第1話
「何をしているっ! 早く賊共を捕まえんか! いや、殺しても構わんから早くしろ!」
「はっ!」
目の前にいる騎士が慌てて私の部屋から出ていく。
それに続いて部屋に在留していた他の騎士達もあとを追うように部屋から出ていった。
部屋に残っているのは、私と残った二名の騎士だけ。
「使えん奴らめ……ッ!」
どうやら、このヘンゲル伯爵家の屋敷に賊が襲撃してきているらしい。
堂々と、真正面から。我が家には駐屯している騎士団があり、騎士が大勢いる。
それも鍛え抜いた騎士達だ。賊程度であれば簡単に捕まえられるはず。更には奇襲ではなく正面から来ているのだ、捕まえられないわけがない。
なのだが───一向に捕まえたという報告が上がってこない。
私の焦燥と苛立ちは募るばかりだ。
「くそっ……! 賊風情が、このヘンゲル伯爵家の屋敷に踏み入れおって!」
平民が足を踏み入れることですら汚らわしいというのに、悪事に手を染めた賊となれば嫌悪感と憤りが込み上げてくる。
この私の屋敷を襲ったのだ……捕まえたあとは洗いざらい吐かせ、手足を切り落とし、領地の真ん中に首を晒してやる!
その前に───
(私は生き残る必要がある! あいつらなんぞよりも、私が!)
騎士の一人二人死のうが構わん。それよりも、高貴な血を引く私が生き残るべきだ。
(よりによってこのタイミングで襲ってきおって……ッ!)
今ここで死ぬわけにはいかない。
王宮が荒れている
(こんなところでくたばっている暇はない!)
冷静に考えれば、未だ賊共に手こずっているということは私の目の前にやって来るという可能性もある。
私は帳簿や金庫からありったけの金をカバンの中に入れ、部屋から出る準備をする。
(うちの騎士共がいずれ捕まえるだろうが、万が一のことを考えて避難しておく……!)
言い訳などあとでいくらでもできる。金でも積めば、騎士も黙るだろう。
抜け道を通れば、賊共に見つかることなく屋敷を抜けられる。
あとは地下にいる女を一人か二人連れて行く……何があるか分からんからな。多少は使い道もあるだろう。荷物運びや、捌け口にでもなんでも───
「ヘ、ヘンゲル様……どちらに?」
「貴様らもついてこい! この屋敷を出る!」
「ですが、まだ他の者が戦っておりますし、ご当主様が屋敷を離れるわけには───」
「うるさいっ! 他の者より私の命だろう!? 文句があるなら、賊を早く捕まえてこい!」
「い、いえっ! 申し訳ございません!」
残っている騎士が慌てて頭を下げた。
私は大きく舌打ちをすると、そのままカバンを持って立ち上がる。
「賊め、タダじゃおかん……ここを出たら、必ず一人残らず首を切ってや───」
「あら? どこに行こうとしているのかしら?」
カツ、カツ、と。喧騒の中、入り口付近からそんな音と共に声が聞こえてくる。
視線をその声の方に向けば、そこには一人の女が細い剣を地面に突き刺してこちらを見ていた。燃えるような赤髪を靡かせ、少し露出の多い騎士装束を身に纏っている。
どうしてここに私の知らない女がいる? そもそも、いつの間にそこにいた? いや、それよりも───
(美しい……この女は、他の女よりも圧倒的に!)
地下にいる女など比べ物にならない。燃えるような赤髪や、左右の色が違う瞳、凛々しくも美しく整った顔立ち、締まりのある体。何もかもが、美しかった。
(賊の一人か? ということは、騎士がやられたのか? だが、それよりもこの女を私のものにしたい!)
こんなに美しい女はもう他に出会うこともないかもしれない。いや、もうないだろう!
賊だろうが、なんだろうがこいつは今ここで手に入れなければと、私の本能が言っている!
「おいっ、この女を捕まえろ! 決して殺すな、体に傷もつけるんじゃない!」
傷でもついたら、私が味わう際に気が静んでしまう。傷をつけず、私に平伏させ従わせることができれば!
私はその先を想像し、思わず笑みが浮かんでしまう。
しかし、そのあと───妙な違和感が頭を襲った。
「……おい、何をしている? 早く捕まえんか!」
残っている騎士が一人も動こうとしないのだ。
「聞いてい───」
剣を抜こうともせず、誰に向けるわけでもなく視線を虚空に残し、微動だにしない。
まるで、時間でも止まっているかのように《・・・・・・・・・・・・・・・》───
(まさか……ッ!?)
聞いたことがある。
魔術師という存在がいる今の時代。時間を止めるという強力な魔術を扱う女がいるという話。
己の美しさを永遠に残すために、己の目を魔術具として体内に埋め込むことで老化を防ぎ、副次的に時間を操れることができた不老の女。年齢は二百を越え、今も世界に悪名を轟かす。
そんな女の呼び名は───
「永遠の騎士……ッ!」
「あら、私の呼び名を知っているのね? 私もようやく有名になってきたってところかしら?」
永遠の騎士が妖艶に口元を歪ませる。その顔を見て、私の背筋に悪寒が走った。
(どうしてこんな奴が、私の屋敷にいる!? いや、それよりもここに永遠の騎士がいるということは───)
手篭めにしようと考えていた思考は一気に焦りに変わる。
永遠の騎士は、王国でも指名手配されている悪党だ。
そして、それ付随した情報も───
曰く、永遠の騎士は敬愛する主人を見つけ、そのファミリーに籍を置いた。
曰く、そのファミリーは王国だけでなく世界を脅かす悪党集団である。
曰く、ファミリーには絶対なる当主が存在する。
曰く、当主は多くの悪党を従える、黒い修道服を身に纏った銀髪の少女である。
曰く、その少女の名前は───
「大罪聖女、レイシア!!!」
「はいは〜い! ヘンゲル伯爵にご対面〜♪」
緊張感も何もない。永遠の騎士の背後からひょこんと現れた少女。
その少女は、黒く染まった修道服を身に纏っていた。
「はいっ! 私こそが悪党のレイシアちゃんだよ!」
艶やかな銀髪を揺らし、愛くるしい顔立ちに笑顔が浮かぶ。
それだけを見れば、年相応可愛らしい少女だ。
だが、何故か人の背中に生えている翼───赤く輝いた炎を纏う巨大な羽が、私に膝を付かせるほどの圧倒的な恐怖を醸し出していた。奥歯はガタガタと震え、走っていた悪寒は凄まじいぐらいに強くなり、逃げるという思考を奪っていく。
「さてさて、
「い、一体何を───」
「とぼけなくてもいいよ? あなた、上乗せした税金を国に内緒で領民から徴収をしたり、若い女の人を見つけては地下に拉致して遊んでるでしょ? それも、拷問したり慰めものにしたり! 私、プンスカプンプンだよ! 何やってるの!?」
膝をついたまま、私は少女の言葉に何も声が出なかった。
室内が異様な温度に晒されているとか、言い逃れのために言葉を並べようとしているとか、そういう話じゃない。
浮かんでいる笑顔を、そのままに受け取れない何かが伝わってくる。
(動けば、殺される……ッ!)
これが、悪党集団───レイシアファミリーの当主!
若くして、王国を揺るがす指名手配の悪党なのか……ッ!
「うんうん、私は別に正義があってここに来てるわけじゃないから。私も悪党だからね───同じ悪党として、責めるつもりはないよ。でもね? 悪党を倒して、悪党の天下を握る大悪党を目指すレイシアちゃんが、そんな悪党を見逃すわけないから」
それに、と。少女は赤く燃える羽を優しく撫でる。
「小さな男の子に『僕のお姉ちゃんを助けて』って言われちゃったんだもん。助けないわけにはいかないよね」
「それが我が当主よ。どう? 可愛いでしょ?」
「あー! 可愛いとか言った! 私はかっこいいが褒め言葉なのに!」
少女は頬を膨らませて不満をアピールしたかと思うと、私に向けて羽を向けた。
翼が、私に向けられ───
「御託は置いておいて───それじゃ、ヘンゲル伯爵様。悪党ならこんな結末になるのも文句は言わないよね?」
私の体が、一気に燃え上がった。
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