27 倭沢の謝罪



 者星が、シートの間から見たスピードメーターは、時速60キロ前後。グラビアモデルをパッケージしたイタ車と見間違ったんだろうと無意識に思った。巨大がモデルのように美しいという意味ではなく、人が走れる速度ではないということだ。巨大が本当に追いかけても数百メートルで引き離してる。


 だが、ふり返った倭沢の絶句ぶりに者星は釣られ、口をあんぐり開くことなった。


「マジに……きとる。時速60キロを」


 環状線の、3つある車線の中央を巨大が駆けてくる。ジグザグに車両を避けて、ハーフトラックを跳び越えると、4台後ろにいるミニバンのボンネットにちょこんと載って、また跳んだ。あと3台……2台……。不可視の重力装置を足裏に装着してるかのように、道路を、軽やかに自在に駆ける。ついに、このVIP車のすぐ後ろについた。


「ハヤタちゃんを助けにきたのかなぁ? ヒューヒュー」

「そういう問題ではないだろう。あの人間離れした走りはなんだ、まさか……」


 倭沢は二人を見くらべた。とぼけた普段から想像もできないくらい真顔で疾駆する巨大と、その巨大に釘付けとなった者星を。


「ええ。彼女がそうみたいね。ハヤタちゃん拘束は平蔵ちゃんの勇み足……うん? もう一人いるわ!」


 雁刃先の声が上ずった。者星も、数台遅れで巨大に追随する人影をみつけた。覚えある人物だ。


「カツ君じゃないか」

「さっきいた少年か?」


 巨大とKATUは者星たちの車に気づいていない。あっさりと、ほかの車と同じように飛び越す。「助けにきたんじゃなかったわねー」という雁刃先の揶揄と、すぐ前に巨大が着地しのと同時に。巨大がまぶしく光り輝いた。


「眩しっ巨大……」

「この光の兆候。まさか……守護巨人ガーディウス! ……巨大七光だったのか」


 まばゆい光はとても心地よく、逸らさず凝視しても目に痛みを覚えなかった。目を細め凝らすと、ミルク色の光の中に、おぼろげながら動きがわかった。

 光のなか、巨大は服を脱いで、KATUがそれを受け取った。


「な、にをやってんだ」


 カラダははっきりみえないが、裸になった巨大の身がおおきくなっていくのは分かる。慣れ親しんだと。いうと語弊はあるが、これまで2度、見慣れた大サイズにまで、体躯は肥大化していく。


「ほほお。ああなるのねー」


 光が消滅し正常な昼間が戻ると、守護巨人ガーディウスの見上げるよう巨大化が完成していた。交差点の信号が赤になり。走行中の車は法規を守って停車。当然VIP車も停まったが、まばゆい巨大とKAYUは停まらない。守護巨人ガーディウスはグンと速度を増し、者星たちを置き去りにした。


「みなさんも見えてたみたいで、ほっとしたよ。早退はやめますわ。はっはっは」


 握ったハンドルから片手を離した運転手が、のんびり耳の裏をかいている。倭沢はその肩をゆすった。


「なんですかっ?」

「アレを追ってくれ! 信号無視でかまわない」

「えええ? いいんですか?」

「責任は私がとる。危険手当の交渉も約束しよう。悪いが頼む」

「へへっ、とんでもねぇ! 一度やってみたかったんです、つかまっててくださいよぉ」


 アクセルが踏み込まれ車は急発進。右と左、法規を守って走り出した車の列を、タイヤを軋らせて、突っ込んでいく。


「が!」

「いやあっ」

「むん」

「いやっふー」


 4通りの叫び、もみくちゃになった車内で、倭沢が天井に頭をぶつそうになりながら、横の者星に頭をさげた。


「も、者星君には謝らないといけないな。君の拘束は間違っていた。すまなかった」

「い、いえ、ぼ、僕じゃないけど、き、局長の考えは正しかったわけですし」


 ゆられる者星はあたふた妙な言いわけをすると、倭沢は別の話を切り出した。


「罪滅ぼしに教えてあげよう。か、KAKASHI‐REPORTは知っているか」

「かかかし、なんです?」

「”かかしレポート”。ソルトレイクの直後、各国に送りつけられた数ページの怪文書のことだ。最近リークされて、世界中で読むことができるが、知る者は少数だ」

「レポート……報告書ですか」

軽量隕石ライトテイアの有効利用法が記してある。便利であること、役にたつこと。つまり金になるということがな。検証そっちのけで、軽量隕石ライトテイアの取り込みに走ることになった元凶だ」


 者星はずっと不思議だった。小惑星の土を採取するため巨額の予算で無人探査機を送り込むほど、宇宙に関しては欠片ひとつに慎重だった宇宙科学が、こと軽量隕石ライトテイアだけは、おおらかというか、経済社会に流れ込むことを良しとしている。


 金になるとしても、判明するまでの研究には月日がかかるものだ。なのに、軽量隕石ライトテイアは、ほぼ最初から、市場に取り込まれた。現状の研究は後付けに過ぎない。


「ですが、そんなもの誰が信じるんです」

「半信半疑だったようだが、レポート内容は当時の実験に合致した」


 詳細な”儲かりまっせ”事前情報があるならば、それが多少怪しくても、企業団体や国庫に窮する政府が飛びつくのもやむなしかもしれない。温暖化、エネルギー問題、戦争。もはや経済において、勝ち組の国家というものは存在してないのだから。


 軽量隕石ライトテイアの訪来は、あらゆる問題を棚上げできた吉報だったにちがいないと、者星はひとり得心する。それにしてもどうして”かかし”なのか。疑念をくみ取った雁刃先が片目をつむってみせた。まつげの上下で微風が吹いた。


「表題ページにね、子供のいたずら描きで”かかし”の絵があるのよ」

「ありがとうございます」

「みんな疑問に思うとこなのよ」


 そのとき倭沢のスマホが、震動とともに鳴った。


「このタイミング。間違いなくうるさいヤツ・・だろうな」

「そうね。善行チーフしかないわね」


 倭沢は、まるで激痛の呪いのかかったアイテムに触るように、内ポケットのマホをしかめ面で取り出した。送信主の名を見るなり、案の定だと、音声着信アイコンをタップする。


『倭沢くんや?』


 相崎善行の笑いをこらえる声が、スピーカーモードのスマホから響く。


「なにかな」

『者星をしょっぴいたって? すいぶんと楽しいことをやってくれてるな』

「嫌味と皮肉は受けつけてない。間違いとわかって謝罪しているところだ。切るぞ」

『まて。そうなら者星と行ってくれ。隕石集中地帯テイアゾーンだ』

「ああ。撤収状態を視察するんだったな。気分じゃないからドタキャンしたい」

『そのキャンセルには甚大ならぬ違約金が伴なうが、それでもするか』

「どういう意味だ」


 よく聞けと、前置きしてから、相崎が状況をゆっくり説明していく。


「隕石が落ちた。2メートル級の鉱物だ。バックヤードが2人、下に挟まれた』

「隕石って言ったか? それは軽量隕石ライトテイアのことか?」

『ほかになにがある』

「からかうな。落ちてくるはずがないだろうが。109個全部の落下が確認されたはずだ」

『落ちたんだよ110個めの軽量隕石ライトテイアが。安心しきった発掘作業のさ中だった。知っての通り、回収用の不整地特別ジブクレーン3機は、あいにくの解体。再稼働まで最短3時間はかかる』


 ゾーン内の地表面は、隕石の衝撃と掘り起こす作業によって、畑土のように緩んでいる。回収には特殊なジブクレーンが欠かせないが、委託した建設会社は、期限満了にともなって撤去解体。現場から撤収していた。

 サポート車両の走る敷板を、引き剥がすバックホウは残っているが、2メートル級を持ち上げるパワーも仕組みもない。下敷きの人がいるなら、ムリもできない。


『業者は手配したが取りかかれない。111個目が落ちてくるとも限らないからな。新しいゾーン発生の報せがあれば大手をふって作業にはいれるんだが、安全が保障されない限り、中の民間業者を増やすわけにもいかない。バックヤードがスコップ持って救出にあたってるよ』


 110個めの軽量隕石ライトテイア落下、とスマホにニュース速報が表示された。


「ウソではないようだな」

『あたりまえだ。マスコミがわらわら集まってくるぞ。政治的にも、現場にいることをススめるよ』

「わかった情報感謝する」

『あと、巨大に伝えたら飛んででもいくと言ってたな。アイツらしいよ。ははは』


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