第33話
『な、なんじゃありゃ……全然目で追えん』
『当主も当主だが、相手もやべぇぞ!』
『へっ、当主が負けるわけがねぇ!』
それと———
『あれが、大罪聖女だというのか……?』
『なんという歪……しかし、副団長と張り合うなんて』
『だが、確実に削っているのは副団長だ!』
敷地内のあちこちからそんな声が聞えてくる。剣を振り回しながら、肉を断ちながら、骨を砕きながら。それでも、私達に視線を向けて言葉が漏れていく。
そんな声を耳にしながら、私の右腕が吹っ飛んでいった。
「ひっ!」
ドスン、という音と溢れ出る血を見て近くにいた部下の悲鳴のような声も聞こえてくる。
だけど、私にはそんな部下に声をかける暇なんてなかった。
「形状変形、ネメアの獅子、抜粋」
吹き飛ばされた右腕の代わりに新しい右腕を生み出す。
地面に転がる腕と寸分違わない銀の体毛に覆われた巨腕。地面を砕き、破片を掴んで二コラに向かって投擲する。
ネメアの獅子が掲げる腕力から放たれる破片は音速ほどの威力を誇る……そのはずなのに、二コラは浮かした剣を重ねるようにして破片を防ぎ、合わせざまに一本の剣を射出。
咄嗟にガードした左腕を易々と貫き、巨腕に風穴が空いた。
「いくら傷つけても、私は倒せないんだけどね!」
激しい痛みが襲うが、私は左腕を新たに組み込む。すると、風穴は一瞬にして塞がれた。
「つくづく化け物だな、大罪聖女。もはや人の形を忘れてしまったか?」
「むかー! 私だってちゃんと人に戻れるんだからね!」
挑発めいた笑みが私の琴線を刺激してくる。
女の子に対して化け物って結構失礼だと思うんだけどなぁ!?
(それにしても、結構ジリ貧だよ……)
私はチラリと、周囲の地面を見渡す。
そこには私の指や腕、足とかがいくつも散らばっていて血だまりが幾つもできていた。黒く染めた修道服は私の血でところどころ模様をつけたように感じになっている。
痛いけど、首を刎ねるぐらい一瞬で死なない限りは私を殺すことはできない。でも、魔力が続く限りっていう制限があるからこのままいけば私は魔術が使えなくなっちゃうんだよね。
(厄介だな、あの剣……)
宙に浮いているだけじゃない、凄い勢いで私に投擲してくる。何本も同時に操ってくるから避けるのも難しいし、避けたところで背中を狙うようにまた追いかけてくる。
剣を折ってもどこかに剣が転がっていればそれも操るから、正直終わりが見えない。
「それじゃ、行くよ!」
そんな不安はもちろん見せない。私が頑張らないと、皆に申し訳がないからね!
「ほう? 近づいてくるか」
あの投擲は距離が離れているから厄介なんだ。だったら、私が懐まで近づけばいい。
それに、そもそも私は近接戦がメインだからね。
「怪鳥ガルーダ!」
背中から翼を生やし、飛翔する勢いを合わせて距離を詰めていく。
何本も剣を飛ばしてくるけど、両腕でガード。そして、腕が届く範囲まで近づいた。
(取った!)
私は翼を振るう。
「騎士とは、剣のために魔術を編み出しているといっても過言ではない」
けど、ニコラの鋭い瞳孔が私に向けられる。
その瞳で見つめられた瞬間───私の背中に悪寒が走った。
「ッ!?」
振るう翼を止め、一気に横へ転がる。
その瞬間、私のいた場所に一振りの剣が勢いよく突き刺さった。
「元より、我々は接近戦の方が主軸なのだということを忘れているのか?」
「今、思い出したよもうっ!」
ニコラは浮いた剣の柄を握ると、私に向かって振り下ろしていく。
それを爪で弾くけど、また続けて振り下ろしてくる。
何度も何度も何度も。その剣戟は見蕩れてしまうほど綺麗で美しかった。
洗礼されているし、剣筋から積もりに積もった努力が見て取れる。
でも「私に向けなくてもいいじゃん!」ってすんごく思う。捌ききれないんだけど!?
「あー、もうっ!」
私は爪で捌きながらもう一度背中の翼を振るう。甲冑で守られてるかもしんないけど、怪鳥ガルーダの炎はそれすらも容易に溶かして肌を焼───
「手癖が悪いぞ、大罪聖女」
ザシュ、と。私の翼が縦に斬られた。
(ちょっと、本当に……ッ!)
私に振り下ろしている剣の勢いを止めることなく、隙を与えるでもなく、一連の動作に一つ工程を加えただけ。それによって翼は斬られ、未だ反撃することもできずにいる。
私の両腕は捌くことで手一杯……でも、このままじゃ本当に押し切られちゃう。
(だったら、捨て身も覚悟しないとねっ!)
弾くことを止めると、ニコラの剣が斜めに振り抜かれ、肩から脇腹にかけてまで燃えるような痛みを感じた。でも、私は気にせずニコラの胴体目掛けて殴りつける。
「ッ!」
「はははっ! ぶっ飛べ王国騎士!」
ニコラが敷地の壁まで吹っ飛んでいくのを見ていると、喉から血が込み上げてきてしまった。
私は垂れそうになってくる血を吐き出す。
「か弱い女の子を問答無用で切りつけるとかさ……もうちょっと労わってほしいんだけどな」
「貴様こそ、こんなか弱い女を殴るなど正気とは思えんな」
普通に立ち上がってくる女の子がか弱いなんてよく言えたんだよ。
鏡見て、鏡。人のこと言えないかもしれないけど。
「形状変形、レイシア、抜粋」
修道服が輝き出し、胸に刻まれた傷が消えていく。
それと同時に、背中から生えていた翼も、巨腕も全て元の姿に戻ってしまった。
「ねぇ、副団長さん? 私って、こんな風に傷を負っても治っちゃうんだけど」
「それがどうした?」
「このままじゃ死んじゃうよ? 私は傷がない体に戻れるけど、あなたはそうじゃないもんね」
魔力が減ってしまうとはいえ、私は怪我の蓄積はない。でも副団長さんは他の人達みたいに怪我をしたら怪我をしたまま。確かに技量とかは副団長の方が上かもしれないけど、いずれ倒れることになる―――っていう、嘘。
「なんだ、悪党のくせに人の心配か?」
「ううん、別に。ほら、そもそもお礼参りはしたかったけど第一目標はそこじゃないし。ソフィアちゃんさえ助けられたら、正直この戦いに意味は見出さない」
ソフィアちゃんを助けて、皆で無事に帰ることができればそれでいい。
王国騎士に恨みがないと言われちゃったらあるって言うけど、それは私達が悪党だから仕方がないこと。妥協ができるのであれば、お互いに妥協がしたいっていうのが本音。
だって───
「そう言うな、悪党。貴様がその提案をしてきているということは、私が不利だからというわけではないのだろうが」
「……どういうこと?」
ドクン、と。私の心臓が跳ねる。
「貴様が本当に有利なのであれば、こんな提案もせず私に立ち向かえばそれでいいはず。何せ、自分で口にするのもあれだが私を倒せば、王国騎士全体の指揮は確実に下がる。そうすれば、貴様であれば容易に公爵令嬢など助け出せるはずだ」
でも、私は提案を出した。それは決して優しさからじゃない。
「大罪聖女……貴様こそ自覚があるのだろう? このまま進めば追い詰められるのは自分だと」
「…………」
「確かに、貴様の魔術は厄介極まりない。傷も治ってしまうのかもしれない───だが、魔力という有限があり、私が消耗する魔力以上に貴様は魔力を消耗している。怪我を負う度、傷を負う頻度が高い貴様は治すことによって通常よりも早く魔力を消耗している」
……ビンゴ。まぁ、分かっちゃうよね。
私は傷をなかったことにできる───でも、それは何度も魔術を使うということ。
魔力の総量を十として、ニコラの使用スピードが一であれば私は常に二を消費している感じ。
いくら傷を負わせることができても、立ち上がってくるニコラを相手に私の魔力が持つか分からない。長く続けば続くほど、私が不利。
(だったら、一気に倒すべきなんだけど……あれを使うと場合によっては魔力がすっからかんになっちゃうかも)
だから、あれはどうしようもなくなった―――最終手段だ。
私は両腕をネメアの獅子に変形させ、ニコラに肉薄を開始した。
「そもそも、悪党相手に退くなど正義を掲げる王国騎士がするはずもなし」
ニコラが腕を振ると一斉に剣が投擲される。
弾き、刺さり、掠り、風穴を空けられようが一瞬で死ぬほどでなければ大丈夫。
投擲された一本の柄を掴み取り、ニコラに向かって投擲する。しかし、剣は途中で止まって、再び私に向けて放たれる。
「大罪聖女はここで確実に潰す。故に、そろそろ本気で行くとしよう」
二コラが腕を後ろに振った。すると、敷地の奥にある納屋の扉が壊された。
そこから何十……ううん、何百もの剣が現れてまるで磁石で引き寄せられているかのように二コラの下へと向かい―――その全ての切っ先が私へと向けられる。
「ま、まずっ!?」
あの本数を向けられちゃったら確実に即死しちゃう……ッ!?
「さぁ、死ねよ大罪聖女」
そして、一斉の投擲が始まった。
避けるという選択肢は生まれない。私に辿り着くまでの数秒という間に剣の射程圏内から出られるとは思えないから。
私は爪と翼を使って弾いていくことを選択した。即死しなければ私はまた万全の体に戻れる。
即死してしまうお腹と胸、顔と首。そこに集まる剣だけを集中して弾く、弾く弾く弾く弾く弾く弾く弾く弾く弾く弾く弾く弾く弾く弾く弾く弾く弾く弾く―――
(そろそろ、限界……ッ!)
まるで剣の雨だ。脇腹が抉られる。足に突き刺さる。大量の血が私の足元を濡らし、血が流れ過ぎてしまったからか、徐々に意識が朦朧としてきた。
「あ、ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」
長い……数時間のように感じたその時間、私は一心不乱に剣を弾き続けた。
そして、ついに―――剣の雨が止んだ。
「ぐ、おぇ」
喉に込み上げてきた血を吐き出してしまう。ゆっくり、私の体が倒れてしまった。
足は骨が見えるほど肉が抉られ、脇腹からは見えちゃいけないものが見えてしまっている。
(こ、これはちょっとやばい……)
体に全然力が入らない。今すぐにでも万全な体にならなきゃいけないのに、上手く魔力が練れないし術式を発動することができない。
このままじゃ、私は……普通に死んじゃう。
「フン、これで終いか。ご自慢の変形はもうしないのか?」
カツ、カツ、と。二コラが私に近づいてくる。
「まぁ、あれだけの量を受けてなお存命なのが普通はあり得ないのだ。悪党とはいえ、ここまで生き残って来られるほどの実力はちゃんとあったみたいだな」
早く、早く早く……魔力を練らなきゃ。一回だけでも発動すれば私はまた戦えるんだから!
「だが、それもここで朽ち果てるものだが」
二コラが一本の剣を握り、
「さぁ……そろそろ死ね」
振り下ろ―――
「おいおい! 大悪党に憧れたんだろ嬢ちゃん! こんなところでくたばってもいいのか!?」
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