第31話
地下牢という狭い空間の中、まず初めに動いたのはイリヤだった。
「私も正直忙しいんで、ちゃっちゃと終わらせてしまいましょう!」
イリヤは短刀を握り締めると、ライダではなく私の方に肉薄してくる。
恐らく手負いの私から排除を───そう考えたのかもしれない。でも、私だって魔術が使えまいが、片方見えまいがそれなりに戦える女なの。
イリヤが懐に入る直前に私は剣を縦に振り下ろす。イリヤの短刀によって弾かれるが、それでももう一度剣を振り下ろした。
「あはっ!」
しかしイリヤは体を横に捻ることで躱し、合わせざまに短刀を喉元目掛けて突き刺してくるけど、私はその短刀を蹴り上げる。
「武器を失ったけど、どうするのかしら?」
短刀がイリヤの手元から離れる。でも、イリヤは顔に笑みを浮かばせながら構わず私の懐に潜り込んできた。
(肉弾戦……?)
得物を持つ私に対して? そんな疑問が一瞬だけ浮かび上がった。
(けど、気にしないわ。だってイリヤの手には得物はな───)
剣を薙ごうとした瞬間、イリヤの手元が一瞬だけ光る。
そして、そこには小型のナイフが握られていた。
(まず……ッ!)
「危なっかしいったらありゃしねぇぜ!」
ライダが壁に大槌を叩きつけると、イリヤの体が横に吹き飛ばされる。
「油断すんじゃねぇよ、ミラ」
「助かったわ、ライダ」
「そもそも地下牢にいる騎士以外の人間が武器を持ってたことじてぇおかしいからなァ? 大方、そいつの魔術なんだろうさ」
「ははっ! 正解ですよー!」
むくり、と。イリヤが体を起こして立ち上がる。
「私の刻み名は『欲する全てを作り出す力を』! その理想を叶えるための魔術は、物体を一から生成するものですから!」
なるほど……だからいきなり手元にナイフが現れたのね。
ライダが間に入ってくれなかったら、普通に刺されていたわ。
「それにしても、女の子を何回も殴るなんて酷いじゃないですかっ!」
イリヤはナイフをライダに向かって投擲する。一度だけでなく二度、二度だけではなく何度も何度も。投擲したはずのナイフが毎回イリヤの手元に現れた。
「はんっ! 女の子扱いしてほしいんならそれ相応の態度を見せたらどうだ!?」
ライダはナイフを大槌で弾いていく。
対象に現象を移すという魔術は複数同時にはできない。ライダに意識が向いている間に、私はイリヤの懐へと潜り込む。私が近づいていることに気づいたイリヤは、手を止めて新たに生み出した短刀を持って迎撃体勢をとった。
でも、そうすればライダの相手はできなくなる。
「体がお留守だぜ、嬢ちゃん!」
ライダが地面に大槌を振りかざした。
その瞬間、ライダとイリヤの直線上に一枚の大きな土の壁が現れる。
「んなっ!?」
「あなたの魔術ぐらいは知ってますよ! 視界内にいる人間にしか使えないんですよねぇ!?」
イリヤが振るう短刀を剣で対処していく。
「ぐっ……!」
眼帯で塞がれた右目の死角を何度も器用に狙ってくる……こいつ、戦い慣れしすぎっ!
「確かに不触の魔術は強力ですが、弱点さえ分かればこっちのもんですよ!」
「だったら、無理矢理にでも視界に入れてやらァ!」
ライダが大槌で壁を破壊する。
その瞬間、イリヤは私を攻撃する手を止めて壊された壁の前に姿を現した。
「ッ!?」
一つの短刀を投擲。そして、両手にナイフを握ってライダの首を狙う。
ライダは突然視界に入ったイリヤに驚き、投擲された短刀を弾く。
でも、迫るイリヤの手にはナイフが二つ。
がら空きになった胴体で防げる対象は一つだけ。
「ライダ!」
「くそがっ!」
二本のナイフはライダの腹に突き刺さる。だけど、血が滲むのは一箇所だけ。
「へへ……確かに、愚者の花束は新参の悪党集団ですが、それなりの情報網は持っていますよ」
そしてもう一箇所は、ライダの魔術によって移動させられたイリヤの腹部。
「あなたの魔術の弱点ぐらい、教団では共有済みです……」
「共有してる割には、てめぇ……辛そうだなぁ?」
「そりゃ、お腹に刺されたら誰だって辛いもんですよ……」
二人の口から血が滴る。それでも、同じように挑発するような笑みが浮かんでいた。
「さっきから言ってますが、私だってか弱い女の子なんですけどねぇ!?」
イリヤが新たにナイフを生み出す。
手には十本。それを同時に私とライダに向かって投擲してきた。
ライダは身を転がして避けることを選択する。
(剣で受けるには本数が多い……避けることもできる、けど───)
「避けられるものなら避けてみたらどうですか!? 後ろにいるソフィアさんがどうなっても知りませんが!」
「ッ!?」
避けることもできる……けど、避けてしまえば後ろにいるソフィアにナイフが危ない。
(なら───受けるしかないじゃない!)
三本のナイフを剣で弾く。しかし、弾き切れなかったナイフが腹と足に突き刺さった。
「ミラ様!?」
「大丈夫よ」
ナイフが二本刺さったぐらい……どうってことないわ。
二百年以上も生きていればこれぐらいの痛みになんて慣れるもの。
ただ───
「あれあれ? 包帯が巻いてあるところに刺さっちゃいましたけど、大丈夫です?」
「……狙っていたくせに白々しいわね、ほんと」
「そんなわけないじゃないですか。私だって、お二人を相手にしていてそんな器用なことはできません……よっ!」
イリヤを中心にドーム状の壁が生まれる。
次の瞬間、ライダの大槌が激しい衝撃音を鳴らして壁に風穴を空けた。
「てめぇ、本当に貴族かよ! ここまで戦える貴族は見たことねぇ!」
「貴族でも悪党にならなきゃ、本当にほしいものは手に入りませんからね!」
壊れた壁から三本の槍が生成される。
その全てをライダは一振りで破壊し、同時にイリヤの頭が壁に叩きつけられた。
「そりゃそうだろうが、まだまだ俺達には及ばねぇな……」
ライダは口に溜まった血を吐き出す。
私もライダも怪我は負っているけど、押しているという表現を使うのであれば現状は私達。
といっても、ライダの方が頑張ってくれているのだけれど。
私の魔術が使えるのであれば……一瞬で首を刎ねられるのに。
「ふふふ……やはり厄介ですね、不触」
ふらつく足を支えながらイリヤが不気味に笑う。
「あなた……ソフィアと親友だったんじゃないの?」
「そうですよ?」
「それにしては、随分と本気で殺そうとしているじゃない」
呪術具を使ったと知っているから今更……の話ではあるんだけど。
「聞きますけど、永遠の騎士は理想と親友であろうが他人───どちらを優先しますか?」
「なるほど……そういうことね」
「理解してくれましたか! 流石は同じ魔術を扱う者ですね!」
イリヤが両手を広げる。
「理想は己が一番求めている根源そのもの! 親友であろうが肉親であろうが、その根源が他に優先されるなどあり得ません! 私はほしいからほしい! 手に入れたいから手に入れる! その過程にソフィア様がいようが───諦める理由なんてどこにもありませんから!」
頭をつたって地面に血の雫が落ちているにもかかわらず高笑う。
そんなイリヤの姿は、とても令嬢の姿とはかけ離れていた。
「はぁ……理解できないわね」
「おや? 理解してくれたから納得してくれたんじゃないんですか?」
「馬鹿を言わないでちょうだい。私は確かに自分の理想が一番ではあるけど───当主やソフィアも優先するに決まってるじゃない」
あの日、当主について行くと決めた時から私は当主の理想も追い求めるようになった。
その理想を体現せんとする当主。そして、その理想の下に助けなければならないソフィア。
それ以外を抜きにしても、ファミリーにいる仲間は全て大切な人なの。
私の全てが一番にしていいようなものばかりじゃないわ。
「だから覚悟しなさい───私達が、あなたの理想をぶち壊してやるんだから」
「ははっ! 役立たずな永遠の騎士が何言ってるんですか! でもまぁ、流石はレイシアファミリーです。厄介は厄介、強いのは強いです。このままいけば追い詰められるのは私でしょう」
ですが、と。
「貴族だけでなく、我々悪党の間でもレイシアファミリーの話は有名なんですよ……不死に片足を突っ込んだ、幹部二人と当主。その情報は、私が弱点を知っている程度には周知されています」
単体であれば傷を受けることのないライダ。
寿命という概念を失くした私。
己の体を情報として記録し、いつでも万全の体を組み込むことのできる当主。
確かに、不死に片足を突っ込んでいると言われるとそうなのかもしれないわね。
「ですがっ! 弱点が分かるのであれば対策のしようなんていくらでもあるんですからね!」
イリヤが叫ぶと、虚空に数十本のナイフが生み出された。
そして、それを掴んだイリヤは一斉にソフィア《・・・・》に向けて───
「あなた達の弱点はどうしようもないぐらいに仲間想いってところですよ! ソフィア様という枷がある以上、私には絶対に勝てる!」
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