第30話

 地下牢がある場所は王都の端。円形に広がった壁で敷地内を取り囲み、一つの入り口以外の扉は設置されていない。その一つは騎士や王国騎士が休むことなく見張り続ける。

 地下牢への入り口も一つだけ。そこも同じように見張りがおり、敷地内も壁からの侵入を考慮されこれも休む間もなく巡回が行われている。

 だから侵入することは難しくて、侵入したとしても多くの騎士が集まってくるから逃げることも難しいの―――でも、それでいい。

『侵入者だ!!!』

『駐屯している騎士を集めろ! 相手はレイシアファミリーだ!』

『ついに王国の地下牢にまでやって来たが……総員、対処にあたれ! 生死は問わん! なんとしてでも無力化しろ!』

 慌ただしい甲冑の鳴る音が響き渡る。

 それに続いて剣が交差する音と焼け焦げた匂い、激しい衝撃が肌を刺激した。

「行くよ、皆! 暴れて暴れて、暴れまくれ!!!」

『『『『『うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!!!!』』』』』

 壁を破壊して敷地内に侵入した私達は声を張り上げて続々とやって来る騎士達に抜刀し、武器を掲げ、衝突を始めていく。

 ―――私達の役目は、地下牢にいるソフィアちゃんを救出するための囮。

 可能な限り騎士達を集めて、ミラとライダが率いる別の部隊が動きやすくすること。

「無理しちゃダメだからね! ちゃんと皆で無事に帰ることが最優先なんだから!」

『何言ってんですか当主! 当主が体張ってんのに無茶しねぇわけにはいかんでしょ! まぁ、死ぬつもりは毛頭ありませんが!』

『そうだそうだ! せっかくの機会だ、積もりに積もった鬱憤もついでに晴らすぜ!』

「うん、いい返事だ!」

 怒号、叫喚、雄叫び。それが一瞬にしてこの敷地内を包み込んでいく。

「無事に返すと思うなよ、大罪聖女!」

 王国騎士の一人が私の懐に潜り込まんと肉薄してくる。

「傲慢が第一項───形状変形、ネメアの獅子、抜粋!」

 修道服が輝き出し、両腕が騎士の体を超えるぐらいの大きさへと肥大化していく。

 そして、私は容赦なく肉薄する騎士に向かって横に薙ぎ払った。

「がっ!?」

 吹っ飛んでいく騎士。私はそれを一瞥することなく続々とやって来る騎士へと視線を向けた。

「さぁ、長年悪名を轟かせてきた悪党の首がここにあるよ! 君達の正義を、私に見せて!」

 怪鳥ガルーダの翼を背中から生やす。

 灼熱が地面を焦がし、迫る騎士に激しい熱風を浴びせた。それでも迫る騎士はやはり王国騎士というべきか、怯む様子も何もない。

 それが、ここにいる騎士達の掲げる正義。そして実力。

「一撃では、葬れないよねぇ!?」

 気分が高揚していく感覚。アドレナリンが私の体を突き動かしているような感じ。

 体を動かし続けるのは、ミラ達がソフィアちゃんを救出したという合図が打ち上がるまで。

 それまでは———

『大罪聖女! ここで貴様を討つ!』

『これ以上好き勝手にやらせるか!』

「ははっ! そんな言葉を浴びせられるのは、やっぱり悪党っぽいね!」

 熱風でダメなら直接翼を振るえばいい。それでもダメなら獅子の腕力を見せつければいい。

 怪鳥ガルーダの体は灼熱という言葉を体現し、ネメアの獅子は英雄と張り合うほどの腕力をその身に宿している―――その二つは、全てが強欲と傲慢の証なんだ。

「私を簡単に倒せると思わないでね! 私はいつか、天下の大悪党になる女の子だよ!」

 ソフィアちゃんを助けたいという強欲がある限り、私は前を歩き続けられる。

 振るって、振るって、振るって。

 腕に切り傷が増えていくけど、それでも関係なく走り回って敵を倒していく。

 そんな時———

「私がいる時に、よくも堂々とやって来れたものだ」

 ブオン、と。顔の横に何かが通り過ぎる。気づけば、頬から少量の血が流れていた。

「女の子の顔に傷をつけちゃダメだって、誰かに言われなかった?」

「生憎と、悪党を女扱いするつもりはない。それに、私も女なのだから問題はないだろう」

 声のする方に視線を向ける。

 そこには、王国騎士である証が刻まれた甲冑を身に纏い、宙に何本もの剣を浮かせてこちらを見据える、一人の女性が立っていた。

『当主!』

「ううん、大丈夫!」

 近くにいた部下が心配してくれたけど、私は手で制した。

「この人は私が相手をするんだよ。大丈夫、所詮は女の子だからね」

「それを言ったら貴様もだろう、大悪党。しかし、私を一人とは……なんという傲慢か」

 ―――王国騎士団、副団長。ライダが、苦戦をした相手。

「ここは王都の最後の砦だ。民が平和に暮らせるための、悪党の墓場。それを安易に荒らすとは―――万死に値する。理由はなんだ? 今まで、そんなことはしてこなかっただろう?」

「そんなの決まってるじゃん。私達は、仲間を決して見捨てないからね。私、こう見えても怒ってるんだから」

「あの元公爵令嬢のことか……まぁ、だろうと思ったよ。しかし―――」

 やることは変わらない。そう口にして、副団長は宙に浮かした剣を掴み取り構えた。

 私もそれに合わせて腰を下ろして拳を握る。

「王国騎士団が副団長―――ニコラ・マーガレット」

「レイシアファミリーが当主―――大罪聖女、レイシア」

 そして———


「「さぁ、裁きを」」


 正義と悪が、交差する。


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