36 雁刃先の勝利



 ドッシン    ドッシン    ドッシン


 隕石集中地帯テイアゾーンを背をむけ、雁刃先は千歳へと歩いてる。


「ちゃんと種つけできたかしたかしら、あの子たち」


 地上100メートル。4つの頭が周囲をみつめるが警戒するような敵はなし。空自のサーバーは撹乱、千歳近郊の電子機器は10日は傷害を引きずる見込みだ。空港はいうまでもない。1000年は遅れてる機器。星の裏からでも鼻くそほじりながら壊せる。


 雲が少ない。視界は良好。きたひろの緑の森にたたずむボールパークがはっきりみえた。こんな事態でも試合はやるらしい。40㎞さきの新千歳空港は遥か先でさすがに見えない。


 ドッシン    ドッシン    ドッシン   ビシっ……


「あー。電線が絡んでうっとうしい。意外と切れにくいのよこれ。うんっしょっ!」


 ギチチ……ビーン……ずだだだ……。


 ひっかかった糸――NTTの光ファイバーや電力供給の銅線――を強引に引っぱる。糸はキレず、電柱を数十本、共倒れに折った。列をなした電柱は36線沿いに建つ低層マンションに亀裂を作り、築年の古かった数棟が倒壊させた。


「ごめんねー、寿命をはやめちゃって」


 ひはは、バカにする。100年もつ建造物が50年で壊れるのは誤差のうちだ。どんなに頑丈に設計されていても、10000年生きる自分より若く朽ちることは確定なのだから。雷を落として、瓦礫となったマンションを念入りに黒焼けにした。解体時短に微力ながら協力。いいことしたと自分をほめる。


「遠いわね。車で道央高速を行ったほうが早かったかしら。タルくて寝ちゃいそう」


 チクリ。


「あいたっ」


 なにかが頭を支える管を刺す感触。


「吾輩、天辺がいってぇぞ」


 悪魔頭も文句を吐いた。見回すと一羽のオオタカが獲物のスズメを狙っていた。


「バードストライクかしら」


 鳥は小さくても思ったより高く飛べる。渡り鳥なら10000メートルはざら。猛禽類のタカが、100メートルより高く羽ばたいてもおかしくない。雁刃先は気にせず進んだ。


「それにしても守護ってたいへん。楽しい種つけはできないのに、ヤッテル子たちを護んなきゃいけない。孵化してしばらくは、獲るほか、食べさせてあげないと、半端孵化生物オドギュラーになっちゃうし。ま、エサは豊富にあるからいいけど」


 逃げまどう人や車を踏みつぶしながら、ふふふと微笑む。


 チクリ。


「あ、また」


「がー」


 こんどは岩頭が不満そうにうなる。連続のバードストライクか。獲物を獲ったタカは遠くへ去ってしまってるのに。


 チクリ、チクリ。


「いた、いたたッ。変だわ連続するのは変よ。まるで狙ってるみたいに、イタイっ!」


 釣りさがった頭は下には無類で死角なし。だが、上の何かをみつけて振り払うのが難しい。それでも雁刃先は舌をふりまわした。闇雲にふりまわすだけで追っ払えるだろう。


 チクリ、チクリ、チクリ


「んーもぅ。何なのよー……まさか……うっそでしょう!」


 一本の管が切れた。深海魚頭が100メートル下の地上へ落下していく。悪魔が「わが友ノーチラスーが!」と悲しんだ。


「なにを勝手な名前をつけてるの。それより上から襲ってきてるわ。みつけなさい!」


 いらだつ雁刃先頭。何かがいる。いるが正体がわからない。子虫が背中を這うむずむずしさが気持ち悪い。ヘリの爆音、鳥の風きり音がない。ジェット機なら10キロ先からわかる。亡くなった深海魚席に次なる頭を成そうとしたが。


 チクリ、チクリ、チクリ

 管がまた切れた。落下するのは悪魔頭。


「のぉー! 吾輩、落ちるぅー!!」


 音階が低くなるドップラー効果をひきづって、悲鳴が遠くなっていった。悪魔頭は、びしゃっと、アスファルトに飛び散った。熟れきった桃のように。


「なんなの! なんなの!」


 頭と目をくるくるとまわして、雁刃先は血眼に警戒する。頭には、猫と犬をぶらさげた。猫は好奇心も警戒心も強い。顔の半分はある丸い目で、下ではなく上をみやった。


「にゃにゃっ。にゃ~↑」


「発見した? え……お前は、手下のガキ!」


 猫が発見したのは空飛ぶフグ。ずんぐりした胴体。極度に短い手足をバタバタさせて空を高速で泳ぐ風船フグ。申し訳程度についた顔は忘れようがないKATU。それがぽっかりと浮いている。


「見つかった……」


「カツ君、上昇! 飛び回っていいのは眼が届かない上!」


「声だすなよひかり」


 KATUフグは、見た目にそぐわない素早さで高度を上げて、猫の視界外へ消えた。わけがわからないが、糸を引いてるヤツはわかってる。


「巨大ちゃんか! どこで糸をひいてるの?」


 ガーディウスを探す。あれは飛べないしほんの10メートルと小さい。必ず、8つの目でみつけられる範囲に隠れてるはずだ。声のした方向的に斜め右後ろを重点的に見るが、いない。見えないというなら、建物の中だ。


「そこか!」


 なんとかいう、やわらいだ斎場を持ち上げて揺らした。喪服の人間しかいない。


「ならここだ!」


 かんとかいう、お値段以上の家具店の屋上を剥がした。展示物のベッドで寝てる中国人だけだ。


 優れた犬の嗅覚、夜でも見える猫の視覚で、隈なく精査してもみつからない。下敷きになるか逃げまどって姿をさらすという目論みで、石を落として路地を塞いだ。それでも現れない。死体もない。10メートルの身体が隠れる場所はほかにない。


 チクリ チクリ チクリ。


「んががががーーーー」


 岩頭がやられた。代わりに水の頭を生やす。


「にゃーああああ」


 猫頭も落ちた。代わりに刃の頭を据えた。


「どこ、どこなのよ巨大は――あのガキは!?」


  チクリ チクリ チクリ チクリ チクリ チクリ


「ぶくぶくぶく……」


「シャー……」


 水、刃が、相次いで落ちる。代りを据える前に犬も落ちていく!

 次だ代わりの頭を……別の頭を……。


 ……あれ?

 

 どうしてだろう?


 ビルが近づいてきてるわ。なんかゆれてる、風にふられてるわ。


「みつけた!」


 空の上で、手下小僧がしょぼい光をちまちま削ってるのが見えた。


「攻撃よ! 舌でもいい。猫はなにやってるの。悪魔は? みんな、お前ら!」


 あ、私の腕。なんでこんなの目の前にあるの。

 ビルが、屋上がこんな近くまで。どうして。あ、そうか私も。

 

 ――堕とされたんだ。


 雁刃先の頭は自動メーカー屋上のコンクリートに激突した。べしゃり、と熟柿のように半潰れになった。


「事務次官……」


 乾いた屋上。人気のない所から声がかかる。全身を覆った透明クリプチを解放した巨大が姿を現した。


「に、人間に、なってたのね。みつからないはず……だわ」


「あたしが勝ったよ。宣言通りに」


「おっおかしいわね。聞いてたのよ。あなた――あなたの親――には一度だって敗れたことがないって、そう聞いてたのに。あ、圧倒的だったって聞かされてたのに」


「圧倒的だったから。強かったから進歩がなかったんだよ。いつだって見下みくだして、這いずるのを相手にしてたから。ぜんぶぜんぶ、母が言った通りだった」


 100メートルの超大型の身体が死んでいく。まず、頭部を失くした肩の繋ぎが、自重にを持ちきれず落ちて路上の汚物となった。


「ちくちくちくちくって……い、いやになっちゃうわよ。でも、それでも孵化は成ったわ。勝ったのは私たち……」


 つぎからつぎに朽ちていく巨体の残骸。国道36号線と交差する環状線。ともに両側3車線の広い道路を埋めていった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る