第10話 二股について悩む、そして心乃葉は募らせる

 ひかりは家に帰るとすぐに心乃葉このはに正直に打ち明けた。

 黙っていてバレるよりかは遥にマシだからだ。

 耀人あきとは親友だったし、彼の幸福値が下がったのは自分のせいでもあるのだから。

 だが、心乃葉このはは意外な返しをしてきた。


「えー、私と付き合ってるんじゃなかったの?」

「!?」


 ひかりは胸に手を当てて考える。いつから付き合ってたのだろうかと。

 心当たりがあったのはお仕事手伝えば、告白の返事がOKになるとか言って事だけだ。

 あれは女になった事で、ひかりの中ではすっかり消滅していた。

 それに、あの言い方ではその場限りの嘘だと取られても仕方がない事だと思った。

 さらに言えば、恋愛的に好きだと言われた時も、「男だったら」という、口に出さなかった文字が入っていると思っていた。

 だが、どうだろう?これって二股かけた事になるのかと、少し血の気が引くひかりだった。


「──冗談よ。そっちはお試しなんでしょ?でも気を付けた方がいいよ。相手は間違いなく本気になるからね。こういうのって綺麗に別れられるなんて思わない方がいいから、せいぜい相手をドロップアウトさせないようにね」


 心乃葉このはの言う事は的を得ていた。

 確かに、ひかりに対して依存しかねない状態ではある。

 まるで恋愛強者のようなセリフをさらっと出してくるあたり、実はかなりの経験者かと疑うひかりだった。


心乃葉このはちゃんは誰かと付き合った事あるのかな?」

「あるよ、知りたい?」


 あまりにも、ニターっとしたイヤラシイ笑い方をするから、ひかりは知りたくないと答えてしまった。

 気まずい雰囲気に流されたひかりの心は複雑になってゆく。

 単純な話、ひかりは女子と付き合うべきか、男子と付き合うべきか決める事なんてできなかった。

 体的には男子と付き合うべきなのだが、心が受け付けない。

 多分、そういう関係になりそうになったら、逃げだしてしまうとひかりは思った。

 だからと言って、女同士で付き合うってというのはひかりは理解が出来なかった。

 世間一般に言う百合や同性愛者というのは、どういう心境で何をするのかと誰かに教えを請いたくなる。

 そんな風にひかりが悩むのをみてられなくなった心乃葉このはひかりの肩を抱きしめながら話始めた。


「あのね、結論を急ぐ事は無いと思うわ。時間はいっぱいあるんだからゆっくり考えればいいのよ。でもね、私達は老いないし成長もしないのだから、長い人間関係は築けないと思ってね」

「そうだったね……」


 心乃葉このはが抱きしめる力が強くなったと思えば、ため息をついた。

 その意図、その意味をひかりは理解できないまま、心乃葉このはは続けて語った。


「人間関係なんて曖昧な方がいいのよ、そういう意味じゃセフレもアリなんじゃない?私はひかりちゃんが誰かと付き合ったり、手当たり次第に淫らな関係を持っても嫉妬も軽蔑しないよ。でも、私はひかりちゃんを必要としてる、それだけは忘れないでね」

「──わかった」


 ひかり心乃葉このはの口からセフレと言う言葉が出た事に、少なからず衝撃を受けた。

 そもそも男相手に性体験なんて、絶対嫌だと思うひかりにとって、そんな関係はあり得ないと考えるのだ。

 だが、心乃葉このはの考えは違っていた。精神的安定が得れえるなら、という条件付きの話だった。

 それは自分であれ相手であれ幸福値が下がらない様な関係なら、どんな関係でもいいと言いたいのだが、心乃葉このはは言葉の選択を間違ったと後で後悔する事になる。

 そして、そのフォローとして、更に悪い方向に言葉を繋げてしまった。


「あ、あと避妊はちゃんとしなさいよ、アフターピル取り寄せようか?まぁ、今は妊娠しないだろうけど、そういうのが慢性的にならない様に──」

「セフレいるんだ……」

「いないわよ!男性恐怖症だって言ってるでしょ!」

「じゃあ、妊娠しないってどういう事?」


 心乃葉このはは自分の言った事を振り返り、咄嗟に口を塞いだ。

 まるで言ってはいけない事を言ってしまった様な反応をする。

 それを見て、ひかりは秘密にされた事があると確信した。


「それって生理が来てないからって意味?」

「うぅ……、いえ、ちょっと違う…、あのね、ショック受けるかもしれないから黙ってたの」

「どんな事?いいから教えて」


 心乃葉このはは俯いて床を見つめていた。

 いけない事をしてしまった子供の様に口を閉じてしまった。

 長い沈黙が続いた。時折、睨むひかりをちらりと覗く心乃葉このはは、諦めて説明する事にした。


「わかった、説明する。──禍堕まがおちを浄化した時にね、ひかりちゃん、たぶん死んでたの」

「死────って、私は生きてるよ!この通り────」

「うん、生きてるよ、安心して……ただ、その時ねひかりちゃんは石鹸ほどの大きさの禍堕まがおちの欠片を抱いてたの。それはひかりちゃんの体にくっ付いて融合しかかってたのね。場所は丁度ヘソのあたり。それは生きてて鼓動もしてた。一時的にひかりちゃんの心臓の代わりを担ってたみたいなの」


 ひかりはヘソの周りを確認したが、そんな痕は微塵も残っていない。

 もしかすると嘘なのではないかと一瞬、疑うひかりだったが、信じないと話が進まない、一先ず聞く事にした。


「もちろん摘出したよ。ただ、その影響か分からないけど生殖機能が止まってるみたい、生理が来ないのはそのせいじゃないかって言われてるわ」

「まぁ、生理が来ないのは助かるけど、それって血に禍堕まがおちが混じってるって事?あと、摘出したモノってどうなったの?」

「血液は至って普通のだったわ、摘出した物は研究所で調べてるところ。でも、生きてるみたいよ。普通じゃないから見ない方がいいわ」

「それなら問題ないよね、別にショックを受ける程じゃないよ?さてと、ご飯作るよ」


 そう言ってひかりは台所に向かった。

 後にのこされた心乃葉このはは自室に戻り、ベッドに横たわった。


 心乃葉このはは知らなかった。

 生殖機能が止まっているのは、男を魔法少女化した時、特有の症状だと言う事を。

 それは恋愛対象を男とし心から女になった時、生殖機能が動き出して生理が始まるのだ。

 それを心乃葉このはや研究所の人間は禍堕まがおちの欠片の影響だと考えた。


「あのまま死んだかもしれないっていうのに、どうしてあんな平然としてられるのかしら」


 心乃葉このはにとって、ひかりの死はトラウマでしかなかった。

 当時の事を思い出すだけで涙が止まらなくなる。


 ひかりが入院していた頃の心乃葉このはは毎日泣いていて、それに伴い徐々に幸福値が減っていた。業血ごうけつを舐める事のできない心乃葉このはにとって急激な幸福値減少は致命傷になりかねない。

 ひかりの幸福値の回復を目的とした魔法少女化で自分が幸福値の危機になるなんて思いもよらなかった。

 だが、ひかりが退院してからは心乃葉このはの幸福値は徐々に回復していった。

 恐らくは、ひかりとの生活が幸福値の源になっているのだと推測した。

 そこで心乃葉このはは決意した。ひかりにはもう危険な事をさせない、これからも一人で狩って行くと。

 ひかりには一緒に暮らせればそれでいいと思っていた。


 そして、自分の気持ちに気付いてしまった。ひかりの事が好きで好き堪らない事に。

 お風呂でひかりの髪を洗っている時なんて、襲ってしまいたくなる程だった。

 ひかりの裸をもっと見ていたい。

 ひかりが感じている時の顔をみてみたい。

 ひかりの自由を奪って餌付けしたい。

 ひかりが絶頂に達する所を見てみたい。

 ひかりの処女を奪ってあげたい。

 ひかりが自分を好きになればいい。

 ひかりを──、愛していたい。


 心乃葉このはは感情を押し殺す、全てはひかりの為に寛容であることを装った。

 本当は付き合う事になった相手を抹消して独占したくて堪らなかった。

 相手が元親友だと知っているからこそ、肉体関係をもったとしても長続きしないと思った。

 最終的にひかりが自分のモノになればいい。

 心乃葉このはは自らごうを募らせている事に、この時はまだ自覚していなかった。


「本当に、人間関係なんて曖昧な方がいいのに……」

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