第9話 密着カラオケの罠、そしてお節介を焼く

 転校から数日が過ぎて気づけば中間試験となり、気の抜けない日々が過ぎてゆく。

 最後の試験が終わり、やっと解放された生徒達は遊びたい気持ちが爆発する寸前だった。

 それはひかりも一緒で、一カ月という遅れを取り戻すために学校では勉強一辺倒となって、放課後も家にまっすぐ帰って全く遊んでいない。

 ひかりとしては今日からはしばらくはゲームでもして遊ぼう、なんてあかりだった頃の感覚で居ると、クラスの女子4人がひかりを遊びに誘った。


「ねーねー、試験終わった事だし、打ち上げ行こう!打ち上げ!」

「そうそう、カラオケでパーティしようよ!」


 そこに男子が乗らない訳がない、次々と参加者が増える中、あかりの頃に仲の良かった3人も混じるというのでひかりは行く事にした。

 ひかり心乃葉このはを誘うが、「楽しんでらっしゃい」と言うだけで、不参加という悲しい事態にしょんぼりする。


 ***


 カラオケルームに入り、ドリンクをオーダーして落ち着いた所でひかりが選曲している時に女子達に質問された。


「ねね、ひかりちゃんって、好きな人いる?いるよね?」

「みんな好きだよ?」

「そういうんじゃなくて、恋愛的によ。もちろん男の子で!今居るメンバーだってそこそこランク高いよ?」

「あはは、恋愛ってよくわからないかなー」


 ひかりにすれば全く余計なお世話だった。

 小学生の頃から知っている男達を好きになるなんて出来る訳がない。

 そことなく穏便に話を逸らそうとするが、女子達は全く引かなかった。

 さらには、よりによって親友だった耀人あきとひかりの隣に座らせて密着させられた。

 肩と肩が触れ合うどころか重なりあう程で、少しバランスを崩せば、耀人あきとの膝に手を付きかねない状況だ。

 実際、場所移るべきかと考える程にひかりの密集度が高かった。

 そんな状態で、女子の一人が耳打ちしてくる。


『彼は親友が死んだと聞いてショックを受けたの、それで幸福値が危険域で要警戒者ウェリーも秒読みなのよ』


 そんな事を言われたひかり耀人あきとの事を無下には出来なくなった。

 ひかりにすれば、自分に責任がある感じてしまったのだ。

 だが、性転換した事は心乃葉このはから堅く口止めされているし、魔法少女の事なんて以ての外だ。

 そんな状況下で耀人あきとの呟きが、周りの空気を一気に凍らせた。


「俺、御影みかげさんの事、好きだわ……」


 ひかりは頭が真っ白になり唖然としてしまった。

 周りの人達もひかりの反応が気になり、カラオケどころではない。

 その場には、誰も歌っていない音楽だけが流れ、全員が固唾を飲んで黙り込んだ。

 ここで断れば間違いなく耀人あきとの幸福値は下がり、運が良くてドロップアウトとなる事は誰もが理解していた。

 ひかりとしてはそれは絶対回避しないといけない未来だと直感し、自身の恋愛感情を棚上げして最適解の答えを導きだし、作り笑顔で答える。


「じゃあ……、お試しで付き合ってみる?」

「まじで!?いいの?やったああああ!」

「四方君おめでとう!」

「やったな、四方!」


 まさに勢いだけで咄嗟に告白に答えてしまった、ひかりは、今更ながら自問自答する。

 いいのか?これでよかったのか?他にいい方法が無かったのか!?

 更にはクラスメイトの目的が薄っすら見えてしまった。

 耀人あきとの幸福値をどうにか押し上げたいという一心で、このカラオケに誘った。

 つまりは最初から仕組まれた事だと言う事に。

 ひかりには最初から逃げ道なんて無かったのだ。


「あのさ、上の名前は思い出す人がいるから、下の名前で呼んでいいかな」

「うん……」


 その気持ちが分かるひかりは同意する。

 すると耀人あきとは少年らしい年相応の笑顔を見せた。それは間違いなく、作り笑顔ではないものだ。それをみたひかりには罪悪感が心に突き刺さった。

 複雑な心境の中、耀人あきとは名前を呼んだ。


「じゃあ、ひかり

「はい」

ひかり

「はい」

「いや、俺の方も下の名前で呼んでよ、耀人あきとだから!」

「じゃあ、耀人あきと……くん」

「俺、もう死んでもいいかも」


 結果は兎も角、これで幸福値が上がればいいかと思うしかないひかりだった。

 のらりくらりとお試し期間を進展のないまま乗り越え、自然消滅すればベストだと考えた。

 だが、周りは告白程度では収まらなかった。


「じゃあさ、付き合った記念に、キスしてみよっか」

「いいねそれ!」

ひかりちゃんがんばって!」

「「「キースッ!キースッ!キースッ!キースッ!」」」


 関係のない外野が勝手に盛り上がって変な事言い出した。

 面白がって悪ふざけの域に入ってるとしか思えず、ひかりは作り笑顔が崩れそうになる。


「おい、ひかりに無理強いするんじゃねえよ!仮にやるとしてもお前らの前でする訳がねーだろ!」


 ひかりは少し耀人あきとの意見に大いに同意した。

 その時、変な妄想イメージが脳裏を過る。人前ではない所でキスする自分を想像してしまった。それも相手は耀人あきとだ。

 待ってくれ!人前でなければキスするという意味ではない、断じて違うからやめてください、お願いします!と、脳内で自分に言い訳と土下座をかまし、変な想像をしてしまった自分が恐ろしくなり、少し顔色が悪くなる。


 この時光ひかりは知らなかったが、ひかりは無意識の内に魔法少女の能力を使っていた。その名も『脳内妄想体験マジカル・バーチャルトレーニング』だ。その効果は(以下略)


ひかり、もう行こう」


 耀人あきとに手を引っ張られ、カラオケから抜け出した。

 黙って走る耀人あきとだが、ひかりの家とは逆方向に向かっていた。

 


「あの、耀人あきとくん、どこに向かってるのかな?」

「俺んち、ここから近いからさ」


 ひかりの記憶では、耀人あきとは家族と一緒に暮らして、場所もここからはかなり遠い場所だった筈だ。

 それなに、カラオケから徒歩5分もかからずに到着したのは独身向けワンルームマンション。

 耀人あきとは誰も居ないから、気にせず上がってと言う。

 ここまでずっと手を繋いだままで、少し汗ばんだ手が耀人あきとの緊張感を表していたが、ひかりは能天気にも「へぇ、一人暮らし始めたのか~」なんて呑気に考えながら付いて行った。

 部屋に入ると、耀人あきとが飲み物について聞いて来た。


「コーラしかないけどいいかな?」

「うん、ありがと」


 ひかりが見た感想としては、思ったよりも片付いてる。だが台所だけは酷い有様だった。そしてひかり家事の手抜きこういうのが我慢できない性格だった。


「ちょっと洗い物させて」

「あ、後でやるからいいよ」

「気になるから今する。エプロン借りるよ」

「……」


 ひかりは溜め込んだ洗い物を慣れた手つきで洗い、ごみを片付けた。

 この地域はごみの分別がある事を知っていたひかりはカップ麺の容器やお弁当の容器を使い古しのスポンジで洗う。

 実のところひかりは片親で育ったからか家事は得意だった。その勢いで料理も作ろうかと考え、なんとなく冷蔵庫を覗くとコーラ以外何も物が入っていない。

 耀人あきとがちゃんと野菜とか食べてるのだろうかと心配になったひかりは少し考えて、このあたりにスーパーがあるのを思い出す。


「食材全くないね、買って来る」

「あ、俺も行くよ」


 スーパーに入るとひかりは手慣れた感じに肉と野菜と調味料をカゴに入れてゆく。

 問答無用に次々と入れるから、耀人あきとはただついて来てるだけだった。

 あっという間にレジの列に並ぶ。待ち時間に『荷物は俺が持つよ』とカゴを受け取る耀人あきと

 ひかりは「そういう気配りは出来るヤツなんだよね」と、昔から変わらない耀人あきとに感心する。

 代金を払う場面では、ひかりが万札を取り出し支払う。

 出し遅れた感の耀人あきとは長い後列をみて、出そうとしたお金を一旦財布に戻した。

 そして『後で払うから』といって、袋詰めを受け持った。


「あらぁ、彼氏やさしいわねぇ~」

「え、あ、あう……」


 レジのおばさんがほっこりした感じに余計な事を言う。

 ひかりは肯定も否定も出来なかった。


 それからマンションに戻り、ひかりがささっと調理をした。

 お米はあったのでご飯を炊き始め、おかずは2皿に分けて冷めるまで置いて冷めたらラップをかけるつもりだった。

 そうすると、耀人あきとがつまみ食いを始める。

 その耀人あきとは「うまい!」と言ってはつまみ食いを続け、気づけは一皿がまるまる無くなってしまった。

 ひかりがヤレヤレだと思いつつ、もう一皿は今日の晩御飯に置いとく事ときつく言いつけると、耀人あきとは唐突に思い詰めた表情となった。


「これ、あかりと同じ味付けんなんだな、流石兄妹だよな……」


 ひかりは耀人の家で料理した事があっただろうか?と、思い出そうとした。

 暫くして耀人あきとの親が居ない時に妹の分もついでに作った事があったと思い出す。

 耀音あきねちゃんという存在を思い出し、思い出に浸る。


(半年くらい会ってないけど元気かなぁ?)


 そうこうしている間に、耀人あきとは皿と箸をもったまま、涙を溢し始めた。

 ひかりはどうしていいか分からず、動揺した結果とりあえず頭を撫でた。

 すると耀人あきとは空になった皿を落とし、ひかりの胸元に顔を埋め、本気で泣き始めた。


「うわあああああ、あかりは何で死ななきゃいけなかったんだよ!」


 ひかりは何も言えなかった。ひかりが出来る事は抱きしめて上げる事くらいだ。

 胸元に顔を埋めると言っても、エプロンがあるから大したサービスになっていないだろうけど、そこは我慢してもらう事にした。

 耀人あきとはしばらくは泣いていたが、次第に落ち着いたのか小声で「ごめん、ひかりの方が辛いよな」と言って離れた。


 ひかりの罪悪感が更に増した気がした。

 そうして、余計な事を言ってしまう。


「思い出すのが辛くないなら、また作ってあげる。野菜はちゃんと摂るんだよ?」

「うん、サンキューな、嬉しいよ」

「じゃあ、今日は帰るね、バイバイ」

「あ、途中まで送るよ」


 夕日がひかり達の影を長く伸ばしていたが、影同士がつっくつ事は無かった。

 見送りの最中、耀人あきとは静かになっていた。

 そのせいで罪悪感がずしりと音を立ててひかりに圧し掛かった。


 耀人あきとは幸福値が下がりすぎた事を気にして家を出た。それは家族にうつらないように考えての事だ。

 その事を察したひかりはお試しと言いつつ、面倒を見て上げたいという気持ちが強くなっていた。

 ひかりはこの付き合いお終わりを考え直した。

 自然消滅ではなく、幸福値が戻り再び家族と暮らし始めるまでは続けようと。

 そして、全ては罪悪感から来る感情なのだと自分に言い訳をした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る