第32話

「まずッ!」

 ライダが大槌を思い切り地面に叩きつけるために振りかざした。

 イリヤに現象を移して動きを阻害しようと……でも、それじゃあ間に合わない。

(どうする……ッ!?)

 さっきはライダにも投げていたから数は少なかった。

 でも、今回は全てがソフィアに向けられる。

(私は大丈夫……でも、ソフィアが!)

 ライダは間に合わない。私なら? 近くにいる分、間に合う。

 一瞬の思考のち、私は構わずソフィアに向かって体を動かした。

 だけど───

「私のことは大丈夫ですから……ッ!」

「大丈夫なわけないでしょ!」

 仲間を……家族を見捨てることなんてできるわけがない。

(私は敬愛する当主が率いるファミリーの一員なの)

 その一員が、当主の理想と願いを踏みにじるなんてできるわけがない!

「そんなつれないこと言わないで下さいよ、ソフィア様!」

 ライダが叩きつけるよりも早く、イリヤの手からナイフが離れ───

「さぁさぁ、見せてくださいよ、永遠の騎士!」

 ───私にナイフが飛んできた。

(まさか、初めから私を狙って……ッ!)

 意表を突かれてしまった私は、思わず体が硬直してしまう。

「ミラッ!!!」

「あがっ!」

 ライダが叩きつけた時に起きた現象がイリヤの体を吹き飛ばす。

 それはすでに事後。何も、遮るものはない。

「ミラ様!!!」

 ナイフが迫ってくる中、視界にソフィアの姿が映った。

 庇おうとしてくれているのか、私に向かって手を伸ばしながら走り出しているソフィア。

(ダメじゃない……こっちに来ちゃ)

 自然と、見えている景色が全てスローモーションのように映る。

 でも、それは魔術によるものでもなんでもなくて……ただの走馬灯のようなもの。

 庇えるような武器も守れるような力もないのに、ソフィアはなんの躊躇いもなくやって来た。

(本当に、優しい子なのね……)

 そんなこの子を……傷つかせるわけにもいかない。

 そもそも、私達はソフィアを助けるためにここにやって来たの。

 そして当主が、全員無事に戻って来ようと言ったのだから。

(数秒だけでいい……ッ!)

 この目が潰れようとも、私はソフィアを守りたい―――そう思わずにはいられない。


 理想は理想であり。

 容姿に恵まれた私は美しさを求め。

 今は───今いる居場所を求めるようになってしまった。


 右目に刻んだ理想に背く行いであるのか分からない。分からなくても、私は望んでしまう。

 皆がいる、居場所を。ソフィアという女の子を。

「……ッ」

 私の右目から眼帯を溺れさせるような血が溢れる。

 スローモーションのように映った景色は止まり、動く体にムチを打って私はソフィアの体を抱き抱えるように飛んだ。

 次の瞬間───

「いやいや、情報が違いますけど!? どうして避けられるんですか!?」

 ナイフが私達の体を通り過ぎ、乾いた音を鳴らして壁に当たった。

「ライダッ!」

「流石だ、ミラ!」

 ライダが地面に落ちている短刀を蹴り上げ、掴む。

「嬢ちゃんにいいことを教えてやる。俺の魔術は、別に敵から受けた現象だけを移せるわけじゃねぇんだ」

 そう口にした瞬間、イリヤは私達から顔を逸らし血相を変えてライダに向かって肉薄した。

 でも、それは遅い。

「届かぬ想いを届かせるために編み出した俺の魔術の根源は……俺自身の想いだ」

 ライダが短刀を握り締め、自分の胸に当てる。

自傷・・でも現象を移すことができる……この情報はあったか、愚者の花束?」

 イリヤがライダとの間に壁を作り出す。それは間に合わないと判断したからこその行為。

 だけど、私の腕から抜け出したソフィアが───

「イリヤァァァァァァァァァァッ!!!」

「んなっ!?」

 イリヤの体に体当たりをした。

 ライダ程の力もないイリヤが体当たりをした程度では、押し倒す程度の威力にしかならない。

 だけど、ライダの視界内までズラすことは可能だった。

「初めからこうすればよかったな。さぁ、嬢ちゃん───店仕舞いだ。気持ちよく逝ね」

「そんなのはダメに決まってるじゃないですかァァァァァァァァァァァッ!!!」

「きゃっ!」

 ソフィアの体を突き飛ばし、慌てて視界から外れようとするイリヤ。

 でも───すでに、ライダの行為は終わってしまっている。

「がはっ……!」

 イリヤの胸にじんわりと赤い染みが広がっていく。手足は震え、イリヤは恐る恐る事実確認でもするように何度も血が滲む胸を押さえた。

「これは、予想外ですよ……ッ!」

 更に、搔き毟る。

「まだ、ほしいものは手に入ってませんよ!? 地位は? 私が手に入れるはずの地位は!? 全部私のもの、私だけが手に入れるはずのもの! どこですか、私の地位はどこですか!? どこにどこにどこにどこにどこにどこにどこにどこに―――」

 認めたくない事実を突き付けられ、必死に否定をしようとしている子供みたい。

 人の最後というものは、奇しくもイリヤのような姿を見せることが多い。

 一言で表すのであれば―――無念、だから。

 その様子を、ライダも私も……自分の手で最後を迎えさせてしまったソフィアも、黙って見守り、そして———

「ぐぼ……ぁ」

 最後に、大量の血を吐き出して地面へと倒れてしまった。

 動く気配はない、魔術を使用する様子も見当たらない。一人の女の子の姿は、ミラやライダがよく見る死体と何ら変わりはなかった。

 静寂が、地下牢を支配する。

「あぁ……くそっ、腹が痛ぇ。こりゃ、あとでちゃんと治さねぇとなぁ」

 その静寂をライダが霧散させ、腹を押さえながら出口へと歩いて行く。

 ソフィアを殺そうとしたイリヤは倒した。解放もしたからこの場所には用はない。

 地下牢にいる騎士達の相手をしている部下も、注意を引いている当主達のためにも、一刻もこの場所から離れなければいけない。

 私達の目標はあくまでソフィアを助けることであって、殲滅じゃない。

 だから私もライダのあとを追うように出口へと向かおうとする。

 でも、ソフィアは……イリヤの体を前にして、動こうとしなかった。

「後悔、してる……?」

 殺されそうになったとはいえ、ソフィアの親友であった女の子だ。死んでしまった……殺されてしまったことに後悔を覚えているのかもしれない。

 でも、殺したのは私とライダであって、ソフィアが悪いわけじゃない。

 もし気が晴れないのだったら……私が、ソフィアに恨まれてあげてもいいわ。

 殺したのは、私とライダなんだから。

「すみません……本当はここで否定しなければいけない、はずなのですが」

 ポロポロ、と。ソフィアの瞳から涙が零れ落ちる。

「やっぱり、後悔しています……っ! あの時は夢中でしたが、もっと色んな方法があったかもしれなかったのです! 私の、私のたった一人の親友だった……大好き、だったのです」

「…………」

「言ってくれれば、私は妃という立場を差し上げましたよ。必要としていませんでしたし、そもそも私は……イリヤが一番でしたから」

「……そう」

「私、辛いです……ミラ様。どうして、こんなことになってしまったのでしょう」

 泣いているソフィアの気持ちは分からない。

 人の気持ちが分かるなんて言うのは、傲慢に決まっているもの。ソフィアの気持ちは、ソフィアにしか分からない。その辛さも、悲しみも、どん底に落ちてしまった絶望も。

 だから、私にできることは寄り添うこと———可哀想な妹を、これからずっと慰めてあげることしかできないわ。

「……辛い、わね」

「ミラ、様ぁ……っ」

 私は、泣きじゃくり始めたソフィアの体をそっと抱き締めた。

 地下牢での戦いは、終わりを迎えて。


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