私は天下の大悪党!~婚約破棄された令嬢を拾ったのは、悪党の元シスターだった~
楓原 こうた【書籍6シリーズ発売中】
プロローグ
―――私の始まりは、あの時がきっかけだった。
男爵家に生まれた私はすぐにお母さんを亡くし、戦争でお父さんを亡くした。
血族はもう私しか残っていなくて、家督を継ぐには幼すぎる。男爵程度の爵位だったら国を挙げて家を存続させるわけもなく、孤児になった私はそのまま修道院に行くことになった。
私は悲しかったよ。なんで私ばかりこんな目に遭わなくちゃいけないのって。
肉親がいなくなった悲しさは憤怒に変えることもできなかった……だって、そんな力なんてあの時はなかったから。流されることしかできなかった子供だから。
でも、修道院で出会った人達によってそんな悲しさもいつの間にかなくなっていた。
皆、優しかったんだもん。同じ境遇の人もいて、落ち込んでいた私を親身に慰めてくれて、人当たりもよくて面白くて。貴族の生活を送っていた私にとっては修道院の生活は辛かったけど……それ以上に幸せだったんだ。
だけど―――私はどこまで行っても「真っ当な人生は送れないんだ」って、そう思わされる場所でもあったんだよ。
『おいっ! 女はこっちにいるぞ!』
『傷つけんじゃねぇぞ!? シスターと言えど若い女だからな、それなりに売れる!』
『女以外は殺せ! ババアもいらねぇ、若い女だけだ!』
ある日、私の働く修道院が騎士に扮した悪党に襲われた。
飛び交う血、悲痛な叫び、生きるための懇願、砕かれるステンドグラス。もう、何もかもめちゃくちゃだったのを覚えている。
昨日一緒に笑ったあの子も、この前喧嘩しちゃったあの子も、失敗して叱ってくれたあの子も……皆、皆、私の前から男の人に連れていかれる。
(どうして、私ばっかりこんな目に……! 普通な生活だけで十分なのにっ!)
居場所が消えて、新しい居場所が消えて。今度は捕まれば今以上の普通な生活はできなくなっちゃう。
だけど、だけどだけどだけどだけどだけどだけど―――どうすることもできなくて。
教壇の下で震えることしかできなくて。教壇を蹴られ目の前に男の人が現れても涙を流すことしかできなくて。下卑た笑みを向けられても小さな悲鳴しか上げることしかできなくて。
(私の人生はここで終わりなんだっ!)
人生を諦めれば簡単なんだろうけど、どうしても恐怖だけは拭えなくて、ずっと怖くて泣いて震えて、諦めることなんてできなくて。
そんな時だったの、私の物語が始まったのは———
「なんだお嬢ちゃん、震えてんのか?」
バシュ、って。私の目の前にいた男の人の首が横に吹っ飛んだ。
代わりに私の目の前に現れたのは、大きな大剣を持った野暮ったい服装と無精ひげが目立つ屈強な男の人だった。
そんな男の人が、私に向かって手を差し伸べてくれた。
「安心しな、お嬢ちゃん! 悪党は、この『
その時、私は何もかも止まっていた。
口から出ていた悲鳴も、嗚咽も、震えていた足も手も、全部全部全部。
―――ただ、『大悪党』と名乗る男の人から、目が離せなかったの。
「あ? 大悪党って分からないってか? あぁ、あれだ! 大悪党っていうのは悪党を倒して、従わせて、救われぬ者に救いの手を差し伸べる! なぁ、かっこいいだろ?」
男の人は私の頭を乱雑に撫でた。こべり付いた血が髪の毛に付いちゃったけど……私はそんなの気にしなかった。
「さぁ、お嬢ちゃん―――」
そして、私は
「大悪党が差し伸べる救い―――手に取るかい?」
その手を取った。
その背中が輝いて見えて、勇ましくて、自由で、かっこよくて、温かくて―――
私は、その理想と『大悪党』に憧れた。
錆のような血の匂いが鼻に付いた。その時が、私の物語の始まりだ。
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