線は斜め下。スマホに夢中で、急に変わった信号を見落としたのだ。相崎は、急ハンドルでかわしたが、相手車の後部と荷台が衝突した。

「どこみてんだ」

　ウィンドウを開けてドライバーが怒鳴りちらすが、相崎の車が止まることはない。

「射妻！　警察に連絡。米里通りでバカなミニバンがぶつかってきた、とな」

『車載カメラが記録してます。緊急車両走行妨害。公務執行妨害。当て逃げも追加。罰金をふっかけてやりましょう』

「市政が喜ぶぞ。赤字予算の足しになる。だがまいったな」

　救急車が、交差点で速度を落とす理由がわかった。こんなふうに、横から飛びだしてくる車や人がいるからだ。サイレンがあっても、時速100キロで飛べない。ハンドルを握る手が白くこわばった。

　逃げまどう人々に遭遇した。現場に近づくに連れて、多くなっていく。道の真ん中に、放置された車も目立ってきた。ある交差点は、乗り捨てられトラックが道を塞いだ。

　歩道に乗り上げ、それらをかわす。進まないイライラで頭を掻きむしる。正常を失った道をジグザグに急いだ。

　ようやく篠路に到着したときにそれは見えた。いや、北区の住宅が低くなった地域に差し掛かったあたりから、見えていた。巨大な異物。隕石生物（メテオクリーチャー）と呼ばれる生命体。想像を超えたデカさの巨大異星人（ユーテネス）が、ゆっくり動いている。

　指と唇が震えた。相崎はありったけの平静を装って、通話システムに問いかけた。

「現場の状況おしえろ。誰でもいい」

　男の声が『卯川だが』」と返答。元海上自衛官三尉。太目眼鏡の２７歳。卯川玄作だ。とまどいと恐怖は、モニターの中にある２インチ画面から、伝わってきた。

『チーフよぉ。小銃を試してるが、効いてる感じがしねぇ』

　鈍い金属音。３０発入り弾倉を交換した音。連射の発砲音が１０秒。再び交換の音。

「銃は効果なしか」

『あぶなっかしくて近づけねぇのもある。踏みつぶされるのは、ごめんだ』

「いま行く。死ぬなよ。怪我もするな」

『善処はするがな』

「たのむ」