第6話 魔法少女の恩恵、そして禍堕ちとの戦い(後編)

 三戸森みともりひかりは親子と共に39階の窓から飛び降り、滞空時間を堪能する間もなく地上に降り立った。

 その間にビルは禍堕まがおちに完全に呑み込まれようとしていた。


「何あの大きさ!」

「あれが禍堕まがおちなの、多分、最終形態ね」


 見た目はただ真っ黒で巨大なワームの様な生き物に見える。

 それが40階建てのビルをまるま呑み込もうとしているが、どうやったら倒せるのか全く見当もつかないひかりだった。

 そんな時、どこか遠くからから声が聞こえた。


『マジカルブーメラン!』


 その声と同時に全長10mもありそうな巨大なブーメランが禍堕まがおちに突き刺さるが霧状になって蒸発し、更に二発目のブーメランがビルめがけて飛んで行った。

 それを見て三戸森みともりの表情が明るくなり、まるで解説するかの様に話した。


「来たわね、東区の暴れん坊、マジカル・ラン、私達も頑張らなきゃ」


 三戸森みともりはマジカルブレードの剣撃を飛ばし、小さなダメージを与え始めた。

 ひかりから見れば、どちらも有効打にはなっていない様に思えた。

 そこでひかりは見様見真似で『マジカルサーチ』と唱えてみた。

 だが、それを聞いた三戸森みともりは何を遊んでいるかという表情で間違いを指摘する。


「なにしてるの、それは人を探す魔法よ!」


 だが、ひかりにはビルの5階当たりが薄っすらと赤くなっているように見える。

 ひかりは更に集中して再び『マジカルサーチ』と唱えた。

 すると、さっきよりもより鮮明に赤黒い物が見えた。

 5階の赤黒い部分にアサルトライフルの照準を合わせ、引き金を引いた。

 『ターーーン』という音と同時に、5階のあたりから血が溢れ出す。

 それを目の当たりにした三戸森みともりひかりに賞賛の声を上げる。


ひかりちゃん、やるじゃない!ほんと凄いわ!」


 ひかりは照れながら、浄化の為と思ってビルに近づき、業血ごうけつを舐める。

 それを見た三戸森みともりは驚き、止めようとしたが、その時はもう手後れだった。


「え、ちょっと!ひかりちゃん!禍堕まがおちの業血ごうけつは舐めちゃダメ!廃人にな────」


『■■■■か■■■い■■■■■■■■■■■■え■■■■■■■■

 ■■■■■■■■■■■■■■■■■■■た■■■■■

 ■■■■れ■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■

 ■■■い■■■■■

 ■■■■■■な■■■■■■■■■■

 ■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■と■』


 突然、ひかりは視力を喪失し暗闇の世界に堕とされた。何か得体のしれないノイズとしか思えない言葉が鼓膜が破れそうになる程のボリュームでひかりの中に流れ込んできた。それはこの世の物とも思えない、呪いとでも感じ取れる程、おぞましい感覚でひかりの頭をかき乱す。


 その時の外部から見たひかりの体はあまりにも大質量の禍堕まがおちに飲み込まれて見えなくなり、浄化が終わるのが先かひかりの命が尽きるかと思われていた。

 ひかりの体は一瞬で悲鳴を上げていた。如何に強化された魔法少女と言えど、大質量の前には抵抗すら許されなかった。だが、ひかりの痛覚が精神的キャパを越えると予測した魔法少女の安全機能が一瞬で、全ての感覚をした。

 そして、それはひかりにとって、死かと錯覚するほどの状況だった。


 何も聞こえず、何も見えず、何も話せず、何も触れず、何も動かせない。

 まるで宇宙の真空の無重力空間に放りだされたような感覚とでも言うのだろうか。

 そして自分が溶けて行く感じがしていた。それは思考が徐々に薄まって感情と言う物がなくなっていってるのだと思ったが、それを止める方法は無かった。

 何も感じる事がない、ただ浮いているだけで手足を一ミリも動かせない状況、虚無の時間を彷徨う中、三戸森みともりの声が聞こえた気がした。

 

 ハッキリと聞こえた訳ではないが、彼女が泣いていると思った。

 三戸森みともりが泣くと自分も悲しくなる。

 その出来事は、自我を失いかけていたひかりが自身の感情を表現できた唯一の方法だった。何も聞こえず、感じられないハズの者が悲しみという感情を表に出す。まるで人形に魂を込める様な行いだった。それが、ひかり自身のだとは露知らず。

 三戸森みともりの声が遠のく事があった。それは孤独さを倍増させる、それからは再び何も感じられない虚無の時間が過ぎてゆく。

 もう、何もかもを諦めるかと思いそうになった時、脳内に直接メッセージが送られてきた。


『■り■■う』


 それは禍堕まがおちからの最後の言葉だった。何を感謝されたのかは分からないが、その言葉は甘えてくる子供が発した物の様な感じがした。それから喪失していた視界はゆっくりと光輝き、禍堕まがおちが浄化されて消えて行くのを感じながら、ひかりは安心して意識を手放した。


 ***


 ひかりが目を覚ましたのは事件から一週間経ってからだった。

 まず最初に目に入ったのが三戸森みともりだった。彼女は何日も泣き続けていた様な酷い顔で「馬鹿馬鹿」と罵倒してくる。頭を撫でてあげたいと思うひかりだったが、首から下は全く動かせない状態にあった。

 そこは中央区にある市内で一番大きな病院だった。絶対安静とされて面会者も制限させれいる状態だったがひかりに面会する者がいないと思っており、大した事は無いと思た。

 医者の話では、魔法少女の体と言うのは精神的に危険な状態になると全ての感覚を遮断し、自身の体を捨ててでも精神を護る構造だそうだ。


 翌日には市長とホテルのオーナーが挨拶に来た。

 復帰した際には特別報酬と頂けるとか。感謝の言葉ばかり貰っても意味はないので、有難く頂く事にした。

 ひかり三戸森みともりの甲斐甲斐しい介護を受けながら、それなりに幸せな気分に浸っていた。

 体の状態は、聞くも無残な状態だから教えられないと、突っ張られる。分かっているのは、両手足ギブスで固定されている事だけだ。それは幸福値に影響が出る事を考慮してなのだろうと思ったが、諦めきれていなかった。やはり自分の事は知っておきたいと思うひかりだった。


 更に次の日には、東区の魔法少女という朝倉あさくら彩椰さやがお見舞いに来てくれた。関西弁が特徴的なショートヘアの活発的なスポーツ女子と言った感じの可愛い女の子で、できたら男子の頃に出会いたかったと思うひかりだった。表情がコロコロと変わるので見てて飽きないのも好感が持てた。


 彩椰さやに当時の状況を聞くと、言いづらそうに禍堕まがおちから出てきたひかりの状態を話してくれた。

 一見、ひかりの見た目は綺麗だったらしい。

 ただ、内外から圧迫されたせいで大半の内臓が損傷し、手足は全ての骨が複雑骨折していた。

 普通はそんな状態で生きている訳がないと思われた。

 だが、そこは魔法少女、生命維持のためだけの器官を護り、限定した状態で命をつなぎ止めたが、そこからの回復は目を疑う程で徐々に機能を取り戻す内臓に手足の骨も徐々に繋がってゆき、完治も時間の問題だと思われた。

 問題は感覚がいつ戻って来るか。今、感覚が戻れば死ぬほどの激痛に襲われるだろう。

 魔法少女の体はその事が分かっているから、神経を切断したままなのだという。

 要は完治さえすれば自然に感覚も戻って来るという事らしい。


 その日の夜。

 中央区の魔法少女が現れる。『マジカル・ユリ』と名乗り、ひかりの功績に敬意を払ってくれた。軍人を彷彿する子だったが、変身解除の姿や名前は教えてくれなかった。


 そこから更に一週間が経過する。

 ひかりの手足の感覚が戻り、ギブスも取れたので検査入院という形に変わった。

 ここからは診察の時間以外は食べる物も自由だし買い物にだって出かけれる。

 そして、驚いたの事に幸福値が『2933.2』となっていた。

 そこまでのその数値となると、良い所のお嬢さんが何不自由なく暮らしてるレベルだとか。

 あまり一般人では見かけられない値とされていた。


 ひかりの全快を聞きつけたホテルのオーナーが近くの支店で、ケーキバイキングを開いてくれた。ホテルは崩壊してもおかしくない状況だったのに被害は軽微で既に営業を再開したと言う。

 あの時に食べきれなかったお詫びだと言うので、彩椰さやを含めた三人で食べて食べて食べまくった。

 その時、彩椰さやが少し残念そうに話しだした。


「中央区でやるんやったら、あの子も来ればよかったのになぁ」

「あの子ってユリさん?」

「そうそう、結局誰も正体しらへんねん」

「きっと、言えない事情があるんでしょ、気にしないであげるのが一番の親切よ」


 ひかりもその通りだと思った。

 無理矢理相手の秘密を暴くなんて悪趣味だ。

 仲良くなりたいのもわかるけど、こればっかりはどうしようもないと諦める。

 その時、貸し切りの筈の店に来店する者が居た。それはこの魔宮市の市長、三戸森みともりの父親だった。


「おや、心乃葉このはも来てたのかい」

「パパ……」

「今日は、御影さんに用があってね。先日言ってた報酬の件だ」


 ひかりの目に入ったのは小さな宝石が埋め込まれたペンダント。

 特別なおまじないを掛けているから、常時着けていて欲しいと言われ、市長の手で首に掛けられた。

 それを見た彩椰さやが羨ましくなり、市長にねだり始める。


「へぇ、可愛いやん、ええなぁ、ええなぁ、ウチもほしいわぁ」


 彩椰さやには好評だったが、三戸森みともりには不評だった。

 その理由はそのペンダントを見る度にパパを思い出すと後になって言われた。

 ひかりからすれば、ペンダントの見た目よりも、おまじないの効果が気になっていた。魔法少女が居るんだから、おまじないだって効果は本物だと思ったからだ。


 病室に戻ると甘い物ばかりを食べていた口が塩系の何かを食べたくなってきた。

 最初に口に出したのはひかりだ。


「ぽてち…、コーラ…」


 それに反応するは彩椰さやだった。


「それは悪魔の交響曲シンフォニーやで!」

彩椰さやちゃん、どう?これから一杯」

「あんさんも悪でんな~」

「「ふっはっはっはっは」」

「もう、あまり騒ぎ過ぎちゃダメよ」


 結局、三戸森みともりも一緒に軽い二次会となった。

 話題は主に事件の関連についてだ。

 ひかりが最も驚いた事から話が始まる。


禍堕まがおちの件の報酬がとんでもない額だったよ。軽く一戸建てが買えちゃうくらいの額」

「へぇ、ええやんええやん、それだけの事したんやと思うで」

ひかりちゃんの功績だからね。それに今回の事で魔法少女の体についての研究が結構進んだみたいだし、その報酬も入ってるんじゃないかしら、あと、助手扱いから正式に魔法少女として認められたから、報酬を分割は市がやってくれる事になったわね」

「でも、一緒に頑張ろうよ、三戸森みともりさん」

「──うん……」

「あれ?三戸森みともりさん?何か嫌な事あった?」


 何故かひかりには三戸森みともりが少しいじけているように見えた。

 それと同時に、彩椰さやが「ちょっとトイレ行ってくるわぁ」と言って席を外す。

 ほんの少しの沈黙は三戸森みともり


「───そろそろ………、下の名前で呼んでくれない?ひかりちゃん」

「あ……ごめん。そうだね……、────心乃葉このは………ちゃん」

「あースッキリッ、って、何なん!?この雰囲気!まるで告白した直後みたいな雰囲気醸し出しとるやん!なにー?なんなーん?教えてーやー」

「そんな早くにトイレから帰って来れる訳ないわよね?」

「バレたかぁ、流石名探偵心乃葉このは君やな!」

「誰が名探偵よ!」


 こんな風な感じで、ひかりは退屈せずに入院生活を送れた。

 明日は退院、明後日は平日で、ついに復学となるひかりの心境は複雑だった。


「あと、1週間休みたいなぁ……」

「ダメ」

「3日でいいから!」

「ダーメ」

「あきらめーや」


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