第2章

第7話 転校初日、授業について行けず我が道を往く

 その日は魔宮市立北中学校二年C組の生徒達にとって、事件とも思えるイベントが起きようとしていた。

 朝HRのチャイムが鳴り、いつもの様にやる気のない教師、西表いりおもて善次よしつぎが教室に入って来る。そんな善次よしつぎは号令の終わるのを待って話始める。


「突然だが、転校生を紹介する」


 五月の二週目、中間試験も目の前という変なタイミングでの転校は訳アリだと誰もが思った。

 そんな状況で生徒の一人が煽るように発言した。


善次よしつぎ~、今クラスの空気微妙なの分かってる?」

「分かってるさ、だが、この転校生はと思っている」

「まぁまぁ、善次よしつぎがそう言ってるんだから、とりあえず入ってもらおうよ」


 この先生、生徒からは善次よしつぎと呼ばれて親しまれている。いや、正確には舐められていると言っても過言ではない。生徒との距離が近い事が好感を持たれる要因だったが、常に気だるく動くあたり、教師らしくなくて気軽に話せる貴重な大人だった。


 そして善次よしつぎが入り口に向かって「入れ」と言うと、ドアが開き、転校生が現れる。クラスの生徒はその姿を見た途端、騒めいた。


 小さいながらも背筋を伸ばし可憐に入って来きた転校生が可愛い女子と言うだけで騒ぎ出すのは当たり前だが、横から見れば明らかに突き出た胸(推定Fカップ)の迫力で圧倒してくる美少女が現れたのだ、騒ぐなと言う方が無理である。さらには何故か女子まで盛り上がっていた、それは入って来るときには胸に視線を集めていた為に分からなかったが、正面を向いた彼女は背丈の低さと幼顔、さらにはクリっとした目からくる子どもっぽさで母性本能をくすぐり、総じて小さな子好きの保護欲を刺激する容姿となっていた。


 騒々しい状態は、善次よしつぎが咳払いをするまで続いた。

 善次よしつぎが転校生に向かって「自己紹介を」と言ったところで黒板に名前を書いた。

 その時、誰もが信じられないと思った。

 それは、転校生にプレッシャーとして圧し掛かっていた。だが、転校生は負けずに声を出す。


「初めまして、私は御影みかげあかりの双子の妹の御影みかげひかりです。これからよろしくお願いします」

「あー、御影さんは。新学期から転校予定だったが、訳あって最近まで入院してました、だから、お前ら勉強教えてやれよ」


 そう言い終わると同時に善次よしつぎひかりの肩に手を置いた。

 復学にあたり、善次よしつぎから自称を『私』に矯正させられた。

 自称が『僕』のままだとあかりを思い出してしまうからという配慮だ。

 そこまでするなら苗字だって変えるべきではないかとひかりは言ったが、それは父親が許さないだろうと諭された。ただ、善次よしつぎに限らず教師は全員、ひかりあかりだった事は知らい。顔が似ていない事から本当は双子の妹とは違う事は察していたが、クラスにとってその方が幸福値的に都合が良いと判断し、あえて深く詮索しない様にした。


 そんな事とは関係なく、ひかりにとってはとても気まずい状況にあった。

 以前と同じ教室、同じクラスメイト、当然心乃葉このはも居れば親友も居る、正直ボロが出るのではないかと心配になっていた。

 その親友と言うのは四方よもう耀人あきと、思ったよりも明るい表情なのを見てひかりは安心する。

 さらに遠見とうみ美緒みお風道かざみちはやて耀人あきとあかりの4人で良く遊びに行く仲だった。


 自己紹介を済ませたというのに、クラスメイトはとても静かだった。

 まるで裁判で判決を言い渡される前の被告人にでもなった気分だ。時間がゆっくり進む感覚でひかりをじらしてくる。緊張の糸が今にも切れてしまいそうになる。

 それもそうだ、双子の妹の存在なんて誰にも言った事もないし会わせた事もない。

 その妹が兄と同じ教室に編入されるなんてブラックジョークとしてもタチが悪い。

 疑惑の目で見られていると思ったひかりはその場から逃げ出したくなっていた。

 ところが、クラスメイトの一人が質問をした途端に空気が変わる。


 「付き合ってる人はいるんですかー?」


 その一言がまさに号令となり次々と質問が飛び交い始めた。

 「好きな食べ物は?」「お昼はお弁当派?売店派?食堂派?」「家はどっちの方向?」「何カップ?」「ホラー映画好きですか?」「スポーツやってる?」「竹の子派?シイタケ派キノコ派?」「今度デートに行こう」「パンツは何色?」「お付き合いを前提に結婚してください」「今から遊びに行こう」「幸福値どれくらい?」「踏みつけてください」「前はどこの学校に居たの?」

 一瞬は質問に答えようとしたひかりだったが、あまりにも質問が多いので目線で心乃葉このはにHELPサインを送るも無視され、ショックを受けた。この状態でクラスで孤立する心乃葉このはが出来る事など何もないのである。

 それから授業開始まで慌てふためくだけで何も言えないまま立ちつくし、席に座る事すら出来なかった。


 ひかりにとって久し振りの授業が始まった。

 ひかりには勉強について行けるのかという不安があった。

 授業の内容は1か月以上のブランクがあるのだから、聞いた所で理解は出来なかった。

 授業を聞いていても理解できないのであれば自主的に勉強するしかないと考え、仕方なく教科書を頭から読み始める。

 するとどうだろうか、何故かするすると頭の中に入って来る。

 教科書がただの単語帳の様に見えて、時々戻ることはあれど次々と脳内に記憶される。

 ひかりはこの時、知らなかったが魔法少女の能力の一つに記憶能力に強化があり、意図して覚えようとした物は永久保存される様になっていたのだ。例えば、心乃葉このはの裸をお風呂場で凝視していた時に無意識でその能力を使用していた為、その姿は霞む事なくいつでも思い出せる。


 反復学習を必要とせずに次々と覚えられるというのは勉強を面白くした。

 答えが決まっている物であれば、間違う事なく答えを導き出せる、それはゲームで無双プレイするような感覚だ、そうなると問題テキを次々倒す事自体が快感に変わってくる。

 そんな状況で、ひかりは自身を天才に生まれ変わったと思う様になってしまった。

 だが、一カ月というハンデを乗り越える為には圧倒的に時間が足りない。

 全教科網羅するには、家でも勉強する必要があると感じた。


 だが、それを邪魔する者が現れる。そう、クラスメイトだ。

 休み時間になる度に話しかけて来ては、放課後の約束を取り付けようとする。

 ひかりはそれを勉強に追いつけていないから、と言う理由で断り続けた。

 だが、そこに寂しさがあった。

 仲の良かった3人が誘ってくれなかっただけでなく、声すらかけてくれなかったのだ。

 別人だから仕方がないのは理解しているひかりだが、双子の妹という設定なのだからその絡みで話しかけて来ても良いんじゃないかと不満に思っていた。


 体育の時間──

 ひかりは不参加となった。

 うっかり手加減に失敗すればワールドレコードを大幅に更新してしまう事が確実なのだ。

 表向きは入院していた事を理由にし、学校公認で授業免除となり図書室で勉強していた。

 だが、ひかりはそうなって安堵していた。何せ、着替える女子達を見なくて済むのだから。

 尚、心乃葉このはは手加減が上手で中の上の成績を常にキープしていた。


 学校が終わると、家に帰る途中で食材の買い出し、家事と近所の清掃、未だ段ボールに入ったままの荷物の開梱、整頓とやる事が多い。

 お風呂から上がって落ち着いた頃には眠くなる。

 女になった事で、ちょっとHなイベントや女である事の戸惑いとかがあってもいいのに忙しさに追われて、そのたぐいが一切ないと不満に思いながら、机に向かって勉強に励んでいるつもりだったが、それは既に夢の中だった。


 心乃葉このははそんなひかりを温かく見守り、そっと毛布を掛けた。

 心乃葉このははせっかく一緒にお風呂へ入っても自身の体に興味を示さず、魔法少女にした事を責めもしない。状況に対する愚痴の一つも溢さないひかりに漠然とした不安を感じていた。

 あんな大けがをしたのだから、もうごうと関わりたくないと言い出してもおかしくない。それ程の出来事だったのだったし、それが許される状況にもあった。

 心乃葉このははとしては、魔法少女に変えてしまった事を後悔している。

 それはひかり以上にトラウマとなり、心乃葉このはを苦しめていた。

 いっその事、激しく責めてくれれば気が楽になるのにと思う心乃葉このはだった。

 そして、あれから心に決めた事があった。その事を完遂すべく、心乃葉このはは今日も狩りに出かけるのだった。


 それからしばらくしてひかりの部屋でスマホに通知メッセージが表示された。


『【HOTLINE】グループのお誘いがあります。』

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