第2話

 私―――レイシアのファミリーのことを説明しておこうと思う。

といっても、そこまで話すことなんてないんだけどね。

 五年前ぐらいかな? 大悪党に憧れてシスターを辞めて、一人であちこち旅をしていた時に、私は永遠の騎士と呼ばれるミラと出会ったの。

 その時に色々あってミラが一緒に旅をしてくれるようになったんだ。次はライダだったなぁ。

 あ、ライダっていうのはミラと同じ副当主の男の子のことだよ!

 それで、今いるサルバレスト王国じゃなくて別の国を旅していた時に、偶然指名手配されている悪党集団を見つけたの。当然、悪党を倒して従わせる大悪党を目指している私はミラ達と一緒にその悪党集団を倒したんだけど───

『従わせるんなら、ファミリーを作った方がいいよね? その方が悪党っぽいし!』

 って思っちゃったの。だからファミリーを作ることにしました!

 え? 短絡的って? いやいや、ミラもライダもちゃんと納得したし賛同してくれたよ?

『別にいいんじゃない? 小間使いとかほしかったし』

『まぁ、お前が言うなら別に構わねぇが……』

 って! ちゃんとおーけーくれたんだよ!

 そんなこんなで、ファミリーを作ることになって今の『レイシアファミリー』があるの。

 三人から始めた悪党集団だけど、今では五百人ぐらいいるのかな? 倒して従わせて───今まで通り手を差し伸べていたらいつの間にか大きくなっちゃった。

 初めは悪党ばかりだったんだけど……そうじゃない人も入ってるの。不思議だよね? なんでだろう? それも、助けた人達ばかり。まぁ、うちのファミリーは来る者拒まずだから別にいいんだけど……自分から悪党になるっておかしな話だよね。私が言えた義理じゃないけど!

 そして、今のレイシアファミリーは色んな人がいて大きくなって、なんやかんや悪事を働いていると大々的に色んな国から指名手配されるようになった。

 指名手配って、甘美な響きっ! 悪党って感じだよね!

「はー、終わった終わった!」

 ヘンゲル伯爵の屋敷から遠く離れた山の中までやって来た私は、小さな岩の上に座って大きく背伸びをする。

 背伸びをすれば身長が伸びるって聞いた! 疲れたら必ず背伸びをするんだ! そしたら身長が伸びるからなんてことを思いながら背伸びをしています。

 だって、身長ほしいんだもん。ミラみたいにおっきな身長がほしいんだよ。私、今ちっちゃいから。でも、いつか必ずおっきくなってやるんだ! 私の魔術を使わずに、自力で! そしたら、ミラに後ろから抱き着かれることもなくな―――

「なぁにしてるの、我が当主?」

「うひゃっ!?」

 急に背中から伝わってくる柔らかい感触。温かくて、妙に安心しちゃう小さいけど私よりも大きな手。その大きな手が、いきなり私の後ろから優しく包み込むように回された。

「も、もうっ! いきなり抱き着いてこないでって毎回言ってるじゃん!」

「なるほど。っていうことは、いきなりじゃなかったら抱き着いてもいいのね?」

「違うけど……って、おぉい! 私を持ち上げないで! それで、膝の上に乗せないで!」

 流れるような動作でミラが私を抱えて自分が岩に座って膝の上に私を乗せてくる。

 更には、そのまま私のほっぺに自分のほっぺを合わせて頭を撫でてくる。

 この子供扱い、嫌! でもちょっと気持ちよくて離れたくないって思ってしまう私もいる! 

 ……相変わらず、ミラっていい匂いがするなぁ。

「それで、このあとはどうするの?」

 頬ずりしながら、ミラが尋ねてくる。

「んー……アジトに帰る?」

「それは別にいいけど───」

「おっと、我が当主。アジトに帰るのはちょっと待ってくれねぇか」

 ミラが答えようとすると、目の前に黒髪を綺麗に切り揃えた同い年ぐらいの青年が現れた。

「どうしたの、ライダ?」

「いや、帰るのはいいがアレ《・・》をどうするか決めとかねぇと」

 男の人───ライダが親指で後ろを指さす。

 そこには私達が乗ってきた数台の馬車。その中には、私の知らない女の人が乗っていた。

 その人達は見るのも少し可哀想な身なりをしている。ヘンゲル伯爵から奪ってきた人達だ。

「うちのアジトにはあんなに人は入れられない。それに、アジトの場所を第三者に知られるわけにもいかねぇ。処分するんならいいが、売り捌くんならアジトに帰る前に済ませた方がいいと思うぜ。ただでさえ、うちは大々的に指名手配されてるんだからな」

「そうだね……考えないといけないもんね」

 ライダの言葉に、私は納得する。

 私が纏めているファミリーの中でも古参で、ミラと同じく副当主の立場にいるライダ。

 流石だよ、私がしっかりしなくてもちゃんと考えてくれる。有能な部下を持って幸せ者だ!

「それにしてもよ、お前もちょっとは働けやミラ」

「何よ? 私もちゃんと仕事してるでしょ?」

「してねぇよ、何言ってんだ」

「ほら、当主を愛でる仕事」

 そんな仕事ないよ、何言ってんのミラ。

「はぁ……これが俺と同じ副当主って言うんだから、うちのファミリーも相当なもんだ」

「゛あ? うちのファミリーは実力主義でしょうが。私よりも強い奴がいるならまだしも、いないのなら文句を言われる筋合いはないわね。って言うより、私はあなたよりも古参よ? 当主がこんなにちっちゃい時からファミリーにいるの」

 こんなにちっちゃいって、ちょっと傷つく言葉なんだよ……。

 でもミラの言うことは本当。私が「大悪党になるんだ!」って決めたぐらいの時から、ミラは一緒にいる。ファミリーを作る前に出会ったから一番の古参なの。そのあとがライダだから、先輩後輩っていう意味でもライダはミラには逆らえない。それに、ミラの方が強いからね。

「……まぁ、いい。話を戻すぜ当主。んで、あいつらは結局どうするよ?」

 あの女の人達は、ヘンゲル伯爵に拉致された人達。奴隷でもなんでもない、本当の一般人だ。

 でも、今あの人達の生存権は私達が握っている。私がライダに指示すれば本当に奴隷にさせることも「いらないから」って言って首を斬ることだってできる。

 そう、本当に今は私があの人達の人生を左右できるのだ。

 だったら、私は大悪党らしく───

「じゃあ、街の人にあの人達をプレゼントしよう!」

「は? 正気っすか、当主?」

「ちゃんと正気だよ? あ、怪我してる人は別、アジトでちゃんと治療してから街の人にプレゼントしてね♪ それと、今日奪ってきたお金もちょっとだけ皆に渡してあげて!」

 私が直接助けたわけじゃないから全員の容態なんか分からないけど、ここから見える限りでも怪我をしている女の人達は馬車の中にいた。

 それだったら治してあげるのが筋だよね。多分、私が憧れた大悪党のおじさんも同じことをするはずなんだよ。

「おいおい、我が当主。俺達は当主の命には従うが、それは流石に善人が過ぎやしねぇか? それに、襲う前は「若い女は高値で売れる」とか言ってたじゃねぇか」

「何を言ってるのライダ!? 私は悪党だよ!? これにだってちゃんと意味があるんだよ!」

「ほほぅ? じゃあ、聞くぜ当主」

「領民をプレゼントすることによって「あ、レイシアファミリーに貸しを作ったな」って思ってくれるはず! そしたら、私はお金で買えない恩を作ることができるんだよ! 無駄に脅すより、そういう負い目があれば不満もなくいつか何かあった時に従ってくれるよ! ふふんっ、我ながらいい作戦だよ」

 私は自分の頭のよさに思わずにやけてしまう。自分の先を見据えた考えには脱帽ものだよ!

「あー……まぁ、当主がそれでいいならいいんだけどさ」

「諦めなさい、ライダ。これが当主だってあなたも知ってるでしょ?」

「まぁな。んじゃ、そうすっか」

 当主だから仕方ねぇか、と言ってライダは皆が集まる馬車の方へと向かっていった。

 仕方ないって言葉に悪意を感じる私です。馬鹿にされたような気がするんだよ。

「さて、当主? 多分これからどこに送り届けるかとか、誰を治療するかとかで時間がかかると思うの」

「うん、そうだね」

「それでね、この先に綺麗な川があるらしいの。だから水浴びでもしてみない?」

 水浴びか……確かに、色々動いて汗かいちゃったから水浴びはしたいなって思ってた。

 アジトに帰ってからお風呂に入ればいいかなって思ってたけど、ベトベトした今の状態から解放されるんだったら待たなくてもいいかも。修道服ってかなり蒸れるんだよね。

「別にいいよ~、じゃあ水浴びでも―――」

「当主の水浴びだと聞いて」

『『『『『当主の水浴びだと聞いて』』』』』

「早いっ! 皆食いつくのが早いよ!? もうちょっとゆっくり来てよ、馬車にいる人達が驚いちゃうじゃん!」

「当主、怒るのはそこじゃないと思うわ」

 いや、確かにそうなんだけども先に心配が勝っちゃって。

「っていうより、ライダもどうして反応するの!?」

「いや、当主の水浴びだと聞いて」

「私の水浴びを聞いてどうするつもりなの!?」

「もちろん、覗かせてもらいます」

 そんな澄み切った眼で、なんて変態発言を……ッ! いつもの口調はどこに行ったの!?

「冷静に考えてください、当主」

「考える……?」

「はい、ミラは己の美しさを維持するためだけに魔術を編み出した不老の騎士。それは、一から魔術を編み出してしまいたいぐらい、己の容姿が美しかったこと。それはミラだけではなく我々も認めるところです。男として、そんな女性の裸を見たいというのは当たり前……俺の魔術を使って強行突破しようと思うぐらいにはそんな欲求があります」

「私はそれを聞いてどういう反応をすればいいの?」

「更に、我が当主もそれはそれは大変可愛らしい容姿をしております。あどけない顔立ちに育ち盛りといった体つき、ミスリルのごとく美しくも煌めく銀髪から滴る滴はもはや幻想的と言っても過言ではありません」

「ねぇ、ライダ? 私って、お風呂上りの時にライダと会ってないよね? どうして分かるの?」

「当主は、我がファミリーで大々的にファンクラブまで開設されるほど人気もあり、可愛らしくも色欲をそそる女性です。美という存在がミラであれば、当主は対照的な愛。そんな二人が水浴びをするとなれば、この身に代えても目に焼き付けたいと思うのは必然。そうでなければ末代までの恥」

 私、聞き捨てならないことを聞いたんだよ。

 ファンクラブって何? いつの間に私のファミリーで私のファンクラブができたの!?

「だからお願いします、我が当主! どうか我々にあなた方の水浴び姿をどうか……ッ!」

『『『『『どうか、おなしゃす!!!!!』』』』』

 地面を頭にこすり付ける、今日一緒に来たファミリーのメンバー(※男の人だけ)。必死さがありありと伝わって来る。

 馬車から見ている女の人達と部下(※女の人)の視線が突き刺さる。

普通に恥ずかしい。本当にっ! もうここまで来たら凄いよ! こんなに堂々と女の子に向かって変態さん発言してくるんだもん!

「はぁ……どうしてうちのメンバーはこんなに素直な人ばかりなの」

「それは当主が可愛いからね」

「ミラの裸も見たいって言ってたよ? 他人事みたいに言わないで」

「大丈夫よ、当主。私はこの美しさを見せつけたいという意味でも、この魔術を編み出したの」

「もう嫌だっ、このファミリー!」

 どうして、うちのファミリーにはまともな人がいないのかな? 人選間違えた? いや、でもこんな変態さんだったなんて勧誘する時は知らなかったし……かといって、あとから分かって追い出すわけにはいかないし。皆恋人とか作れば変わるのかなぁ? それとも、逆に私が恋人を作れば―――

「よしっ、私は恋人を作る!」

「じゃあ、私と恋人になりましょ?」

「嫌だよ! 私はちゃんと男の人と恋人になるんだよ! 赤ちゃんほしいし!」

「じゃあ、我が当主! 是非とも俺が———」

「ライダは変態さんだからやだっ!」

「そ、そんな……ッ!」

 ライダが目から大量の涙を流す。

 そ、そんなに私とお付き合いしたかったのかなぁ……? なんか可哀想だし、ライダはずっと私と一緒にいてくれた人だから、付き合ってあげてもいいのかな?

「はーい、そろそろあんた達は散りなさい。当主が水浴びできないでしょ」

「あ? 何言ってんだ? 当主とお前の裸が見られねぇだろう―――ガッ!?」

 最後まで言い切ろうとした瞬間、何故かライダは急に泡を吹いて地面に倒れ伏せてしまった。

 瞬きもしていないのに、何があったのか分からなかった。

「はぁ……あんた達もこうなりたくなかったらさっさと出発する準備でもしておきなさい」

『『『『『い、いえっさー!!!!!』』』』』

 ミラが拳をさすりながら《・・・・・・・・・・・》部下に命令を飛ばす。

 部下達は急いで馬車の方に戻っていく。ライダをしっかりと引き摺って。

 ミラの魔術は『空間にいる物体の時間に干渉する』というものだ。

 空間内であれば物体の時間を止めたり早めたり遅らせたりすることができる。魔術を使うために必要な媒介―――魔道具を右目にしているから、負荷がかかりすぎるような長時間の発動はできない……んだけど、それだけでもチート。

 ミラは自分の美しさを保つためにその魔術を編み出したって言うけど、副次的な結果がこの魔術なのだから本当に凄すぎる。

 それで、本来の『美しさを維持する』という目的は体内に魔道具を埋め込んだことによって持続的に一時停止の魔術を発動することにより容姿を保つことに成功した。

 私が会った時からミラは全然変わんない―――聞けば二百七歳ぐらいって言ってた。流石は不老! ちょっと羨ましい。

 でも―――

「……私、ミラが怖い」

「安心して、我が当主。当主には夜這いの時にしかは使わないわ」

「どんな時でも私には使わないでほしいんだよ」

 二重の意味で身の危険があるから。

「はぁ……まぁ、いいよ。さっさと行こ、ミラ」

「了解したわ。とりあえず、服を脱がすわね」

「自分で脱ぐよ!?」

 というわけで、皆が出発の準備を終える間に私達は水浴びをすることにした。

 冷たい水が汗を綺麗に流してくれた。ひんやりとして、スッキリして───結構満足でした。

「ひゃんっ!? ちょ、ちょっとミラ! どこ触ってるの!?」

「小ぶりだけどいい柔らかさ、それにすっごく形もいい……綺麗だわ、当主!」

「綺麗でも綺麗じゃなくてもいいから、とにかく私の胸から手を離し───ひゃぅん!?」

「うへっ……当主の裸。美しいわ……!」

 ……途中、ミラが私の胸を触ってきたことは割愛。

 修道院にいた時にあった女の子同士のスキンシップとはかけ離れているぐらい酷かったです。

 何が酷いって? いや、ミラの目が獣みたいだったからだよ。


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