第8話 セクハラ先生からの忠告とお誘い

 学校が始まってから、食事の一切をひかりが作っていた。

 お弁当までつくって貰って大変申し訳ないと思う心乃葉このはは提案する。


「ねぇ、お手伝いさん雇わない?」


 その問いにひかりは意図を汲み取れないでいた。

 わりと料理の腕には自信があるし、無表情ながらもちゃんと「美味しかった」と感想を述べてくれる。初恋の相手に手料理を振舞えると言う事自体がひかりにとって幸せであった。


「どうして?私の料理、好きじゃない?」

「それは好きなんだけど」

「そ、そう……そんなに私の事を?照れるな~」

「そんな無理矢理こじ付けなくたって、ひかりちゃんの事は好きよ」

「───!!」


 ひかりは絶句した。

 目を見て話す心乃葉このはは冗談を言っている様には見えない。

 嬉しいと思う反面、もっと早くに行って欲しかったと思うひかりは次の言葉に一瞬安堵した。


「少し表現に語弊があったかしら」

「な、なぁんだ……あはは」

「言い直すわ、ひかりちゃんの事は恋愛的に好きよ」

「───!!!!!!!!」


 心乃葉このははそんな事はあり前じゃない、といった感じに特に何の表情の変化もなく言い切った。

 そして、赤面しながら動揺する姿を見るのが癖になりそうになっている心乃葉このはだった。


 ひかりとしては心乃葉このはは性格がちょっとずつ理解してきた。

 告白前に抱いていた印象とはずいぶん違うと思いながらも、新たに見えてきた性格も可愛いと思っている。

 結局、今まで表面しか見ていなかったのだと反省するひかりだった。


 ただ、退院してから心乃葉このはは魔法少女の手伝い云々を言わなくなった。

 その割に乾燥機の中にジャージが入っていたり、靴が汚れていたりと活動している痕跡が残っている。

 ひかりはそれを聞けないで居たのは、純粋に勉強に忙しいからだ。そして、それを理由に気を使って声を掛けなかったのだと勝手な解釈をしていた。

 結局、お手伝いさんの件は結論が出ないまま学校に行く事になる。


 ひかりは歩きながら告白前の印象を事を思い出していた。

 大人しいく丁寧な話口調、多分照れ屋で多分恥ずかしがり屋、孤立しているけど多分関わりたいと思っていて男に免疫がないといった所だろうか。随分と思い込みが入っているなと思った。

 今抱いている印象は、私に対して裸を躊躇なく晒す程、羞恥心がない、ズケズケとモノを言う、唐突に告白する、そして私が怪我をすれば代わりに大泣きして、私を大事にしてくれている。総じて小悪魔と天使の融合体とでも言うべきだろうか。

 色々と思い出して茹で上がりそうになる顔を冷やしながら、過去の発言を思い出す。


『私を好きなだけ見て。触っていいよ、何しても……乱暴にする?』


 ひかりはあれが本気だったのだろうかと気にしていた。

 自分に勇気さえあれば、実際に触ってちょっとくらいHな事をしたかったのに、初めて生で見る女子の裸体にただ見るだけで終わってしまった。今でも一緒に入浴するのだが、自分の体を含めて心極力見ない様に薄目で洗っている。理由は単純に恥ずかしいからだ。

 着替ですら極力見ない様に努力していると言うか、直視できていないひかりだった。

 そういう人間の事を『ヘタレ』と呼ぶ、それが自分に当てはまる事は百も承知だ。


 教室に着くと、ひかりの周りに女子がわらわらと集まって、HOTLINEの交換をしようと言ってきた。

 スマホは新に買ったばかりで電話番号も別物、HOTLINEも新アカウントとなって、登録しているのは市長と心乃葉このは彩椰さやだけだった。

 そんな友達が少ない状態だと殆どスマホを使わない。今朝も画面の確認せずにカバンに入れた。そのスマホを取り出してロックを解除した時、グループのお誘いメッセージが目に入る。

 きっとこの子達だろうと思って表示すると、それが魔法少女グループだった事に焦って隠す。


「どうしたの?彼氏からメッセージ来たとかぁ?」

「ほほぅ、彼氏居たんだぁ」

「い、いないって、本当、本当にいないから!」


 ひかりはそんな言い訳をしながら、ささっとQRコードを表示して皆に登録を促す。

 スマホを机の上に置いて皆が登録するのを待った。

 最後の子が登録し終わった時に、その子がひかりのスマホをさっと手に取った。


「あれ?殆ど登録されてないじゃん?仕方ないなぁ、男子~登録したい人いる~?一人千円だよ!」

「ちょ、それは──」

「クラスの男子だけだからいいっしょ?お金は冗談、そんなの取らないって~」


 ひかりは引き下がり止めなかった。

 次々とIDが登録されていく中、男子の半数が千円札を握りしめているのを見て呆れてた。

 しばらくしてスマホを返してもらうと、登録者リストを確認する。そこに仲の良かった3人が含まれる事に少しほそく笑むひかりだった。


 その後、メッセージ着信通知が五月蠅うるさく鳴り続けるので全員ミュートにした。


 ***


 放課後、ひかりが帰り支度をしていると善次よしつぎに呼び出された。

 生徒指導室へのご案内に何かしてしまったのかとあかりの頃の感覚で過去の呼び出し理由を回想する。ひかりになってからは呼び出される程の理由が思いつかないまま、生徒指導室の扉を開く。

 中には誰もおらず、ひっそりとしていたがテーブの上には一枚の写真が置かれていた。

 ひかりがその写真を手に取ろうとした時、善次よしつぎが部屋に入って来た。

 すぐにドアが閉められ、カチッという音がする。

 生徒指導室では他の生徒に聞かれたくない話をする為、邪魔をされない様に鍵を閉める。

 ひかりにとっては、さして当たり前だと思う動作だった。


「それで私は何の件で呼び出されたのでしょうか」

「んー、まぁ言いにくいんだが──」


 善次よしつぎひかりを部屋の隅に追い詰め、壁に手を付いて見つめてくる。


「先生と付き合う気は無いか?」

「はぁ、全く」

「まぁ、そうだよなぁ、いや、先生、出会いなくてさ、魔法少女なら中学生でも法に触れないと聞いて一か八かって、あの、聞いてる?無視されると、先生悲しいな」


 ひかりは思い出す、善次よしつぎはわりと馬鹿だが、ふざける事が多く憎めないと奴だった。それでいて、壁ドンしながら口説くのは本気だと言われても少し納得してしまうが、これも冗談だろう。

 ひかりが席に座ると、真横に善次よしつぎが座る。

 そんな普通ではない感性を持っているのが善次よしつぎだ。


「それで、この写真はなんなのですか?三戸森みともりさんですよね」


 写真に写っていたのは夜の街を歩く心乃葉このはとスーツの男。

 相手の顔こそ分からないが背丈とスーツの上等さは父親を彷彿とさせた。

 心乃葉このはの恰好は、それこそデートに行く様な恰好に見える。

 実はこれが彼氏ですって言われれば信じてしまいそうになるが、それは有り得ない話だ。


「まぁ、それが本題だ、テスト前だというのにこんな事を言うのは何なのだが、三戸森みともりが大人と付き合ってるという噂が出回っていてな」

「それはないですよ、三戸森みともりさんは誰ともお付き合いしてないのは私が保証します」


 頭を抱えながら話す善次よしつぎの姿は、だらけてる様にしか見えないが、これで真剣に悩んでいた。

 善次よしつぎは同居の事を知っているのでひかりに相談を持ち掛けた事は分かる。

 となればやはり口説いたのは善次よしつぎなりの軽い冗談だったんだろう。


「そう?実はあかりが生きていて、こっそり付き合っていたり?」


 善次よしつぎの発想には度肝を抜かれた。

 写真からの推測ではない事は相手が大人だから明らかなのだが、だからといってあかりの存在がどうして出てくるのか分からなかった。

 善次よしつぎは立ち上がり、ブラインドウを指で開き外を眺めながら言った。


「あんまり表情に出さない方がいいぞ──」


 ひかりは表情を読まれたと一瞬焦る。善次よしつぎが外を見ているのは見なかった事にしてくれたという訳だ。


「──先生は何を知ってるんですか?」

「────いんや、なんも知らんよ、ちょっとした簡単な推測だ、だがまぁ、あかりがどこに居るかまでは俺も知らん」

「兄は……生きているのでしょうか」


 ひかりは心配するフリをしてやり過ごそうとした。誤魔化しはいくらでも利くのだ。


「だが、そうだな──、あかりの事であまり良くない状態の生徒が居る以上、生きていればと良いな思う訳だ、分かるだろ?」

「──はい」


 良くない状態とは精神的な話、つまるところ幸福値が低いという事だ。

 ひかりにすれば、そう思ってくれるのは有難い話だが、あまり自分の事を引き摺ってほしくないとも思うのと同時に申し訳ない気分になる

 そんな状況で善次よしつぎひかりの背後に立っていた。

 そしてひかりの両肩に手を置いて耳元で囁く。


「俺ならあかりを探し出せると思うんだ、そんな頼りになる先生が今ならフリーでお買い得だぞ」


 そもそも探す対象がここに居るのだから見つかるはずがない。

 だが、ひかりは考えた、これは「お前があかりである事を知っている」という暗喩なのではないかと。


「──、一つ聞いて良いですか?」

「ああ、いくらでもどうぞ」

「先生は私の事が好きなのですか?」

「────うん、好きだぞ。生徒はみんな好きだ」


 その答えから本気じゃない事は分かる。

 だとすれば先ほどのは暗喩でなく冗談なのだろうとひかりは考えた。

 どうせ告白するなら、今朝の心乃葉このはを見習ってほしいと思う程だ。


「はー、ロリコンですね」

「辛辣!」

「肩に手を置くの止めた方がいいですよ、セクハラで訴えられたら負けますよ」

「相手の幸福値が下がったらな。ひかりはそういう事がないだろう?3000越えなんだから」


 そう言うと善次よしつぎひかりを背後から抱き着いた。

 腕が胸元で交差し、善次よしつぎの肘が胸を当たるののが気になったひかりは自分が女になった事を実感する。

 以前にも同じ事をされた事があるだけに気にする事は無かった。ただ、当時は少し、ホモじゃないかと疑ったくらいだ。

 袖の中からちらりと見える幸福ハピネスカウンターの値は『500.2』と、安全域を示していた。


「お前さ、こういうのされたらちゃんと抵抗しろよ」

「先生が言いますか?」

「全く、魔法少女と言うのはよくわからんな、抵抗しない理由とかさ力じゃ圧倒的に先生負けるのにな」

「先生────三戸森みともりさんにも同じ事したなんて言わないですよね」

「してない、してない、する予定もないぞ」

「はー、だったらいいですけど、もししてたら去勢する所でした」

「物騒!」


 善次よしつぎは抱き着いていた腕をはずすと、頭をボリボリと掻いて入口に向かって歩いた。

 その善次よしつぎが少し振り向き、ひかりを見て、呟いた。


「その胸、ちょっと揉んでみたかったな……」

「やっぱり去勢しましょうか!(怒)」


 善次よしつぎひかりの怒る姿を見て笑った。


「なんだ、ちゃんと怒れるんだな、ちょっと安心した」

「先生……」

「クラスで、スマホ取られて、アドレス交換祭りが行われたと聞いてな、感情表現が下手なのかと思った、もっと怒っても良いと思うぞ先生は」

「さっき、肘を胸の先に当ててましたよね、野獣ですか?綺麗にまとめようとしないでださい」

「すまんすまん、あれは勢いだった」


 ひかりは言われた通り怒ってみると少しスッキリした。

 善次よしつぎは怒られたからといって、反省する人ではないがひかりが怒れた事に嬉しくなり、笑みをこぼす。それを見た、ひかりもつられて笑みをこぼした。


「じゃあ、用事は終わりですね、帰ります」


 ひかりはそう言って部屋を出ようと出口に手をかけた時、善次よしつぎがまたもや壁ドンをする。

 同じことを繰り返すなんて、なんて意味の無い事をなんて思ってると、顔が急接近した。

 相手の吐息が感じれる距離、そして真顔になった善次よしつぎはこう言った。


「もし身を隠す必要がある時はここに来い、俺の家だから気を使う必要は無いぞ」


 ひかりは真剣な表情をする善次よしつぎを初めて見た気がした。

 住所を書かれた紙を握らされ、善次よしつぎはそのまま部屋を後にする。

 続くひかりは出口を出た所で少し立ち止まり、考えたがあの紙を渡された理由に見当がつかない。

 もしかすると本気で口説きに来ているのかという疑問を抱きつつ、止まった足を動かした。 


 そんな状態のひかりを外から見ていた人物が居た。

 その人物は歯ぎしりと舌打ちをして、その場を立ち去る。

 まだ、何のトラブルもない学校生活に不穏な空気が流れ始めていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る