18.マルコイ、(夜の)大暴走



 俺たちは禁断の森で魔法の授業を受けている。


 魔力撃の練習をしている生徒達。


『マルコイよ』


 ふと、俺の視界に半透明な幼女がうつる。


「どうした、ミルツ?」


 この子はミルツ。俺の左目におさまっている、大賢者の赤石せきせきの意思である。

『このままではまずいかもしれぬぞ』

「? どういうことだ?」


『暴走してしまう、ということじゃ』

「暴走……?」


『ああ、だから一刻も早く魔力を外に……』


 と、そのときだった。


「ギャース! ギャーース!」


 森の上空でモンスターの鳴き声がした。

 見上げると、頭上には灰色のうろこを持つ小型のドラゴンが居た。


飛竜ワイバーンか」


 Aランクのモンスターである。

 ここ、禁断の森にはモンスターが出現するので、生徒だけの立ち入りは禁じられている。

「飛竜だ!」「やばいぞ!」


 生徒達がおびえるなかで、調教師テイマーの竜人グリッタが冷静に言う。


「落ち着けおまえさんら! おれの後ろに下がっていろ」


 グリッタが腰に付けていた投げ縄を手にする。


 そのままカーボーイみたいに縄を上空めがけて投げる。


 縄は飛竜の首に一瞬で巻き付いて、大人しくなる。


「す、すげえ!」「Aランクの飛竜を手なづけるなんて!」


 森の番人だけあって、モンスターの扱いには長けているようだ。


 グリッタは縄を引き寄せて飛竜を地上へと降ろす。


「どうどう……しかしおかしいぞ」

「何がですの? グリッタ先生」


 ハーマイアにグリッタが言う。


「飛竜はこの島では、森の奥に済んでいる。人里には滅多に降りてこないはず……いったいどうして……」


 と、そこへ……。


「ぎゃーす!」「ぎゃあー!」「ぎゃぎゃーす!」


 再び頭上を見上げると、今度は大量の飛竜達が出現していた。


「なっ! なんだこの数は! おかしい! さすがのおれでも、これは対処しきれんぞ!」


 グリッタが飛竜の群れに驚いている。

 生徒達は完全にびびって腰を抜かしていた。

 飛竜はやかましく泣きながら頭上を旋回している。


「まずいぞ! ありゃ興奮状態だ! おれにはわかる……エサを探しているぞ!」


 エサ、つまり人間だ。


 グリッタも、そしてその場の全員も恐怖の表情を浮かべる。


「お、おまえさんら! 逃げろ! ガンダルヴ大先生に連絡を入れるんだ!」


 だがびびって生徒達が動けていない。


 くそ……グリッタは動けないし、応援は望めない。


 なら、やるしかないか。


『マルコイ! 今魔法を使うのはまずいのじゃ……!』


 ミルツの警告よりさきに、俺は杖を取り出して、魔法を使おうとした……。


 どくんっ……!


「ぐっ……! な、んだ……!」


 体が、熱い! 何か強い力が、体の中で暴走している!


「どうなさったのです、ご主人様!?」

「マルコイ! どうした、顔が赤いぞ!」


 ふたりが心配して俺を見てくる。


 だが……駄目だ! 抑えきれない!


「お、れのそばに、近寄るな!」


 俺の左目が赤く強く輝く。


 その瞬間、膨大な量の魔力が頭上に噴出した。


 赤く輝く魔力が頭上にいる大量の飛竜達を粉々にしていく。


 魔力が波状に広がっていく。

 それは飛竜をのみこんでいって……やがて、魔力の放出が止まる。


「し、信じられん……。100は超える飛竜の群れを、マルコイ一人で消してしまった……」


 グリッタが呆然とつぶやく。


「し、しかも今日曇り空だったのに……雲が、なくなってるよ……」


 ロイもまた空を見上げて言う。


 なにが……起きたんだ?

 わからない……でも……俺の体から、力が抜けていく……。


「ご主人様!?」「マルコイ!?」


 ……俺はそのまま気絶をしたのだった。


    ★


 ふと目が覚める。


「知らない天井だ……」


 自然と口をついたのはそんな言葉。


 寮の部屋の天井ではなかった。


「マルコイ様!」


 ベッド脇には美人メイドのアリアドネがいた。


 泣きはらしたあとがあった。

 俺を見た途端にまた涙を流し、俺に抱きつく。


「こ、こは……?」


「医務室です。マルコイ様は禁断の森からここへと運び込まれたんですよ」


「そうか……」


 俺は体を起こす。

 周囲にはベッドがいくつも並んでいた。


 どうやら今は深夜らしく、人の気配をまるで感じられない。


「んがー……」「すぅ……すぅ……」


 逆側のベッド脇には竜人グリッタと、友人のハーマイアが寝ている。


「こいつら、どうしてここに?」

「ご主人様を心配して、ずっとそばにいたのです。先ほどもう一人のメスぶ……」


「メス、ぶ?」


「こほん。ご友人のロイ様というかたがいましたが、先生に寮に帰るように言われてしぶしぶお帰りになられました」


 ちなみにハーマイアは「寮生ではなく奴隷です! 主人のそばに居るのが当然!」と主張して帰らなかったらしい。


「マルコイ様、無事で何よりです……よかった……」


 さめざめと泣きながら、アリアドネが俺を抱きしめる。


 彼女の体が震えていた。

 多分ガチで心配してくれてたのだろう。


「心配かけて悪かったな」


「いえ……お気になさらず。あなた様が生きてさえくれれば、わたしはそれでいいのです」


 俺を離して、にこりと微笑むアリアドネ。


 ……どくんっ!


「ぐっ……!」


「ど、どうしました?」


「わ、からない……ただ、体が……熱い……」


 よくわからないが、アリアドネの笑顔を見た途端に体がうずいた。


 熱い。そして、乾く。

 体の中の熱が出口を求めているようだ。


 熱い……。熱い……。


「ご主人様!」「マルコイ!?」


 グリッタとハーマイアも目を覚ます。


 赤髪のグラマラスな美女、そして、金髪の美しい少女。


 どくんっ! どくんっ!


「ぐ、ああ……!」


 やばい、体が熱くて仕方ない。


 欲しい……欲しい……なにを?


 俺は、何を求めているんだ?


 詰め寄る3人の美しい女性。


「お、れ……は……う、ぐ……!」


 ……。

 …………。

 ………………。


 夢を見た。

 とても淫らな夢だったと思う。


 だが詳細は覚えていない。

 夢なんて得てしてそんな物だろう。


「う……朝、か?」


 窓から差す朝日が顔を照らす。

 うっすらと目を覚ます。


「なんか、めっちゃスッキリしてる……」


 ついさっきまで体の中で渦巻いていた、熱い【なにか】は綺麗さっぱりなくなっていた。

 体が軽い。とても体調が良くなっている。


「一体何があったんだ……?」


 ん? 俺……服、着て無くない?


「え? なんで……?」


 俺はベッドの上で全裸だった。

 そして……。


「な!? なんじゃこりゃああああああああああああああああああああああああ!?」


 ベッドの上には、全裸の美女が3人もいた!


 アリア、ハーマイア、そしてグリッタ!


 その三人が一糸まとわぬ姿でベッドに寝ている。


 みんな満足そうな顔で安らかに目を閉じて寝息を立てている。


「あれぇ!? なにこれ!? どういう状況!?」


 う……とアリアが目を覚ます。


「まるこいさまぁ~……♡」


 媚びに媚びた声をあげて、俺にしなだれかかってくる。


「昨日は……凄かったです♡」


「凄かった!? え、なに? 俺なにかやっちゃいました!?」


「はい♡ それはもう……見事な無双っぷりでした♡ わたしたち三人を相手に……ぽっ♡」


 うえぇええええええええええええ!?


 さ、三人を相手に無双!?


 え、なに!? え、ベッドで、全裸で、無双って……まさか!


「お、俺が……やっちゃいました?」

「はい♡ 三人相手に?」


 まじかよぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!?


 なんで!? どうしてこうなった!?


「わ、わからん……わからねば。とりあえずこんなとこ誰かに見られたら大変だ……すぐに着替えを……」


 とそのときだった。


「マルコイくん! 起きてるの?」


 医務室のドアが開いてロイの声がした!

 やべええ!


「ごめんね朝から。すごい心配でさ。様子を見に来……たー……あー……え?」


 ロイが、俺たちのベッドへやってきて、目を点にする。


「え……? ぜんら……? え、なに……これ……?」


 困惑するロイ。

 だよね! ですよね!

 心配して様子を見に来たらベッドに全裸の男女がいて、しかも事後っぽいんだもん!


「ま、るこいくん……これは……?」


 やべえ! 見られた! どど、どうしよう……。


「眠るがいい、ロイよ」


 くら……とロイがその場に崩れ落ちる。


 彼女を優しく抱き留めたのは……。


「が、学園長」


 ガンダルヴ学園長だ。

 スーツに眼鏡姿の美しい女である。


「ロイは問題ないだろう。夢と処理するように私がしておく」


 ガンダルヴ学園長が隣のベッドにロイを寝かせる。


「しかしこれは……また随分と派手にやってくれたものだね」


 学園長が苦笑している。


「あのぉ……これは一体どういうことだったんだ?」


「それは暴走、だろう」


「暴走ですか……?」


 一体全体何が起きて、何をしてしまったのか。俺は理解しておきたい。


「教えてください!」

「うむ。だが……まあその……」


 学園長は顔を赤くし、目線をそらしながら言う。


「とりあえず服を着たまえ。説明は、そのあとだ」

 

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