15.メイド、闇堕ち主人公を強く拒絶し嫌いになる



 マルコイは授業を終えて赤鷲寮へと帰ってきた。


 授業を終えた主を、メイドのアリアドネが迎え入れる。


「おかえりなさ……い?」


 マルコイの隣には金髪の美少女がいた。


 とんでもない美少女だ。


 おそらくマルコイと同い年くらいだろう。


「ま、マルコイ様……その、どちら様ですか?」


 すると金髪の美少女が笑顔で答える。


「わたくしはマルコイ様の性奴隷……ハーマイアですわ♡」


「せ、性奴隷ぃいいいいいいいいい!?」


 アリアが絶叫するのも無理ない。

 今朝普通に寮を出た主人がその日のうちに女を作って帰ってきたのだから。しかも、性奴隷だなんて……!


「ちょ、アリア……ちょっと黙ってくれ。とりあえず中に入ろうか」


「は、はい……」


 マルコイの命令は絶対なので、不承不承、彼女を部屋に招き入れる。


 彼はベッドに腰を下ろし、そしてハーマイアは地べたに跪いている。


「あ、あの……普通に座って良いから」


「お気遣い感謝いたします♡ ですがわたくしはマルコイ様の奴隷です。奴隷ごときが椅子に座るなど言語道断」


 アリアは知っている。奴隷とは主人の所有物だ。


 文字通り、物のように雑に扱われる物。まして個人として扱われることはない。


 それなのに……。


「いや、そいうの良いからマジで。普通にしてくれ……」


 マルコイは、この世界の常識ではあり得ないような対応をする。


 奴隷が一般に売られているこの世界にて、彼の、奴隷に対して丁寧に扱う対応は、異質だ。


 アリアは思う。

 なんて慈悲深いお方なのだろうか……と。


「お見事です、マルコイ様」


「え、なに急に?」


 ぱちぱち、とアリアが拍手する。


「奴隷もまた平等な命と扱うその尊きお考えに、わたしは感嘆いたしました!」


「は、はぁ……どうも……」


 マルコイは据わりが悪そうに、頭をかく。


「まー、とりあえず、だ。奴隷なんていいから、自由にしてよ」


「それはできません。魔法決闘フェーデで交わされた誓約は絶対なのです。わたくしは死ぬまで、あなた様にお仕えいたします……性処理のほうも……♡」


 頬を赤らめて体をよじる金髪美少女。


 その張りのある胸に、みずみずしい肌。


 こんな美しい性奴隷が市場に出回れば、億はくだらない値段で取引されるだろう。


 この女を屈服させたマルコイは素晴らしい、と思う反面……。


「…………」


 ぎりっ、とアリアは歯がみしてしまう。

 悔しい。マルコイの世話は自分の仕事なのに。


 世話とはもちろん、性に関することに対してもだ。


 マルコイの性欲のはけ口にしてよいと迫っても、彼は抱いてくれない。


 けれどあの女は、性欲処理のために彼が手に入れた奴隷なのだ。


 つまりマルコイの寵愛を受けることになる。……ああ、悔しい。妬ましい……。


「誓約を交わした以上、奴隷契約は解除されないのか……」


「ええ。ですので、わたくしの血肉、魂に至るまで、すべてあなた様のものですわ♡ ああ……マルコイ様……♡ 抱いてくださいまし……♡」


 性奴隷が、その役目を全うしようとしている。


 つまり主人に抱かれる仕事だ。


「お待ちください」


 アリアは耐えきれなくなり声を上げる。


「おお、アリア。助かった……」


「マルコイ様に抱かれるのは、このわたしです!」


「「えええええええええええええ!?」」


 ハーマイア、そしてなぜかマルコイも驚愕の表情を浮かべる。


「あ、あなたも性奴隷でしたの!?」


「いえ、ですが! わたしはマルコイ様に身も心も捧げた身! つまりわたしはマルコイ様の所有物!」


 驚くハーマイアに対してマルコイが声を張り上げる。


「おまえ何言ってるの!?」


「マルコイさまのご寵愛はわたしが!」


「いいえ! わたくしが!」

 

 ふたりが張り合って、どちらがマルコイにふさわしいかを主張し合う。


「わたしのほうが良いに決まってます。なにせわたしはマルコイ様の初めての女です!」


「わたくしは高貴な血筋の生まれですわ。子供はきっと優秀なあなたににた、凄い魔法使いになります! わたくしを抱いて!」


 ぎゃあぎゃあと主張し合うふたりを、マルコイが「ふぇえ……どうしてこうなるのぉ……」と泣きそうな表情で頭を抱えている。


 結局その日はどちらが第一奴隷にふさわしいかでもめにもめまくったものの、決着がつかずに終わったのだった。


 ……その様子を、窓の外から見ている男がいるとは知らずに。


    ★


 その日の夜、アリアはふと目を覚ます。


「うーん……うーん……破滅はいやじゃぁ~……」


 ベッドの上には苦悶の表情のマルコイが眠っていた。


 隣には下着姿のハーマイア。


 奴隷は主人の所有物! と主張し、彼女は今日からマルコイの部屋で生活することになったのだ。


「…………」


 ぎゅっ、と下唇をかみしめるアリア。


 本当のことをいえば、アリアだけを見つめていて欲しかった。


 彼の女は自分ただひとりでいたい、と。


「……邪魔」


 ふと本音がこぼれてしまう。

 マルコイの隣に眠るハーマイア。


 ふらりと立ち上がり、じっと見つめる。

 この女がいなければ、二人きりの生活が送れた物の……。


「……ん?」


 そのとき、窓の外にフクロウが止まっていた。


 その足には手紙が付けられていた。


【校庭にて、君を待つ。来てくれ】


 ……どう考えても妖しい呼び出しであった。

 

 だが、ふと【思うところ】があって、呼び出しに応じることにする。


 アリアはメイド服に着替えて赤鷲寮を出る。

 寮を出た彼女は学園の校庭までやってきた。

「やぁ……アリア。呼び出しに応じてくれてうれしいよ……」


 そこで待っていたのは、かつての主人、ハリス・ドラコであった。


 金髪に翡翠の目、そして右の額には炎のよな痣。


「ハリス様。ご機嫌よう」

「ああ……アリア……今日も君は美しい……」


 血走った目で自分を見つめながら、こちらに近づいてくる。


 その瞳には男の欲望が見て取れた。


 自分の胸や尻を無遠慮に、まるでなめ回すような視線に……生理的な嫌悪感を覚えた。



 だから一歩、後ずさる。


「ハリス様。こんな時間に呼び出して、いったいなんの用でしょうか?」


 するとハリスはこんなことを言う。


「ボクの元に、戻ってこい、アリア」


 突然の申し出にアリアは戸惑う。

 だが戻ってこい、という命令形に少しばかり腹が立った。なぜ命令されなくてはいけないのかと。


「アリア。君も見ただろう? あのくそマルコイの非道を」


 ぴくっ……とこめかみが動く。


 主人に対して、なんて口の利き方をするのだろう。


 ハリスに対する好感度は急激に落ちていく。


 今まではハリスを元主人だと思っていた。

 屋敷を出る前は、死んだ弟に似ていたから可愛がっていたハリス。


 だが今の彼の発言で、すでに彼に対する嫌悪と怒りを抱いていた。


「あいつはひどいやつなんだ。女に手を上げるなんて最低だ」


 アリアが静かに怒りのボルテージを貯めている一方で、ハリスが得意顔でいう。


「極めつけは、同級生を無理矢理性奴隷にしやがったんだ! あのくそ野郎は! 男の風上にもおけないよね!」


 マルコイへの暴言を重ねるたび、アリアの怒りは蓄積されていき、またハリスに対する好感度が次第に落ちてることに、ハリス自身気づいていない。


「あんな最低男のことなんて忘れて、アリア……愛しのアリア……ボクの元へ来てくれ」


 すっ、とハリスが手を伸ばしてくる。


「ボクだけが、君を幸せにできる。あいつのもとにいたら君は不幸になってしまうよ。さぁ……アリア、ボクのアリア……帰ってきて……」


 ぷちん、とアリアの何かがキレた。


 スタスタと歩いてハリスの元へ。


 彼はニヤァ……と笑った。愛する女が帰ってきたと喜んだのだ……しかし。


「ふんっ!」


 どがっ!


「ふぐぅうううううううううううううう!」


 アリアはハリスの股間に、蹴りを食らわせたのだ。


 真っ青な顔をしてハリスが倒れる。


「あ、りあ……な、んで……?」


 脂汗を額に浮かべながら、驚愕の表情をするハリス。


「お断りです。わたしはマルコイ様に身も心も捧げたので」


 道ばたに落ちてるゴミを見るような目で、アリアはハリスを見下ろす。


「うそ……だ。君は……まだ絶対服従マリオネットから解けてないんだ……! だって【あのお方】もそういった!」


「あのお方が誰かは存じませんが……魔法なんてかかってません。わたしがマルコイ様を愛する気持ちに嘘偽りはございません」


「そ、んなぁ~……」


 情けない声を上げるハリスに、吐き捨てるようにアリアが言う。


「マルコイ様だけがわたしを幸せにしてくださいます。あのお方はメイド風情をとてもとても、とても……大切にしてくださるのです」


 奴隷ほどではないが、メイドもまた、主人からは酷い扱いを受けて当然とされている。


 特に、貴族の間では。


 確かに昔、マルコイから酷い扱いを羽化たことがある。


 だが家を追放されてから、彼は心を入れ替えたのだ。


 まるで、【人が変わったかのように】、優しく接してくれる。


「この身、この命、この魂……すべてマルコイ様のものです。……あなたの入り込む隙など、毛ほどもありません」


「そ、そんなぁ~……」


 情けなく涙を浮かべ、股間を押さえながら、弱々しくハリスが言う。


「なんて情けない男。こんなのより、マルコイ様のほうが何万倍もたくましいです」


「うぐ……ひく……ううぅう……うそだ……うそだ……こんなの……うそだぁ……」


「もう近づかないでください。わたしはあなたの家の使用人でもあなたの所有物でもありませんので。それと、わたしはあなたが嫌いです」


 壊れた玩具のように、嘘だとつぶやく彼を見捨てて、彼女は部屋に戻る。


「…………」


 アリアはマルコイの隣に座り、自分の体を抱く。


「ハリスに呼び出しを受け、あわや取られそうになったと知ったら……マルコイ様、少しはわたしのこと、構ってくれるかしら。心配してくれるかしら……♡ ああ……マルコイ様……」


 熱っぽくつぶやきながら、アリアは自分を慰めるのだった。

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