第9話
そう口にした瞬間、ソフィアちゃんの目が思い切り見開かれた。
「行く宛てがないならこの場所を行く宛てにすればいいよ! 私のファミリーは来る者拒まずだから、ソフィアちゃんが入るっていうなら歓迎する!」
「まぁ、ソフィアも罪人―――ちょっと違うけど、悪党だものね」
「そう、それっ!」
ソフィアちゃんはどういう経緯があったのか分からないけど、私達と同じ指名手配されている悪党! 悪党……悪党って言っていいのかな? と、とにかく私達と同じ悪い人だからむしろ入ってもなんの違和感もない! 入るしかないね!
「ここならお金の心配もいらないよ! ご飯も三食食べさせてあげるし、寝る場所も……今、いっぱいいっぱいだから一人部屋は難しいけど、私の部屋で寝させてあげるから! それに、ここなら私みたいな悪くて強い人ばかりだから身の安全も保障する―――私達のファミリーは、互いが互いに困っていたら助ける。そういう方針でいるからね」
うちのファミリーは皆が皆悪党の人達ばっかり。でも、仲が悪かろうが喧嘩していようが助けを求められたら助ける。そんな方針で動いているんだ。
これだけはファミリー設立時に私が考えたこと。 救われぬ者に救いの手を———私の理想ではあるんだけど、同じファミリーにいるんだったら皆にもそうしてほしい。
初めは「反感とかあるかな?」って思ってたんだけど、全然そんなことなかった。
悪党なのにね。不思議ではあるけどちょっと嬉しい。だから私のファミリーは大好き! あ、皆のこともちゃんと大好きだよ? 変態さんが多い気もするけど、皆優しいし面白いし。
「どう? 全然悪い話じゃないと思うけど」
「そう、ですね……正直な話、悪い話ではないように思えます。むしろ、悪い話がどこにも見当たらないぐらいに」
「でしょ!? じゃあ、うちのファミリーに入っちゃおう!」
「ですが———」
ソフィアちゃんが口籠る。
「やっぱり、抵抗がある感じ?」
「……はい」
「そっか」
それもそうだよね。悪事に対する抵抗がどこまであるか分からないけど、レイシアファミリーは自分で言うのもなんだけど有名な悪党集団だ。
貴族をも平気で襲う集団だから、貴族の間では恐怖の対象でしかない。
ついこの間まで貴族の一員だったソフィアちゃんからしてみれば、いくらいい話ばかり持ち掛けられても不安や抵抗はどうしても残ってしまう。
それでも、どうしていいかも分からない現状に与えられた待遇は逃したくない。
そんな板挟みがあるから、素直に首を縦に振ることはできないんだ。
「だったら、レイシアファミリー(仮)っていうのはどうかな?」
「仮?」
「レイシアファミリーに入るのはあくまで一時的。しばらくして自分が「あ、入りたいなー」って思ったらそのまま入っちゃってもいいよ。逆に「やっぱり嫌だ!」ってなればファミリーから抜ければいい。ここにいる間はさっきも言ったけど、衣食住と身の安全は保障してあげる。流石に辞めちゃったら身の安全は保障できないけど、何か月は生きていけるぐらいのお金はあげるよ」
簡単に言ったら体験入会みたいなものだね。
迷っているんだったら自分が納得できる選択を選べるようにしてあげればいい。
これなら、ソフィアちゃんも困らなくて済むね! 私って超頭いい!
「おいおい、我が当主。そいつは人がよすぎねぇか?」
「ライダ、あんたは黙ってなさい」
「そうは言うがな……まぁ、いいさ。当主がそう言うんだったらもう俺は何も言わねぇよ」
ライダは両手を上げて口を閉ざす。ミラもそれ以上は何も口にしなかった。
だから私は二人の方を振り返ることなくソフィアちゃんの瞳を見つめる。
強制じゃない。脅迫でもない。それでも答えを求めるかのような無理矢理作った静寂が室内に広がってしまう。
ソフィアちゃんの寝ているシーツにしわが寄る。
それほどの決断じゃない気もしなくはないけど、ソフィアちゃんにとっては拳を強く握り締めるほどの決断なんだって分かった。
「……どうして」
「ん?」
「どうして、見ず知らずの私にここまでよくしてくれるのですか?」
無償の優しさは怖いと言うんだろう。当然だよね、悪党が与える優しさはそこら辺にいる人や家族から向けられる優しさとは違って胡散臭くできているから。
でも、ね―――
「私はソフィアちゃんに言ったよね」
「え?」
「最後まで助けてあげるって」
「ッ!?」
あの時のおじさんは、私のことを最後まで助けてくれた。だから、私はこうして生きている。
私が憧れているのはあのおじさんみたいな大悪党なんだ―――だったら、私もおじさんみたいなことをする。一度差し伸べた手は簡単には振りほどかない。幸せだと、もう一人でも大丈夫だって思ってくれたら、その時に手を振りほどく。
今のソフィアちゃんはそうじゃないから。ここで見捨てたらソフィアちゃんは幸せにはなれないから。
「信用されないかもしれないけど、私は自分の理想にためには嘘はつかない。ソフィアちゃんを助けたいのは理想の自分がそういう行動を取るからなんだよ」
だから、さぁ───
「もう一回、私の手を取らない? 一度助けを求めたソフィアちゃんなら、その権利はあるんだから」
私はソフィアちゃんの前に手を差し出す。
その手を見たソフィアちゃんの瞳には逡巡が窺えた。
だけど、ゆっくりと……おずおずと、私の差し出した手の上に自分の手を乗せた。
「ありがとう、ございます……では、お言葉に甘えてもいいでしょうか?」
「おっけー、仮入会おめでとうっ! これは歓迎会をしなきゃね! 宴の準備だよ!」
「初めからする予定だったでしょ。もう進めさせてるわ」
「よっし! 今夜はとことん騒ぐぞー!」
久しぶりの宴だ! とことん飲んで食べて騒ぐんだ! そんで、仮入会したソフィアちゃんを紹介しないとね! ぐふふ……今から楽しみになってきちゃった。
「あ、あの……」
私が一人で喜んでいると、ソフィアちゃんがどうしてか戸惑っていた。
「気にしないでちょうだい。こんな風に子供っぽいのが、うちの当主なの」
「聞き捨てならないんだよ! 私が子供? どこからどう見ても立派なレデ───」
「そんなことより、当主」
「そんなこと!?」
私にとって子供か子供じゃないかってかなり大きな問題なんですけど!?
「裸の付き合いって、知ってる?」
いきなり真面目な顔してどうしたんだろう? そんな言葉、流石の私でも普通に知ってるよ。
「ソフィアは新しく入ってきた新参。ここにいる全員が今まで知らなかった人なの。いきなり入ってきても戸惑うことも多いし、頼れるメンバーが一人二人はいた方が彼女も楽だと思うわ」
「うん、そうだね。私も頼ってくれたらいいなーって思ってる」
「だったら、まずはお互いに仲良くなるのが一番じゃないかしら? 具体的には、一緒にお風呂に入って親睦を深めるとか」
「……ハッ!」
確かに、裸の付き合いは相手に自分は無害だと武器を全て外すことでアピールして、本音を晒し合うというもの。ソフィアちゃんの根本にあるのは私達が『悪党集団』だという恐怖。私の武器はもちろん魔術一本だけど、魔術具である修道服を脱げば無力な女の子になる。
そうすれば、ソフィアちゃんも身の危険を感じずに本音で話し合って仲良くなれるかもしれない。まぁ、ミラは右目に埋め込んでいるから無害ではないんだけど。
「フッ……流石はミラだね。素晴らしい妙案だよ」
「やだ、そんなに褒めないでちょうだい」
「ちなみに、他意はないよね?」
「………………ないわよ」
「他意」
妙案が下心に早変わりだよ。私の感心を返して。
「というわけで、どうかしらソフィア? あなたも色々あってゆっくりお風呂に浸かりたいんじゃないかしら?」
「えぇ、正直に言えば入りたい、です……」
「なら決まりね」
そう言って、ミラは腰を上げた。
私も身の危険を感じちゃうけど仲良くなれそうなのは事実だからソフィアちゃんの手を握ってそのまま立ち上がる。
そして、
「待ちなさい、ライダ。どうしてあなたもついて来ようとしてるの?」
「あ? どうしてって、そりゃ……覗きに行こうとしてるだけだが?」
「阿呆か」
「こ、こめかみがァァァァァァァァァァァァァァァッ!?」
───したけど、ミラがライダにアイアンクローをしました。
「大丈夫なのでしょうか? 何やら、聞こえてはいけないような音が聞こえているのですが」
「気にしない気にしない! それより、早く浴場に行こー!」
変態さんなライダにはお仕置が必要だからね。
堂々と覗きに来るなんて……阿呆じゃないの? 今はソフィアちゃんもいるのに……いや、私がいた時でもダメだけどね。ミラ一人の時にすればいいんだよ。
「期待していいよ、私のアジトにある浴場はおっきいから!」
悲鳴と「バキバキ」という音を鳴らしているライダを放置して、私達は浴場へと向かった。
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