第36話
王都ではレイシアファミリーによる地下牢襲撃によって慌ただしいものとなっていた。
王都の端にある地下牢での事件だからか、騒ぎを知っている民は少なくいつも通りの平和な一日だったという認識でしかなく、少し騒がしいなと思う程度。情報が出回るのはもう少しあとの話になるだろう。
慌ただしくしているのは王国騎士を始めとする平和を守る人間である。
現在、王国騎士達はレイシアファミリーの行方を追うために部隊が編成され、消息が途絶えた場所から念入りに探している最中だろう。王都では衛兵や一般騎士達が巡回しているだけ。いつもとは違う様子に、王都に住まう民達は違和感を覚えた。
そんな王都のとある路地裏。地下牢から少し離れたその場所に、一人の少女が歩いていた。
「げほっ……あー、苦しいですね、もうっ!」
重たい足をひこずり、血が滲む胸を押さえながらゆっくりと路地裏を進んでいく。
「逃げ出せたのはいいですけど、ほんとマジでどうしましょうか……」
イリヤ・バレッド。バレッド侯爵家の一人娘であり、同時に呪術教団『愚者の花束』の司祭を務める少女。レイシアファミリーの副当主達との戦闘により死んだかと思われていた人物だ。
致命傷ではあるものの、なんとか生きながらえてしまったのはソフィア達の知らない話。
イリヤはソフィア達が出て行ったあと、人の目を盗んでここまで逃げてきた。
侯爵家の令嬢であり、ソフィア達以外の誰にも悪党だと知らないのであれば逃げる必要もない。殺してしまった王国騎士もレイシアファミリー殺られたと口にすればいいし、襲われたといってまだ残っていた王国騎士に保護してもらえばよかったはず。
であればどうして逃げているのか?
それは———
「よぉ、嬢ちゃん? 鬼ごっこはもう十分かい?」
カツン、と。人気のない路地裏に足音が響く。
「いやぁ、もう少し逃がしてはくれません……かねぇ? できれば百年後とかに現れて来てくれたら嬉しいな、っていう、かぁ」
「それは無理という話だろう? ボク達が姿を見せた時点で、君ももう察していたはずさ」
イリヤの視線の先。一人は大きな体躯をしている男であり、特にこれといった特徴はない。
もう一人は魔女の被るような三角帽子を被っており、薄淡い緑色のマントを羽織っている少女。
「大悪党と、その一派を纏める右腕。こんな奴らに目を付けられるなんて、うちの教団は何をやらかしたんですか……」
「なに、うちの頭が単に気に入らないってだけの話さ。やらかしたわけではないよ」
「じゃあ、見逃してくれませんかね? こっちとら、色々失ったばかりだっていうんですから」
「それは自業自得というものだろう? それに、ボク達がこうしてわざわざ足を運んで会いに来てるんだ―――見逃すなど、元よりないね」
「分かってはいましたが……」
イリヤは額に汗を浮かべる。
自分は満身創痍。今すぐにでも治療を受けたいぐらいの怪我を負っている。
対して相手は世界に悪名を轟かせるほどの大悪党一派の頭と右腕であり、イリヤとは違って万全の状態。相対して勝てるとは思えないし、逃げられるとは思わない。
「さぁ、さっさと情報を吐いてもらおうか? 具体的には、君達のアジトについてだ」
「言ったら私が教壇に殺されちゃいますよ!」
イリヤは短剣を生み出し、二人に切っ先を向ける。
それは明確な戦闘の合図だ。
「嬢ちゃんが情報を吐かないって言うんなら、無理矢理にでも吐かせるさ」
そして、大悪党と呼ばれた男が一歩前に踏み出した。
「悪党を倒すのが、俺達大悪党だからな」
路地裏の喧噪はものの一瞬にして静寂へと変わり、一人の少女が意識を失った。
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