第41話 夏期講習からの罠②

 大講義室には依然として5人もの生徒が生存していた。

 一人を取り囲む様にして、他の4人が殴る蹴るの暴行を加えている。


「寒気がするぞ、本当にこのまま言われた通りにすればいいのか!?」

「そう言われたとしか……、それにお前死にたくないだろ」

「そうだぞ、現に既に牟田尻むたしりが殺されたんだ、俺はああはなりたくない!」

「だが、出口はもう……」


 彼らが見る先にはあったはずの出入り口は黒い何かで埋もれていた。

 彼らは何かに怯え、今も脅されているかの様に虐めている側が虐められている側の様に焦燥していると言う不思議な状況に陥っていた。


 それには昨晩、塾の帰りに起こった黒ずくめの女に襲われた事が起因している。

 女は手にした身の丈に合わない長い剣で仲間の一人、牟田尻むたしりの首元を一刺し絶命したのだ。そして脅迫されたのである。

 実の所、業伽ごうかは彼らから出ており、それが集まり大講義室の外で業泥ごうでい化するという特殊変異を遂げていたのだ。


 そして当然ながら彼らの幸福値が徐々に下がり出していたのだ。

 これも不思議なのだが、虐められている方がまだ健全な値になっていた。

 その為か、虐められている側の方が余裕があったのだ。

 そして、虐めている側の人が声を絞り出すかのように悲痛な言葉を口に出した。


「俺そろそろ脱落者ドロップアウトになるかもしれねえ……!!!」

「俺もだ、これ止めてもいい……よな?」

「死ぬのと脱落者ドロップアウト、どっちがいいんだよ!」

「どっちも嫌だあああああ!」


 その頃、ひかりはもみくちゃにされならがら、いつの間にか図体の大きい男に腕を掴まれていた。

 周りがそれを見て少し距離を取った、それはまるで円形状のモーゼの海割りかの様に一瞬の出来事であった。


「どなたですか?」


 その男は無言で、ひかりを高く掲げたと思えば、棚の上にひかりを乗せたのだ。


「我こそはひかり様の第一の従者──」

「あの、従者なんて知らないんだけど?」

「それもそのはず、我らひかり教信徒、(こほん)会員でして。この度はこのような禍々しい場所にご降臨頂き、誠に有難く存じます」

「──」


 ひかりは混乱した!心の中で叫び続けた「何だコレ!何だコレ!何だコレ!!!」と。


 さらにその頃、心乃葉このは優々菜ゆゆなは変身して武器を取り出そうとした。


『マジカル・ブレード』『マジカル・トゥーハンドソード』


「同じ刀タイプなのね、でもその獲物、こんな狭い通路で使えるのかしら」

「いいえ、狭いからこその一点突破が可能なのです。センパイ、ちょっと業泥ごうでいを抑えててもらえますか?」


 優々菜ゆゆなは真剣な顔で五歩下がりトゥーハンドソードを構える。

 だが、内心では不敵な笑いを通り越して、勝利の余韻に浸っていた。


『勝った、これでアンタはお終いなのよ!』


 心乃葉このははそうとも知らず背後に気を配りながら、前方の業泥ごうでいを切り刻み始める。


「何をする気……」


 優々菜ゆゆなは目をつぶり、集中してマジカル・スペルを唱える。


魔法両手剣火炎マジカルトゥーハンドソード・フレイムセット!』


 その言葉と同時にトゥーハンドソードは蒸気発しているかの様な音と赤いオーラを発し始めた。

 それを確認した優々菜ゆゆなは、気合の入った声で叫ぶ。


魔法両手剣火炎突撃マジカルトゥーハンドソード・フレイムオンラッシュ!!!!』


 その『マジカル・スペル』と同時に優々菜ゆゆなは全力で突進した。

 だが、その速度はあまりにも早く一般人が見たとすれば消えたように見えただろう。


 業泥ごうでいを目の前にして切り刻んでいる心乃葉このはの背後は良い的だった。後ろには目がないから避けれないだろうなんて思い、口角が上がりそうになるが、声に出して喜ぶのは始末してからだと自分に言い聞かせた。


 優々菜ゆゆなにはまるで時間はスローモーの様に感じれた。突進速度は魔法少女の全力疾走を遥に超えているのだから瞬間移動にも近いレベルの速度に達している。音速を突破した事による2回の不連続な爆発音にも似た音が発生しているが、それが心乃葉このはの耳に届く前に背中にトゥーハンドソードが届こうとしていた。


 あと2mm。

 マジカル・トゥーハンドソードが心乃葉このはの背中に届くまでの距離だ。

 この瞬間に優々菜ゆゆなの脳内では勝利宣言を上げていた。


『勝った、勝ったぞ!

 ひかりに近づく害虫がこれで一人減る。

 ひかりを自分の物に出来る。

 それだけの為に、これだけ大きな舞台を整えたのだ。

 死んで地獄で嘆いていろ!』


 だが、その想いは一瞬で消えた。


 そう、優々菜ゆゆなは真っ黒の空間に閉じ込められたのだ。

 剣を振りまわしても何にも当たらず、誰の声もしない。状況が分からずに徐々に不安になってゆく。

 そこに一人の少女の声が脳内に響く。


「やはり、殺人衝動は魔法少女にも向かいますか」


 声の主の位置すら特定できず、訳が分からないで歯ぎしりをする優々菜ゆゆなだが、相手も魔法少女だと言う事は薄っすらと理解し始めていた。そして、その声はさらに続く。


「いつぞや三人の一般人を殺したのも貴女でしょ」

「ああ、そうだよ!何が悪い?ひかり様を犯そうとしたんだ、当然の報いよ!」

「はぁ、ただでさえ世界人口が減っているというのに……」

「だからこそ、優れた遺伝子で社会を構築するべきなのよ!」


 あと一歩という所で仕留め損ねたのが腹立たしいのか、優々菜ゆゆなが苛立っているのは明らかだった。

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