30.転生者たちの信念



 学園の地下深くまでやってきた俺。


 そこはすり鉢状の闘技場のような形をしていた。


 その中央に堂々と立っているのは、金髪オールバックにしたハリス……。


 否……。


「ノアール……!」


 闇の魔法使いノアールに支配されたハリスだ。


 右の額には炎のような痣が浮かんでいる。

 かつては小さな痣が、今では右側全体を覆うように伸びていた。


「よぉ……同胞。思ったよりは早かったな」


 にぃ……とノアールが笑い親しげに話しかけてくる。


 同胞。つまりノアールは俺と同じ転生者ってことだ。


 俺は彼の元へと向かう。

 スネイア先生から分離につかう魔法薬をもらっている。

 これは直接飲ませる必要がある。


 ……まずは隙をうかがわないと。


「まあなんだ、ちょっと話そうじゃあないか」


「……なんだと?」


「おれは別におまえを殺したいとは思ってない。用事があるのはおまえというより、おまえの左目だからな」


 ぱちん、とノアールが指を鳴らす。

 テーブルと椅子が出現して、ティーポットとカップまででていた。


 ノアールは椅子に腰を下ろす。

 ……罠? その可能性は十分考えられる。


「単に話したいだけだが……ま、いーや。pれの要求は一つだけ。大賢者の赤石を寄越すこと。そうすればハリスは解放する。おまえは左目を失うが……ま、義眼のある世界だからよ。不自由は無いと思うぜ。なんだったらいい医者紹介してやるよ」


 ノアールがハリスの体を使って紅茶をすする。


 ずっと気になってたことがある。


「おまえの目的はなんだ……?」


「目的? 完全なる物語の再現さ」


「完全な物語……?」


 ノアールはうなずいてカップを置く。


「おれはな。原作者のカミマツ先生が生み出したこの世界……物語を……愛してるんだ。僕の心臓を君に捧げよう……本当に、素晴らしい作品だ。そうは思わないか?」


 確かに原作は素晴らしい物語だ。

 ここまで面白い冒険ファンタジーは、そうはない。


「だからこそ……おれは世界を、物語通り進行したいんだよ。神が作られし運命を、その通り進めたい。原作を尊重したいんだよ」


 彼の声には切実な願いがこもってるように感じた。


「なあマルコイ……いや、マルコイの中の人。この世界は、間違ってるとは思わないか?」


 ノアールが両手を広げてマルコイではなく、俺に話しかけてくる。


「本当の歴史ストーリーじゃ、主人公ハリスが友達と協力して、苦難を乗り越えていく。その姿にみんな感動してた。ところが今はどうだ……? ハリスは最愛の人を奪われ闇落ち、ロイとハーマイアはおまえの性奴隷。グリッタやスネイアまでおまえの女になったのを知ったときは、怒りで気を失いそうだったけどな」


 ぱりん、とティーカップが割れる。


「おまえのせいだマルコイ。おまえが正しい世界を、正しい歴史をねじ曲げている、イレギュラーなんだよ」


 ふっ……とノアールが微笑む。


「だが別に、おれはおまえを殺す気はないよ」


「……その心は?」


「だっておまえも、おれと同類だろ?」


 ノアールが立ち上がってゆっくりとこちらにやってくる。


「おまえもこの世界で孤独を感じたことがあるだろう? ハリスにハーマイアにロイ……彼らはキャラクターだ。おれたちとは根本的に違う存在なんだ。この世界でおれたちを真に理解できるのは……外から来た人間。つまり……読者である我々しかいない」


 ノアールが俺の肩に腕を回してくる。


「なぁマルコイ……おれもこちら側につかないか? 今までのことは水に流してさ、一緒に世界を正しい方向へ導こうぜ?」


 まるで蛇のようなしゃべり方で彼が言う。


 ノアールではなく、中の人の言葉で。


「原作を知ってるおれたちが組めば、最強だ。しかも1巻で失うはずだった赤石もこの手にある。世界を破壊し、すべてをやり直すなんて楽勝さ」


「世界の破壊……」


「アア。この世界は間違ってる。おまえもそう感じてるだろう?」


 ……確かに、この世界は、原作とは違った展開が多い。


 ハリス闇落ち、ハーマイアの奴隷落ち、アリアが俺の恋人など……。


 ……まあほぼほぼ俺のせいだ。


「おまえも申し訳ないとは思わないか? キャラクター達に、なにより原作者かみに。ゆがめてしまって歴史を……やり直そう。なあ、兄弟?」


 ……こいつの言ってることは、確かにそうかもしれない。


 キャラクター、そして原作者。

 俺のやっていることは彼らの姿を自分勝手にゆがめているだけかもしれない。


「……なるほど。一度リセットして、最初からやり直すのか」


「ああそうさ。全部無かったことにしよう」


「そうか……」


 ぱしっ、と俺はノアールの手を払う。


「断るよ」

「……どういうつもりだ」


 ノアールの目に明確な敵意の色が浮かぶ。


「おまえの主張だと、今のこの世界をいったん壊すってことだろ?」


「そうだ! 当たり前だ! なんだこの原作改変は! 許されるわけないだろ! こんな……こんな! 下品な作品じゃなかった! 僕心ぼくここは! 神の作った偉大なる物語は、これじゃない!」


「そこが間違いなんだよ、ノアール」


「なんだと……?」


 俺は彼を見て言う。


「ここは、物語の中の世界じゃない」


 くわっ、とノアールが目を大きく見開く。


「……どういうことだ」

「ここは、現実だ。ハリス達にとっての。作り物……フィクションじゃないんだよ」


「だからなんだっていうんだ!」


 ごぉ……! とノアールの体から闇が吹き出る。


「ここは彼らにとっての現実世界だ。そこに正しいも、間違っているも、ない。おまえの勝手な判断で、世界の正しい間違ってるを決めつけるな」


「間違ってるだろう!? こんなの原作になかった! 原作の通りにするべきなんだ!」


「いいや違う。ここは現実なんだ。作り物じゃない。世界が今こうなってるのなら、誰かが勝手に介入してはいけない。今この世界を無かったことになんて……絶対にさせちゃいけないんだ」


 俺はハリス達を一個人とみている。この世界を作り物じゃなくて現実だと思う。


 一方でノアールはハリス達をキャラクターと、そしてここが作り物の物語の中だと思っている。


 だから簡単にやり直そうとか言えるんだ。


「おまえの復活には、大賢者の赤石だけじゃない。多くの人間の魂が必要だ。そうだろう?」


「原作でもそうだったじゃないか! 多くの犠牲を強いてノアールが復活する! それを再現して何が悪いんだ!」


 俺は杖を抜いてノアールに向ける。


「原作の再現なんて知るか。この世界は現実だ。現実にストーリーなんて存在しない。……おまえが自分のために大量虐殺を行うのなら、俺が止める」


 原作でそうなってるからなんてバカな理由で、たくさんの犠牲者を出させるわけには行かない。


「……交渉決裂だな。おまえなら理解してくれると思ったのに」


 ノアールがこちらに向ける目には、はっきりと、俺を敵と書いてあった。


「目の前に居る人物を作り物、この世界をフィクションだとかぬかしてる時点で、おまえと俺とはわかりあえないよ」


 殺しはしない。俺はただハリスをノアールの呪縛から解き放つ。そのためには気絶させて、やつに分離薬を飲ませる。


「決闘だ、マルコイ」

「ああ、いいぜ、ノアール。勝った方が、負けた方の言うことを聞く」


 魔法決闘フェーデをしようとしてる。

 誓約を立てる。俺たちは杖を取り出して、中央で杖を合わせる。


「「決闘デュエル!」」


 かくして、よそ者達による、この世界の命運をかけた戦いが始まるのだった。

 

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