26 者星の拘束


 後部座席の左右のドアが重厚に開く。降りてきたのは、倭沢と雁刃先だ。


「はぁい、者星ちゃん」

「え? はっ」


 驚いた者星が反射的に敬礼すると、巨大も2テンポ遅れて敬礼する。無表情に答礼する倭沢。「はっ」の形に開いた口の者星が、危機管理のなってない要人に小言をいう。


「局長。視察なら事前通達をいただかないと困ります。警備もナシで被災現場にくるなんて無防備すぎます。フリートに反対する輩が、しでかさないとも限らないんですよ」

「君を捜していた」

「僕を? わざわざ? ご連絡いただければ速攻で出頭しますよ」

「すこぶる重要案件ゆえに急いだのだ者星ハヤタ。対人外生物異物特別法に2条に基づき、君を拘束する」

「はい?」


 者星は意味がわからないという風で、口の開きがより大きくなった。巨大の反応はさらに顕著で、肩をすくめてる、飛び出そうなくらい目を見開いていた。


「拘束するといったのだ。一緒に来てもらおう」


 対人外生物異物特別法は、1条の軽量隕石ライトテイアその他の定義にはじまり5条まで制定されている。5条は、未確認外敵の排除を目的とする条項だ。


「ははは。まるで僕が隕石生物メテオクリーチャーだといいたげですね」

「それをこれから調べるのだ」

「ばかな。どこをどう捻ったら、人間が隕石のバケモノってことになるんです」

「大人しく従えばいい。さもなくば」


 倭沢の2歩斜め後ろにひかえる雁刃先が、ジャケット内のホルダーから拳銃を抜いた。ベレッタ 92FS の改造した捕獲網拳銃で、1m四方の細網を発射する小型の未確認生物クリプチを捕獲する特殊弾を発射する。隕石生物メテオクリーチャーとの戦いを想定してなかった者星は丸腰。だが相手がこの二人が素手でも勝つだろうが、彼は抵抗せず両手をあげた。


 巨大にKATU、月島や斉木かおり。住民たちの目の前で、者星は拘束された。


「局長……どうしてセンパイが逮捕になるんですか」

「逮捕ではない拘束だ。理由はいま述べたとおり。詳細は近々明かにされることになる」

「はっきりしない理由で捕まえる? そんなの」

「そういうこともある巨大七光ひかり。フリート隊員ならば腹をくくりたまえ」


 拘束と言いながら、手錠もかけず腕さえ押さえない。者星は、指図されるがまま、VIP車の後部シートの真ん中へと座る。倭沢と雁刃先がその両側に座る。


「そんな顔するな巨大。すぐに釈放されるさ」


 ドアが閉まり運転手がアクセルを踏む。モーター音さえしない車がゆっくりと走り出す。





 雁刃先は、スモークのかかった窓越しに、荒れた町をながめた。


「ねぇ平蔵ちゃん。本気でハヤタちゃんが守護巨人ガーディウスと思ってるわけ?」


 捕獲網拳銃をつきつけたヤツが何をいう。者星は悪態をつきそうになったが、ニュアンスの違いに引っかかりを覚えた。倭沢はさきほど隕石生物メテオクリーチャーと言った。


「僕が守護巨人ガーディウス?」

「いま言うなよ、ナナ」


 うふふと、性別非公開の事務次官が、笑みを浮かべる。


「いいじゃないのもう。そうなのよハヤタちゃん。この人信じ込んだら一直線だから」

「状況から、フリート隊員である可能性が高く、戦闘詳細アクションレポートでは、唯一、キミだけが、行動が特定できない時間があった」


 先だって、射妻エリカが作ったレポートのことだ。互いの記憶と記録動画からおこした、隊員の時系列の行動と位置だ。2度の隕石生物メテオクリーチャー戦、それぞれに一冊。


「たったそれだけのことで、僕を拘束したんですか。あれは気絶したからです。たすけてくれた警官も証言してくれます」

「2度ととも、というのは出来過ぎた偶然だと思わないか。怖気づいて逃亡したとほうがよほど理にかなってる」

「逃げたるしるものですか」


 上には従順とフリート内では評価されてる者星が、局長に怒りの感情をみせる。真面目な性格はときとして融通がきかない。理不尽なことには断乎として抗う姿勢は、警察時代から一貫しており、それが、フリートに出された一因でもあった。当人はそこまで真面目なつもりはないが、目先にぶら下がった悪に容赦しない気質がある。


「その勇気を認めたからこそ守護巨人ガーディウスという結論になった」

「生まれも育ちも日本の東京です。宇宙から降ってきたりはしません。だいたい、守護巨人ガーディウスだったらなんだっていうんです。壊す敵じゃなく、敵を倒す巨人ですよ。つかまるいわれはありません」

「平蔵ちゃん、ビンゴぉ! 自白しちゃったわよ」

「例えの話を言ってるんです、僕は生粋の地球人だ」


 はぁーと、大きなため息を、倭沢がもらした。


「ここまで話す気はなかったのだが。軽量隕石ライトテイアに関わることだ」

軽量隕石ライトテイアが、どうしたというんです」


 倭沢はカバンから小型タブレット取り出し起動させた。


「視てみろ」


 ページをスライドさせて、タップしたアプリが表示したのは、宇宙から見た地球の摸式画像。10センチほどの地球に対し、5㎜くらいの小さな円が数十、ポイントされている。カーナビの到着地点のに似たその位置はなにか、者星にはわかった。


隕石集中地帯テイアゾーン


 倭沢はほうっと眉をあげた。


「そう。このゾーンは北半球にしか現れない。小学1年生の理科の教科書にも書いてある。まさに子供でも知ってることだが。それはなぜだ」

軽量隕石ライトテイアの飛来原が北半球側にある、というのが通説です」

「教科書の答えだな。根拠になっているのは、隕石が飛来する方角が北極星のあるこぐま座方面、つまり、天文的な北から飛んできているということだ。方向はそうであろう、つけ入るすきまももない事実だ。だが、落下ポイントが、人の認知を越える。神懸かってるといってもいいくらいだ」

「直径が小さいと言いたいんですか。1.2キロもあるのに」


 倭沢は、隕石集中地帯テイアゾーンと地球の面積と、その比較値を表示させる。


 隕石集中地帯テイアゾーン

   約     4.5k㎡

 地球

   約 510,100,000k㎡

 比率

   約 113,333,333



「地球は、時速1500Kmで自転している。太陽を時速11万kmで公転している。その太陽はペテルギウスを周回し、さらにいえば銀河系という宇宙そのものが回転している。瞬きのコンマ1たりとも、同じ場所にじっとしてない。その地球のわずか直径1.2kmに、連日、隕石を落とし続ける? 16年もの間? ロケット一発を衛星軌道上に打ちあげる精密度を思えば、岩塊を落とし続ける精度の見事さに驚愕せざるをえない。火星にすら足を踏み入れてない人類には100年かかっても不可能な所業だ」

「……」


 宇宙から降ってくる困った隕石としか思ってなかった者星は黙り込んだ。たった3つの数字を較べただけなのに、異常に高度な技術レベルがうかがえる。不可思議を通り越して、無神論者でも神の所業を信じたくなる。


「だけど、それと守護巨人ガーディウスにどんな関係が」

「隕石は送りつけられたものではなく地球にいる何者かが引き寄せている。そう考えれば、無理筋のなかに、針の孔ほどの光明がみえてこないか? 呼んでいるんだよ守護巨人ガーディウスが」


 磁石が鉄を引っ張るように、糸を手繰り寄せるように、隕石のほうが引っ張られてるとすれば、少しは理屈が通ってるような気がしないでもない。


「私は、隕石集中地帯テイアゾーンが発生した総ての国へ出向き軽量隕石ライトテイアの落下する様を監察してきた。非公認のものをいれて、隕石生物メテオクリーチャーは3度、巨大異星人ユーテネスが確認されたのは1度にすぎないが、隕石そのものに加えて、数年に1度あるかないかの大災害へと発展する。ゆえに、フリートの組織化は急務と考え、そのためだけに相崎と奔走してきたのだ。組織の編成が此度の事変に間にあったのは幸いだったが」


「予想をはるに超える事態がおこった」


「そう。巨大異星人ユーテネスが連続で現れた例は確認されていない。しかもそれを駆除する守護巨人ガーディウスにいたっては論の外。外食チェーンのセットプランでもここまでのサービスはなかろう。あまりの都合よい出来レースに頭が痛いよ」

「……」

「私は必然的にある結論に達した。巨大異星人ユーテネスはマッチポンプ。理由は知らないし、理由などないのかもしない。守護巨人ガーディウス軽量隕石ライトテイアを呼び寄せてる張本人。君だよ者星ハヤタ」


 車は環状通にはいり、信号は運よく青が続き、車両数の少ない昼間。流れがよかった。


「あのぅ。私、早退したいんですが宜しいでしょうかね」


 話に区切りが付くのをまっていたのだろう。これまで静かだった高齢の運転手が、かすれた声で願い出た。


「豊平警察署まで行ってくれれば後はかまわないけど。ずいぶん急だわね。忘れた用事でも思い出したのかしら」

「いやあ、バックミラーに追っかけてくる人が見えるもんでさ、眼科いって目でも診てもらおうかと。あ、精神科のほうがいいですかね、ぐっり寝むってて疲れとるほうがマシですかね。どう思います?」

「人?」


 雁刃先が豊満な体をねじって後部ガラスをふり返った。


「おっどろきぃ! 平蔵ちゃん、うしろうしろ!」


 者星は、「シムラ後ろ」と脳内で変換した。

 半ば、話を中断された倭沢は、むっとして聞き返す。


「なんだナナ」

「いいから後ろを見て。巨大ちゃんが追ってきてる」

「誰が?」


 聞き返したのは、声の裏返った者星だ。「バカなことを言っちゃ行けねぇ」が言外にあふれてる。

 運転席にスピードメーターは60キロ前後。グラビアモデルを、パッケージした痛車と見間違ったに違いない。もちろん、巨大がモデルに似てるという意味ではない。ふり返った倭沢が絶句したのに気づき、者星もついにふり返った。


「……きとる。時速60キロを」


 巨大が環状線を駆けていた。3車線の車両をジグザグに追い抜きながら、3台、2台、とこちらに迫る。


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