第3話

『なぁ、最近騎士が増えてきてぇか?』

『それそれ、騎士なんてこんな街に滅多に来ねぇはずなのに日に日に増えて来てる』

『衛兵もよく見回るようにもなったからなぁ……ま、俺らとしては悪党共が変に現れねぇようになるからいいんだがよ』

 市場の真ん中に置かれてあるベンチに腰をかける男性二人の声が聞えてくる。

 耳を傾けないようにしているはずなのに、周りの喧噪の間を潜って私の耳に滑り込んできます。聞きたくない話に限って、どこかで意識してしまう……そういう話。

「……すみません、この焼き串を一つください」

「あいよっ!」

 出店の一つで、私は肉を焼いた串焼きを一つ注文する。

 香ばしい匂いが空きっ腹を刺激し、今まで我慢していた空腹感をより一層刺激してきます。

『あれだろ? 騎士が増えて衛兵も見回るようになったのって噂の公爵令嬢・・・・・・のせいだろ?』

「ッ!?」

 一瞬だけ私の肩が跳ねる。

『あぁ、最近指名手配されたやつだよな。確か、パーティーで人を殺そうとしたとか』

『そんで、婚約破棄されて公爵家から追放。更に、あの王宮の地下牢から逃げ出したって話だ。警備が厳重なのによくも一人の女の子が抜け出せたもんだ』

『それぐらいの凶悪犯ってことじゃないか? まぁ、こうやってあちこちに指名手配書を流してるぐらいだ―――そういう認識で間違ってないんじゃないと思うよ』

 男性の方々の話は他愛のない会話の一つ。

 通り過ぎる人達もそれを分かっているからか、関係なしと誰一人声をかけようとしません。

 ですが、食いつく人がいないというのは関心がないということではなく―――誰でも知っているから。何故なら、今日歩いた中でこのような話は何度も聞いてしまっているのです。

「あいよ、串焼き一本!」

「ありがとうございます」

 ローブのフードを深く被り直し、私は懐から出した小銭と引き換えに串焼きをもらう。

 ……これで、私の手持ちはほとんどなくなってしまいました。

 売れそうな宝石類はそもそも持ち合わせていませんでしたし、これ以上お金の目途を立てることは難しいでしょう。

(これからどうしましょう……)

 飲まず食わずというわけにもいかない。

 かといって、森の中でサバイバルを……というのもできそうにありません。

 自分で言うのもなんですが、非力な私が一人で森を歩こうものなら魔獣に食べられて死んでしまいます。

『女の子で思い出したが、もしかしたら大罪聖女・・・・のこともあるのかも』

『大罪聖女? あれか、あのレイシアファミリーの当主を張ってる悪党』

『そうそう、どうやら隣のヘンゲル伯爵を襲ったらしい。それも今日だ。こんな場所に騎士達が集まる理由かどうかは分からないけど』

『またレイシアファミリーか……まったく、おっかねぇな。指名手配書の検証金額の上位にいる悪党は次々と問題を起こす』

『しかも、頭を張ってる大罪聖女はまだ子供らしい。可愛い顔してるし、体は小さい……そのはずなのに、あの『大悪党』に続く悪党ときた。ほんと、世の中って分からないものだよ。どういう生き方をしたらそうなるのか、気になるね』

 大罪聖女、という言葉が男性の方々の口から聞こえる。

(大罪聖女といえば……お父様が口を酸っぱく「気を付けろ」と仰っていた方の名前ですね)

 王国だけでなく、世界中の悪党の中でも有名な人物。

 同じ悪党や貴族を中心に襲い、金品や人間を奪っては荒らし、時に大勢の人を殺める。

 レイシアファミリーという集団を率い、世界で最も悪名高い『大悪党』に次ぐほどの規模を誇るという。貴族にとっては正に天敵であり、最も警戒しないといけない悪党。

(まぁ、それも今は関係のない話です……)

 私は今、すでに貴族ではなくなってしまっているのですから。

 串焼きを頬張り、その店から離れようと足を進める。

 すると———

「あ、悪いっ!」

 ドンッ、と。私の前から荷物を抱えた男性がぶつかってきた。

 その拍子に、思わず体がよろけてしまう。そして、深く被っていたフードが———

「嬢ちゃん、大丈夫……か……」

 心配しようとしてくれた店主の声が徐々に萎んでいく。

「嬢ちゃん……お前っ! あの公爵令嬢・・・・・・なのか!?」

 その原因は、フードによって露になった私の顔でした。

「ッ!?」

 私は急いで店主から背を向け、その場から離れるために走り出す。

 後ろから一層に騒ぎ始めた方々の声が聞えてきた。チラリと後ろを見ると、人が大声を上げて叫び、近くにいた衛兵や騎士の方が集まってきていた。

「いたっ」

 少し後ろ向いていたからか、足元に鋭い痛みが走った。木箱から飛び出ていた破片が足を掠めたようです。それでも、私は構わず人混みを掻き分けながら走る。

(まだ……こんなところで捕まってしまうわけにはっ!)

 そう思っていても、足の痛みが不安と焦燥を増長させてしまう。

 いつになれば、私はこの現実から逃げ切ることができるのでしょうか?


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