第3話 これからのお仕事、それと死亡届け

 あかりが目を覚ますと、見覚えのある浴室に座っていた。

 背後で誰かが自分の髪を洗っている事に気付いたのは、目が覚めて暫く経ってからだ。

 その間茫然となり、誰かの鼻歌を子守歌替わりに半分寝ていた。

 ハッキリ目が覚めたのはその声を三戸森みともりさんの物だと認識した時だ。


三戸森みともりさ──」

「やっと起きたかー、洗うの大変だったのよ。もう髪を流したら終わりだから、目をつぶっててね」


 頭からお湯を掛けられシャンプーを流し終わって、目を開けると三戸森みともりさんは一糸纏わぬ姿だった。

 あかりは激しく動揺した。

 初恋の相手が全裸になって自分を洗っていた。しかも全く隠そうともしない。

 心臓が破裂しそうになるのを堪えて凝視する。まるで脳内に3Dプリンタで出力する勢いだ。


「ど、どうして裸に!?」

「服着たままお風呂に入れって言うの?いいじゃない、一緒に入ったって」

「でも僕、男だよ!?」

「こんな大きなおっぱが付いた男の子はいませーん」


 そう言いながら、あかりの胸を指で弾いた。


「あんっ、って触るなー!」

「あははごめんごめん、お詫びに私を好きなだけ見て。触っていいよ、何しても……乱暴にする?」


 彼女は自分の体を隠そうともせずに、その場に立った。

 多少なりと恥ずかしいのか、顔は横を見ていて少し赤面している。

 あかりとしては正直に言って、凄く触りたい、滅茶苦茶ヤりたい、このうねり立つ息子で──。

 既にそんな物は無いと、自分の股間を見て凄く落ち込んだ。


「じゃあとりあえず、僕を男に戻して」

「それは本当に無理なの(てへっ)ごめーんね?」


 この、てへって顔があざと可愛いくもあり、憎たらしくもあるとあかりは思った。

 とりあえずは二人で湯舟に浸かりながら、話を聞く事にした。


「私、今日からここに一緒に住む事にしたから」

「え?なんで?嫌だよ!」

「男を連れ込みたいから?あるんだよねー、性転換した瞬間、奔放になって妊娠しちゃう奴」

「そんな事しないってば!」

「え~それじゃあ、さっきなにやってたの?さっそくチチクリあってたじゃない?イヤラシイったらありゃしない」

「あれは不可抗力だよ!そんな事はどうでもいいからさっさと男に戻せよな!」


 答えは同じく『無理』だった。

 それは、厳密には『人間の女』に変えた訳ではないからだ。

 そう、魔法少女は既に人間の枠を超えてしまっている。

 それが、この魔法『強制再構成ムリヤリ・マジカルリビルド』を不可逆とした要因であると説明された。

 あかりはそんな理不尽な状況に置かれた事に納得がいかず、その不満を吐き出す様に質問攻めをしてしまった。


「どうして女に変える必要があったの?」

「魔法男子なんて存在しないからよ」

「どうして僕にしたの?」

「適性が非常に高かったのよ。学校で血液検査あったでしょ。あれで校内断トツの高適性だったのよ。市長から機会を伺う様に言われたけど私は反対してたわ、でも業泥ごうでいを埋めてる所を見られちゃったからね、だから仕方なく…?いい機会だったというのも……」

「見たのが運の尽きだったのか……。そもそもどうして、そんな面倒な事やってるの?」

「お仕事だからよ?」

「誰から請け負ってるの?」

「この魔宮市からよ」


 あかりにとって魔法少女と言う存在は噂でしか聞いた事が無く、都市伝説だと思っていた。

 それほどまでに厳格に情報統制され、存在を隠蔽されているという事らしい。


「給料ってどれくらいなの」

「今日みたいに、3人分の浄化で45万円、今日の取り分は7:3ね、御影ちゃんは舐めただけだし」


 あかりは自身の記憶を整頓する。舐めれないなら木の根元に埋めるしかないという言葉から察するに、三戸森みともりさんは舐めれないという事だ。そして、その為に自分の手助けを必要としている、と。


「なんで?三戸森さんは舐めれないんだろ?なら──」

「そうよ、だから欠陥魔法少女とか言われてるのよ。悪かったわね」


(あー…、悪い事を言ってしまったか…?どうしようか、ちょっと拗ねてしまったのかも。

 ん?でも、それとお金の話は関係ないよな?)


「6:4、それ以上は譲れない」

「──それでいいわ、その代わりお手伝い続けてよね」

「まぁ舐めるくらいなら」

「それに気持ち良かったでしょ?」

「うっ」


 あかりは薄々感じていた。業血ごうけつを舐めた時、何だか自分が自分じゃなくなる感じがして、自分の事すら他人事の様に感じている事。快楽に溺れるというか、悦に浸るというか、精神的多幸感とでもいうべきなのだろうか。他人の不幸は蜜の味と言うのを実体験したのがまさに今回の出来事だった。


「舌がね、それ用に進化しちゃってるの。麻薬みたいなものよ、病みつきになってそれが無いと生きていけなくなる。その為により一層強い業泥ごうでいを欲するようになるわ」

「じゃあ舐めたら駄目じゃん!どうするの、舐めちゃったよ!」

「御影ちゃんは大丈夫。君は精神的にそのあたりの耐性があるみたい。ドロップアウトで踏みとどまって半月間で徐々に回復してくなんて、かなり珍しいのよ。しかも、男子からイラヤラシイ事されて幸福値下がらなかったでしょ、それが何よりの証拠よ」


 あかりにとっては納得するしかなかった。

 自身が淫乱でヤりたいから幸福値が上がったという訳ではないという事で納得する事にした。

 そう考える事で精神的に安定を図ったという所だ。


「私は男性恐怖症で触られるのが駄目なの。初めて舐めた時ね、男の感覚が流れてくるじゃない?あの感覚で胃の中の物、全部吐いちゃったのよ。それから父にすら触れる事ができなくなったわ」

「あれ?でも僕、去年かな?一度、三戸森さんに触れた事あったよね」

「うん、不思議に、御影ちゃんは大丈夫だったね、じゃなかったらあんな誘い方出来なかったわ」


 バスタオル1枚で迫って来たのはそういう事だったと回想するあかりだったが、それは少し納得がいかなかった。


「ちょっとまって、もしかして、実は三戸森さんに触れられる唯一の男だったんじゃない?」

「そうなるかもね?だから、あの時、襲い掛かられてたらそのままされる覚悟はしてたわ………だって、ドロップアウトは私のせいでしょ、もっと言い方あったかもって考えてたの、ごめんね。でもやっぱり怖いの、いくら相手が御影ちゃんだからって男と言うだけで不安になるの、もしかするとまた吐くかもしれない。今度こそマイナスになるかもしれない。そう考えたら、もう震えが止まらなかったの」


 シャワーの蛇口から水滴がポツリと床に落ちる音だけがバスルームを支配した。

 あかりは震える三戸森みともりの肩に手を回す。

 少し涙目になった三戸森みともりの顔は、あかりの心に刺さるものがあった。

 守ってあげたい、それが出来るのは自分だけだという事を思うと、女にされた事を許そうと思った。

 どのみち半分投げやりになってた事を考えれば、これでよかったのかもしれないと結論づけた。

 

「だからって、いきなり女の子にしちゃって良い訳ないよね??」

「えー?それって、どういう意味~?『僕が唯一君を孕ませれるんだぞ』とでも言うの?やらしい~」


 図星だったがそれはあかりにとって、手後れだった。既に魔法少女になってしまったのだから。


「そこまで言うつもりはないよ!」

「でもね、寿命の短い人とは付き合えないわ」


 そこで驚きの事実を突きつけられる。

 魔法少女は永遠の存在。死ぬことはあるけど老いることは無い。

 その代りに体の成長は止まる。つまりは──


「(チッ)そうよ、私の胸はこれ以上膨らまないのよ」

「そんな事いってないだろ、その、僕はそういうの気にしないから……」

「ふふ、ありがと。でも良い事だってあるわ、明日荷物が届いたら早速その恩恵を享受しに行きましょ」


 その話し終わった途端、のぼせた三戸森みともりが倒れそうになった所を受け止める。

 魔法少女の死因がお風呂場で転倒なんて洒落にならない。


「まぁそれくらいじゃ死なないわよ。有り得ないくらい死ににくいんだからね」


 その言葉はしばらく後に痛感する事になるが、この時は深く考えなかった。



 それから三戸森みともりは事務的な手続きを始めた。

 タブレットを持ち出し、戸籍上の設定を書き換える申請をしている。

 その結果、『御影あかり』は死んだ事になり、双子の妹『御影ひかり』が誕生した。

 学校での登録も『御影灯』は今月頭で死亡により抹消、『御影光』が転校する事となった。

 学校も行政も魔法少女に対して非常に協力的だという事らしい。

 また、幸福ハピネスカウンターの所有者情報も変更された。

 ただ、あかりが死んだ事になった事は、本当に戻れない事実を突きつけられ、気が重くなった。


「ちょっと精神的に来るモノがあるね。幸福値もそれに伴い『293.1』まで落ち──、メッチャ上がってる!どうして!?」

「あはははは」

「どういうこと!?幸福値、メッチャあがってるんだけど、なんで!?なんでえ!?」

「あはは、それね、業血ごうけつを舐めたでしょ。あれでどんどん上がるわよ、連れ帰って来た時点じゃ300超えてたし」

「って事は……」

「うん、復学おめでとう!」

「てっきり、当分の間は遊んで暮らせると思っていたのに、なんという仕打ちだ!」


 そうして御影ひかりは転校予定日に肺炎を拗らせて休学、治り次第登校するという設定が追加された。

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