25 しゅーてぃんぐぶれーだー



「はろー」


 コンテナの重い扉を雁刃先七輝が開けた。彼(彼女)は片手で扉をおさえながら体を横にずらす。すぐ後ろから倭沢平蔵が、いつもの難しい顔で中に入った。


「相崎は居ないか?」


 昼間の宴会がいちおう終わったフリートのコンテナ。こぼしたアルコールとサケとばの臭いが、しみついてしまったが、ツワモノどもが騒いだ片付けは、あらかた終わったところだ。


「お疲れさまです。倭沢局長、雁刃先事務次官も」


 ビシッと、酔いの片鱗をみせない射妻が隙のない敬礼をし、倭沢が答礼。モップをかけていた恵桐と、空き缶を袋詰めする香暁沙也加も遅れながらも、ふらふら敬礼する。卯川玄作は酔いつぶれて、ソファでイビキをかいている。


「楽にしていい。寛いでいるところをすまなかった。それで相崎は」


 倭沢の言葉で各自、片付けを再開した。射妻エリカも自席のディスプレイに座る。彼女のデスクにはPDFプリント。KAKASHI‐REPORTというタイトルだった。


「チーフならビールを買いにコンビニに走ってますよ。お二人の分と、自分と者星の分だと言って」

「コンビニか、どこまで行ったんだ。隕石集中地帯テイアゾーンと緩衝地帯の店舗と企業は、すべて休業させてるだろうに」

「ずいぶん酔っていたので聞き分けてもらえませんでした。徒歩なので戻りはいつになるか分かりかねます。急ぎなら通信しますが」


 倭沢平蔵と相崎善行はお互い、いくつもの連絡手段を持っており、しょっちゅうやりとりを交わしてる。急ぎなら電話、そうでない日常のことならLIN、趣味のことはFBと。射妻も分かって聞いている。


「はは。あいつのお守はたいへんだからな。用があるのは者星君だ。彼はいないのだな」

「任務です。破片を回収すると言って出ていきましたが」


 統計における軽量隕石ライトテイアの最大値は、落下数で109個、所要日数で32日だ。相崎ら対人外生物異物ホスクラド対処班フリートの活動期間のセッテイングは、これが根拠となっている。32日にはまだ4日あるが、昨日時点で109発が確認された。

 つまり軽量隕石ライトテイアの恐れは皆無である。事実、隕石集中地帯テイアゾーン内でも、回収用に委託した特別重機も撤去されてる。今朝などは、バックヤードや研究員たちが、好みの飲み物を飲みながら、土に埋まった破片をのんびり掘り起こしている。


「マジメなことだ。どこへ行ったのか把握はしてるか」

「北区の24条付近。2体目の巨大異星人ユーテネスが落ちた付近です。破片集めはは方便で、被災に遭った町を目に焼き付けたいのだと思います」

「教えてくれてありがとう」

「彼は? 呼び寄せますか」

「なに。自分でいくよ」

「お忙しい局長がみずからとはどのような要件でしょう。聞いても宜しいでしょうか」

「いいとも。彼を拘束しにいくんだ」


 恵桐と香暁の、作業の手がとまる。雁刃先は腕を組み、悪びれない倭沢をじっとみていた。射妻エリカが目をしばかせて、聞きかえす。


「ご冗談ですよね」

「まじめだよ。すこぶるね」


 20分後。北海道庁から運転手ごと借り受けてる防弾公用車で、倭沢と雁刃先は、24条付近に到着した。







 ピックアップ車が徐行速度で接近してくる。対人外生物異物ホスクラド対処班フリートが所有する、移動クレーンのついた特別仕様車だ。車は、路上にちらほら残った破片を右に左に上手にかわして走行するが、その運転席には人の陰がみあたらなかった。


 ピックアップ車はそっと、者星たちの前で停車し。


「む、む、む、無人のトヨタタンドラ キター!」


 サボテンの棘にお尻を刺されたかように、ぴょこんと、月島が立った。ピックアップ車のドアが静かに開くと、ドアの下から足がにょきりとでて地面に降りたった。まだ頭はみえない。


「ぐひやああ、足お化けっ」


 あわてふためいた月島は、斉木かおりの後ろに回り込んだ。彼女を盾にしながら、ガクガクブルブル、なんまんだーなんまいだーと、両手をこする合わせる。


「か、かおり、退け。車から離れろ。い、いきなりじゃなく少しずつ、刺激すんなよ」

「あんたねぇ。男なら私を守るべきじゃないの」

「るせィ、相手は人ならざるモノだぞ! 一緒に逃げろ、フリート野郎はアイツを撃て」


 だが者星は、月島が恐れる足にむかって、声をかけた。


「宴会はおわったようだな。巨大」

「へ?」


 平常すぎる者星の態度に、月島は、おそるおそる、かおりの陰から顔をだした。足は車から離れてこっちへと歩いてくる。ギィえっ と変な声がでそうになるが、よくみれば、足の上に、カラダが載っていた。さらに視れば、頭も載っていた。

 しかも、その顔に見覚えがあった。


「やぁっとみつけたっスせんぱーい。車と別行動ってなんなんスか。探すのたいへんだからやめてし欲しいっす。離れるんなら、あたしがたどれるように、水糸とか延ばす知恵とかないんすかね。子供のヘンゼルだって目印に石を置いたんってのにダメっスね。あ、そうだ。GPS埋めこめば、どこにいってもノータリンセンパイがみつか。ぐび、ぐびが、しばるぅ」


 者星は、巨大の首を締めあげる。女性だというのに、ためらいも容赦のかけらもない。


「30分でいい、息を停めろ。さすれば、世の中に”静寂”が訪れるであろう」

「ふんぐ……チョーク、チョ……んげ」


 かおりの陰で月島は思い出した。フリート制服の格好をしたこの子供は、前に、KATUと一緒に公園にいたヤツだと。人ならざるものではない。ようやく理解にこぎつけた月島は、斉木の背後から飛びだし、完全に姿をさらした。


「あんときの”うるせート”じゃねーか。脅かしやがって」

「ぷっは……せんぱいぃ自分の非イケメンに嫌気がさしたからって、あたしにあたることないじゃな。わっ、カツ君……とその一味だ! なんで?」

「そこはふつう、一家っていわねーか。……ふがが」

「あんたも少し黙ってなさい」


 かおりが、月島の頭を羽交い絞めで抑えた。それからちょこんと頭をさげた。


「巨大さんでしたね。この間は、査定にきていただいて、ありがとうございました」

「あ、お姉さんの斉木さん、てことは」


 巨大は、廃墟に変わり果てた町を見回してから、斉木とKATUが住んでいたのだと思い起こした。解体工事とガレキ撤去が執り行われてる。いっぽうその周囲は、被災の陰がない無事な地域。平和と危険の境界線があった。


「そっか。ここがそうだったよね。査定もなにも、巨大異星人ユーテネスが壊しちゃって一律補償対象です」


 あっけらかんと語る巨大は、言葉とは裏腹に、思いつめた顔で空を視やった。斉木は、自分に責任はないと言いたげな突き放したような台詞にむっとしたが、小さなフリート隊員の表情に気づいて、口まで出かけたクレームを引っ込めた。


「まー、シューティングブレーダーが、やっつけましたけど」


 クレームとは違う、別の疑問が発生する。


「しゅーてんぐ」

「ぶれえだー?」


 かおりと月島が、ハテナマークを点灯させた首をカクンと横に倒した。巨大は、よくぞきいてくれました、大きな胸を張る。


流星シューティング勇者ブレーダー。あたしが考えたっス。いい名前がないかって一晩、考えに考えた力作。守護巨人ガーディウスより断然よいので、世界に拡散希望。あいたッ」


 頭をチョップして黙らせたのは、もちろん者星だ。これには巨大も反論する。


「さっきからパワハラっスよ、つか、もろ体罰じゃないっすか。出るとこでますか」

「お前に関しては、”巨大が五月蠅いときは小突いてでも黙らせろ”と社内規則に明記してある」


 公的機関のフリートに規定や法規はあっても”社内規則”があるはずがない。リーダー相崎が意見をまとめて決めた、チーム内の規律18条だ。


「あんな、なんちゃって規則」

「そんなこと言っていいのか。イケメン離脱は多めにみてもらってるだろう」

「……そうでした」


 巨大には、効果絶大だった。


「とにかく、紛らわしいことを言うももじゃない。どこかの教授がつけた守護巨人ガーディウスの名称が一人歩きしている困ってる。3メートル以上の生命体は一律、巨大異星人ユーテネス呼ぶことは国際会議でとりかわされた共通宣言だ」

「エリカさんは悪のバイス巨人ジャイアントって……侮辱っス」

「サブチーフが……」


 そのとき撤去をしていた何人かが、驚いた声があげた。


「また場違いの車がきたもん……これは!」


 またまた車が止まった。今度のは、防弾ガラス仕様と一目でわかる黒塗りのVIP車。政府が都道府県に1台ずつ提供した特別車だ。マニア臭を漂わせた男どもが食い入る。


恩恵隕石バフメテオ駆動車! スマホスマホ!」

「これがか。発電以外の実用って噂だと思ってた。乗ってるのは知事……じゃない?」


 後部座席の左右のドアが重厚に開く。降りてきたのは、倭沢と雁刃先だ。


「はぁい、者星ちゃん」

「え? はっ」



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