第6のネフィリム ~あたし巨大ヒーローっス!~

Kitabon

00 隕石の功罪

 隕石。


 空気のない世界から星に落ち、運よく地上にたどり着けた落下物のことだ。


 無垢な空間をさすらう物体が、青い星の重力に誘われるのは珍しいことではない。

 数は、地にはこびるホモサピエンスよりも多く、一日に2兆個ともいわれる。


 ほとんどは、直径数ミリメートルから数センチメートルの塵芥にすぎない。

 昼は太陽の光で目立たないが、夜は流れ星と輝いて、人の目を楽しませる。

 楽しませるついでに、燃え尽きないで、地上に着地したものが隕石と呼ばれる。


 ”隕石”というだけあって、主な成分は石。それに鉄だ。

 数グラムに足りない軽いものから、数十トンもの重さがあるもの。

 宇宙に行けない大多数の人間に、宇宙の深淵を知らしめてくれる。


 歴史上、約5万個が確認されているが正確な軌道がわかっている隕石は4個だ。

 4個はどれも、火星と木星の間の小惑星帯からきていた。


 だから、隕石はどれもこれも、小惑星帯から来る。

 人々は、そのように決めつけていた。





 その隕石が落下したのは16年前。


 場所はアメリカ。アリゾナ州。フェニックス・スカイ・ハーバー国際空港。

 すぐ南部を流れるのはソルト川。マリコバ・フリーウェイをかすめるように、長い長い光の線を描いて、着水した。


 ロッキー山脈分水界西の斜面を水源とするヒラ川は、世界有数の干上がった川。支流であるソルト川も流れは細い。隕石の衝撃は、やや湿った砂塵を、高さ300メートルの土柱につくりあげた。水柱の代わりに砂を立ちあげたのだ。

 光の線と直後におこったその現象は、市中どこからでも観察できた。


 隕石が落下!!


 観測所から連絡をうけた空港、およびフェニックス市は警報を、ただちに発した。

 走るパトカーは一斉にサイレンを光らせ、電子掲示板には緊急を報せるワードが流れ、テレビでは中断されたドラマに代わって、顔なじみの地元キャスターが、蒼白な表情で、急を告げた。


「そ、ソルト川に隕石が落下しました! 市民のみなさんは、あ慌てないで避難を……」


 隕石という単語で、市民の脳裏には共通の地域が浮かんだ。北東にあるバリンジャー・クレーター。フェニックスに暮らす親なら一度は訪れる隕石衝突跡は、簡素な資料館に、シアター、ギフトショップ、売店があるだけの長閑な観光地だ。幼い我が子を驚かそうと隕石の恐怖をおおげさに語る若いパパの姿は、春先の風物詩となってる。


 隕石衝突跡が告げるのは、過去の災害。地質的歴史だ。


 約5万年前。地球に衝突した推定30から50メートル級隕石の衝撃波は、一瞬であらゆる起伏を撫で斬った。半径14キロメートルから22キロメートルまでのすべてを何もない荒野に変えてしまった。


「ば、バリンジャーの再来だ! 逃げろぉー!」


 幼子に刻まれた記憶がよみがえる。

 街中がパニックに陥った。


 車は、信号カラーなどどれも一緒とばかり道を急ぎ交差点を詰まらせた。3分とたたずに道という道が渋滞。逃げだすドライバーが続出し、乗り捨てられた車が避難をさらに困難にした。


 フェニックス・スカイ・ハーバー国際空港は、すぐさまアメリカ連邦航空局に連絡をいれる。着陸態勢の機体を含むあらゆる到着予定機を、空港に近づけないよう要請した。


 フライトは、もちろん全てが中止。

 3つある滑走路のうち、安全離陸速度に達していたシカゴ行き便の離陸は許可したが。続く機体は離陸許可を撤回する。


 離陸決定速度にさしかかろうとしていたロサンゼルス便は、タービンの逆噴射で緊急停止。タイヤ痕を滑走路に刻みつけながら傾くように停止した。

 ぶち破るように開け放たれたドアに殺到した乗客は、持ち込んだ手荷物をぶつけ合いながら、我先にと脱出シューターを滑り落ちていく。慌てないでと落ち着かせる警備員をふりきり、滑走路を横断。なおも動く旅客機の間を潜り抜けて、落下地の反対側にあたる空港の北側へと駆けた。


 空港内の客、職員にも退避を命じる。混乱はあった。転ぶなどの怪我人も出た。それでも、1時間とかからずに全員が避難。米国十指にはいる広大なターミナルは閑散となった。


 空港に残ったのは立場ある職員たち。管制塔の彼らは死を賭して、あらゆる方面に指示を出しつづけ、逃げ遅れてしまった。あるいは、留まったというほうが正確かもしれない。そこにいるのは、若い職員を追い立てて居残った老兵たちだ。


「ウィルソン あのとき追いかけ無くてごめん。俺を許してくれ。愛してる」

「あなた 今夜のデート行けそうになくなった。ええ。これまでありがとう」


 分かれた息子。高齢になってできた恋人。職員たちの声が湿る。

 持ち込み禁止のはずのスマホが、いつまでも鳴りやまなかった。


「よぉ、レディス&ジェントルマン。最後の乾杯といかないか」


 年かさの責任者が人数分のマグに、熱いコーヒーを淹れた。ひとりづつ手渡す。


 禁煙を無視してタバコに火をつけた男が、防弾を施された分厚くも透明の窓に寄りかかり、フェニックス市を見下ろす。落下点から離れていく人々が池の水紋のようだった。時間の問題だと思った。どこに逃げようと、皆行き先は一緒。天国だ。

 爆心地をやるせなく眺めやり、そこで目を丸くした。


「チャーリー! ここにきて確かめてくれ。オレは目が悪くなったのか!」

「なんだブラウン……度り橋の中に人がいる? あそこは隕石の側だぞ!」


 男が隕石のすぐ傍に倒れていた。逃げ遅れたらしい。ニコン8倍の双眼鏡を覗くと、立ち上がろうともがいてた。


「神に見放されるヤツはどこにでもいるもんだな」

「俺たちもだぜ?」

「そうかい? きっとヒーローが助けにやってくるさ。変身してね」

「チャーリーは、ジャパンアニメの見過ぎだ」


 枯れた笑いがおこった。衝突の衝撃波は、一瞬で10キロもの半径を飲み込むという。ここから視認できるなら、彼も肩を組んだブラザーだ。


「コーヒーお代わりあるか?」

「オレも飲んでしまった。遅いな」


 予想された破壊の津波は、なかなか来ない。襲いかかる気配もない。

 時計は、落下から、1時間を示していた。


「爆心地がはっきり見えるっておかししくないか? ……メテオライト隕石インパクト衝突は起こらない?」


 砂にめり込んだ隕石が見える。直径約1メートルから2メートルといったところ。

 祖父が孫にプレゼントするビニールプールがあんなサイズだ。


「所長。ネットに動画アップします?」

「許可しよう」


 職員がスマホで撮影。この状況を世界的動画サイトに投降した。


 だが直後、2個目の隕石が落下した。

 いよいよ最後かと命をあきらめてると、数時間後、3個めが落ちた。

 皆、そのたびに身をかがめて、今度こそ最期かと硬く目を閉じる。

 安堵は束の間だったと肩を落としたが、恐れた衝撃はなかった。


 なおも接続可能なスマホで、バリンジャーの記事を調べなおした。



 バリンジャー。

 クレーターを調査した人物だ。土地を買収、巨額を投じて入念な掘削調査を開始した。目的はもちろんビジネス。莫大な隕鉄が眠ると推定。巨万の富を積み上げるつもりだった。


 調べて判明したのは、隕石エネルギ-のすさまじさ。


 5万年前の衝突であらゆる物質が融解・気化し、高温高圧によって炭素からダイヤモンドが生成された。衝突によって生成されたダイヤモンドはクレーターのごく近くと、ディアブロ峡谷でのみ発見されている。衝突はマグニチュード5.5以上の地震を引き起こし、クレーターの外側にあった30トンもの石灰岩の塊を突き動かした。


 総重量の推定1億7,500万トンとされる岩石を掘り起こして生まれたクレーターは、孔の直径1.2キロメートル、深さ200メートル。バリンジャーは、世界で初めて証明された隕石クレーターになった。


 学術的には、非常に優れた知見を後世に残したが、ビジネスとしては失敗だった。


 バリンジャーの掘削は20年続いた。だが金になるようなものは発見できず、ついに中止を決断する。断腸のおもいで出資者たちに電報を打った翌日、彼は、心臓発作で急死した。




 数時間ごとの隕石落下は、夜になっても治まらない。

 職員たちは、死を確信しながら、長年働いた空港や住んだ街の灯りを見守る。


 詰まりそうになる息を、無理やり吸っては吐き、込み上げる胃液をこらえる。尾を引いた光線の行方に吹き上がる粉塵の映像を世界に発信する。いつ終わるのか。いつ命が潰えるのか。家族が帰る我が家にだけは落ちてくれるなと祈りながら、皆、最期を待った。


「腹が空いたな。コーヒーじゃないのがいい。なにかないか?」

「ありませんね。……緊急事態なので、ターミナルの土産物屋を漁ってきましょうか」

「草花ロゴのTシャツか? 食えねえだろうが」

「インクレデブリー・アリゾナじゃなくて、レストランのほうです」

「そうか。いまなら選び放題だなっ!」

「ちゃんと支払いしますよ、なにがいいですか? みんなは?」

「アルザスタルトがいいな。玉ねぎ多めで頼む。キャッシュは……。メモに名前を書いて残しとけ。オレのおごりだ」

「私、バリオカフェのタコス!」

「ビールも忘れずにな」

「ま、まってください。調理なんかできませんよ。出来合いのもの限定です!」


 朝が来た。

 光の線を鮮明に描いた暗闇が終わり、地平線のグラデーションが朝の兆候を教える。

 昼になっても落ちるのは止まず、また夜が来る。隕石落下は続いた。

 翌日も。そのまた翌日も……。



 はじまりから7日。好まらざる贈り物に無感覚になっていた。

 職員は疲労と、ビールを飲み過ぎで真赤になった目をこすると、あることに気づいた。


「みろよ。隕石野郎はクレイジーだが、ソルト川からは出たくないとみえるぜ」


 ソルト川に架かるマリコバフリーウェイの橋は焦げた程度。対岸の商業倉庫地帯であるサウスバンクは、点々と発生した火災は消え、とっくに黒い炭と化した。確認できる建造物は全てに、隕石のみにくい穴。ニコン7x50トロピカルIFでみるところ、大小の隕石が落下するのは、直径およそ1キロほどに留まる。隣接する空港にも被害がない。

 隕石の落ちる範囲。それはじつに狭い範囲に限定されていたのだ。


 8日目。隕石は降ってこなかった。

 9日目。10日目。隕石はやはり降ってこない。

 11日目。


「みなさんご無事でしたか?」


管制塔にいる意味があるのか。虚無感とバカバカしさが限界をこえたころ、小型カメラを抱えた男女数人がやってきた。テレビ局の撮影隊だった。


「おいおい、こんな場所にくるとはイカレテるのか? それともリビングデッドのチームか?」

「インタビューしたいのです。命を省みず乗客たちを避難させた英雄たちに」

「かまわないが無精髭ずらだぜ」


 回るハンディ型4Kカメラを前にし、責任者はやや緊張の面差しだ。後ろでは別の撮影隊クルーが担いだ箱を降ろす。より本格的な機材を取り出すようだ。


「それにしても暢気すぎやしないか? いつ隕石がふってくるかわからないだろ」

「知らないんですか?」

「なにが?」

「この隕石現象ですが。4日前から、別の場所に移ったんです」

「ばかなことをいうな。場所が移ってたまるもんか」

「信じないのも無理はないですが、事実です」





 ソルト川を皮切りに世界中に落下した宇宙からの物体は、軽量隕石ライトテイアと呼ばれた。直径は0.6から2.1メートル。平均する約1.23メートル。平均質量は320キログラム。


 軽量隕石ライトテイアは地球上のあらゆる場所に落下した。

 宇宙から飛来する予測困難な物体は、危険と恩恵をもたらすことになる。

 人々は受け入れるしかなかった。被害と富をもたらす、やむを得ない天災として。



 そして16年が過ぎた。

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