閑話 プール回③

 8月に入ろうかというある日、善次よしつぎひかりをプールに誘った。

 具体的には『プール回②』の二日後である。


 善次よしつぎが誘ったプールは勿論、学校のプールである。

 当然ながらひかりが着るのはスクール水着だ。


「どうして補習授業なんて受けないといけないのー」

「人並みに手加減できるようになったんだろ?ならばもう、普通に授業を受けてもらうぞ」

「でも泳ぐだけなんでしょ、授業を受けるも何も…、しかも個人レッスンって」

「だからだよ。聞いたぞ?高校生の水泳選手と競って馬鹿みたいなタイムで勝ったってな、これから、ちゃんと手加減できているか俺がチェックする!さっさと泳げ!」

「あれ、高校生だったんだ」

「近隣の学校でえらい噂になってだよ!」

「ふぇええええ」


 ひかりは渋々、頑張って手を抜いて泳いだ。

 何度目かでそこそこ人並みのタイムを出せる様になり、善次よしつぎが授業の参加の許可を出した。


「しかし、胸でけえなぁ、アダルトビデオみてーだ」

「先生、それは酷いです。セクハラですよ」

「まぁまぁ、そうだなぁラッシュガードでも着てみるか?胸も押されて丁度いいかもしれん、泳ぎやすくなるぞ」

「タイムが早くなっちゃいますね」

「まぁいいか。お前が恥ずかしくないならだが」

「仕方がない事でしょ、大きいと注目を浴びちゃうのは」


 さらっと自慢するように言うひかりだが、実の所自慢などではなく男の立場に立っての発言だった。

 だが、善次よしつぎはそうは取ってくれない。


「一応人妻だろ、揉まれまくってこれ以上デカくするんじゃねえぞ、誘惑してどうするんだ」

「先生、セクハラする勇気はあるのに、本番やる勇気はないんですよね」

「──あー……悪いかよ。軽いセクハラされて恥ずかしがってるのを見るくらいがいいんだよ!」

「マニアック……」

「もういいだろ、許してくれよ。したいのは山々なんだが教え子となるとモラルが邪魔すんだよ」

「じゃあ、何のために住所渡したのですか?」

「お前の料理食いたいからだ」

「………」


 真面目な顔をした善次よしつぎに少し呆れるひかりだが、結果的には多少なりと役に立ってくれた。

 一応感謝の気持ちは伝えておくべきだと考えた。


「先生、ありが──」

御影みかげさん、いたー!!!」

「誰?」

「あちゃあ、見つかったか。お前が負かした高校生の弟だよ、なんで夏休みに登校してるんだよ……」


 プールサイドに立っていたのは三年の生徒だった。

 顔だけ比較すればひかりに負けた方の兄弟だと分かる程に似ていたけど、こちらも負けず劣らずモテそうな感じがした。


「僕は綾瀬川あやせがわ織雅おりまさ、兄の代わりにスカウトに来ました!」

「は?」

「水泳で凄いタイム出したと聞きましたよ!是非水泳部に入ってください!あと、兄から是非とも北高に進学して欲しいと言っていました。あとラブレターも預かっています!」


 ひかりはプールサイドで佇む善次よしつぎに近づきひそひそ声で話しかける。


「先生、魔法少女って大会に出ていいのですか?」

「駄目だろうな、頭脳系なら大丈夫だぞ、魔法は禁止だが」

「魔法使ってるのなんてバレないんじゃないの?」

「いや、使えなくする装置があるんだよ」

「何をこそこそ話をしてるんですかー!今は僕がスカウトしてるんです、先生は黙っててください!」


 ひかりから見て、ぷんぷんと怒る姿はまだ少年らしさが残っていて少し可愛く思えるのだが、三年生なのだと思うと感慨深いものがあった。それ以前に面倒だから関わりたくないのだ。

 だが、そんなタイミングで怠そうではあるが味方が現れた。


「おい、先生になんて口の利き方だ、部活停止にしたっていいんだぞ、そうですよね先生?」

「あ、ああ、そうだな」


 その人は、三類みるいけいひかりの家の近所のコンビニでバイトしている三年だ。


ひかりちゃんは、野球部のマネージャーとなる事が決まってんの。水泳部にはあげないよ」

「くっ、これで勝ったと思うなよ!」


 そう叫ぶ織雅おりまさは脱兎のごとく逃げ出した。


「先輩、いつからそんな事がきまってたんですか、まぁ助かりましたけど」

「あぁ、今思い付いただけだよ、気が向いたらやってみてくれると嬉しいなぁ」

「──考えておきます」


 かくしてプールの補習は終った。

 だが、着替えに更衣室に戻った時、事件は起きたのだ。


「あ、下着忘れて来た」


 その後、彼女がどう対処したかは想像に任せるとしよう。

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