第6話
赤く燃え盛った二枚の翼、金色に輝く修道服と艶やかに煌めく銀髪。
激しい風に煽られ、私に向かって火の粉が飛んできますがまったく熱くありません。
小柄で、細くて、華奢な体。にもかかわらず、彼女の背中はとても大きく逞しく……眩しく映りました。そして不思議と、安心感が彼女の背中から伝わってきます。
それは「もう大丈夫だよ」という言葉をまるで体現しているかのようで───
「くそっ! 今回の件は大罪聖女も関わっていやがったのか!?」
「ま、待てっ! 相手は大罪聖女だ! まずは応援を───」
「その前に倒さなきゃいけねぇだろうが!」
一人の騎士が彼女に向かって突進していく。
剣を構え、臆さず真っ直ぐに切っ先を小柄な彼女の体躯に突き立てようとしている。
後ろにいた騎士の一人が制止させようと手を伸ばすが、もう一人の騎士は止まらない。
焦燥を滲ませている顔を見れば分かる。冷静な判断などできていないのでしょう。
だからこそ───
「……あ?」
彼女の一振によって、全身が炎に包まれた。傍にいる私には熱気が伝わってこないのに、翼が振りかざされただけで騎士は真っ赤に染まった。
「あ、あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!!」
その騎士は剣を落とし、燃え上がる自分の体を抱いてのたうち回る。
そんな姿を見て、私は思わず背筋が震えてしまう。
(これが悪名を轟かせる大罪聖女……ッ!)
本当に一瞬。ただ翼を動かして振り下ろしただけ。それなのに、一人の騎士をこうも簡単に倒してしまった。私などは一人を相手にしていても為す術なく捕まってしまうというのに。
(ですが、何故でしょう……怖く、ありません)
安堵が、安心感が胸の内に押し寄せてくる。
気を遣ってくれるような優しい笑みであり、それでいて悪党のような獰猛な笑み。真っ直ぐに諦めず、手を伸ばしてくれた。
その言葉が、その行動全てが……どうしようもなくそう感じさせてしまう。
「……さて。大人しく引き下がるって言うんだったら、このまま見逃してあげるけど?」
今もなお燃え暴れている騎士を踏みつけ、彼女はもう一人の騎士に向けて言い放つ。
圧倒的な実力差。恐らく、その騎士も彼女の実力を見せつけられて動けないはず。
ですが、騎士道というものがあるのでしょう。
罪人を見過ごすことができないという正義感が、私達に向けられた。
「私はっ! たとえここで朽ち果てるとしも、敵には……悪党にだけは背を向けて逃げるわけにはいかない!!!」
剣を構え、応援を呼ぼうという気配はない。逃してあげると口にしたのにもかかわらず───恐らく、悪党のその言葉が騎士の矜恃に触れたのだろう。
「うん……凄いよ。その正義感は、立派な騎士なんだと思う。誇らしい、胸を張れる信念だ」
彼女は優しく、慈愛を含めたような柔らかい笑みを、騎士に向ける。
まるで聖女のようでした。このような方が悪党など……傍にいる私には到底思えません。
「だったら、私も大悪党らしい信念を持ってあなたの正義感を踏み倒してあげる」
黒く染まった修道服がもう一度、金色に輝き出す。
「傲慢が第一項───形状変形、ネメアの獅子、抜粋!」
すると、彼女の腕が大きく膨れ上がる。
ミスリルのような銀色の毛に覆われ、二周りほど大きな腕に変わっていく。
手には鋭利な爪が現れ、異質な雰囲気と存在感を醸し出す。
「あの時……声をかけてくれた時、私を心配してくれてありがとう。せめてものお礼、一瞬で楽にしてあげる」
その言葉をかわきりに、騎士は真っ直ぐ彼女に向かって肉薄していく。
それに合わせて、彼女も腰を落として剛腕を容赦なく横薙ぎに振るった。
騎士は剣でかろうじて防ぐが、勢いを殺しきれずそのまま建物の壁に吹き飛ばされていく。
「がはッ!?」
衝撃音が静まり返っていたはずの路地に響き渡り、口から血を溢れさせそのまま力なく崩れ落ちた。どれぐらいの力があれば、成人男性を吹き飛ばし壁を凹ませることができるのでしょうか? 人間の成せる技ではない。信じられません。
ですが───
「ふぅー……終わった終わった! といっても、全然疲れてないんだけどねっ!」
こんな華奢な女の子が容易にしてのけた……そちらの方が、より信じられません。
「七大罪が第一項───形状変形、レイシア、抜粋」
何度目かの金色を目の当たりにすると、先程まで彼女に生えていた翼や、巨大に膨れ上がった剛腕がみるみる消えていった。
そして最後には、私が初めて出会った時の可愛らしい少女の姿に戻る。
「毎回思うけど、やりすぎたら完全にキメラだよね、私の体───って、そうだそうだ」
彼女は修道服についた埃を叩くと、私の方に向き直った。
「さて、とりあえず君の敵はいなくなったよ? ほらね、手を伸ばしてみてよかったでしょ?」
そして、そのまま無邪気な笑顔を浮かべる。
先程騎士達を圧倒していた人物とは到底思えません。年相応の、女の子です。
ですが───
(あ、れ……?)
「おっと、危ない危ない」
急に力が抜けていく感覚に襲われる。体が横に倒れる直前、彼女が咄嗟に抱き止めてくれた。
今までずっと気を張り詰めていたからか、それとも逃げている最中に負った足の怪我が悪化したのか、ここ数日飲まず食わずだったのが今更になって限界がきてしまったのか───
「大丈夫だよ。君のことは、最後まで助けてあげる。だから、今はおやすみなさいなんだよ」
彼女の温かさに触れたからか。
徐々に薄れいく意識の中、彼女の言葉だけが耳に残った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます