33.孤独分かち合い、闇払われる



 ノアールとの魔法決闘フェーデは俺の勝利で終わった。


 戦う前の誓約が履行される。

 すなわち、負けた方が何でも言うことをきくという物。


『くそ! くそ! くそぉ! なんで負けるんだ! こんな出来損ないのくそマルコイによぉ!』


 ハリスの体でノアールが叫ぶ。


 悔しそうに歯ぎしりしながら、何度も地面をたたく。


『マルコイなんてハリスのやられ役キャラだろうが! こんなの間違ってるんだよ! キャラはキャラらしく、役割をまっとうしろやぼけぇ!』


 ノアールの中の人が叫ぶ。

 どこまで行ってもこいつは、ハリス達をキャラクター、この世界の流れをストーリーだと思ってるようだ。


 なんか哀れになってきたな。


 だが容赦はしない。俺はハリスを救うためにここに来たのだ。


「命令だ。ハリス、この薬を飲め」


 魔法薬のスネイア先生に作って貰った分離薬。


 それの入ったフラスコを取り出して、ハリスの元へ向かう。


「…………」


 ハリスの体は誓約に従い、俺に手を伸ばしてくる。


『ま、まてハリス! 駄目だ! それは飲んではだめだぁああああああああああああああああああああああ!』


 ノアールが激しく抵抗する。

 現状、ノアールはハリスに寄生しているような状態だ。


 これを飲んだらノアールは体を失う。

 つまり死ぬ。


 ノアールの中の人は死にたくないから抵抗しているのだろう。


 だが……魔法決闘フェーデによる決定は絶対だ。


 勝者である俺の命令に、ハリスが従う。


『うわぁああああああ! やめろぉおおおおおおおお! はりぃいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいす!』


 ハリスは俺からフラスコを受け取って、ごくん……と薬を飲む。


 これで終わりだ……と思ったそのときだ。


 がしゃんっ!


「え? ……ぐっ!」


 フラスコが落ちたと同時にハリスが俺の首をしめてきた。


「こ、ろす……殺す……!」

「ハリス……なにを……?」


 額の入れ墨が顔全体にかかるくらいに成長していた。


『ひゃ、ひゃはははは! そうだ殺せぇ! 殺せ殺せはりぃいいいいす! そんなマルコイなんてぶっころしちまえぇえ!』


『マルコイよ! どうやらノアールは精神干渉魔法を使っているらしい!』


 ミルツの分析によると、今ノアールはハリスの精神から引き剥がされそうになっている。


 そうならないため、ハリスの精神に作用する魔法を使っているそうだ。


 憎しみの感情を増幅させることで、必死になって、ハリスの体に居残ろうとしているとのこと。


『ノアールのやつは今必死の抵抗を見せている! あと少し! あと少しでノアールを分離できるというのに!』


「殺す……! マルコイ! おまえ……おまえは僕から奪った!」


 ハリスが俺の首をぎゅーっと閉めてくる。


『そうだ! 憎めぇ! 憎めぇ! そいつはおまえの大事な人を奪ったんだぁ! それは事実だぁあ!』


 ノアールはハリスの心の闇を広げ、そして自分の居場所を再度作ろうとしているらしい。

『殺せ! ハリス! そいつを殺して左目を奪え! そうすればおまえの望みは叶う! 時間を巻き戻し! すべてをゼロからやり直せるんだぁあああああああああ!』


 息が……できない。


 だんだん苦しくなってきた……。


 その憎悪に満ちた瞳に……。


 開いた心の隙間に……。


 どうやったら……埋められる?


 ……そうだ。


「はり、す……」


 俺は持っていた杖を離す。


『ひゃはは! いいぞぉ! あとひと息だ! 殺せ! おれが分離するまえに! やつを殺して赤石を奪えぇええええええええ!』


 両手を広げて……。


 そして、俺は。


 ……ハリスを抱きしめた。


「なっ!?」


「わかる……わかるよ、ハリス……」


 彼が俺の首を絞める手を一瞬だけ緩める。


『反撃のチャンスじゃ!』


 だが俺は抱きしめたハリスの手を強め、抱き寄せる。


「辛いよなぁ……苦しいよなぁ……ごめんな……」


「ふざけんな……ふざけんなよ……!」


 どんっ、とハリスが自分から俺を突き飛ばす。


『はりぃいいいいいいいいいいいす! 何をやってる! 殺せ! 殺すんだ!』


「黙ってろ! ノアール!」


 ハリスがノアールに言い返す。

 ノアールの精神が徐々に、ハリスの肉体から分離しかけてるのか……?


「マルコイ! おまえにぼくの! 何がわかるって言うんだ! 家族を失った僕の! 孤独が! 理解できるって言うのか!」


 ノアールではなく、ハリスの言葉で俺をせめてくる。


 俺は彼に近づいて、再度抱きしめる。


「は、はなせ……! ばか!」

「わかるよ……俺もそうだったから」


「ふざけるな! おまえは家族にも家柄にも恵まれて! 何一つ不自由ない暮らしをしてきただろうが!」


「ああ、マルコイはそうかもしれない。けど……【俺】は違うんだ」


「なんだと……?」


 ハリスが抵抗を止める。俺の話を聞く体勢に入ったようだ。


 俺は訴えかける。


「信じられないと思うが……俺は別の世界から来た転生者なんだ。そこのノアールと同じでな」


「なっ!?」


『耳を貸すなはりぃいいいいいいいいいいす!』


 だがノアールの言葉を聞いたハリスは得心したよううなずく。


「……そうか。だから、こんな人が変わったみたいに」


「ああ……俺は別の世界からここに来て、ずっとひとりぼっちだったよ」


 この世界には知り合いも、家族もいない。

 

 周りは皆、俺とは違った世界線で生きてきた人たちだ。


 転生者おれは孤独だ。

 誰も俺を知っている人は居ない。


「俺は……おまえと一緒だハリス。おまえが、おまえの大事な人と二度と会えないのと同様に、俺もまた……大事な人たちとは、もう二度と、あえないんだよ」


 ハリスを助けたいと思った最大の理由は、彼と今の自分の境遇を、重ねたからだ。


 両親が死んで、誰も彼を愛する人が居ない。

 俺ももまた、愛する家族が周りに居ない。


「おまえがひとりぼっちで苦しいのはわかる。全部無かったことにしてやり直したい、その気持ちもよくわかるよ。でも……しょうがないんだ」


「しょうがない……だって……?」


「ああ、しょうがない。起こってしまったこと、過ぎ去ってしまっていった時間は、もう二度と戻らない。そういうもんなんだよ、人生って。ゲームみたいに、リセットボタン一発で、元に戻しちゃいけないものなんだ」


 ハリスが俺の腕の中で振るえている。


「じゃあ……じゃあ……ぼくは、どうすればいんだよ。両親も死んじゃって、アリアもぼくを見放して……ぼくに何が残ってるんだよ……何にすがれば良いんだよ……」


 道を見失った迷子のように、ハリスがつぶやく。


 俺はさらにぎゅっと抱きしめる。


「ゼロからやり直せば良いんだよ」

「ゼロから……?」


「ああ。何もないなんて言うなよ。ゼロからだって再スタートできるんだ。俺も……ここに来て何もなかったけど。でも……できたから、友達が、仲間が」


 ロイにハーマイア、グリッタ、そしてスネイア先生。


 俺にはたくさんの仲間が居る。


 仲間って言うか……まあセフレみたいなもんだけど、それでも。


「全部失ってそれで人生終わりじゃない。何もない状態からだって、新たな人生を歩めるよ。これからじゃないか、人生」


 失った物を元通りにはできない。


 でも、失ったものの代わりに、満たすことはできる。


「俺と友達になろうぜ、ハリス」

「マルコイ……」


「アリアの件は、悪かった。俺が、完全に悪かった。謝る。すまなかった」


 俺が頭を下げる。


「う……ぐす……」


 見上げるとそこには、泣き顔のハリスがいた。


「そうだよ……ばかぁ……」


 泣きながら、ハリスが俺のことをぽかぽかと殴ってくる。


「ありあはぁ……ぼくのだいじなひとだったんだよぉ……ばかぁ……」


「ごめん。ハリス。悪かったよ……」


 しゅぅう……と彼の体から黒い煙が吹き出す。


『ぐあああああああああああ! やめろぉおおおおおおおおおおおおおお!』


『……ハリスの心に入り込もうとした、ノアールの邪悪な意思じゃな。今彼が心を満たし、入る隙間を無くして、ああして対外に気体としてでておるのじゃろう』


 ハリスの瞳に光が戻る。


「ばかマルコイ……君は、ぼくのそばにいてくれるの?」


「ああ、いるよ。ずっと」


「そっか……」


「ああ」


 しゅうぅ……と黒い煙が全部、外に吐き出された。


「わかったよ……」


 ハリスが小さくつぶやく。


「ぼくは君を完全に許したわけじゃない。でも……君にもまた君の事情があったんだね」


「ああ」


「悪意はないんだね?」


げんさくしゃに誓って」

 

 ハリスは小さく微笑むと、うなずいていう。

「じゃあ……ぼくは、君を許すよ、マルコイ……」

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