04 メテオクリーチャー


 相崎が着いたのは、4階建てマンションの裏だ。2号車トヨタタンドラの真後ろに急停車する。気づいた卯川が、腹をゆらした。撃ち続けた銃は火傷するほどの熱を帯びる。流れた汗が目にはいってるが、撃つ手を休めない。数歩は離れて、警察出身の恵桐万丈がショットガンを撃つ。二人の足元には、木っ端やコンクリ片、薬莢と弾倉が散乱していた。


 車から降りた相崎は、逆光の山でも見上げるように手をかざす。


「デカいな……それに黒い」


 怪物の第一印象だ。


 大きさは恐竜をも越えそうだ。フォルムは過去のいかなる生物にも当てはならない。それが町を破壊してる。まるで現実とは思えない光景に精神が麻痺。現実が受け止められなくなった。圧倒的なスケールに、ただただ見上げるだけ。目に映ったこれに慣れて受け入れことなど、不可能だ。見惚るあまり音さえしない。


 卯川玄作がどついた。


「ぼーっとしてんじゃねー! チーフ」


 恵桐万丈が足を踏んだ。


「32秒。無駄にした時間だ」


 小銃の連射音が聞こえた。ショットガンの破裂音もした。

 部下らのおかげで、現実に帰った。


「……す、すまん」


 我に返った相崎は、怪物のパーツをつぶさに観察する。


 2本の手。2本の足。頭。短い尾。かろうじて人型といえなくもないが、人がそのまま巨大化したような、生易しい形状はしていない。頭と思しきでっぱりには首がなく、目や鼻といったインターフェース器官はみあたらない。足には膝関節が2か所。腕は軟体で、タコのようにうねっており、先に3本の指がある。黒い外皮はうろこ染みてごつごつ分厚く、拳大の石が寄り集まったかのようだ。


 剛性と軟体性の同居。生物学者なら興味が尽きないだろうが、それどころではない。暴れて廃墟を量産する理不尽な生物を、倒さなければならない。


 木を引っこ抜いては投げつけ、ぶつかった建物を蹴り壊す。パワーと巨体にモノをいわせて手あたりしだい、破壊を繰りかえす。ユーテネスの後には、竜巻が通過したように、瓦礫が積み上がっていく。


 のっしのっし。


 銃撃はすべて着弾してる。的が大きいから、外しようがない。敵の破壊活動はとどこおることを知らない。人間の攻撃は、毛ほども効いてないか、痛みを感じるような神経がないのか。凶悪な殺傷武器がまるで通用してない。


「急所があるとすりゃ、あの頭っぽいとこだが。角度が悪くて当たらねぇ」

「小銃は直線、ショットガンは射程が短いからな」


 卯川がボヤきは正論だ。

 スピーカーモードのスマホに、恵桐万丈が語りかけた。


「者星、巨大。背後からけん制してるか」


 この場合の背後とは真後ろのことではない。互いの位置が180度ではフレンドファイアになってしまうからだ。スピーカーからは、予想通りの情けない声が返ってきた。


『……してますけど、効果なし、です。うわッ』


 怪物の足が電線をひっかけて、引き千切られた送電線がショートした。飛び散った火花が花屋の花を炭にする。地球上の生物ならひとたまりもない6600ボルトの電力も、巨大異星人ユーテネスには効果がない。焦げて被覆の溶けた線を引きずり、何事もないように前進する。


 遠目では、ゆっくりのんびりだった動きが、とてつもなく速い。脚は太古の御神木並みに太い。鉄筋コンクリートの4階マンションを盾にしてるが、べニア板のように頼りない。


「小銃が効かないか」


 相崎は自車に戻ると、ドライバーシート後部の荷物置きを跳ね上げ、ショルダーバッグとイカツイ武器を取り出した。


「だが、こいつならどうだ」


 卯川が驚いて、自分の銃を落としかけた。恵桐も目を丸くしてる。


「な、なんでぇ。そのバカみてぁなリボルバーは?」

「だろう? ダネルMGLという。南アフリカのアームスコー社が開発したグレネードランチャーだそうだ。NATO(北大西洋条約機構)40x46mmグレネード弾を実装し6連射……」

「そこじゃねー!どっからもってきたっつてんだ。警察にも自衛隊にもない凶悪な装備を」

「企業秘密です」

「同じフリートだろが!?」


 40x46mmグレネード弾は、射程50から300mの近接支援として開発された。手榴弾では遠く60mm迫撃砲では近すぎる敵を攻撃する。弾の種類は10種類。ショルダーバッグ内にはそのうちの6種類――高性能炸薬弾、空中炸裂弾、散弾、催涙弾、発煙弾――が入ってる。

 いまは迷わず高性能炸薬弾。弾倉を開いて弾を詰めこんだ。


「デカい敵にはデカい武器! 上からなら当たるだろう! 受けてみろデカブツ!」


 火力がしょぼいフリート俺たちの、せめてもの抵抗を見せてやる……とばかりに、無骨な兵器のトリガーに指を置いて、引いた。


 ぽんぽんぽんぽんぽんっ!


 軽い音を残して弾は、ほぼ真上へ舞い上がる。発射された全弾6発は放物線を描き、最高位まで上昇すると、重力に引かれて落下した。3発は外れて公園のシーソーを破壊した。残る3発のうち、2発は巨大異星人ユーテネスの胴体をかすめて脚へ、1発が、頭部へ着弾する。


 爆発で大気が震え、相崎がまぶたが反射的に閉じた。煙で前がみえなくなったが、すぐに風で流された。


「グンンンンギャヤヤャアアアア――――ン」


 怪物がうなる。轟音となって空気を揺るがす。3人は、たまらず耳をふさいだ。


「チーフ……効いてない」


 外皮の石片をいくつか削ったがそれだけだ。敵は健在ダメージないよう。


「いや、タゲはとったようだ」

「……てことは?」


 巨大な生物の目のない頭部が、相崎、卯川、恵桐の3人にむけられた。次いで、胴体が3人を正面にとらえる。足を大きく踏み出した。


 ドッスン……。

 造成された住宅地の軟弱な地面が、アスファルトごと沈下していく。


「やったぞ! 後退するっ」


 3人は急いで、ピックアップに乗り込んだ。ドアが閉まるまえに、運転席に座った卯川がシフトレバーをRにスライド。すぐさまアクセルを踏みこむ。タイヤは2廻り空転。煙と悪臭をだしながら、土路面をつかんで後進した。


 直後、怪物の2段目の膝が、盾としたマンション蹴った。マンションは半壊。相崎の軽トラが犠牲になった。1秒でも判断が遅れれば、瓦礫の仲間になっていた。


「あああ。俺の愛車が」

「国民の税金だ」


 バラバラという音に、相崎は空中をみあげた。3機のヘリコプターが、メテオクリーチャーの上空にあった。自衛隊の偵察ヘリと、市民に非難を呼びかける北海道警察と、後1機。


「テレビの取材ヘリだな」

「アピールしてやれ!」


 対人外生物異物ホスクラド対処班フリートの主な任務は、隕石集中地帯テイアゾーンの外に零れ落ちた恩恵隕石バフメテオ未確認生物クリプチを回収だ。テイアゾーン定義の隕石に関しては、大きな裁量が与えられていた。


 武器もあつかう。装備は、人数分の自動小銃とショットガン1丁。主力火器の64式7.62㎜小銃は自衛隊のお下がりだ。5.56NATO弾より殺傷力は高いし、弾倉がカーブタイプになったため、装填数は10発増えて30発。


 大規模火器は見送られたかわりに追加されたのがショットガンだ。暴動市民の威嚇か。

 この装備で何度も隕石生物メテオクリーチャーを退治、確保していた。1メートル以下の隕石生物メテオクリーチャーを小銃で倒せたのは、運がよかっただけと、いまでも相崎は思っている。


 火力が欲しいと、なんども掛け合った。攻撃力は警察より高いが敵はヒトではない。隕石ごと姿の異なる天空からの夷敵。軟弱という保証はない。議員の対処班局長の倭沢も、国会に法案を提出したが、いつも却下された。


 政治家たちの言い分はこうだ。


”3メートルを越える巨大異星人ユーテネスは机上の理論にすぎずこれまでも1体しか確認されていない。だから日本に現れるはずがない。それに、万が一出現とあいなったときは、自衛隊を出動させればよい”


 万が一がおこっていた。


「はは。見よ! フリート俺たちの雄姿をよっ」

「敗残兵の雄姿だがな」


 卯川がヘリに手をふった。


 ようやく配置についていざ反撃を! なんて期待も空振り。稚拙な戦闘でむなしく敗走だ。虎の子だったダネルMGLも効かない。言い訳のしようもない。実際、これ以上は闘えない。なす術がない。お手上げだ。


 ふがいない雄姿は、あますところなく伝わったと思いたい。国民は、リビングや街角で唖然としていることだろう。コンテナ指揮所でため息をつく射妻エリカがみえるようだ。


「射妻。自衛隊はどうなってる」

『はあ。丘珠の北部方面航空隊でUH-1JヒューイとAH-1Sコブラが待機。総理大臣の出撃許可を待ってますが。野党が、誤爆の時は解散するのが条件だと、反対して……』


 モニターに半分映った顔が、申し訳けなさそうに言いよどむ。卯川が舌打ちした。


「かあ――。あいかわらずだな」


 安全圏まで後退させて、車を降りる。恵桐が弾切れのショットガンを放り投げた。黒いユーテネスが、凶悪な唸り声をあげた。建物を壊しがら、真っすぐ追ってくる。立ち止まれば、1分もかからずやってくる。


「ひきつけたはいいが、車が走れる道がない。走るぞ」


 相崎は、641センチの銃剣をつかんだ。突撃剣ともいう。64式7.62㎜小銃に装着できるが、ほぼ飾りだ。


「こんな物でも武器だしな」


 ここからは徒歩。怪物を、被害の少ない方向へひきつけながら走った。


「攻撃ヘリには、12.5機関砲、がある。集中砲火で、倒せるかもしれねぇ」

「だがヘリ、は動かない。俺たちは政、治に殺される。巨大異星人ユーテネスじゃなくな」


 瓦礫や乗り捨てられた車で、道という道が埋まってる。通れそうな公園や空き地も、怪物が引っこ抜いて投げた街路樹が横倒。台風後の山道のように、土つきの太根で通行を難してる。そんな町を抜けた。


「どっちだ?」

「巨大みたく地元民じゃねぇ。聞かれたって困る」


 草の生えた手つかずの土地があった。視界の限り広がる谷地はいかにも北海道らしい。熊でさえぬかる泥炭地に、3人はひるんだ。


「ひでー泥!2階級特進より生きて処罰されるほうがマシだ。……者星! 巨大! 聞こえてるか? 返事しろ!?」

『巨大です。怪獣の後ろからついてってます。先輩をみうしないました』

「者星が? 巨大! お前はそこから逃げろ!」


 徒手空拳。捨て身の攻撃。ロマンあふれる抵抗とは、勝ち目があるから挑めるのだ。

 暴れまわる目的不明の宇宙怪物に、人間のヒロイズムは通用しない。


「自衛隊にGOサインが出ることを祈ろう。俺たちは行くぞ!」

「ああ」

「了解」


 卯川、恵桐がうなづく。接近してくる巨大異星人ユーテネスに背を向けて、脚の取られそうな草地に、逃げ込んだ。上空を飛ぶ警察のヘリが警告を発したのはそのときだ。


<< ユーテネス付近にいる男性、そこは危険です すぐに立ち去りなさい! >>


 何事だ。相崎は後ろをふり返った。ヘリで監視する警官が見間違ったにちがいない、と。住民の避難は済んでるはず。事実、相崎が到着してからこれまで、誰一人見かけていない。怪物の付近にいるなどあり得ない。いるなら、命知らずにもほどがある。正気な大人の行動ではない。ふり返ったのは、警告に釣られただけだ。


「……うそだろ」


 信じられないことだが、警告は正しかった。

 ユーテネスのすぐ近くに男がいたのだ。


 男はしゃがみ込んで、黒いものを懸命に持ちあげようとした。ダネルMGLの炸薬弾で削がれて落ちた隕石生物メテオクリーチャーの破片だ。大きさは15インチノートパソコンほど。珍しい異物をで儲けるつもりなのだ。

 相当に重く、持ち手などない。案の定、手が滑って落とし、重さで破片が埋まってしまう。諦めて逃げればいいものを、男はしゃがんだ。地面を掘り返して持ちあげようというのだ。


<< 繰り返します 危険です すぐに立ち去りなさい! つーか走れ! 死にたいのか!! 誰か! そのバカを連れ出せ! >>


 大人しかった警告が、悲鳴にかわる。

 相崎の目が釘付けとなった。進んでいた足がとまった。


「チーフ! 気にすんな! 行くぞ!」

「しかしな……」

「行くんだって! 業突く張りの末路。自己責任なんだよ。進めっ」


 卯川が、連れて行こうと相崎の腕をひっぱる。

 だが相崎は腕をふりはらう。ニコリと笑った。


「……だめだっ!」

「先にまってろ。すぐに行く」

「しかし」

「頼む」


 持っていた銃剣を堅く握った。刃物として、まったくといっていいほど役立たず。刃引きがされて小枝も切れない。それでも、力まかせなら突き刺せる。


「武器があれば、怖じ気づかないものさ」


 怪物は、あたるもも全てを、蹴り壊して進む。コンビニ、クリーニング店。学校、屋根、壁、シーソー。進撃の一歩ごとに、造成新居が並んだ美しい町は、瓦礫になっていく。

 相崎は、廃墟の影に身を隠しながら駆けた。大きく迂回すると、どでかい体躯の下に男がいた。


「……よしッ獲物ゲットだぜ!」


 中学生くらいの少年だ。黒い落下片を嬉しそうに抱えてる。ずぶといのか疎いのか、怪物の重みでできた窪みの中で、宝を掘り当てた海賊のように笑った。


「バカやろう! なにやってんだ!」

「なにって。あんたこそなんだ。おれはオヤジに頼まれて……」

「なんつー親だ! キミも君だ! 来いっ」

「来いって……お、重くて走れない……」


 エビぞったガニマタで拾得物を抱き抱えた少年は、立つだけで精一杯のようだ。側に駆け寄った相崎が怒鳴る。


「捨ててしまえ!」

「捨てたら、オヤジ怒る……」


 その時あたりが静かになった。怪物が、破壊と歩みを止めている。身体を二つ折りに屈みこんで、頭部を開いた又にさしこんだ。そこには、横長のひとつの眼窩の中に3つの黒い球があって、てんでバラバラな方向に動いてる。怪物の目だった。気持ちの悪い1つが、相崎たちをみつけた。


「逃げろ! すぐ!」


 相崎はとっさに、少年を突き飛ばすと、怪物の足にとりついた。

 持っていた銃剣を逆持ちにふりあげ、外皮の継ぎ目へ突き入れた。


「グゥンギャアアアアアアァアアァァァアアァ――アァ――!!!!!!!!!!」


 ユーテネスが嘶いいて、足をふりあげた。相崎は降り落とされた。地面にしたたか頭を打ちつけて、そこで気を失った。


 ユーテネスが動かなくなった相崎を狙う。生物の認識からはみ出た至大な足が、ちっぽけな人間に、踏み下ろされていった。


「ヤメロォ!」

『相崎チーフ、目を覚まして!』


 命のカウントダウンだ。

 意識がないまま向かえる死が、幸せかどうかわからない。

 痛みを感じることなく逝くのなら、それもまた良しというべきか。


 ヘリのカメラが狙う。アナウンサーが逃げてと叫ぶ。

 終わりだ。誰もが目をつぶった。


 そのとき。


 空がまぶしく光り、空気が震えた。


 ドッッ……ツゴォォォォオォォォオオオオオオンンンン…………ンン


 揺るがす震動がおこり強風が続き、余韻のような沈黙があった。

 瞑った眼を、恐る恐るひらく。

 ユーテネスが、数十メートルも離れた場所に倒れていたのだ。


 そして、もう一体。そこには別の巨大異星人ユーテネスが立っていた。


巨大異星人ユーテネスが2体かよ。こりゃ世界は終わったな」

「……だな」


 卯川と恵桐は逃げるのをあきらめた。折れた角材のうえに腰をおろす。卯川は、取り出したタバコに火をつけ、最期の一服を吸いこんだ。

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