第5話 魔法少女の恩恵、そして禍堕ちとの戦い(中編)

 楽しくケーキを食べ続け、ひかり一人で5ホールは食べた。

 その場で紅茶を淹れてくれるのもポイントが高い。

 なんてすばらしいお店なのかと非常に満足しているひかりだった。


 三戸森みともり三戸森みともりで、ケーキに飽きたのかバケツプリンを食べ始めている。ひかりは一口もらったが今まで食べたどのプリンよりも美味しい、更に一口貰おうとすると三戸森みともりから拒絶される。食べるなら自分で頼めと言わんばかりだ。


 突然、三戸森みともりはフォークをテーブルの上に置いた、その瞬間から彼女の雰囲気ががらりと変わる。

 ひかりはその意味が分かっていなかった。

 ひかり三戸森みともりの事が気になりつつも、ケーキを次々食べるていると、ふと、どこからか耳元で大声を上げられた様な聞こえた。


『仕事がうまく行かない!上司から怒られてばかりだ!納期に間に合わない!!!』


「うるさっ!三戸森さん、何か言ってな……じゃないよね」

「私じゃないわ。何が聞こえたの?」

「なんだか、『仕事がうまく行かない。上司から怒られてばかりだ』って感じの声が大音量で聞こえた」

「ちっ、こんな時に来るかなぁ、有り得ないんだけどー……というか、凄いね、魔法無しで聞こえるって」

「凄い?才能あるのかな」

「うん、ちょっと有り過ぎてヤバイよ」


 三戸森みともりはスマホを操作し、誰かに電話を掛けたと思えば、別のスマホ取り出して誰かにメッセージを送り始めた。


「お久し振りね、今は東区のアークレイムホテルの35階よ、たぶん1時間以内に禍堕まがおちが出るわ、うん、お願い、待ってる」


 ひかりは相手を魔法少女だと察した。東区だから担当を呼び出したのかもしれない。


禍堕まがおちって何?」

「この間の業泥ごうでいっていうのよりもっと大きくて凄いのよ、恐らく、このホテルが崩壊する程の事件になるわ」

「じゃあ逃げないと!」

「私達は最後、もうホテル内には連絡入れてるから、うまく行けばホテルは無事で済むけど、結局、別のどこかで問題が起こる事になるわ、きっとビルが崩壊するよりマシね」


 三戸森みともりは凄く真剣な表情だった。

 それは冗談ではなく、現実に起こるとなれば気を引き締めなくてはならない。

 これが本当の初陣となるひかりにとって、それは過酷な試練だった。


「僕は何をしたらいい?」

「まずは変身の仕方を覚えて頂戴、できたらポーズ付きで。ヘアピンが魔法のステッキになるのは説明したよね」

「へぇ、そうなんだ」

「な、ん、で、し、ら、な、い、の!」

「ご、ごめん~」

「いざとなったら変身して戦って欲しいの。呪文みたいな物はないから、ヘアピンにキスするだけよ」

「なるほど、簡単でいいね」


 周りを見渡しても店内には誰も残ってい無さそうだった。

 VIP席は若干隔離された空間になっていて、二人は取り残された状態だ。


『え~ん、え~ん、ママー』

「三戸森さん、また何か言った?小さな女の子が泣いてるような声だったけど」

「えー?逃げ遅れ?仕方がないなぁ、『マジカルサーチ!』────居た!39階の非常階段付近!」

「魔法って変身してなくてもつかえるんだ」

「うん、兎に角急ごう!」


 階段を上るなんてまどろっこしいとはしないでジャンプで1回で折り返しまで登る。

 そんな勢いで39階なんて一瞬でたどり着きそうだった。


 ひかりにすれば力の加減が難しく、過剰に飛び過ぎたと思う程だった。

 だが、疲れる事もなくぴょんぴょんと飛べるのは存外楽しく、もっともっと思いっきり動きたいと思った。そんな感覚が湧きおこれば、当然、強敵が欲しくなる。すると禍堕まがおちとやらと戦う事が楽しみに思う様になっていた。


 39階にたどり着いてすぐに周りを探した。

 案の定、小さな女の子がウサギの縫いぐるみを抱いてうずくまって泣いていた。

 ひかりはしゃがんで小さな女の子の頭をなでて話しかける。


「一人で良くがんばったな、お母さんはどうした?」

「クロくてヘンなのにつかまってね、ぐにゅーっとされちゃったの」

「それってもしかして──」

「──業泥ごうでいね。まだ禍堕ちじゃないわ!ねぇ、それってどっちの方にいたの?」


 子供の指す方向に三戸森みともりは我先にと駆けだした。

 それを追いかける様にひかりは子供を抱きかかえて走る。

 ひかりが通路の角を曲がると、そこは暗闇に覆われた空間で業泥ごうでい三戸森みともりは捕まっていた。恐らくは不意を突かれてしまったのだろう。

 子供の手前、変身するのはどうかと思ったひかりだったが、そんな事を考えてる場合でもないとヘアピンにキスをした。

 すると、ほんの一瞬裸になったかと思えば、三戸森みともりとは色違いだの衣装に変身した。その時になってポーズを忘れていた事を思い出すが、そんな事を言ってる場合ではない。

 ひかりは子供の前だから何も言わなかったが、背中の露出が多い事に少し抵抗感と恥ずかしさが押し寄せて少し恥ずかしくなっていた。


「おねーちゃん、まほーしょーじょなの?カッコいいね!」

「あはは、危ないからちょっと下がっててね」

「うん!」


 ひかりは見様見真似でステッキを上に掲げて叫んだ。


「マジカルブレード!」


 ──何も起こらない?


(うわ、カッコ悪!)


「何で何もおきないんだ!?」

「何してるの!あなたの武器はマジカルアサルトライフルでしょ!説明聞いてなかったの!?」

「え、え、え、そうだっけ、えーとっ、よ、よーし、『マジカルアサルトライフル!』」


 ステッキは七色に光り、形状を変えた。


「これ20式5.56mm小銃じゃないか!」


 ステッキが変化した物は自衛隊で採用された自動小銃その物だった!

 ひかりは兎にも角にも、撃ってみる事にした。

 狙いをつけて、引き金を引いたその瞬間!


 カチッ


 しっかりと射撃モードの切り替えレバーが「ア」※に入っていた!

 そこまでの再現って要るのかと、憤慨しながらレバーを「タ」※に切り替える。

 ※この銃の射撃モードは3つあり、「ア」「タ」「レ」と語呂合わせの様になっていて「ア」ガ安全、「タ」が単発、「レ」が連射を意味している。


 改めて狙いを定め、引き金を引いた。

 『ターーーン』という耳に来る音と同時に業泥ごうでいの一部がはじけ飛ぶ。

 それを聞いた子供が怯えだすが今は構ってっれない。


「なーにやってるの!!ちゃんと業核ごうかくを狙いなさい!あと、すっごい怖いから私に当てないでよね!」

「やってみる!」


 ひかりは再び、照準を定めようとした。

 ゲームでしか見た事のない銃なのに、ひかりの手にしっくりくる。

 だが、赤い部位が見えない。これでは同じ事の繰り返しだ。


「昨日みたいにのが見えないんだけど!」

「ああっもうっ、じゃあいい、私がやるわ!」


 三戸森みともりの変身と共に、業泥ごうでいの一部ははじけ飛んだ。

 だが、ひかりは見逃さなかった。全然ポーズ取っていない事を。それと変身の瞬間、ほんの一瞬だけ全裸になるのは傍からも確認できる事を!

 そして、戸森みともりがマジカルブレードを召還し、構えてからの一閃、流れる様な一撃で見事、業核ごうかくを破壊すると、業泥ごうでいが力なくその床に落ちて行く。

 やっぱり三戸森さんの剣筋はカッコいいと思うひかりだった。


ひかりちゃん、浄化お願い!」

「わかった」


 アサルトライフルをステッキにもどし、天井についた業血ごうけつが滴り落ちるのを口で受け止めた。

 舌の上で転がす様に舐めると対象の感情が僕の中に入って来る。


『私なんて要らない子なんだ、お母さんが私を見捨てたのだって、いじめるのだって暴力を振るうのだって全部、全部──』


 自身の目がとろんとなるのが分かる。

 内容は兎も角、多幸感というか、気持ちのいい温泉に浸かってるみたいだ。

 このまま湯舟に浮いていたいと思うひかりだった。


「ってちがーう!三戸森みともりさん!これ、最初に聞いた声と違うよ!」

「と言う事は、また別物!?」

「そう、誰かは分からないけど、最初のは男の人の声だった!」


 そんなタイミングで、ドーンと激しい地響きがしてホテル全体が揺れた感じがした。


「その子のお母さんを回収したわ」

「ママー!」

「一旦1階まで逃げよう、エレベータは…、こういう時、使っちゃダメだよね、じゃあ非常階段!」

「そんな事言ってられない、窓から飛び降りるわよ!東側の窓から降りれば大丈夫、構造的に下に誰もいないから!」

「えええええええええ!?」


 三戸森みともりは母親を抱きかかえながら窓ガラスを蹴り一発で粉々にした。

 地上39階、そこからの紐なしバンジーが今ここに!

 子供には目をつぶっててもらい、ひかりが抱きしめて飛び降りる。

 激しい速度で落下していく中、お互い声を掛け合った。


「いくよ」

「うん」

『『マジカルウイング!』』


 すると二人の体からとても大きく純白の翼が広がった。地上の人々からはまるで天使が舞い降りてきた様に見えた事だろう。

 ひかりにとってそれはとても不思議な体験だった。

 体にもう一組の腕が生えたような感覚。

 そこから羽ばたくと、空中で自由な飛行が出来る。

 肩甲骨のあたりがむき出しになっていたのはどうやら、この魔法の為だったらしい。

 そんな状況で子供は瞑っていた筈の目を開けてキャッキャと大喜びしていたが、突然、甲高い叫び声を上げた。


「きゃああああ、おねーちゃん!みてあれ!ビルがクロくなってるよ!」


 とても大きなビルだったのに、真っ黒で巨大な業泥ごうでいに呑み込まれようとしていた。

 それを見た三戸森みともりが叫ぶ様に言った。


「あれが、禍堕まがおちよ!」


 とてもじゃないが、魔法少女でも太刀打ちできる相手ではないと思うひかりだった。

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