第19話

 あれは五年前のことだったわ。

 私という人間が不老となり、永遠の騎士という悪名が多くの人間に周知されてから長い月日が経った頃の話。

 二百年もの人生の中で、たった一度だけ……ヘマをやらかしてしまった日。

「クソっ! 手間取らせやがってッ!」

 乱暴な動作で私を投げる大男。

 廃墟となってしまった教会のスタンドグラスから、色鮮やかな光が私の瞼を刺激したのを覚えている。

 でもそれだけ。投げ飛ばされ床を転がった私に痛みはない。

 右目は思うように開けず、朧げな色合いだけが左目で辛うじて捉えられた。

 これが、魔術の使いすぎによる私の副作用。

 魔力は残っている……だけど、右目を含めた体全体にガタがくる。

「あぁ、ちくしょう! 散々だよ、テメェのせいでな! 金が楽して手に入るっていうから口車に乗ったのによぉ、今じゃ手配犯になっただろうが!」

 この頃の私は気ままな人生を送っていた。

 右目に埋め込んだ魔術具、不老となるための研究は終え、ほしいものはほしい時に手に入れるため他者を騙し、奪いたい時に奪う。

 私の魔術さえあれば全てが思いのままだった。

 自慢じゃないけれど私の魔術は他者に引けを取らないぐらい強力だし、この容姿を使えば騙せない男なんていない。

 そのはずだった。そのはずだったのだけれど―――

「あんたが……ヘマ、したからでしょ」

「うるせぇ!」

 大男が私の腹を蹴り上げる。

 こうして蹴られているのに痛みを感じないのは、幸いなのかもしれない。

 

 人生で一番のヘマ―――それは、王都の中心にある賭博場で大量の金を奪おうとしたことだ。

 

 なんのことはない。私が時間を止めてその隙に逃げればなんの問題もなかった。

 ただ今回は、慢心と油断がヘマを生んだ。

 一つはパートナー。

 金を運ぶなら力のある人間がいた方がいいと、甘い言葉で一人の男を呼んだ。

 結果として男は金に目が眩み、私の効果範囲外にある金まで盗もうとして……私達のことが露見してしまった。

 もう一つは場所。

 王都の賭博場といえば多くの貴族が集まる最も金が動く場所。

 保管されている金も各地にある賭博場など及ばず、悪党であれば誰もが憧れる場所だ。

 しかし、王都の賭博場と言えば大人数の王国騎士によって警備がされており、過去に誰一人としてそこから盗み出せたものはいなかった。

 結果、二つの要因が重なったことによって私達は王国騎士に追われることになり、どうにかして逃げおおせることはできた。

 だけど、私は魔術の使いすぎで動けない。

 私は元から手配されていたけど、先日まで善良な一般市民だったこの男は指名手配されることになった。

「くそっ! これじゃあ、この先逃げ続けなきゃいけねぇじゃねぇか!」

 大男が近くにあった椅子を荒々しく蹴る。

 それによって倒れる椅子の音が遠く、埃が煙のように舞い上がった。

「こんなことなら、テメェの話になんか乗るんじゃなかった……ッ!」

「……じごう、じとくね」

「あぁッ!?」

 私の手が大男の足によって踏まれてしまう。

「元はと言えばテメェのせいじゃねぇか!? 何、俺のせいにしてんだよ、クソ女が!」

 ガッ、ガッ、と。何度も何度も踏みつける。

 そして———

「あぁ、もうこうなってしまったもんはしょうがねぇ……採算は取らしてもらわねぇとなぁ?」

 大男が、私の服を思い切り引き裂いた。

「……」

 今更裸に剥かれたところでどうこう思う私じゃない。

 次に何をされるなかんて、容易に想像がつく。

 犯されるのだとしても、私は死ななければ長い時間という『次』があるもの。

 ただ、二百年生きてきた人生で一度たりとて人に体を許したことがない私は───

「たす、けて……」

 そう、口にしてしまった。

 何も思わないはずだった私が、ただ一度の行為に懇願を添えて。

 でも───

「あァ!? こんな状況で誰がくるっつぅーんだよ……それに───」


 てめェみたいな悪党、誰が助けるかよ。


 その言葉が、何故か胸に突き刺さる。

 因果応報、自業自得……そう言われれば、そうなのかもしれない。

 そもそもこの男を誘わなければ、そもそも強盗なんてしようと思わなければ。

 そもそも───悪党になんかならず、寿命を全うしていれば。

 私は、こんな結果を迎えなくても済んだかもしれない。

 それでも───

「い、ゃ……助けてっ」

 私は、誰かに助けを求めてしまったの。

 そして、その人は来たわ《・・・・・・・》。

『レイシアちゃん登場! 教会を見つけたから「あ、お祈りして行こー」って思って来たけど、助けてって聞こえたんだよ!』


 だから───


『大悪党が差し伸べる救い、手に取るかい?』


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