第8話
私は今、正座してます。
私の部屋で、体を小さくして……正座してます。
「そういや最近、この国の王子がどうやら婚約破棄をしたらしい」
目の前には、仁王立ちして私を見下ろしてくるライダ。
それと、頭を押さえてソファーの上でため息を吐くミラ。
「相手は公爵家のご令嬢。理由はパーティーで堂々と子爵家の令嬢を殺そうとしたことが原因となったらしい。ま、大衆の面前でそんなことをすりゃ「妃に相応しくない」って言われて婚約破棄されるのは当たり前だよな」
「へぇ、そうなんだ」
「その公爵令嬢は更に公爵家を追放。王都の地下牢に収監されて裁判を待っていたはずなんだが、どうやら逃げ出したらしい。あの国一番の厳重さを誇る王都の地下牢から逃げ出すなんてよっぽどの話だ」
「そっか。あ、あのね、それで足がそろそろ痺れちゃったんだけど———」
「それで今は国の総出を挙げて指名手配中。新聞にも掲示板にも手配書が回ってるらしい。今じゃ、俺らよりもよっぽど注目されて追いかけられてる人物だ」
どうしてこんなことになっちゃってるんだろうね? いや、口ぶりからそろそろ賢いレイシアちゃんは分かってきたんだけど———
「それで、当主が助けた女の子と顔がめちゃくちゃ似てるんだけど……俺の気のせいか?」
「だって見つけちゃったし、放っておけなかったし……怪我してたから治療しなきゃって」
「だからといって連れてくるかよ普通!? あァ、しかも堂々と名乗りやがって!!!」
私が正座をさせられちゃった理由。それは、今騒ぎになってる公爵令嬢を連れて帰って来ちゃったからです。しかも、堂々と正体を明かした状態で。
あのあと、騒ぎを聞きつけた騎士や憲兵が集まってきて大騒ぎ。私はあの子を抱えてお空を飛んで逃げてきたんだけど───私が連れて行く姿を堂々と見られちゃったし、最後に相手にした騎士の人を殺さなかったからバレちゃいました。
え? どうして殺さなかったんだって? なんか気が引けたんだよ。それだけ。
まぁ、そのおかげでレイシアファミリーが公爵令嬢を匿ったって騒ぎになっちゃってるんだけどね〜! アーッハッハッハー!
「くそッ……さっき部下に確認させたが、やっぱり俺達が公爵令嬢を匿ったことは知られてる」
「これから本腰を入れて私達のことを探すでしょうね……」
「だったら、逃げればよくない?」
「こんな大きなアジトを造って簡単に拠点を移せるわけがねぇだろうが!!!」
「ご、ごめんなさい……」
私はライダに怒られてしゅんとなる。
本当に、迷惑かけてごめんなさい。でも、知らなかったんだもん、許して。
「まぁ、過ぎたことはこれ以上気にしても仕方ないわ。どうせ、見過ごせなかったんでしょ?」
「うん……助けてって言われちゃったし。放っておけなかったし」
「……なら、これ以上とやかく言うつもりはないわ。ライダも、それでいいでしょ?」
「当主が見過ごせねぇからって言うんなら仕方ねぇよ。俺も、これ以上言うのはやめる」
ライダはゆっくりとミラの座るソファーに腰を下ろす。
「えーっと……実際に、結構やらかしちゃった感じなの?」
「まぁ、正直に言うとそこまでヤバいってわけじゃねぇ。しばらく下手に動かなきゃアジトの存在もバレることはないしな。ただ、騎士達は公爵令嬢の捜索で手を広げていた部分を俺達に集中させるだろうよ」
「今までより警戒しなきゃいけないってことね。仕事も今まで通りで別にいいと思うわ」
「え? だったら怒られなくてもよくない?」
今までと変わらなかったら、迷惑がかかってないってことだし、怒る必要もないじゃん!
「そういうわけじゃねぇだろうが」
ライダがソファーの角を叩く。
すると───
「あいたっ!?」
私の頭に遅れて叩かれたような痛みが走った。
「面倒なことになったのは代わりがねぇんだよ。ちったぁ反省しやがれ」
「痛いよライダ……女の子に手を出しちゃダメなんだからね!」
「悪党に何言ってんだよ当主……」
「そんなことする人とは絶対に付き合わないんだから!」
「大丈夫か当主? 俺が悪かったぜ、どこか痛いところはねぇか?」
変わり身が早すぎるんだよ。そんなに私とお付き合いしたいの?
「はいはい、冗談を真に受けないのライダ。当主は私と付き合うんだから」
「誰もそんなこと言ってないんだけど!?」
何言ってるのミラは? 女の子同士で付き合うとか、あり得ないんだよ。
「まぁ、でも反省はしてほしいわね。もしかしたらこの一件で王国騎士が出張ってくるかもしれないんだから」
王国騎士は王都に駐屯している騎士のこと。
王家直属の騎士故に、一人一人がそこら辺の騎士よりも優れており精鋭。部隊は近衛と警備隊に分かれていて、国の中心を守る最後の砦、一介の騎士では太刀打ちできない事態に対処するエリート集団なんて呼ばれている。
何度か相対したことがあって、その時はかなりの被害を受けた記憶がある。
「……はい、反省します」
「まぁ、確証もないことに王国騎士は動かせねぇだろ。アジトの場所が割れりゃ、出張ってくるかもしれねぇが」
「そうね。とりあえず、バレたらバレた時に考えましょ。最悪は私の魔術を使えば逃げられるでしょうし」
騎士達の時間を止めて、その間に私達がアジトから出れば簡単に逃げられるしね。
本当に便利なんだよ、ミラの魔術。
「そういや、結局あいつはどうするんだよ当主?」
ライダが私のベッドを指さす。
そこには、今日連れて来た女の子が小さな寝息を立てて寝ていた。
ボロボロだったローブは脱がせて、私の寝間着を着せている。とりあえず怪我していた足は治療して、ミラと一緒に体を拭いてあげた。
そのおかげなのか、さっきまでの彼女と見違えるぐらい綺麗な姿をしている。
「そうだね、どうしよ───」
「……んっ」
その時、ちょうどその子から小さな声が聞こえた。どうやら目を覚ましたようだ。
「あのー……」
「もう正座しなくてもいいわよ」
「ありがとうございますっ!」
私はビシッと敬礼して立ち上がり、そのままその子の近くに寄った。
……あれ? そういえば私、一番偉いのにどうして下手に出てたんだろ? まぁ、いっか。
私はその子の顔を覗いた。綺麗な鼻梁、きめ細やかな白い肌、長いまつ毛に美しくも整った顔立ち。扇状に広がっている金髪がよりこの子の美しさを引き立たせていた。普通に顔を覗いただけなのに目が離せない。まるで、おとぎ話のお姫様のようだった。
そんなお姫様の目がゆっくりと開かれ、琥珀色の双眸が私の顔を捉えた。
「あ、起きた?」
「あ、れ……ここは?」
体を起こし、ゆっくりと室内を見渡す。
そりゃ、目を覚ましたら知らない場所にいるんだもん、不思議に思うのは仕方ないよね。
「ここは私達のアジトだよ! っていうか、私のことは覚えてる?」
「アジ、ト……? あぁ、そうですか。ここはあなたのアジトでしたか」
だけど徐々に状況が飲み込めてきたのか、顎に手を当てて考え事を始めた。
「ということは、あなたは本当に大罪聖女……なのですね」
「レイシアって呼んでよ! 呼び名じゃなくてそっちが名前だから!」
「いいのですか? あなたは、その……」
チラりと、その子はミラとライダの方を見る。
どうしたんだろう? なんか顔色を窺うような表情だけど……。
そんな表情を見たミラは小さくため息を吐く。
「別に当主がいいって言うのであれば私達から何か言うつもりはないわよ」
「そ、そうですか……」
「あ、そういうこと」
私達は曲がりなりにも巷を騒がしている悪党集団だもんね。そんな悪党集団のアジトに一人。なんにも力を持っていないこの子は肉に飢えたライオンの群れに放り込まれた気分なんだ。
何か一つでも不敬があれば殺される───そんな風に思っているんだろう。
「では……レイシア、様」
「んー、ちょっと堅苦しい感じだけど……まぁ、いっか!」
私がいくら言ったところで中々一度抱いたイメージって払拭できないからね。
「そういえば、名前ってまだ聞いてなかったんだけど、なんてお名前なの?」
「私、ですか? そ、そういえばまだ名乗っていませんでしたね……」
その子は慌てて私に向き直り、勢いよく頭を下げた。
「私の名前はソフィア・メイザース……いえ、ソフィアと申します! こ、この度は私を助けていただいてありがとうございました!」
「そ、そっか……ソフィアちゃんって言うんだ」
前まで公爵家の貴族様だったはずの女の子がこんなにも勢いよく頭を下げるなんて……私って、そんなに怖そうに見える? 思わず苦笑いだよ。
「まぁ、よろしくね? あ、一応紹介しておくよ! あっちに座ってる綺麗なお姉ちゃんっぽい人がミラ! 永遠の騎士って言った方が分かるかな?」
「永遠の騎士、ですか!?」
紹介しただけなのにソフィアちゃんが驚いてしまった。
「えぇ、よろしくお願いするわ」
「そんで、こっちの怖そうだけど私達のことをよく考えてくれる優しいお兄ちゃんみたいな人はライダって言います!」
「おう、よろしく」
「ライダ……ライダとは、あの『不触』のライダですか!?」
あー……そういえば、ライダってそういう風に呼ばれていたよね。
敵に触れることなく敵を制圧する。そんなライダは、自分の魔術のおかげで巷では『不触』って呼ばれてる。
ちなみにそういった呼び名で呼ばれているのはうちのファミリーの中では三人だけ。『永遠の騎士』、『不触』、『大罪聖女』。つまり私達だけだね! 部下にも頑張ってもらわないと!
「と、ということは……この場にはレイシアファミリーの幹部が揃っているということで!?」
ソフィアちゃんが何故か手のひらを見つめながら震えてしまった。
普通に紹介しただけなのに……おかしい、そんなに怖がらせるようなことしちゃったかな?
「あ、あのねソフィアちゃん。別に殺そうとかどっかに売ろうとか考えてないからね? ほ、ほらっ! そうじゃなかったらあの時助けたりしなかったから!」
とりあえず安心させようと努めて明るい声を出す。
するとソフィアちゃんは私の顔を何度も見て、やがて震える手をぎゅっと握り締めた。
「わ、分かりましたっ!」
「あ、これはあんまり理解されてないやつだ」
うん、自分の悪評はどんぐらいかっていうのは知ってたからいいんだけどね……でも、なんだろう? 少し傷ついた。
「それで、寝起きで悪いんだけどこれからどうする?」
「……ぁ」
いずれは考えないといけないこと。
だけど、ソフィアちゃんはそれを突き付けられ声が一瞬にして沈んでしまう。
「行く宛てとかあるの?」
「……ありません」
「まぁ、この前まで貴族だった女の子が行く宛てなんかあるわけないものね」
「ちょっとミラ! オブラートだよ! もうちょっと気を遣ってあげて!」
傷ついちゃうじゃん! ただでさえ、色んなことがあって弱っているのに! デリカシーが足りないんだよ!
「ですがっ! どこか宿を取ってしばらくどこかに身を顰め―――」
「金はあんのか?」
「…………」
いや、もう二人共さぁ……事実なんだけど、もうちょっとこう、気遣ってあげるとかしないの? ほら、ソフィアちゃんがだんまりで俯いちゃったじゃん。
「分かっています……私が、今そのような状況に置かれていることは。ですが、私はどうしても知りたいんです―――」
私がどうしてそういう愚挙に走ってしまったのか、と。ソフィアちゃんは最後にそう呟いた。
俯きながら、唇を噛み締め、震える拳を握って。悪いことをしたという自覚もある。ソフィアちゃんの様子を見る限り、償う気持ちもしっかりあるんだろう。
だけど、それ以上に『諦めきれない何かがある』といった顔をしていた。
でも現実はソフィアちゃんには厳しいものだ。お金もなければ行く宛てもない。これじゃ、また今日みたいに路頭で蹲り、怪我をして捕まっちゃう。
それが分かっている。分かっていると知った大悪党なら―――おじさんなら、こんな時はどうするだろう?
「……おい、当主がまたいつも通りのことを考えてるぞ?」
「まぁ、任せましょ。私達は当主に付き従うだけなんだから」
「あいよ。ったく、困った当主について行ったもんだ」
後ろで二人がそんなことを言い始めた。
馬鹿にされている気はしない。理解した上での肯定―――嬉しい。
だったら、私は私の理想に向かってやりたいような行動を取るだけ。
だから私はソフィアちゃんの手を取った。
「じゃあさ、ソフィアちゃん」
「は、はい」
私が憧れた大悪党は、救われぬ者に救いの手を差し伸べる。
「私のファミリーに入らない?」
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