第11話

「というわけで、ただいま話題沸騰中———元公爵令嬢のソフィアちゃんで~す!」

『『『『『うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!!!!』』』』』

「あ、あのっ! その呼ばれ方は凄く複雑な気持ちになるのですが!」

 お風呂も入り終わって、空に綺麗なお星様が見え始めた頃。私達を含め、レイシアファミリーはソフィアちゃんの歓迎会&お疲れ様会をするために一階の食堂へと集まっていた。

 食堂といっても、テーブルなんてほとんどない。皆は地べたで食べることの方が多いし、テーブルも椅子も人数分集めるのはお金がかかるし、だったらというわけでコスト削減。

 でも、この人数だからかなり広め。流石に全員が入るとちょっときついかな? って思っちゃうけど、皆楽しそうだし気にしない。

 皆が床に並べた料理とお酒を囲みながら、真ん中に立つ私達を見て雄叫びを上げていた。まだお酒飲んでないはずなのに。

「一応『レイシアファミリー(仮)』って感じだけど、一時的に私達の仲間になるからね! 皆も、仲良くするように!」

 私は横にいる緊張を滲ませすぎているソフィアちゃんを肘で小突く。

 するとソフィアちゃんは肩を思い切り跳ねさせて一歩前に進んだ。

「ソフィアです! レイシア様のご厚意でここに住まわせてもらうことになりましたっ! い、至らぬ点も多いかもしれませんが、どうぞよろしくお願いいたします!」

『噂の侯爵令嬢か! 随分と可愛いなァ、おい!』

『また当主が厄介ごとを持って来たかって思ったけど、こんな別嬪さんだったら大歓迎だぜ!』

『レイシアファミリーにまた花が咲く!』

『『『『『可愛い子なら大歓迎で~す!!!!!』』』』』

「ねぇ、ミラ? うちのファミリーの男子は素直になりすぎじゃない?」

「それがうちのファミリーのいいところね」

 いや、もう可愛いしか言ってないじゃん。素直はいいことなんだけどね? 歓迎してくれそうだからよかったけどね? でもさ……本当に素直すぎない? 大丈夫? いつか悪い女の子とかに騙されたりしない?

「ごほんっ……まぁ、いいやっ! じゃあ、今日は皆お疲れ様! 皆のおかげで今日も私の理想を追い求めることができました! ありがとうっ、皆大好きだよ!」

 私は大声でありったけの感謝を伝える。

 すると、皆から「気にするな!」、「それがレイシアファミリーだ!」、「俺達は当主について行くぜ!」なんて声があちらこちらから聞こえてくる。

 すっごく嬉しいっ! 皆がいるから、私は理想を追い求めることができるんだ!

「それじゃあ、今日は飲んで騒いで明日も頑張ろう! っていうわけで、皆飲み物持って~」

 私がそう言うと、皆がグラスに注いだ飲み物を持ち上げる。

 ソフィアちゃんと私の分はミラが渡してくれた。

 そして、私は皆に見えるようにグラスを掲げて―――


「我がレイシアファミリーに、乾杯っ!」

「「「「「乾杯っ!!!!!」」」」」


 ♦♦♦


 レイシア様の音頭に合わせて始まった宴会。どうやら本日もどこか襲撃したらしく、そのお疲れ様会みたいです。

 それを聞いて、私は少し反応がし難かったです……悪事を働いたあとの宴会と聞けば素直に喜べないのですが、私の歓迎会も兼ねているらしいので複雑です。

 ですが、私はもう罪人です。それに、厚意に甘えているだけの私にここまでしてくれているというのですから、楽しまないとレイシア様をはじめとした皆様に失礼な気がしました。

 しかし、彼女達は巷を悪名で轟かせる悪党集団。。どれだけ恐ろしい人間の集まりなのか、私は正直に言うと怖かったです。

 怖かった、のですが———

『嬢ちゃん、飲んでるかい!?』

『酒ならいっぱいあるぜ! 若いうちは飲んで食べなきゃダメだぞ~?』

『っていうより、嬢ちゃんも色々あったんだなぁ……わけぇのに、指名手配されてよぉ。まぁ、当主に比べたら可愛いもんかもしれねぇが!』

『今日は今までの悪いことは全部忘れちまおうぜ、な!?』

「は、はいっ」

 私を取り囲むかのように集まるレイシアファミリーの皆様。言葉遣いも、マナーもまったくなっていない。体つきもよく、鋭い目つきや野蛮な風貌が威圧感を放っています。私など片手で殺せてしまうかもしれません。

 ですが、皆様が投げかけてくれる言葉はとても温かいです。

 今日初めて言葉を交わした私を心配してくれたり、馴染ませようと積極的に話しかけてくれたり、食べ物がなくなれば私の前に並べてくれたりと、優しさを感じます。

 初めこそ怖かったのですが……皆様に囲まれているうちに徐々に薄れていきました。

 じゃ、若干……ノリについていけない部分もあるのですが。

 仕方ないと思うのです! このようなノリは茶会でもパーティーでもなかったのですから!

「おいおい、女一人に寄って集ってるんじゃねぇよ!」

 ズカズカと、一人の青年がジョッキを持ってやって来た。

 確か……名前はライダ様、だったはずです。周りにいる男性とは体つきも小さく、どこにでもいる青年のような方です。しかし、この方こそレイシアファミリーの副当主───不触と呼ばれる悪党というのですから、正直驚いてしまいます。

『あァ!? なんだよいきなり現れてよォ!』

『そうだそうだ! こういう時はおじさんが相手にした方が馴染むってもんだ!』

『うるせぇ! ジジイ共は黙ってろ! こういうのは、歳が近い奴の方が話しやすくて馴染むってもんだ!』

 えーっと……何やら、目の前で言い争いが始まってしまいました。

 こ、このような時はどうすればいいのでしょう……? 恐らく、私のことで言い争っているような気がするのですが、完全に蚊帳の外です。

「というわけでお嬢ちゃん、俺と少し話でもしねぇか?」

 ライダ様が私の前に跪いて手を差し伸べてくる。

「は、はぁ……?」

 しかし───

「加えて言うなら、ちょっと人気のない場所に……そういえば、治療室には鍵もかかるし、わりかし寝心地のいいベッドも───」

「なぁぁぁぁぁぁにしちゃってんのライダァァァァァァァァァァ!!!」

「ばべるぎぶちゃえ!?」

 ライダ様は床に並んだ料理や座っていた人達を巻き込んで壁の方まで吹っ飛んでしまった。

 私はその光景を見て、思わず呆然としてしまいます。

「な、何いきなりソフィアちゃんを口説いてるの!? っていうか、どこに誘おうとしてたのライダァ!?」

 代わりに目の前に現れたのは、グラスを片手に銀髪を靡かせるレイシア様。

 ですが、右腕は照明に照らされ輝いている銀の体毛に覆われた巨大な腕を抱えていた。

「いつつ……いきなり殴るなんて何考えてやがんだよ、当主?」

「そんなことはどうでもいいんだよ!? こっちの方が何を考えてるのって聞きたいよ!」

「何って、そりゃ……歓迎の印に一夜の過ちを───」

「見境がなさすぎるっ!」

「何言ってんだよ当主……俺は可愛い子しか抱かねぇ!」

「最低だよ! 否定できてないよ、もうっ!」

 レイシア様が地団駄を踏む。

 とりあえず、どうしてレイシア様が来てくださったのか分かりました。ホッとしています。

 流石に今日知り合ったばかりの人とは……そ、そういうことは好きあった人とがいいですっ! といっても、前の私は好きでもない相手とそういうことをするのは許容していましたが。

「今日はソフィアちゃんの歓迎会も踏まえてるのに……もぉ〜、怒ったからね! 今日という今日は、しっかりその曲がった性根を叩き直すんだよ!」

「へっ……やってみやがれ当主! 今日こそ当主に勝って、当主と寝てやるからよォ!!!」

 床に並べてある料理や周りにいる人など気にせず、二人はそのまま殴り合いを始めてしまう。

「え、えーっと……ど、どうすればいいのでしょうか!?」

 といっても、お二人の間に入っていく勇気などないのですが!?

 先程からライダ様が何度も何度も殴られては吹き飛ばされて、また殴られ……の一方的ではありませんか!? レイシア様しか殴っているようにしか見えないのですが!?

 こ、これは早く止めないとライダ様が───

『いいぞー! もっとやれー!』

『ライダ、気合いが足んねぇんじゃねぇか!?』

『勝てよライダ! 勝って当主の裸を拝ませろー!』

 しかし、皆はお酒を煽りながら盛り上がるだけで誰も止めようとはしない。

 男性の方々だけでなく、料理を配っていた女性の方々も手を止めて楽しそうにその光景を眺めている。異様な光景に、私はオロオロすることしかできなかった。

「どう、楽しんでる?」

 そんな時、ミラ様がグラスを持ってやって来た。

 お酒が入っているからか、ほんのりと赤みがかった頬も合わさり色っぽい雰囲気を感じます。

 お、大人の女性です……ッ! これが、美しさだけを追求した不老の騎士なのですね。

 少し羨まし───いえっ、そうではなく!

「止めなくてもよろしいのでしょうか!? 早く止めないと、ライダ様が───」

「あぁ……気にしなくてもいいわよ。これ、ほぼ毎回やってることだから」

「そ、そうなのですか……?」

「えぇ、もはや私達の中での催しごとの一つね」

 これが催しごと、ですか……?  私と住む世界が違いすぎて驚きを隠しきれません。

「あと、ライダのことなら気にしなくてもいいわよ? あいつ、なんだかんだうちの副当主を張るぐらいには強いから」

「その割には一方的なような気がするのですが……」

「まぁ、当主がここでは一番強いから仕方ないわ」

 ごくり、と。ミラ様がお二人の喧嘩を肴にお酒を煽る。

「ライダの魔術は『自分が受けた現象と自分が与えた現象を別の対象に移す』っていうもの」

 そして、ミラ様は何も分からない私に説明を始めてくれた。

「いくら殴られても、魔術を発動している間はライダに傷はない。もちろん、対象に移すまでのロスはあるし、そのロスの間は衝撃を自分に受けなきゃならない。今、当主が殴って吹き飛ばされているのがそういう理由。だけど、ライダ自身には攻撃は届かないのよ。最終的には別の対象に移るし、無傷な自分でいられる。ほら、周りを見てみなさい」

 ミラ様が部屋の壁を指さす。

 そこにはいくつもの壁のくぼみができていました。どうすれば、このような跡が生まれるのでしょうか? まるで、物凄い力で殴りつけたような……い、いえっ! そもそも、私が入って来た時にはこんな跡はなかったはずです!

 私が驚いていると、またしても別の場所にくぼみが生まれる。それと同時に、ライダ様がまたしても吹き飛ばされていた。

(……つまり、ライダ様がレイシア様の受けた攻撃を壁に移しているので怪我はない、ということでしょうか?)

 ですが、それは───

「無敵、ではありませんか?」

「その通りよ。魔力が続く限りという話ではあるけれど」

「……」

 レベルが違いすぎます。

 ミラ様のお話が正しければ、ライダ様は他者の攻撃が何一つ通じないということ。

 ロスの間は攻撃が通じる……という弱点こそありますが、それは大きなメリットを見てしまえば微々たるもの。ある意味、無敵。

 そのような魔術、公爵家にいた騎士団の人達や王宮に仕える魔術師達───私の知る限りでは聞いたことがありません。

(これが悪党レイシアファミリーの副当主……やはり、恐ろしいですね)

 その上にまだミラ様とレイシア様がいるというのだからなおさらです。

 どうりで、多くの国から指名手配をされているのに、未だ捕まっていないはずです。

(強すぎるのですね、レイシア様達は……)

 そんな人達に囲まれている現状が、とても信じられません。

 何より───

「まぁ、ソフィアも肴だと思って楽しみなさい。今日は、あなたの歓迎会でもあるんだから」

 この人達が、私の知る悪党とは……違うような気がするのです。

 あちらこちらから聞こえる楽しそうな喧騒、その中で私に投げかけてくれたミラ様の言葉が、私の中に違和感を生んだ。


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