第11話 試験結果と学年二位、そして忍び寄る業伽

 耀人あきとと付き合う事になった次の日、ひかりは三人分のお弁当を作った。

 心乃葉このはは、一人で食べる派だと言って一緒に食べるのを断固拒否した。


耀人あきとは何というだろう?一緒に食べるかな……)


 ひかりは教室に入るなり、耀人あきとにお弁当を差し出した。


「作ってみたのだけど、お昼に食べてくれる?」

「いいの?ほんとに?俺の為に?やばぁい、俺、今日、幸せ過ぎて死んじゃうかもしれない」


 耀人あきとは冗談を混ぜつつも、嬉しそうにお弁当を受け取る。

 心配する必要なんてなかったのだと、ひかりは胸をなでおろした。


 ***


 昼になり、四個の机を寄せて、ひかり耀人あきとはやて美緒みおの4人で食べる事になった。ひかりあかりだった頃に良くつるんでいたメンバーで、ひかりにとっては懐かしい光景に見えた。最後に一緒に食べたのははやて美緒みおが付き合い始めたのは1年の夏休み寸前の頃だ、かれこれ1年近くも前になる。

 違う事と言えば、ひかり視点では座高が下がったせいで、相対的に皆が大きく見える事だろうか。

 

 美緒みおが唐突に、昔を掘り返した。


「なんだか、遠い昔みたいに感じるけど去年なんだよね」

「おい、美緒みお!それは言わない約束だっただろ!」

「ごめんなさい、でも、忘れられなくて……、はやてだって、言ってたじゃない……」

「そうだけどよ。ごめんな、御影みかげさん、あー…俺も下の名前で呼んでいいか?」


 結局、誰もが区別して下の名前を呼びたがる。

 誰一人として御影みかげという名を呼ぼうとしない。

 まるで、存在を消された様に。


「うん、ひかりって呼んでください。こんなに友達から思われてるなんて、兄も喜んでると思います」

ひかりちゃん、いいね、しっくりくる。明日ウチに遊びにおいでよ、アルバムとかあるからさ、あ、私の事は美緒みおって呼んでね」

ひかりさん、僕の事ははやてと呼んでくれ」

「ありがとう、美緒みおちゃん、はやてさん」

「もう、湿っぽくなっちまうだろ、さっさと食べようぜ」


 耀人あきとが上手く話題を変えようとしてくれた。

 気を使ったんじゃなくて単純に食欲が勝っただけみたいだとすぐに気づいた。


「っていうか、お前、手作り弁当食べたいだけだろが」

「あははは、バレてしまったか、羨ましいだろう?ほれほれ~」


 どれだけ有頂天になっているのか、お弁当を見せつけて喜んでいる。

 あんまりはしゃいでると落としそうなのが心配だ。


「卵焼き頂き!」

「私にも!」

「「んまーー!!」」


 ひかりは少し呆れ気味に、たかが卵焼きで大袈裟なって思っていると、取られた耀人あきとは涙目になっていた。


「俺の卵焼きがなくなったああああ!」

「あはは、じゃあ私のあげる」


 ひかりがおすそ分けをすると、耀人あきとの涙目がころっと満面の笑みに変貌する。

 騒がしくも忙しい、なんとも楽しいお弁当の時間。

 こんなふうに和気あいあいと集まれるなんて、ちょっと前では考える事も出来なかったと幸せを噛みしめるひかりだった。


 ***


 翌週になって、中間試験の順位が掲示板に張り出された。

 その結果を見る事を忘れていたひかりは教室でクラスメイトから知らされる。


「学年1位、ひかりちゃん!おめでとう!」


 周りが一斉にお祝いの声をかけてきた。


 その少し前の事、掲示板を見つめ佇み落ち込んでいる男子が居た。

 張り紙の1位には転校生の名前が書いてある。

 その転校生は1か月の間入院していて、勉強が遅れていたにも拘わらずだ。

 1年の頃にずっと1位をキープしていた優等生が転校生を睨みつけていた。

 なんと言っても、その優等生は転校生と同じクラスなのだから悔しさも倍増だ。

 教室に戻ると、その転校生がお祝いの言葉を一身に浴びている。

 その男子は呟いた。


「あれば僕の場所だ」


 ひかりは悪寒に身震いをした。それと同時に脳内に直接誰かの話声が聞こえてくる。

 

『チクショウ……、チクショウ、チクショウ、チクショウ、チクショウ!!学年一位だけじゃ飽き足らず、マイニチ、マイニチ、マイニチ、イチャイチャしやがって!!ミナに祝われてナニヘラヘラしてやがる、鬱陶しい、キエレバいいのに!』


 その声にひかりの体が硬直する。

 この教室の誰かがごうを募らせている。

 そして、内容からしてひかりが原因だと言う事は明白だった。

 ひかりは悩んだ、こういう時、どうしたらいいんだろうか。

 ひかりは口元を抑え誰にも聞こえないような小声で『マジカルサーチ』と唱えた。

 魔法が発動している事を確認し、回りをさっと確認する。

 すると、業伽ごうかを漏らしている人物が居た。


 まだ具現化してないから、誰にも気づかれていない。

 その業伽ごうかは徐々に広がり、ひかりの足元にもたどり着いたと思えば、足にまとわりついて来てきた。

 ひかりは気持ち悪くなり、吐きそうになる。

 徐々にスカートの中を埋め尽くそうとする業伽ごうかだが、未だに実体化しない以上、何かされるわけではない。

 周りとの会話の雰囲気を壊したくないひかりは、ひたすら我慢するしかなかった。

 それに、ここで具現化されたら、何をされるかわかった物じゃない。

 焦るひかりの気持ちに美緒みおが気付いたのか、声をかけてくる。


ひかりちゃん、大丈夫?なんだか顔色悪いよ?」

「う、うん、大丈夫」


 その言葉に耀人あきとが反応した。有無を言わさずひかりをお姫様抱っこして教室から抜け出した。それを見たクラスメイトは当然とばかりに冷やかした。最早そこにいない相手にたいしてだ。


 耀人あきとは保健室に入るとひかりをベッドに寝かせて、ベッド横の椅子に耀人あきとが座る。ひかりは保健室の入り口から覗き込む人達の気配を感じながら、大人しくシーツに包まったが耀人あきとひかりの手を握ったまま放さなかった。


「無理するなよ、また入院したら大変だろ」

「うん、ありがと」

ひかりの手は柔らかいな」

「そうかな、普通だと思うけど?耀人あきとの手は大きいね」

「「………」」


 何かを言いたげな耀人あきとだが、それ以上の言葉を出てこなかった。

 その時、美緒みおは保健室を覗き込み、二人の様子を観察していた。

 二人が何の話もしない事に苛立ちを感じ、つい保健室に入ってしまう。


耀人あきとは修行が足りない!」

「なななな、なにを言ってるんだ美緒みお!」

「はいはい、ひかりちゃんは私がみてるから、耀人あきとは教室に戻る!」

「──わかった」


 耀人あきとは渋々戻って行ったが、それを見届けた美緒みおの目は輝いていた。


ひかりちゃん、やっと二人きりになれたね」

「え……」


 美緒みおはクラスの中でも少し大人びている方だった。

 1年の夏、放課後に教室に忘れ物を取りに帰ったあかり美緒みおはやてが抱き合ってキスしている所を目撃してしまう。それまでのあかり美緒みおを男友達みたいに思っていた為、いつまでも4人の友情は続くと思っていた。

 それからしばらくして、はやての口から、二人が付き合い始めた事を告げられる。それで4人の友情は終ったと思った。その後、すぐに1年の夏休みがはじまったが4人で集まる事は無かった。

 美緒みおはその前後でがらりと変わった。飾り気のない健康的なボーイッシュといった雰囲気から、化粧に凝り始めピアスを入れスカートが短くなっていった。夏が女を変えるというが、それを地でいった感じだ。


 その美緒みおひかりと二人きりで聞きたい事と言えば、少し大人びた話だった。


耀人あきとの家に行っるんだってね。ちゃんと避妊してる?」

「な、何のこと?」

「とぼけちゃって、もうシたんでしょ、早いなぁお試し期間じゃなかったの?」


 美緒みおは左手の指で輪っかを作り、右手の人差し指を何度か通すジェスチャーをしながら、イヤらしく笑った。ひかりは1年前はそんな事は無かったのにと、過去を引きずり、今の美緒みおを酷く下品だと、脳内で誹謗した。


「してないよ……ほんとに」

「じゃああの噂、本当なの?」

「噂?」

「そう、善次よしつぎとデキてるって噂」


 ひかりは体育の時間の度に、進路指導室や図書室を使って自習していた。

 そんなひかり善次よしつぎは会いに行き面倒を見ていた。それは表向きの話だ。

 その実、善次よしつぎはゲームで遊び続けており、そこにいるだけだった。

 時々、ちょっとしたハプニングはあるものの、別にデキてると呼ばれる様な関係ではない。


「デキてなんかないよ、美緒みおちゃんは信じてくれる?」

「今は信じてもいいけど、耀人あきとを裏切ったら承知しないんだからね!」


 美緒みおはそう言うと保健室から走って出て行った。

 ひかりはその姿が見えなくなるのを待って深いため息をついて呟く。


「本当は美緒みお善次よしつぎを好きなくせに」


 その事は美緒みおはやてと付き合ってすぐに流れた噂『美緒みお善次よしつぎに告白した』という噂を根拠としていた。その噂を美緒みおは否定していたが、その後の美緒みおを観察していると、善次よしつぎを目で追う仕草を何度も目撃して気づいた事だった。

 そして、ひかりは愚痴を溢した。


「女って面倒臭いな……」


 ひかりはこの噂が少々面倒な事になる予感がしていた。

 明後日から始まるGW連休の大半を研究所に泊まり込む予定である以上、動けるのは今日くらいだと思うひかりは、今は体調を治す事に専念した。

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