第2話 男子に絡まれる、そして助けられる

 あかりは家を飛び出してから10分程走ったあたりで足が痛くなって立ち止まった。

 アスファルトに転がる小さな石が足の裏を傷だらけにし、血が滲み出ている。

 靴は手で持っていた。急いで家を出る時に靴のサイズがあまりにも合わなかったからだ。

 街灯の明かりの元で靴を履き、サイズ調整用のボタンを押し込むと、徐々に靴がしっくりくるサイズに縮む。

 あまりにも小さくなった靴を見るて、女になった事を実感する。

 ここで悲観すればまたドロップアウトに逆戻りとなる、そうならない様にあかりはポジティブに考える事にした。


 まだ4月半ばで深夜という事もあり、そこそこ肌寒い。

 急いで家を出たせいで上着はシャツ一枚。それもボタンがはちきれそうになっている。

 見る角度によっては、隙間から肌が見えるのは致し方がない事だと諦めた。

 明らかにサイズが合っていないのは萌え袖気味になっている事から分かるが、シャツの裾を外に出していると出っ張った胸のせいで太って見えるのが気に食わなかった。

 裾をズボンの中に入れ、ベルトを締めあげると、多少はマシになったかと思える様になった。

 背は縮んだというのにズボンの裾上げが必要のない事に、若干の憤りを感じる。


 ふと、あかりは鏡を見たくなった。

 三戸森みともりは可愛いと言っていたが、お世辞かもしれない。せっかく女になったのだから、どんな容姿なのか確認する必要性を感じたのだ。

 鏡を見る為に家に帰る事を考えたが、三戸森みともりがいる間は帰りたくない。

 次点で思いついたのはコンビニのトイレだ。今居る場所から程良く近いから向かう事にした。

 今なら店員と話し込んでも罪にはならないし、時間を潰すのに都合がいい。もし三戸森みともりが追いかけて来たとしても人前では流石に変な事はしないだろう。

 それにこの二週間、誰とも話していなかったせいで会話に飢えているというのもある。あんな押しかけてきたヤツの事は会話の内には入らない。流石に不可抗力だ。


 コンビニにたどり着くとガラス写る自分の姿に少し見惚れてしまう。

 三戸森みともりの言う通り確かにかなり可愛い。髪の毛も肘に当たる程、長い上に癖っ毛なのかウェーブしていた。身長は同学年女子と比べ明らかに低く、肩幅も狭く幼さの残る顔立ちなのに巨乳って所がまた……。

 ただ、その巨乳というのは走ってるときは邪魔だった、胸の先っぽがスレて変な気分になるのも勘弁してほしい。

 総じて見た目は胸さえ無ければ小学生にも見られかねないと言った感じだ。

 自己評価を吟味にしてると、3人の男子が声をかけてきた。


「ねぇねぇ、君ぃ可愛いね、どこ中よ?このあたりじゃ見かけないね、名前なんていうの?」

「プロポーションいいよね、大胆な服、メッチャいいね!」

「(ヒュ~)いいじゃん、ちょっとカラオケとか行こうぜ?」


 駐車場でたむろしていた彼らの制服はあかりと同じ中学の物で、バッヂは上級生の物。荷物から見て弱小野球部部員だと分かる。

 その内1人から肩に手を回され、逃げれない様に三方向から囲まれた。

 別の男子はさりげなくあかりの手を取り、袖越しに黄色く光るのをみて「よし、まだ要警戒者ウェリーだ」と、呟きながら袖を捲り、幸福値を確認した。


 幸福値は0から99.9までは脱落者ドロップアウトで、100台は要警戒者ウェリーと言い、200を越えれば通学に支障なしと判断され、再び通学を強要される。

 脱落者ドロップアウトの大半はそこから復帰できた例が少ない事から諦められてそう言われている。

 よくある話、こんな夜中にぶらついてる子は脱落者ドロップアウトの可能性が高い。

 そんな子に関わる事で自分も脱落者ドロップアウトに引き摺られないように考えての事だ。

 さらに脱落者ドロップアウトへ話しかける事にペナルティがあり、野球部員なら部活停止になりかねない。だからこそ、彼らも警戒したのだ。


 あかりは大胆な服とは何の事だろうかとガラスに映る自分の姿を確認する。

 ノーブラのせいか頂点が目立っていた。乳首当てゲームをすれば完敗だろう。それに男の時の癖で胸元を開いていたから谷間がしっかり見えている。ただ、これ以上閉めようとするとボタンが弾けそうだから諦めるしかない。救いは多少厚手の生地だって事くらいだろうか。


 だがノーブラなのは言わなきゃバレないだろうから、胸元のせいで大胆と言われているんだろう。それくらいのサービスは仕方がない。

 どうせ行くあてもないし、カラオケくらい付き合っても良いだろうと考えた。

 今帰れば三戸森みともりさんに何をされるかわかった物じゃないと考えると、朝まで匿って貰えれば彼女も居なくなって願ったり叶ったりだ。


「それってオゴリ?」

「ああ、いいぜ、じゃあ決定だな!」


 そう言うと肩を抱いていた男は肩を一気に引寄せ、その手は胸に伸びてきた。

 ビクっと体が反応したが変な声が出そうになるのは抑えた。


「変なトコ、触るな!」

「ああ、ごめんよ、幸福値下がっちゃった?大丈夫?」


 確認すると『135.2』になっていた。家を出る前は『105.9』だったから有り得ないくらい上がっている。

 この男子たちと会ってから上がったのかは判断つかない。

 さすがに今のスケベタッチで上がったとは思えないし、普通はそんな急激に変動する物でもないハズだ。


「なんだ、触られて上がってるじゃん」

「期待しちゃってるんだね、いいじゃんいいじゃん、早くカラオケ行こうぜ!」


 流石に気分を害された行動を幸福値が上がった理由にされるのは癪が触るが、寒さには勝てず、ついて行った。

 カラオケがどのあたりにあるのか記憶になかったが男子達は公園を抜ければ近道だと言う。

 公園と聞いてあかりは眉をひそめた。さっきの死体はどうなったのだろうかと思うと気が気でなくなる。

 あの事を忘れようと努力しながら歩いてると、突然彼らは道を外れて草むらに入り込もうとする。

 二人から手を引っ張られ、残る一人が背中を思いっきり押して地べたに倒れ込んだ。


「何するんだよっ!カラオケ行くんじゃないのか!?」

「いいじゃん、ここでヤるのも変わらないって」

「そうそう、ここなら朝まで時間制限ないしな、そういう期待しんだろ?」

「破かれたくなかったら、素直に脱ごうな!」


 両手を掴まれ、折り畳みナイフを向けられた。

 ここまで来てようやくあかりは性欲の捌け口の対象にされかけている事を理解した。

 服を引き裂かれるか、自分で脱ぐか選択肢なんて有って無い様な物だった。

 三人もの上級生に対して、女になった自分が勝てるとは到底思えない。早々に諦め、付いてきた自分が浅はかだったと悔いた。


「わかった──」


 そう言うと同時に唐突に白い霧が立ち込めた。

 男子が動揺する中、あかりは茫然としていた。


「助かったのか……?」


 そう呟いた時、背後から耳元で三戸森みともりさんの声がした。


「なになに?御影ちゃん、早速男漁りしてるの?ウケる~」

「ち、違うよ!」


 あかりが振り向いたらそこには別の少女が居た。パステルカラーの可愛い衣装、末広がりのヒラヒラしたスカート。手に持つのは魔法のステッキという、ステレオタイプの魔法少女の姿に唖然としていると、彼女はステッキを頭上に掲げて、叫んだ。


「マジカルーブレード!」


 魔法のステッキが七色に光り、日本刀に変化した。

 刀のつばはハート形になっている事を除けば、普通の日本刀だ。

 その刀を横に一閃、男子の三人を真っ二つにした様に見えたがそもそも間合いが足りていない。これでは斬れる筈もないと思った。

 だが、男子たちは苦しみだして口からドロリと黒い何かがあふれ出す。

 それが集まり一塊になると、あかりの足首をだ。


「いい?よく見ておくことね、これが業泥ごうでいよ。溜まりに溜まったストレスの塊。やり場のない捌け口がごうとして溜まり、あふれ出したのが業伽ごうか、物理世界に干渉する程になった物が業泥ごうでいよ」

「能書きは良いから助けてよ!」


 あかりは足首を持ち上げられて逆さ吊り状態になっているというのに、魔法少女の語りは止まらない。

 その業泥ごうでいが足首だけでなく、徐々に全身を包みこもうとしていた事におぞましい感覚が湧き上がる。さらには黒い中にも何かが見え隠れするのに気づいた。

 やがて、業泥ごうでいはその赤黒い物を中心に人の形を成し、不完全ながらも人型になろうとする。


「人型になるのはコレが強い業泥ごうでいという事よ。その中にあるの物が業核ごうかく、これを魔法少女が砕けばお仕事の大半が終わった事になるわ」


 あかりは説明はいいから助けて欲しいと思った。

 体の大半が黒い粘着物に包み込まれ口にまで入ろうとする。

 必死で抵抗しているのに、全身に変な刺激が走り口が緩む。

 黒い物が口に入って来ると思った瞬間、魔法少女のさらなる一閃であかり諸共、切り裂いたが。斬られたのは業核ごうかくだけだった。

 切れ目から血しぶきが頭上に噴出した。

 あかりはゆっくり溶けて行く黒い粘着物に包まれながら、地面にずり落ちる。

 魔法少女は、刀から血を落とすかの様に素早く振り、形状をステッキに戻した。


「気持ち悪いだろうけど、この血みたいなのをちょっと舐めなさい」


 茫然としながら、あかりは言われるがままにその血を舐めた。

 誰かの記憶が中に入って来るのを感じる。

 家族の期待から来るストレス、野球で勝てないストレス、テストや進学のストレスが彼らに強く圧し掛かり、救われないでいた辛い感情が流れてくる。彼らも何処か孤独だった。仲間がいる様に見えて、お互いに傷を舐め合うしかない状況を嘆いていた。

 そんな、ストレスを一度に体験したが全く嫌悪感を抱かなかった。それどころか積極的に受け入れたいと思ってしまう。

 そしてあかりは何故か無自覚にほほ笑んでしまっていた。


「それは業血ごうけつと言って魔法少女が舐めれば浄化されて連鎖的に業泥ごうでいが消滅するわ。舐めれないなら業泥ごうでいごと木の根元に埋めて時間をかけて浄化するしかないの。だから御影みかげちゃんに手伝ってほしいの」


 あかりは薄れゆく意識の中、言ってる事の半分くらいしか理解できなかった。

 魔法少女の姿をしていたのは、やはり三戸森みともりさんだと再確認した。

 それだけは分かればいいと思った。

 あかりは全身血まみれになりながらも、ほほ笑み続けていた。

 業泥ごうでいがピンク色に変色し崩壊する。あたりに散らばる姿はまるで桜吹雪を彷彿する光景だった。その散りゆく桜が徐々に消滅していくのを見ながらあかり意識を失った。

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