第42話 夏期講習からの罠③

 真っ暗な空間に衣千香いちかの声は良く響いた。

 まさに支配者と呼ぶに相応しく、その為の演出も研究に研究を重ねていたのだ。

 どれだけじゃじゃ馬であろうともこの空間で脅して説得を続ければ最終的に素直に従うのだ。


「もういい、あなたはそこで反省する事。相手が誰であれ殺しは駄目、それが分かるまで出さない」

「改心しろというの?」


 衣千香いちかはその答えを返さない。

 静寂な時間が過ぎるのだが、それは優々菜ゆゆなに考える時間として与えているのだ。

 むしろ、衣千香いちかにとって時間は無限であり、業泥ごうでいは最終的にひかりがどうにかすると思っているのだ。

 だが、優々菜ゆゆなにとって、このチャンスを逃す訳にはいかないのだ。


「───分かった、反省したわよ、せめて姿を現せてよ、センパイ」

「分かってくれた……本当?」

「本当よ、センパイに言われた通りにするわ」


 その言葉が嬉しかったのか、衣千香いちかは暗闇から、まるで色を重ねたように徐々に姿を現せ、風も無いのになびくマフラーが彼女の存在を際立たせていた。


「センパイ、そこに居たのですね……、デスサイズって事は西区の…」

「そう、私はマジカル・ノアール──」


 衣千香いちかは突如熱くなった脇腹に目線を落とすと、そこには両手剣が自身を貫いていた。


「どう……して」


 力が抜ける──

 たかが大きな剣が脇腹に刺さっただけで、力が抜けるなんておかしいと思いつつ、顔面から地面に倒れた。


「センパイ、手元が狂っちゃいましたぁ、お願いですよ、センパイ、早くここから出してくれませんかぁ?始末しなきゃいけない人がいるんですよ~」

「騙したの……」

「あははははは、騙される方が悪いんですよぉ、勝手に拉致っといて何様ですかぁ?」


 にこやかな顔は突如として変貌する。

 まるで悪魔か何かといった感じに口は裂け、衣千香いちかには、優々菜ゆゆなが最早人でない何かに見えていたのだ。


「アタイにこんな事を良いのはひかり様だけなんだよ!身の程を知れ!」


 そう言って衣千香いちかの脇腹から剣を抜くと、剣からしたたり落ちる血を衣千香いちかの顔にたらし始めた。


「ほらぁ~、可愛い顔が血まみれになっちゃいますよぉ?それとも、その季節外れのマフラーを赤く染めちゃう?」

「それはッ………やめろ………!!やめろおおおお!!」


 ぼたりぽたり滴り落ち赤い斑点がマフラーに染み込んでゆくのを顔面蒼白で見るしかなかった衣千香いちか、気力を振り絞り立ち上がろうとするのだが力が入らず再び地面に平伏してしまう。

 そしてマフラーに突き立てられる剣に自身が刺されたよりも苦痛の表情を見せるのを優々菜ゆゆなは愉悦を感じ始めた。


「あーーーはっはっはっは、ナニコレ、たかがマフラーに何感情移入してるの、バッカじゃない!?」

「それは、先々代から受け継い──」


「五月蠅いよ!」


 剣を刺された部分をわざわざ蹴ってダメージを増やそうとするが、既に痛覚は遮断されており話を遮る以上の効果はなかった。

 その事に少し苛立ちを感じた優々菜ゆゆなは殺意を抱く。


「もしかして~、センパイ殺したら出れますかねぇ?

 どっちでもいいんだけど~、ここから出さないと本当に殺っちゃいますよぉ~?

 あははははははは──は?」


 高笑いしていた優々菜ゆゆなは突如、喋るのを止めた。

 一発の弾丸が優々菜ゆゆなの心臓を撃ち抜いたのだ。

 優々菜ゆゆなは「グハッ」と発すると同時に吐血し、その場に崩れる様に膝をついた。

 その状態で気が動転しながらも呟いた。


「誰が?どこから撃った!?

 “撃った”と言う事はひかり様!?

 ひかり様がどうしてアタイを撃つ?

 分からない、分からない!!分からない!!!!!」


 悲痛な叫びだけが真っ黒の空間にこだまする。

 重症になりつつそれを見ていた衣千香いちかも驚きを隠せないでいた。


「どうして?誰が!?弾丸?、ひかりお姉さま?────どうやって?」


 驚くのも無理はない、このマジカル・イクウカンへの出入りは衣千香いちかにしか制御できない。

 なのにそれを突き破り、更に対象を撃ち抜いたのだ。

 もはや優々菜ゆゆなに騙されて刺された事もマフラーの事も忘れ、その疑問ばかりが思考を支配した。


 だが、その同じタイミングで二人の葛藤を事を気にも留めないひかりが別れの言葉を口にしていた。


『ごめんね、優々菜ゆゆな、そして、さようなら──』


 その瞬間には優々菜ゆゆなの眉間に風穴が空き、脳が炸裂した。

 そうして、優々菜ゆゆなだった物は力なく倒れた。

 二度目の侵入はこの空間の持ち主である衣千香いちかにとっても衝撃の瞬間だった。

 最早、偶然などではないのだから。

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