幕間 射妻エリカ



「つーか男なんか眼中にないし、私は結婚しないから母さん。じゃあね切るよ」

『まってエリカ、今度おみあ……』


 話し足りなそうな母親を封殺して、射妻エリカは通話を終える。カメレオンの抱き枕をぎゅっとして、ベッドにコテンとたおれる。漏れるのは、ふーっという大きなため息。


「したくないわけじゃないのよ。いい男がみんな妻帯者になったってだけ」


 年齢の暴露は差し控えるが、エリカはいわゆるアラサー。いいお歳である。大黒摩季の歌がよく似合う、デキル女の典型だ。


 高学歴。スキのない冷静沈着なクールビューティは、元警視庁警部である。祖父からならった書は個展を開くほど達筆で、時代錯誤といっていいくらい紙に執着する。200ものフォントを手書きで描き分けられる。デジタルに疎いというわけではない。ワープロ、とくに表計算ソフトはお手もので、関数のみならずマクロも使える。


「でも紙がいいよね。データが拡散する電子データと違い、燃やせば証拠が隠滅できる」


 彼女が消したい電子データは、過去に付き合った男との関係。男は刑事課の課長で妻子ある身にもかかわらず、妻との離婚をほのめかして、エリカと恋愛関係に。


 男は家庭を捨てる気持ちはさらさらなかった。それを知ったエリカは激怒。男の素晴らしい経歴を1年かけて調べ上げ、ついに大手企業との癒着の証拠をみつけて週刊誌に送ったのだ。


 上司や署長は激怒した。男ではなく、エリカにだ。


 警察の恥を公表するとは何事か。内密に証拠を隠匿するのが同じ釜の飯を食う仲間ではないのか。今後はキャリアを積めるとは思わないことだ。


 社会的に葬られる寸前だっが男を組織が擁護、警察は、情報のほうが間違いだったと陳謝するとともに、社会を混乱させたとしてエリカの名を公表する。さらし者にされたエリカは、数カ月にわたってマスコミに追い回された。


 ウソつき女のレッテルを貼られたエリカに、出世の道は閉ざされた。部下をひとりつけられて、閑職に追いやれる。それでも前向きなエリカは職務をこなしていく。とはいえ、まわってくる仕事もない。警察は自主退職させたいのだ。


 エリカは各署をまわった。嫌がらせを受け流し、小さな未解決事件を集めてては、解決していった。上部の思惑とは裏腹に、署内での信頼は取り戻していった。




 ところで。あてがわれた部下というのが、恵桐万丈である。


「万丈。あいつが独り者じゃないのが悪いのよ」


 ロン毛。無口。頭がキレて、現場での対処能力は抜群な恵桐を、婚活女子が狙わないはずがないが、アプローチ以前に、彼女が存在していた。

 その彼女とは、数年前に結婚し子供もできた。ポルトガル2世の奥さんは、恵桐と真逆で、バリバリ陽気なラテン系だ。今回も、札幌にも呼び寄せており、いつも定時帰宅を目論んでる。


 彼の自身せいではいが、恵桐も警察内のつまはじき者だった。


 ミリタリー好きはよくいるが、無口な個性が禍をよびこんだ。横浜に起こったテロ犯人のひとりとして疑われたのだ。糾弾したのは仲のよかった同僚。下調べさえせず、その日、たまたま横浜にいたことで、犯人に違いないと告げ口したのだ。家宅捜索で、ナイフやモデルガンが大量に発見されたことも、事態をややこしくした。


 テロとは無関係なのは、まもなく証明されたが、それから無口はさらにひどくなり、めったに心を開かなくなった。当然ながら同僚との関係も悪化、部内の空気も悪くなる。部署は、ほがらかな同僚ではなく、恵桐のほうを追い出した。そうして、エリカの部署に配属されたのだ。


 パッと見、警察官にみえない恵桐だが、朴訥な性格は信用をあつめる。エリカが事件の背景をがっちり調べあげ、恵桐が足で捜査する。そういう関係が構築されたころ、またまた二人は放出された。それが新設組織のフリートだった。


「ま。フリートここは私の性にあうみたい。万丈にもね」


 結婚をなかば、あきらめたエリカには、対人外生物異物ホスクラド対処班フリートは居心地のよい職場となった。相崎たちと、1から築き上げた大切な城でもある。ここを失なうことは考えるだけでも背筋が凍る。

 できたてほやほやの、急ごしらえの組織に不安定さはぬぐえない。再構築ならまだしも、最悪、解体される、危険性もあった。


 いつだったか。局長の倭沢平蔵が、「フリーターの人」と中学生にからかわれたと落ち込んだことがあった。組織丸ごとフリーターなんて、シャレにもならない。


「成果を国民にアピールしないと。政治家がちょっかいかけてこないような、盤石な組織にしないといけない」


 フリートの任務は、軽量隕石ライトテイアに全般にわたる。細々な取り決めはあるが、もっともアピールできるのは隕石生物メテオクリーチャーの処理と処分。それに、巨大異星人ユーテネスの討伐だ。


 巨大異星人ユーテネスなど、机上の産物と笑っていたが、2度も続けて現れた。格好のチャンスだったが、2度ども成果をあげられないどころか、無様な敗退をさらけ出した。敵は想定外に強かったのだ。


隕石集中地帯テイアゾーンが消えるから3度目はナシか。悔しいな」


 一部の有識者のあいだでは、フリート不要論がささやかれてる。大きな点数を稼いでマイナスイメージをV字回復しないと、大切な居場所がなくなってしまう。

 未確認生物クリプチ恩恵隕石バフメテオは国家予算を潤すが、バラマキと赤字国債に慣れっこな国民は、国庫など気にしない。

 ホームランがいるのだ。玄人向けの送りバントじゃなく。巨大異星人ユーテネスの討伐という一発逆転打が。


巨大異星人ユーテネス討伐するならテイアゾーンにいかないと。海外派遣案を提出してみるか」


 法案。草稿。その前のまとめのメモ。どれにも手を付けないままに、意外な機会がやってくるのであった。

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